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詩「than」

現代詩手帖2024年3月号選外佳作(峯澤典子選)

than

栫伸太郎

小田原城の水濠の 隅に
浮かんだ桜の花びらが流れつき
かたまっていた
そこを一羽の鴨が横切る 
水濠の隅から中心へ
三角形にたまった桜の花びらをまっぷたつに
 わって
つうと進んでいく
佇むもろい桜色の中央に
深いみどりの線がひかれ 残されていく
そのときに 君にあいされているとわかった
城の中は水溜りがおおくて
きっとそこに生きものはまだ少ない
土や
象が昔住んでいた場所があって、どこまでも
白く白く曇っている  まだ寒い
時間をわずかにせきとめるように
慎重に張りめぐらされたゆるい坂をくだり
上り
ふたりで家に帰る
風のようにひかる、LEDの信号機が
街にありふれていて
見える限りの地面をこのすずやかな
質問と禁止と許可でおおいつくしている
凸凹して ふとうめいな
ビニールに包まれたジャガイモやニンジンの
ひとつひとつの重心を感じながら
揺らして
帰る
その歩行のリズムがこの街の地図のように
ぴったりとして 思い出しやすかった
隣をあるく君を見たり見なかったりした
触れ合うために この
堆く
言葉を早く使いきってしまいたい
それを見ていてほしい
部屋についてその
空間を 視線をむすんで埋めていく
僕がシチューをつくる
君がずっと話しかけてくれる
小さいジャガイモを四つ
ニンジンを一本、玉ねぎを半分
ウィンナーを数本
白いスープが鍋をぬりつぶし
にこみ、たべる 四角いテーブルで
僕たちの口をまねて
一口大に切られた野菜が
口のなかでとけていく 時間をかけて
いろいろなことを話す
ふたつの視界をもったような気持ちがある
君の目のなかにたしかに僕がいるってわかる
 から
また 一つじゃない 時間にまみれて
君とはなしたくなる

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