論51.「林修の今でしょ!講座 特別編 声優はスゴい」の報道から思うこと

「声優の超絶テクニックが続々」として、出演9人とゲストのトップ声優のノウハウとその分析がありました。スタジオには、山寺宏一さん、森久保祥太郎さん、梶裕貴さん、石川由依さん、潘めぐみさん、武内駿輔さん、諸星すみれさん、小野友樹さん、三森すずこさん、他にひな壇に「遺留捜査」の上川さんなどがゲスト出演でした。(2021.2.23テレビ朝日18:45~)

第一線の声優の感情表現や心身の能力のすぐれているのを味わえる三時間の特別番組でした。その秘訣や裏側についても触れられていたので、おもしろく拝見しました。

声優、特に、アニメ声優を目指す人には、いろいろと刺激にも勉強にもなったと思います。そこは、養成所や本研究所での学びに活かせばよいでしょう。
もったいないので、少しメモっておきます。その声優の独自の感覚的なことばや方法なので、必ずしも根拠はないと知った上で参考にしてください。

「声が浮く」と「声がはまる」
1人10役から50役を使い分ける
鼻、腹筋、腰での使い分け
滑舌と声で老け声に、口を閉じない、息を混ぜるなど。
バンコクの正式国名での滑舌練習
唇、舌、軟口蓋(喉ちんこ)を別々にふるわす
念滋庵(台湾はちみつ)で喉のケア(メンタル効果ですが)
笑い怒り泣きの表現、笑う前に息を吐く、せき込むイメージ
そしゃく音や人間以外の音、(サイレン、スマホ、動物)。
(擬音と効果音は、ボイパで、以前、触れたので略します)
のどちんこ(軟口蓋)の位置を変えるなどで、同じ音高をいろんな声色で出す。
(私たちの指導では、同じ音高で共鳴、音色を変えたり、歌では違う音高で同じ音色にするトレーニングをします。)

なかでも、格闘シーン、掛け声、身体からの声、その圧、大きさは、さすがです。
アニメ独特の高笑いというのが、声力、パワーの必要性をもたらし、結果として喉を鍛えることになっているようです。「大爆笑は息が続かない…」、「体重減ると支えられない」というコメントもありました。その長さには呼吸トレーニングが不可欠といえそうです。

音色の分析は、日本音響研究所(私どもの研究所も同じ機材をもち、私は、そこの創設者とは共著もあり、創さんにもお世話になりました)がメインでした。そこでの説明を補っておきます。これは、その分析への批判というよりは、その使い方や報道の仕方での問題点の指摘です。


1.素人は10人を演じ分けても同一人物の声、プロの声優は10人とも別人のように音色が違う。

人や役柄にもよるし、素人でも極端に演じ分けたら、別人の声のデータになることもあります。ここで称賛すべきことは、プロの声優の多彩な役柄の声の記憶、再現性と安定度ですから、それをデータで示す方がよかったでしょう。
程度問題をむりに二極に分け断定してしまうという、よくある演出です。声優や役者に限らず、声の使い分けに有能な人の意図的な演技への声紋分析は限界があります。アスリートのように鍛えている人の体力年齢が、実年齢とかけ離れているようなものですから、ニ分にはできないでしょう。証拠としては普段の喋り方などで分析するのを、役柄に変えた声や喋り方で分析するのですから。しかも特別なひとフレーズにおいてなのです。

2.声優の出す子供の声は、子供よりも高い声(成人男性100Hz、女性300Hz、子供600Hz)

この声の高さは基本周波数のことですが、誰でも子供より高い声は出せます。梶氏が664Hzでしたが、そこで安定して使えている点で、実力があるのであって、その高さについては驚くほどではないことです。男の子役の声は女性の声優だったなどの指摘を入れた方がよいでしょう。
むしろ、子供の声を安易に高くすることでなく音色で似ていると示したらよいのですが、そこはなぜか表情や口内スペースを狭くしているという指摘でした。それこそ科学的に測れるのですが、声紋分析の必要はないわけです。

3.鳩と声優のまね200Hz、0.006秒が同じ

これは、音の高さとテンポ感のことで、山寺氏の音楽的コピー能力の高さです。プロ歌手なら普通にできることです。音色でプロの声優と比べるか、他のプロや素人との比較データを出さないのでは、検証となりません。

4.語尾で空気を抜く0.03秒刻みに1/fゆらぎが表れているので、聞く人の印象に残る。

息をミックスさせた抜くような声であればよいくらいの語尾に、f分の1の代表格のよう寺の鐘の音を同一視するのは、かなり無理なこじつけです。特に、f分の1は、こういうことにいつも安易に使われています。癒し効果と印象に残ることを一緒にしてしまうのも、雰囲気的な説得方法です。科学で何らかの規定をしてからすべきですが、規定ができないでしょう。

5.法政大の伊藤克亘教授の分析、日本語は語尾下がりなのを、ドからソまで上げていく
「語尾を上げると強調になる」「印象に残る」「今でしょ(1オクターブ上がる)」

これは発見とか秘訣でなく、どの言語表現でも言えましょう。普通に語尾を上げると疑問になるのですが、強く出しているので強調になるわけです。
それに、これは語尾というのではなく、最後のフレーズです。後ろにいくにつれて強くするというべきです。ちなみに、2〜4は、声紋分析器でなく、この簡易な機材でできます。

それと例えとして使うのはわかりますが、1オクターブやド~ソまで上がってはいないです。安易に、適当な音高で例えるのは、ヴォイトレなどでも多いです。「あいさつは、ソの音でしましょう」など。

尚、日本では専門家も(音楽の専門家さえ)音程musical intervalを音高picthの意味で使うので私はもうあきらめていますが、音程とは2音の隔たりの幅のことなのです。音程が高い、低いとは使えません。

教養的要素を入れたバラエティー番組でしたが、視聴者を驚かせたりすごいと思わせるのには、声優の芸の応用の実践だけで充分だったのではないでしょうか。
例えば、球技のスポーツ選手の技能の凄さを的抜きとか的当てでクローズアップしてみせるようなバラエティー的演出は、うまく使うと、プロの真の実力のすごさを明らかにして見せてくれます。スポーツでの科学的分析は、医学とも似て、少なくとも、声やせりふ、音楽ほどいい加減ではないように思います。それでもTV番組となるとかなりおかしいのでは、と思うことがよくあります。私の取り扱う声の分野では、いつも踏み込みが浅いので、今回、取り上げてみました。

 こういうことなら、科学の分析家や学者などの専門家を招かないほうがよいのに、世の中の人、いやTVの視聴者がそれを欲するのでしょう。こうして広まると疑似科学からニセ科学、トンデモ科学になりかねません。ときにそれで私たちの現場が混乱させられることもあるわけです。

専門家は、今回、私が指摘することくらいわかっている、はずなのに、専門家も驚いたり、びっくりとか、いう演出に加担させられます。
ディレクターや声優とかゲストのタレント、俳優などがわからないために、「自分たちの感覚的にやったことが、科学的に裏付けられた」と感心し、それをみて、一般の人がそのまま信じてしまうという、三方皆得、ただし本当の理解のためにはならない、この報道の悪循環を、一例として指摘しておきます。
毎日のようにみる料理の番組で、ゲストが一口味わう間もなく、まずは「おいしい」「うまい」と発するようなことを、こうした芸の分野にまで持ち込まれるのはよくないと思うからです。

出演した声優の実力が100として、彼らが7、8割以上、その力を出しているのに、分析の専門家の専門の力を100とすれば10も出していない使い方になるのは、仕方ないといえ、科学の名の下に、事実を誤解させかねない表現で扱われるのは問題でしょう。
出演する専門家や芸人、スポーツ選手としては、本業のPRや社会的なサービスなのでしょう。しかし、世間に誤解、曲解を広めるのはよくないです。もちろん、そうした専門家よりは、それを使い切れないディレクター、いや、科学といいつつ真実ではなく、番組の欲しいフレーズをぶった切ってもってくる安易な使い方において、罪です。

私も度々、そうした利用をされた経験があるので、最低限、チェックを入れようとするのですが、そこは力関係となります。大幅に演出に妥協する”専門家”に徹しないとTVには度々出演できない事情は、皆さんも知っておくとよいと思うのです。
バラエティーは楽しんでみてスッキリして忘れたらよいのです。感動、感心してもよいですが、そのまま、信じて、他の人に教えたりしないこと、疑問を持ち、自分で確かめること、自分の将来に活かしたいなら、そのようにしましょう。

ついでにPR、科学番組「すイエんサー」(3/30放映予定、NHK教育)で、私は、リップロールのコメントで、台本の「アヒル口」を使わないようにお願いしました。これは、科学的をうたった番組、しかも、小中学生向けというので通りました。(バラエティーでしたら降りることになったかもしれません。)

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?