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終わった。でも、またすぐ始まる

彼との出会いは4年前

妻から、ゴッドハンドの異名を持つ鍼の先生がいるという噂を聞いたのがきっかけだった。

彼と初めて会ったときのことはいまだによく覚えている。

診察室で僕の姿を見るなり、彼は

「こんなに体がボロボロになるまで働いて」

と言い、その一言がきっかけで、何故だか分からないけれど、まるでダムが決壊したみたいに僕の目から涙がとめどなく溢れ出したのだった。

このとき、「体という器が壊れちゃっているから、中身の感情が保てずにこぼれちゃうんですよ」

と言われたこともよく覚えている。

だから、僕はてっきり「そんな心と身体なのだから、しばらく会社を休みなさい」と言われるとばかり思っていたのだけど、彼の口から出てきたのは、それとは全く真逆なこんな言葉だった。

「あなたは今までどおりガムシャラに走り続けてください。身体の面倒は全て僕が見ますから」

そして、その日から、僕と彼の二人三脚のレースが始まった。

レース?

そう、彼は、僕らの関係性を

僕がF1レーサー、身体がF1カー、そして、彼がピットでマシンをメンテナンスするエンジニア

と言う風に例えたのだ。

ちなみに、かつて会社の割と偉い人から、

「おまえはまるで逆走するF1カーみたいだな」

と言われたことがある(無論、褒め言葉ではない)僕にとってこの彼の例えはめちゃくちゃ分かりやすかった。

だから、それ以来、僕はマシン(身体)が悲鳴を上げるたびに、彼が待つコクピットに入り、彼から完璧なメンテナンスとチューンナップを施してもらった後、また走り出すという生活をずっと続けてきた。

そんな彼のおかげもあって、プロストもシューマッハもいないけど、路面にマキビシを撒かれたり、途中でレギュレーションを勝手に変更させられたり、観客席からうん◯を投げられたり、といった類の幼稚で姑息な妨害工作だけは絶えなかったこの過酷なレースを

僕は一度もクラッシュすることなく、またエンジンが火を噴いて止まってしまうこともなく、無事、完走を果たすことができたのだった。

といっても、その事実に僕はずっと気づいていなかったのだけど。

なぜなら僕はチェッカーフラッグを受けたわけでも、表彰台に登ってみんなから祝福を受けたわけでもなかったからね。

だから、その日だっていつものノリで彼に身体(マシン)のメンテナンスをお願いしに行っただけだった。

そうしたら、彼は僕の身体に触れるなり

「おー!」

という感嘆の声をあげて、続けて

「こんなにも身体の状態が明らかに変わるってことは、あなたが今まですごく頑張っていたことの何よりの証拠だね」

と言ってくれたのだった。

確かに彼が言うとおり、これまであんなにも力が入ってガチガチに硬まっていた首や肩や腰がこのときは彼の指の圧力をしっかり感じられるくらい柔らかくなっていた。

そして、このとき僕は初めて、あの苦しく長かったレースがようやく終わったのだ、という事実に気がつくことができたのだ。

彼はそんな僕に向かって

「まずは走り切った自分のことをきちんと褒め讃えてあげてくださいね」

と言ってくれたのだけど、このときの僕の心に真っ先に浮かんだのは、彼を初めとするこれまで僕を支えてくれた人たちへの感謝の気持ちだった。

本当に本当に、みんながいなければ、僕はとっくの昔に壊れていた。

まあこれが4年前の僕なら、間違いなく、

「やっぱり俺すげえじゃん!」

としか思わなかっただろうから、なんだかんだこんな僕でも少しは大人になったのかもしれない(苦笑)

もちろん来月からまた新たなレースが始まるわけだから、そんな感慨に浸る余裕なんて本当はあまりないのだけれど。

そして、今度こそは、ちゃんとポディウムの頂点に立って、思う存分シャンパンファイトをしてやろうって

しかのこしかのこ 

虎視眈々と

思っている。

そう、あの憧れの音速の貴公子の彼みたいに、ね。

なんて早速、ムラっ気を出している自分はやっぱりまだまだ懲りないガキなのかもね(笑)


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