だから。

それが人生だから。仕事だから。恋だから。人間だから。そういう言葉、潔さ、諦念みたいなものが嫌いだ。嫌いというか、そうした思考を身につけるだけの余裕がない。だから諦めろ、だから仕方ないじゃないか。だから苦しくても耐えるしかない。だからだからだからだから。こうした言葉たちに抵抗したくなるのは、反抗期の人間がすることなのだろうか。若いから仕方無い。そういう時期もあるものだよ。何かを受け入れて、私の遥か先にいる賢い人たちは、そうやって諭すのだろうか。断定するなと叫びたい。でも、そんなだから反対勢力の私も、失恋したから、仕事で落ち込んでいるから、だからナイーブなのだろう。何かしら理由がないと納得できない。意味を求めてしまう。諸々の出来事に意味なんてないのだとしても、私は、何も無いことに耐えられない。何も考えない。何も感じない。何もしない。それに耐えられないから、深読みして、舞い上がったり沈んだり、どこかへ出かけたり、閉じこもったり。自縄自縛、そして解放。もし、無意識に望んでこうした苦痛と快楽を自ら作り出しているのだとしたら、恐ろしい。しかしこれも人間だから仕方ない。のかもしれない。だからの虜になっているのかもしれない。

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