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1990年冬、香港マカオ4日間の旅

 結婚が決まった私。もうこの3人で旅行行けなくなっちゃうから、と両親と独身最後の海外旅行を決めた。
 “ペンより重いものを持たぬ”父が、母と私のボディガードとして任命された旅でもある。

 当時、香港にまつわる妙な噂が流布していた。来年夫になる彼は言った。
 一つ、試着室に入る時は、中に引き込まれないよう気をつけること。
 一つ、タクシーから最後に降りることのないように。何故なら、最後の一人が連れ去られる危険があるから。
 そんな恐ろしい話を。とは言え、その頃の私は、海外経験はまぁまぁ豊富、ハーイ、気をつけまぁす、くらいのものだった。

 12月の香港、クリスマスも近づき、街は賑わいを見せている。しかも、セール開催中。私と母だ、買い物三昧になること請け合い。この旅行、実は観光についてはあまり記憶がない。ほぼ、買い物の記憶。どんだけ買い物したんだろ。

 記憶が正しければ、九龍の百貨店、先ずはここで品定め。日本では高価な物も、ここなら買う気になる値段、しかもセール中だ。テーブルウェア、ベッドカバー、ハンドバッグにゴールドのネックレス。今思えば、バブル崩壊直前、浮かれた買い物をしたものだ。
 結婚を控え、新生活の必需品に良質なものを選びたい私は、衝動買いはしない。となると、再度足を運ぶことになる。

 食器の専門店で、若い男性店員に母が質問すると、彼は即答、それに返答する母、店員もまた返す。軽快なやり取り。遠くからは会話が成立しているようにしか見えないが、実は、広東語 対 日本語。決して通じるはずがない。しかし妙に納得し合っている。なんと、値切ってかわいいカップを購入。通じてる。母のコミュニケーション能力に脱帽。

 マカオではカジノで『大小』という、2個だったか3個だったか、サイコロの目の合計を当てるゲームに参加した。父が、これだけと金額を決めた。最初は良かったが、あっという間に終わった。

 しかし、全然強そうじゃないボディガードも、いると安心で、あちこち見て回った。普段父がこんなに買い物に付き合うことはない。しかしここは異国の地、父もなんとなく楽しんでいる。

 買い物帰り、タクシーに乗った。あの忠告を守り、降りる時に最後にならないように、最後に乗った。これで大丈夫。しかし想定外のことが起きた。降車時、反対側のドアが開いたのだ。
 父が降り、母が降り、一瞬、間があった。
「あっ、これだ!危ない!」
 急発進される前に降りなければと焦った。見事に足がもつれ、膝から下車。車は急発進どころか微塵も動かない。優しそうな運転手さんに、大丈夫かと聞かれたが、我が膝からは出血。ノープロブレムと言ったかどうかは覚えてない。そんなちょっぴり苦い思い出もある。  

 こうして、ボディガードのお陰で、大好きな買い物と人生初のカジノも楽しみ、無事帰国した。
 今日は父の日。
 いつもありがとう。
 もうボディガードは頼まないけど、またどこか行きたいね。今度は、車椅子で行くのもありだよね。

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