記憶の無い5歳 心の蓋を閉じる その2
ちょっと補足をこちらでは書いて行きます。
まずそのツイートは本当にそこの保育園の事?って言われそうですが。残念ながら私の通っていた保育園の事でした。
経営者だったJWの夫婦は全くと言っていいほど保育園の経営にはノータッチだったけど、聖書で禁止されていた行事は全てないという保育園でもありました。だから安心して保育園に入れたのにまさかそんな仕打ちをされてたとはと母は泣いていた。
でもね…母よ。5歳の時に母はバプテスマを受けた。研究を初めて4年、多分当時からしたらかなり遅い方。そしてバプテスマが受けれない理由は鞭をしてないから…。
だから、母はバプテスマをら受けるために鞭をかなりしてたはず。
となると…保育園では先生達に、自宅では母親にと私には逃げ場は無かったんだと気づいた。
親がよく、歪んだ子にあんたはならなかったのが不思議とか、素直な子になって良かったって言われてたけど、お前も加担してるんだから…なに良かったって言ってるんだ?って。
ただ…釈然としないのはアルバムを捨てられてた事。手違いなのか?記憶を呼び起こさないための母の優しさなのか。何でもリセットする人だったからなぁ。仕方ないとは言えないけどね。
今もNOTEを書きながら5歳の記憶を一生懸命考えるんだけどね…。自宅はおもいだせるし、バスから降りる光景とお昼寝風景はどうにか。でも鬼の形相の先生と、男の子に押されて角で頭を打って血だらけになったら先生が心配してくれて…。先生心配してくれてる嬉しいっていう感覚を思い出したぐらいかなぁ。
あとは母がバプテスマを受けた光景。
これぐらいか…やっぱり記憶消し去ってるな。
今年に入って、目まぐるしいぐらいJW二世の報道があった。私自身はまだ余裕が持てず、報道も選んで見ていた。基本は見ることを避けていた。
心の蓋もいつも開かない状態にもして、自分の都合のいい時に自分を沢山甘やかしながら、蓋を開けてはふむふむと考えていた状態だったけど、嫌でも目に入り…自分の蓋もこじ開けられていった。そのひとつが保育園だったんだけどね。
NOTEに覚悟して書いたけど、ダメージは少なかったみたい。