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詩「tread」

現代詩手帖2024年2月号選外佳作(山田亮太選)

tread

栫伸太郎

風がこわれていると
お前はいう
こわれたまま素早く横切っていく 夜の
広いアスファルトの上を、
両端から引っ張られるように
道も、空気も平たい
川は鉛筆の芯のように淋しくくろく
零されたように
ひちひちと歩く 
お前が今ここにいないということを、私は
理解できているのだろうか
雲がやけに明るく
空にも起伏や勾配があるということ、
ひびのような電流がおおっている水平な懸崖、
お前の分も見たい
川面の上で
褪色する余地のない、いくつも
並んだ部屋の白い電気の
反射の粒の
方向たちは伸びきり  
洗われるような寒さだ
いくつかの筋肉を、口の中で繰り返す
言葉を
口のなかで、一つの国を、繰り返す
音が聞こえないように
私たちが過不足なく入る国を
しかたなく丁寧に咬み殺す、たべる、今
川は
矩形の拗音の川。音の、
遡行の、遂行の欠如が群れ集まり
胡乱な 矩規の 次の 足裏のような
自分を呼び込み続ける
トマトの子室のような
みっちりとした孤独なちけい、ふるふると
わずかに震えている
お前がじきに起きるだろうと
容積のようにわかっているよ
川は
きれいに捨てられている
ひどく低いところにある
私の首を映さない
私は私とどうやってつながっているのか
分からない 寝息のかからない
木は分岐して、自らの空を狭め続ける
触れられないから
流域をかさねあおう
布のように
揺れながら澄む ある高さへ
少しだけ傾いでいるのがわかるから、この
地面を
もう少しすすめば、ああやって
代行する
小さなものたちが
ぞわぞわと裏返っていくだろう
消化されるように、おびただしく
小さく反転していく。 予感の
静かさに、自分の
手の重さを
感じて
どこかではがれているのが分かる
それを見にいこうか
もう決めないことにしたよ
夜の、この テープを
ぴん、とはり
矯めてから
飛んでいく、たしかな欲望が
ひとつずつ線を描く と 思う
指はいつでもどこかを指し続ける、そこで
傷だらけのガラスが、
その浅い傷のひとつひとつに光を持っている
たどり続ける
たどられ続ける
ひとつの速度
引っ張られている
あっちへ
また何かに会おう
引っ張るものにぶつかり続ける

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