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【連載小説】退屈しのぎのバスジャック01

01.夜のバスターミナルの待合室で

「少しお時間よろしいでしょうか?」
僕は1人バスターミナルにいた。
広いターミナルで人はまばら。
深夜バスを待っているところだ。
遠出をすることはあまりないため慣れない移動ではあるが、高校時代の友人の誘いでバスを選んだ。
料金の魅力もあった。
ただ友人は来られなくなり、1人だ。
ターミナルは背もたれのある椅子が二つずつ並んでいる。
そこに1人座っていると、ある男が隣に座り話しかけてきた、というわけだ。

「観光調査を行なっておりまして、
 少し質問に答えていただきたいのですが、
 お時間よろしいでしょうか?」
男は30前後くらいで、スタッフジャンパーを着て、手にはクリップボード。
いつもはこういったアンケート的なものは断ることが多いが、出発まで1時間ほどあり、暇を持て余している。
確かに夜のバスターミナルで待っている人ほど、暇を持て余す種族はいない。
観光調査なるものは応じたことはないが、深夜労働になるとはいえ出発のバスターミナルでの聞き込みは確かに効率がいいかもしれない。

応じることにする。
「ありがとうございます。
 お時間は取らせません。」
それらしい質問に、それらしく答えていく。
ここ大阪は行きなのか、帰りなのか、
旅の目的、頻度、施設、職業、等々。
「差し障りなければ」と必ずまくらにしてくる。
感じの悪さも無駄もなく、質問は続いた。

「それでは最後に、少し変わった質問をさせていただきます。」
変わった質問?
「質問は全部で5つ。
 頭を使うものではないです。
 『はい』か『いいえ』で答えていただけますか。」

「アバダという旅行サイトはご存知ですか?」
「いいえ。」
「トゥクトゥクという乗り物をご存知ですか?」
「はい。」
「リヨンというフランスの都市はご存知ですか?」
「いいえ。」
「エスカルゴを食べたことがありますか?」
「いいえ。」
「辺野古基地問題に興味はありますか?」
「いいえ。」

確かに変な質問。
何の意味があるのか‥。
最初に『変な』の断りがあったので、まあ気にしないことにしよう。
「『アバダ』は知らない
 『トゥクトゥク』は知っている
 『リヨン』は知らない
 『エスカルゴ』は食べたことがない
 『辺野古基地問題』は興味ない
 ということですね。」
「あ、はい。」
「では質問は以上になります。
 ご協力ありがとうございました。」
男は会釈をして立ち上がり、
インカムで何やら会話しつつ、次のターゲットを探した。

出発までまだ時間はある。
それにしても。
変な質問だったな。
どういう調査なんだろう。
まあ観光に関係なく‥、はないか。
それにしても‥。

違和感というほどではないが。
何かやはり気になる。
昔からそういうのが気になる性分なのかも知れない。
『これは何の質問なんですか?』って
聞けばよかったかな‥。
でもなんか聞くのも感じ悪いし。
そこまで知りたいわけでもない。
いや。
気になったのは‥。
わざわざ復唱して確認したことか。
調査員は、会話や所作、振る舞いに全く無駄がなく仕事をこなしていた。
なのに最後の質問には、意味なくゆっくりと繰り返し復唱した。
また『頭を使う』ものではないとわざわざ言ったのも引っ掛かる。
まあ偏見だがこういう仕事の人は無駄があるもので、
むしろ前半に無駄がなさ過ぎたとも取れる。
そもそもやはり、
このような調査をこんな夜にやるだろうか‥。
何か引っ掛かるけど、
まあ考えすぎだろう。

出発時刻の30分前になった。
やはりシーズンオフの平日とあって、待合室の人はあまり多くない。
ノルマ分は聞き終えたのか、視界に調査員のスタッフジャンパーはなかった。
トイレに行っておこう。
席を立ってトイレに向かう。
アバダ‥、トゥクトゥク‥、リヨン‥、エスカルゴ‥、辺野古‥
やはり、最後にゆっくり復唱されたのが気になって頭で何となく繰り返す。

トイレから出てすぐの案内板に目がいった。

 『cafeアトリエ』

案内板の奥には、2階へと続く階段がある。
バスターミナルの2階にはそのカフェがあるわけだ。
「アトリエ?」
ハッとした。
調査員からの質問。
アバダ‥、トゥクトゥク‥、リヨン‥、エスカルゴ‥、辺野古‥
『頭を使う』=『頭文字を取る』
頭文字を取ると、
ア・ト・リ・エ・‥へ?

誘導?
いやいやいや。
偶然だ。
調査員が、この暗号を分かった人にだけカフェに誘導している?
何のために?
考え過ぎだ。
もうすぐバスに乗る必要がある。
待合室に戻ろう。
そう思いながらも案内板の前で立ち止まる。
そもそもこんな時間にカフェは開いてないだろう。
でもちょっと‥。
好奇心で2階に上がってみる。

カフェは開いていた。
さほど大きくない殺風景な普通のカフェで、まあこんな時間なので客はいないようだった。
もうすぐバスに乗る必要があるので、戻るか。
いや、まだ30分近くある。
喉も乾いたし、ちょっと入って行こうかと思う。

奥のテーブル席に案内される。
先ほどの調査員がいるのかなと思ったが、やはり客自体が1人もいない。
コーヒーを頼んだ。
退屈を消し去ってくれるかと少しワクワクしたが‥、まあそんなものだ。
待合室の硬い椅子にずっと座っているよりも、400円で誰もいないカフェの空間にひととき身を置くのも悪くない。

まもなく、他の客がやってきた。
スタッフジャンパーではなくラフな格好の男だ。
大きめのリュックを背負っており
まあただの客かと思っていたら、
男は僕の席の前で立ち止まった。
「来ていただけて光栄です。」
男は言った。

えっ?
暗号で僕がここに誘導された?
そういうことか?
ワクワクとドキドキが交互する。
「よろしいでしょうか?」
男は僕のテーブル席の正面の椅子に指を指す。
「あっ、はい。」

「単刀直入に言います。
 あなたが乗る予定の東京行き22:30発のバスは、バスジャックされます。」
男はゆっくりとそう言った。
僕は彼の言葉の意味をすぐには理解出来なかった。

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