私のカリスマ添乗員さん
添乗員のSさんは、初の海外旅行でお世話になった人。決して忘れることの出来ない、私のカリスマだ。
ヨーロッパ周遊の学生ツアーは、札幌から参加の我々女子3名を除き、みな男子学生、総勢15名ほど。
男子たちに向かって、Sさんは言った。「あーたたち、女子をちゃんと守んのよ!」と。だから、私たちにはいつも誰かしらお供がいて、初めての海外において、それは有り難い安心材料だった。
Sさんは、美味しいレストラン、食べ慣れぬ名物の食べ方、自由時間に行くべき所、買うべき特産物など様々な情報を適切に教えてくれる。我々の自由を奪ったり束縛したりしない、適度な距離を保って案内してくれた。
彼女との写真は一枚だけ。付かず離れずの存在。つまり、学生旅行の添乗員さんとして完璧だった。
その旅から数えること、33年。
2019年11月。
私は女子旅を楽しむ50代。今回は友人と足立美術館や出雲大社を巡るツアーに参加し、帰りの機内は若かりし頃の旅話で盛り上がった。そして、久々にSさんを思い出していた。
当時40歳前後(若い私にはそう見えた)で、江戸弁と5カ国語を操る才女だったこと。私たちがフニャフニャと優柔不断な時は、ビシッと喝を入れてくれる姉御肌だったことなどを。
そして、私が新卒で旅行会社に入社したのは紛れもなく彼女の影響であり、少しでもカリスマに近づきたかったのだと、改めて納得しながら話に花を咲かせた。
家に戻ると直ぐに日常の暮らしが始まる。翌日の朝刊に区報が折り込まれていた。区報には大切な情報が満載なので、私は隈無く目を通す。
その私の目に飛び込んできたのは『プロに聴く、ヨーロッパ最新旅情報』というタイトルの講座だった。面白そう。
『講師:添乗員 S山〇〇氏』
S山〇〇‥!?
Sさんのフルネーム?確かこんな名前だった。
えーッ!!うっそー!?
昨日、久しぶりに思い出しながら、あなたのことを友に語ったばかり。その名前が、今、目の前にあるなんて。
もう、驚き以外の何ものでもない。何十年ぶんもの驚き。
すぐに参加申し込みをして、当日いそいそと出かけた。
前方にシャキッと立ち、マイクを持つSさん。真っ赤なブレザーを身につけ、変わらぬチャキチャキの口調が懐かしい。心地よいスピード感のある喋りに、聴衆は前のめりになる。
時間オーバー気味で会は終った。チャンスを見計らい、私はニッコリマークの顔で彼女の方へ近づき、33年前の写真を差し出した。
「!!!」
「どこかでお会いしたと思ってたのよ!覚えてるわよ、女の子3人組。うんまぁ、歳とったわね、あーたも私も!」と、写真を見ながらエンジン全開で喜んでくれた。
長い空白が、時間を飛び越えて、一気に埋まっていくようだ。同じ思い出を共有している喜びを感じる。
「その写真ちょうだい」と言われたので、あとでメールで送ると約束し、アドレスを交換した。
札幌の友に報告すると、2人は驚いて大騒ぎ!近いうちにSさん添乗の旅に参加しようと盛り上がる。Sさんにはメールで写真を送り、我々の計画を伝えた。
考えただけでワクワクする。
その直後だ、新型コロナウィルスが世界中を覆い尽くしたのは。無論、計画は立ち消え。
今は戦争中の国があり、海外旅行の気分にはなれない。
Sさんのカリスマ添乗で、あの時のように、またヨーロッパを巡りたいと心から願う。
ミサイルなど飛び交うことのない平和な世界を、ゆっくりと心ゆくまで。
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