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父と初めての車椅子at 羽田空港

 このエッセイクラブではお馴染みの、札幌の90歳の父。最近は入退院を繰り返すものの、脅威の回復力で周囲を驚かせる強者である。

 かねてより東京で予定されていた、ある総会への出席が近づいていた。これまで30年間、コロナ禍を除いて、地区代表として皆勤賞で出席してきたものらしいが、この度、90歳を節目に代表の座を後任へ承継し、これを最後にするという。
 今回が最後ならば、各位への挨拶も兼ねて、必ずや出席せねばなるまい。私は了解した。サポート致しましょうと。なのに、直前に入院、さすがに今回は断念せざるを得まいという思いが頭をよぎっていたところ、退院から1週間と1日、またも“脅威の回復力”で東京行きを敢行する事となった。

 しかし、一つの心配事が浮上した。それは羽田空港の広さ。入院により万全とは言えない足腰、脚力の衰えは否めない。空港内の、意外と長い距離の移動は、これまでもなかなか難儀だったが、今は明確に懸案事項となっていたのだ。

 そこで、今回初めて車椅子を借りようと決めた。状況的に文明の力に頼っても良いのではないかと。

 搭乗日、空港カウンターで相談。地上係員の方は、テキパキと必要項目を用紙に記入していく。
 座席番号、預ける荷物の個数、持ち込み荷物の個数と形状。普段どの程度歩けるか、歩くスピードはどのくらいかなど。そして、今回使う通路には、階段は無いので大丈夫です、と言われたので、車椅子をお借りして、私が押すのだと認識した。

 乗る時も優先搭乗。早々に乗り込むと、荷物を手荷物入れに丁寧に入れて下さる。至れり尽くせりだ。ただし、車椅子利用者は、降りる時は一番最後と言われた。
「私どもがお声をかけるまで、お座りになってお待ち下さい。」
 以前なら、それなら結構ですよ、などと言って断りかねない父も、観念したのか、ハイハイと受け入れた。

 斯くして、ほぼ満席状態の飛行機は順調に飛び、到着予定時刻よりも10分ほど早く羽田空港に着陸した。乗客全員が降りるのを待って、私たちはしんがりを務める。

 飛行機を出るや否や、黒いつや消しの、おそらくプラスチック製と思われる、何となくかっこいい車椅子がこちら向きに用意されていた。男性CAさんが、どうぞと父に座るよう促し、足元の台を上げて足を乗せてくれる。
 そこで地上係員の女性にバトンタッチ、出口まで押してくれるようだ。あれ、私が押すのではないの?と思ったが、そうだよね、変な使い方したら、危ないもんね〜と納得。

 先ずはやや傾斜のある通路を上る。女性は超前傾姿勢で、明らかに重いものを押す体勢だ。申し訳なくなって、手伝おうかと思ったが、長い通路からエレベーターで1階へ。下りのスロープは、危険だからと後ろ向き。そして荷物のターンテーブル前まで。結局、最後まで押し続けてくれた。
 名札をしっかり見て来たのに、もうお名前忘れちゃったけど、本当にお世話になりました。父もたぶん忘れちゃっただろうな。 

 とにかく快適に、夫の車が待つすぐ近くまでやって来られたのは、有難いことだった。いつもはここまでたどり着いたら、まずは椅子を探して、しばらく休まないと動けなかったのだから。

 父の感想は、「申し訳ない気持ちになるな、全く歩けないわけではないから‥」だった。しかし、今後も羽田空港を利用する際には、お世話になりたいと思える、大変心地良い体験でした。

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