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6.名前のつかなかった病気

5月のある朝、いつものように目が覚めて体を起こすと、床がゆっくり斜めに傾いていきます。え、地震?! 
あわてて目線を上げたら、今度は天井がぐるりと半回転。
そのまま布団の上にひっくり返り、吐きそうになるのをじっと我慢して目をつぶっていました。
やれやれ、今度は眩暈と付き合うことになるのかぁ…と思いながら。


私は、おかげさまでこの歳まで大きな病気や怪我なく過ごしてきたのですが、物心ついた頃から、頭痛や乗り物酔いといった、ちょっとした不調がよくありました。
映画を観ると、途中で頭がズキンズキンしてきてその晩は寝込んでしまうとか、ドライブに出かければ、一人後部座席で袋を握って青くなっている、というような。
しかしそれは、ある程度避けることができましたし、時間がたてばけろっと直るので、言ってみれば付き合いやすい症状でした。

そして、当然ながら年齢を重ねると体の不調は増えてきます。腰に、歯に、目に…、時には先日の眩暈のように、不意打ちで起きる症状に慌てることも。
でも有難いことに、たいていの場合は原因がわかり対処の方法を提示してもらえますから、たとえ「まあ、老化現象ですからね」と言われるだけで解消はできないとしても、まずまず受け入れて(諦めて?)いけます。
怖いのは、いつの間にかつかまって、振り回されて、どう頑張っても逃げ出せない相手。


思春期と呼ばれる時期になり、人並みに自分の容姿や周りの視線が気になりだした頃です。
何がきっかけだったのかは忘れてしまいました。中学2年の夏休み、お菓子や食事をしばらく我慢していると、そのうち空腹があまり気にならなくなって、面白いように体重が落ちていくということを発見したのです。ぽっちゃり体型だったのが、始業式までに7キロ減っていました。

体は軽くなってよく動くし、気分は毎日明るくポジティブそのもの。クラスメートが目を丸くして「痩せたね」と言うと、「全然そんなことないよ~」と言いながら内心ガッツポーズ。
親が心配して、いくら叱ったりなだめたりしても、食べ物を口に入れる気が起きません。
そうしているうちに順調だった体重の減少がぱたりと止まり、私が苛立ち始めたタイミングで、大きい町の大学病院に連れていくと宣告されました。

せっかく痩せたのに、これ以上ことが大きくなると、いらない検査をいくつもされて、寄ってたかって食べさせられて、面倒なことになるぞ……
多分そんなふうに考えたのでしょう。これからはちゃんとごはんを食べるからと言って、私はどうにか受診を逃れ、その時点の体重を増やさないよう調整していけばいいや、と久々に普通盛りの食事に向かいました。


ここまで読んでくださった方には、おそらく私のその先の姿を想像してもらえるだろうと思います。
リアルに経過を再現するのは辛いので結果だけ言うと、一度配線がぐちゃぐちゃになった食欲中枢は、そのまま元には戻りませんでした。
食事を再開した途端にそれまでとは真逆の過食スイッチが入り、だんだん空腹・満腹の感覚も失って、全く食欲のコントロールができない、今で言う「摂食障害」になりました。
人目がある時は何とか抑えているのですが、一人になるともう自爆状態。


今思うと、私が食べなくなった時、周りにそれが何と言う名前の症状なのか知る人が誰もいなかったのでしょう。「拒食症」「思春期やせ症」「依存症」といった言葉を一般に聞くようになったのは、もう少し後のことでした。

だから、私はその状態に病名が付く前に、見えないように引っ込めて直ったふりをしました。頭痛や乗り物酔いと同じように、気を付けながら付き合えば何とかなると自分に言い聞かせて、まるで、あれは絶対ダメだと言われる人とこっそり会い続けるみたいに。
会えばその場は慰めてくれる優しいところもあるから、結局はもみくちゃにされて全部吸いとられるのがわかっていても、離れられなかった。
まるで昭和の女性演歌の世界。




結局名前の付かなかったその症状とは、
長い長い付き合いになりました。
逃れるためには自分を消してしまうしかない、と思い詰めることもありました。

今はごくたまに、あら来たのね、というくらいの穏やかな関係。でも、この先も完全に縁が切れることはなさそうです。
だから、極度の依存症が招いた事件のニュースが話題になっていても、自分には全く無縁の話だと切り離して聞くことができません。

中学生だったあの時、病院で診察を受けて「○○○○」と何かしら病気の名前を付けられていたら、もっと上手く付き合えたり、すっぱり別れたりできたのかもしれない。
けれども、自分のどうしようもない負の部分をもみ消さず、私の中に居場所を残してきたことには、それなりに意味があったのかな? とも思うのです。


そして、今現在同じような症状に苦しんでおられる方が、もし私の書いたこの記事を目にして、不快な辛い気持ちを感じられたとしたら、心からおわびします。

その真っ只中にいる時は、茶化してどうにかなるような、生易しいものではないとわかっているつもりです。
ただただ、どんな状態になっても人間失格じゃないし、いろいろな援助を受けてかまわないし、場合によっては時間をかけて症状をなだめて付き合いながら、自分の一部にしていくこともできますと、お伝えしたいと思いました。

絶対に楽になりますから。

どうか届きますように。



































 










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