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あなたの結婚披露宴に、ひと役買うのは私です

あらすじ

沼らせ男に沼らせ女。
ざまぁ系です。痛い目にあわされた女性の皆様。
その恨み、晴らしてみせます。



目次  おめでとうございます。




「今日の新婦って明子さんなんだ」

 結婚披露宴会場のバックヤードに集まった、仲居の一人に声をかけられ、明子の眉がきゅっと寄る。
 予想通りの展開に内心イラっとしたものの、愛想笑いを貼りつけた。

「漢字も一緒なんですよ。わりと晶子さんとか亜希子さんの方が多いんですけど」

 明子が仲居を勤める料亭には、最大八十三名まで収容できるホールがある。
 今時のレストランや、ガーデンパーティでの披露宴には参列し慣れた来賓も、料亭ともなると緊張の色を隠せない。

 旗めく暖簾をくぐるなり、明治時代そのままの数寄屋造りの内装や、乳白色の吊りガラスの天井灯りなど、調度品にも感嘆の声を上げるのだ。

「来賓と親族合わせて、マックス八十人の披露宴なんて久しぶりだね」
「新郎が超エリートなんだって。○○大学卒で、○○建設入社の二十五歳」
「いくらエリートでも入社したての新入社員が、自費で八十人の披露宴なんて出来ないよ。親の金だよ。親の方ほうの見栄の張り合い」
「セレブは横の繋がりが強いから」
「あそこの家の披露宴はケチ臭かったとか、言われたくないんじゃないの?」

 披露宴のバックヤードでは、式の進行予定や、新郎新婦のプロフィール、趣味嗜好まで細かく書かれた申し送りが配られる。

 披露宴が始まるまでは、新郎新婦の話題でひとしきり盛り上がる。

「新婦の方は?」
「新郎とは大学の同期生。二人とも建築科。二人とも同じ建築会社に就職したけど、新郎は東京。新婦の配属先は関西方面。遠距離恋愛になっちゃったから、新婦が入社一年で退職して、彼がいる東京に行くんだって」
「一年で退社? マジかよ。だったら就職するなよな。会社はメッチャ迷惑じゃん」
「あー、でもデキ婚だからさ。会社だって、おめでとうとしか言えないよ」
「誰も妊婦を責められない」

 誰も妊婦を責められない。
 まさしくそうだと、明子は胸中で頷いた。

 三か月前、明子は元カレに二股かけられ、彼女に子供ができたから、別れて欲しいと言われて別れた。
 私とは避妊してたのに、彼女とはしなかった。

 二股よりも、明子の胸を深くえぐったその事実。

 つまり彼女が本命。私はスペアだったのだ。

「建築関係者達は呑むからねー。もうすぐ新郎新婦の入場だから、ビールは冷蔵庫から出して岡持ちに入れて抜栓して。日本酒も徳利に注いで、ラップして冷蔵庫に入れといて。じゃないと、オーダーに追いつかない」

 来賓も親族もホールの円卓に着席し、あとは二人の入場を待つだけだ。
 仲居の仕事も忙せわしなくなる。
 ベテラン仲居の指示に従い、明子も動いた。
 黙々と。

 申し送りに書かれた出席者のアレルギー、またはNG食材ありの欄の名前に新婦もあった。
 アルコール、生もののNGだ。

 従って、乾杯酒はノンアルコールのスパークリングワインに変更だ。
 御造りは、牛しゃぶの紅葉おろしポン酢和えに換えられる。
 自分と同じ名前の新婦は子供も授かり、誰もが羨むハイスペックな男性の妻になる。

 平常心ではいられない。

 明子は、これまで自分がどの披露宴でも笑顔で祝福できたのは、智昭がいたからだったと痛感した。
 いつかは自分もあの高砂に立つのだと、信じていられたからなのだ。

 程なく会場の閉じられた扉の前に、新郎新婦がスタンバイしたとの報せが入り、仲居は全員バックヤードから会場内へと移動する。

「それでは新郎新婦様のご入場です。盛大な拍手でお迎え下さい」

 司会者がマイクで新郎新婦の入場を高らかに告げ、会場の両開扉が仲居によって開かれる。

 これより先の進行は仲居頭が司る。

「新郎新婦様。皆様に一礼して下さい」

 仲居によって閉じられた扉の前で、仲居頭が明朗に指示をする。

 披露宴のリハーサルは済んでいる。
 けれども緊張のあまり頭の中が真っ白になり、入場するなり棒杭のように突っ立ってしまう新郎を、何度も見てきた。

 彼等は一生に一度の晴れ舞台だと、信じている。

 だからこそ、緊張するのだ。
 失敗なんてできないと。

 腕を組んだ二人が頭を下げると、会場から拍手が湧いた。
 今日は入場制限ギリギリの客数だ。
 狭いテーブルとテーブルの間を仲居頭が神経をすり減らし、高砂にまで誘導する。

 仲居は会場の壁際に居並んで、拍手を続ける。

 新婦の来賓席からは「あっこちゃん、おめでとう!」「あっこちゃん、綺麗」の賛美の嵐だ。
 明子は普段の呼び名まで、新婦と同じ『あっこ』だと、ほぞを噛む。

 そのたび左右の仲居から「あっこちゃん、おめでとう」と、肘で突かれて冷やかされている。
 人の気も知らないで。

 来賓も親族も携帯での撮影に気を取られ、拍手を止めてしまうため、仲居は、よりよく響く拍手の仕方も練習する。

 新郎新婦が高砂にたどり着いて頭を下げると、一旦拍手は止めるのだが、マイクを用いた新郎の挨拶、乾杯の音頭をとる主賓の挨拶、乾杯、来賓と新郎新婦着席までの一連の流れが終わるまで、仲居は拍手のしどうし。
 いい加減、手が痛い。

 また、おめでたの新婦は圧倒的にドレスが多い。

 胸の下辺りから布地がレースに切り替わり、ふんわりとした白いドレスで腹部を隠し、目立たなくする。
 色打掛で腹部を圧迫しないようにといった配慮でもある。 
 今日の『明子さん』もチューブトップで肩を出し、レースの裾を長く引いた典型的なウエディングドレス。背中も大胆に開いている。

 新郎と同い年なら二十五か。

 可愛いというより小顔の美人だ。

 ブーケはカサブランカ。新郎はお決まりのタキシード。長身で、かなりのイケメン。売れ筋の若手俳優系の顔。

 一品目の先付に続き、二品目の椀物が配膳されるタイミングで、二人の後ろのスクリーンに、幼少期からツーショットに至るまでの映像や音楽を流しつつ、司会者は出会いや仲睦まじいエピソードなどを披露する。

 けれども新郎新婦の友人の来賓席は、男女はともに、箸も止めずに食べまくる。
 二品目でも、新郎側の来賓達はビールをがぶ飲み。
 飲み物は、すべてフルードリンクだ。

 ワインや日本酒を勧めても、とにかくビール。ビール。
 酒の味もわからんのか。

 とはいえ、八十名もの配膳で手一杯の宴席で、カクテルだの焼酎だのハイボールだのと言わない客はありがたい。  
宴席が始まれば、明子も仕事に没頭せざるを得なかった。

 束の間でも智昭を頭の中からから閉め出すことができたのに、司会は新郎の趣味は音楽だと言い、仲間内でバンドを組み、ライブハウスで演奏もするのだとアピールした。
 楽器はサックス。
 トランペットほどの存在感はないけれど、一番手よりも二番手好きな女性受けするポジションだ。
  
 智昭もまた、部屋の中でも車の中でもジャズばかり聴いていた。

 ジャズにはムーディーな曲調以外に、今日のように澄み渡る初夏の空を思わせる爽快なサウンドもあることを、智昭と過ごす日々の中で知らされた。
 新郎の趣味が披露されると、ホールもアルトサックスがモダンで爽やかなテーマを奏でるBGMに変わっていた。

 会社帰りに智昭に呼び出され、別れてくれと言われたカフェでも、低音のジャズが流れていた。
 恋人に頭を下げられる。
 なんて惨めなんだろう。

 だから明子は『彼女』のことは何も聞かずに彼とは別れた。
 容姿も齢も職業も。
 見たくもなければ訊ねる気にもなれずにいた。

 だから思い出すのは人目も憚らず、がばりと上半身を折り畳んでいた元カレだ。

 明子は配膳していた八寸を、手早く卓に並べ終え、バックヤードに逃げ込んだ。

 智明の好きなジャズまで聴かされ、誇らしそうな新婦を尻目に働くなんて生き地獄。
 喉が異様に乾いていた。
 仲居用の冷えた緑茶を冷蔵庫から取り出すと、グラスで何杯も飲み干した。

 一気に汗が噴き出した。心臓がバクバク音を立てている。
 羨ましいのか、恨めしいのか、腹立たしいのか悔しいのか、頭も心もぐちゃぐちゃだ。

「今日はアレだな。イマイチだな」

 会場にウエディングケーキを運び、戻って来ていたベテランが、腰に手を当て、嘆息した。

「えっ? 私、何かミスとかありました?」
「いやいや、違う。新郎側の来賓席を見てみなよ。ケーキ入刀でもあんまり席立ってなかったじゃん」
「そういえば……」

 司会者が近くまで行き、写真撮影を勧めても、席を離れる来賓が少なく感じた。
 酔いの回った赤ら顔で拍手はするが、携帯を構えようともしない客も目についた。 
 披露宴の見せ場といえば、前半はこのケーキ入刀。

 後半は、言うまでもなく互いの親への感謝の手紙の朗読だ。

 それなのに、新郎側の来賓は賑やかに囃したてたりしなかった。
 新婦側の来賓も、二人をバックに自撮りをしていた。

 開宴直後は新郎新婦と来賓に一体感があったのに、空気が白け始めている。

 ベテラン仲居は親族の卓を担当している仲居にも、バックヤードで詰問した。

「今日の親族、どんな感じ?」
「それが……」

 言葉を濁した仲居が肩を狭めて訴える。

「新婦の親御様も新郎の親御様も、ご来賓には挨拶するのに、相手の両親には挨拶しようとしないんです。めちゃくちゃ空気、悪くって……」
「そうだよねー。そうだろうと思ったわ」

 一人で納得しているベテラン仲居は、訝る明子に自論を展開してみせた。

「新郎の来賓がはしゃがないのは、新郎が結婚なんかしたくないのを知ってるからなの。新婦が今日は安全日だから大丈夫とか言ってヤッちゃって、子供ができた、責任取れとか迫ったパターン。男もバカだね。女の言うこと真に受けて。だって、まだ入社して一年でしょう? 給料もボーナスも入るようになってさぁ。二十五なんて遊びたい盛りじゃん。子供が子供、作っちゃってさ。どーすんの」

 ベテラン仲居はビールを抜栓しながら話を続けた。

「だけど新婦にしてみれば、何が何でも逃のがしたくない獲物だよ。男だって堕ろせとか女に迫ったら、支店は違ってたとしても、噂は流れるだろうしさ。……っていうか、女が言いふらすに決まってるから。そしたら会社にだって居づらくなるじゃん。男はね。こういう女に引っかかったら終わりだよ。夫じゃなくてATMにされるだけ」

 言うだけ言ってベテランは、抜栓したビールを片手に会場内へと戻り行く。
 残された明子は目が覚めたような思いがした。

 新郎の親は、自分の息子が悪い女に騙されたのだと恨んでいる。
 新婦の親は自分の娘の何がそんなに気にくわないのか、憤慨している。

 ここは、そういう披露宴。

 甘味を出し切り、各卓にお茶を運ぶ頃には来賓は、ずっと携帯をいじっている。
 そして最後に掌サイズにパッケージされた焼き菓子が『お福分け』として配られる。バックヤードも片付け作業に入り出す。

「このアイスコーヒー。今日で賞味期限切れ。飲みたい人は飲んでいいよ」

 業務用の冷蔵庫を点検していた仲居の一人が、パック入りのコーヒーを明子に渡した。

「ありがとうございます。頂きます」

 会場は結びに入っている。
 退場前に新郎が列席者や、育ててくれた互いの親への謝辞を述べ、新婦は新郎の両親に大振りの花束を渡すのだ。
 会場とバックヤードを仕切る扉の近くにいた明子にも、新郎の上擦った挨拶が聞こえてきた。

「明子さんをこんなに素晴らしい女性に育てて下さったご両親には、感謝の言葉しかありません。これからは何があっても私が明子さんを守ります」

 明子は期限切れのコーヒーを、賄い用のプラスチックのコップに注いで喉を潤す。
 新郎の感謝の言葉は本心なのかもしれないが、明子の胸には響かない。

 BGMも結びの時には流されない。
 ジャズのサウンドも聞こえない。

 挨拶が済むと、新郎は新婦の両親に、新婦は新郎の両親に花束贈呈するのだが、受け取ってもらえているのだろうかと、ふと思う。

 おめでとうございます。
 私と同名の明子さん。
 智昭も、彼女とここで披露宴やってくれたらいいのにと、明子は胸中で呟いた。

 そうしたら、私の知らない真実が見えてくるかもしれないし、本当に求めあって結婚したのか、見届けることもできるだろう。

 どちらにしても祝いの言葉は「くたばっちまえ」だ。
 お幸せにね。

                 【 完 】


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