金融行政方針の「新しくない」こと(地銀向けニュースレターVol.19)
金融行政方針の公表から2か月
前回の発行から2か月半たってしまいました。 大変有難いことに仕事で忙しい日が続いたうえに、休日は新たな趣味(はるか昔に「趣味の王様」と言われていた“アマチュア無線”を、いまになって始めました)に夢中となり時間を費やし ていたため、間隔があいてしまいました。
そして、時間がたったといえば、本事務年度の金融行政方針が公表されてから、もうすぐ2か月になります。テーマとしてとりあげる「旬」 はやや過ぎた感もありますが、ご容赦ください。
目玉はパッケージ策と心理的安全性
今回の金融行政方針の目玉は「パッケージ策」 ということになるのでしょうか。独禁法の適用除外・5%ルールの緩和・人事ローテーションの柔軟化・ダブルギアリング規制の特例承認・ 預金保険料率でのインセンティブ付与など、地 域金融機関の持続可能なビジネスモデルの構築に向けた各種施策が、パッケージ化して示され ていました。経営戦略・営業戦略の観点でみると、5%ルールや人事ローテーションをうまく活用すると新たな面白い取組みができそうです。
そして、「心理的安全性」(サイコロジカル・ セーフティー)というキーワードも、今回の金融行政方針で目立っていました。
これらの「新しい」ことは、各種記事でも採り上げられていたので、改めて述べる必要はないでしょう。そこで「新しくない」ことから、込 められた意思を汲み取ってみたいと思います。
「新しくない」ことに込められた意思
本事務年度の金融行政方針が公表されたことを私は出張先のホテルで知りました。パソコンを持参しておらず、スマートフォンで読むのはさすがに厳しいので、ホテルのビジネスセンターにあるパソコンを利用して、取り急ぎ確認しておきたい、地域金融に関するページのみを印刷し、部屋へと戻りました。
しかし、読み始めてすぐ「印刷する対象を間違 えた。前事務年度のものを印刷してしまった」 と思ったのです。なぜなら、この1年で何度も読んできた文章がそこにあったからです。具体的には、「➀地域金融機関の課題と対応 【金融行政上の課題】」の箇所(P.77〜)です。
ポイントを抜き出すと以下のようなことが書い てありました。
・地域金融機関が安定した収益や将来にわたる健全性を確保できないと、地域で十分な金融仲介機能を発揮できなくなり、地域経済や利用者に多大な悪影響を与えかねない
・持続可能なビジネスモデルの構築が必要。最適なビジネスモデルは金融機関ごとに異なるから、地域金融機関の経営者が自らに適したビジネスモデルを真剣に検討することが重要
・顧客である地域企業は、経営改善等が必要な先が多数存在している。しかし、どのような経営戦略・計画を描き、実現のためにどのような人材確保・ファイナンスをすればよいか分からない企業も多いのではないか
・地域金融機関は、地域企業の真の経営課題を的確に把握し、金融仲介機能を十分に発揮し 地域企業の生産性向上を図ることが求められる(共通価値の創造)
・経営陣が確固たる経営理念を確立し、その実現に向け、実現可能性のある経営戦略・計画 を策定し、実行の態勢を構築する必要がある
等々、1ページにわたり、読み込んだ文書が並 んでいました。
しかし、次の項目まで読み進めると、連続赤字行や5期以上連続赤字行の数が、昨年までのものとは違っていました。ここで「間違えて前事務年度のものを印刷したわけではなく、これは本事務年度のものだ」と理解したのです。
あとで確認してみると、当該箇所の記述は、もちろん一字一句が同じというわけではありませんでした。しかし大筋では変更がなく「新しくない」ことです。記述を刷新しないことで、 「地域金融機関に関する金融行政上の課題は、 本質的であるが故に、短期間で変わるものではなく、腰を据えて向き合っていく」という金融庁の強い意思を感じました。
「新しくない」けど「変化した」こと
「新しくない」けど、「変化した」こともあります。先に触れた赤字行についてです。
黑字か赤字かを判断する「利益」は、次の計算式で算出されています。
・貸出残高×預貸金利回り差 +役務取引等利益ー営業経費
この計算式自体は、変更されていないので「新しくない」ことです。赤字行の数が変わっていたの は「変化した」ことではありますが、それは結果 にすぎません。
では、なにが「変化した」のでしょうか。
前事務年度の金融行政方針までは、先ほどの式で 計算した利益のことを“本業利益”と定義していま した。しかし、本事務年度では“本業利益”という言葉は消え、“顧客向けサービス業務の利益”と呼ばれていました。これが「新しくない」けど、 「変化した」ことです。
この変化は、計算式で示す内容を、より正確な言 葉で定義し直したということでしょう。
ただそれだけではなく「資産運用も、当行は本業として考えている」といった意見や議論を、ここでは切り離したかった、という意図もあるのではと推察します。資産運用も大事ですが、それとは別次元のこととして、「顧客向け」の業務からの利益創出ができているかを重視し、こだわって欲しいとの意思を、この「変化」から感じました。
金融行政方針に込められた意図も理解しながら、 うまく咀嚼・活用して、より強い地域金融機関へ と進化して欲しいと心から願っています。
以上、髙橋昌裕からのYELLでした。
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