34 中高年が行く南インド57泊59日⑩ (マハバリプラム→チェンナイ)
行き当たりばったりだけど、いい感じに南インドをくるりと周ることになりそうなわたしたち。次はケララ州に戻り、コチのエルナクラムに向かう。
夜行列車だから時間に余裕がある。朝ゆっくり出て駅に荷物を預け、夜までチェンナイ観光を、という予定でラクシュミー・コテージをチェックアウトした。
で、歩いて北のバス停へ。
しかし、なんかヘン。人が多すぎる。
なんやの。なにがあるの。
そうして、やってきた ECR のバスがショッキングだった。すずなり。バスが、ぶわんと膨れて見えるほど満員で、開けっぱなしの乗降口からポールやら扉やらにつかまった人が何人も飛び出している。マンガみたい。
乗られへんし。
バス停にいた何人かは無理矢理乗り込んで飛び出しの仲間に入り、何人かは諦めた。諦めた人に、今日は何かあるのか尋ねてみると、
「フェスティバル」
な、なに。祭りだと。
ラーメーシュワラムの祭りをかわして来たのに、ここでか。
・・・なんか、敗北感。
2台目の ECR も、さっきのと同じ状態だった。ざーっと血の気が引く。
今日中に乗れるバスは来るのだろうか。
こういうとき、マリーさんは慌てない。「そのうち来るよ」
そそそそうかな。
次も、その次も、乗車率400%ぐらい。
「そのうち」は昼前になっても来なかった。
バス停と呼んではいるが、ハイウェイ脇の用水路の、橋というか蓋というかコンクリートの台が目印にあるだけで(これがバス停建設中なのか完成形なのかわからない)、日除けもない。携帯用の水も飲んでしまったし、もう限界。
と、目の前を一家ぎゅう詰めのタクシーが1台、走り抜けていく。
ああ。
そうだ。あれだ。バスはひとり80ルピー、タクシーでも1000ぐらいでイケるんじゃないか。
近くに、昔はなかった高級リゾートホテルができているから、タクシーの出入りも多少はあろう。宿に戻って手配してもらおう。
とぼとぼラクシュミー・コテージに戻り、スタッフたちに驚かれた。朝、大々的にお別れをしたのに、恥ずかしい〜。が、恥ずかしがっている場合ではない。
「バスが、どれもこれも満員やねん」
青年スタッフが「近くのビレッジのビッグフェスティバルだからね」と頷く。知ってたなら朝言ってよ。まあ言われてもどうしようもないけど。
タクシーを呼んでほしいと頼むと快く電話してくれた。
してくれたのだが。
何度か、何箇所かにコンタクトを取りながら、彼の顔がだんだん曇っていく。そしてとうとう、「今日はノータクシー」
な、なに。わたくしたちは本日マハバリプラムから出られないのか。そんなわけにはいかん。列車に乗るんだ、エルナクラムへ行くんだ、今夜。
しかし、彼は菩薩だった。
「マイブラザーのフレンドはドライバー、なんとかかんとか。ブラザーに電話してみるよ」
なんと。もう、コトの展開がぜんぜん読めん!
菩薩の電話は繋がり、なにやら説明して、
「オーケー! カム スーン ウェイティン ヒヤ」
おお!地獄から一気に極楽へ。
菩薩とよく似たおそらく兄とその連れは本当にすぐやってきた。
どんな類いのドライバーか存じないが、自家用車、というふうな車。今日の仕事は大丈夫なのか尋ねると、ホリデイだからノープロブレムと言う。ホリデイだから菩薩兄と遊びに行こっかなーと思ってた、みたいな感じだ。職業ドライバーじゃないのかも。で、1500ルピーでどうかなと提案される。交渉する心の余裕無し。
まあタクシーで1000ぐらいかと算段していたので了解だ。
とにかくマハバリプラムから脱出できるのだ。ありがとう、菩薩。
二度目のお別れをして、後部座席に座る。前に若者ふたり。完璧なエアコン、完璧なシート、静かな走行音でひゅんひゅんチェンナイを目指す。
お互い英語が苦手なので余計なことは喋らなくてよく、時々ミラー越しに目が合えばにっこりするだけでいいストレスフリー。
ところが、あまりにも快適なドライブで気を抜いていた。気づけば、ずっとハイウェイを走っていて、列車の予約に行ったときと違う。そして、前方に AIR PORT
の標識が見え、ドライバーはそっちへハンドルを切った。
ぬおおおおお ノー ノー ノー ノーエアポーーーーーート!
「ノーエアポート?」
「ノー! わたしたちは空港へ行きません。わたしたちは駅へ行かなければなりません。わたしたちは今夜列車に乗ります!」
わたし → 菩薩 → 菩薩兄とドライバー
の、どこで間違えたのか。わたしじゃないよ。わたしはぜったいステーションって言うたからね。
「ブラザーがエアポートと言った」と兄が口籠る。どうでもいい。駅へお願いします。ドライバーが「ノープロブレム!列車の時間大丈夫?」と気遣ってくれるのが泣ける。時間はじゅうぶんある。
ずいぶん遠回りをして市街地に戻った。マリーさんに小声で相談する。
「ちょっと割増料金払ったほうがいいよね」
ところが、
「そやな、500ぐらい」
「ええっ それは多すぎやろ。100か200」
しかし、
「えええええっ 500でええやん。千円やん。わたしが出すし」
いや、千円とかどっちが払うとかじゃなくて。だがマリーさんは引かない。
外国語とは言えカネの話の空気はおそらく前の席に伝わっており、車内がもわもわする・・・。
車は市内で渋滞にはまり、午後遅くチェンナイ・セントラル駅に到着した。
おお、うう、言葉にならぬ安堵感、でもなんかすごく疲れてる。
トランクからリュックを出してくれた菩薩兄とドライバーに、約束の1500ルピーと、余計に走らせた分ディナーでもと追加の500ルピーを手渡す。若者ふたり満面の笑み。そらそやろ、2000ルピーて。
ああ。遠かった。
近いけど遠くて、高かった、マハバリプラムからチェンナイ・セントラル。
もう祭りは追いかけてこないだろう。
あとは列車に乗るだけやんね。ね?
(11 )へつづく