未収録作品『その名も耶蘇君!!』(つづき)

※長いので二つに分けました。前回の続きです。

その日の夜。秋緒は夢の中で耶蘇にそっくりな天使から裁きを受けていた。

「斎木秋緒!! おまえは地獄行きだ」
「ひえ~~~~っ な なんで? どうして ここはどこ?」
「おまえは風邪がもとで死んだんだ そして今裁かれているのだ おまえは 少しばかり頭いいのを鼻にかけ まわりの人々を嘲笑し父親をなかせた!!」
「わ わたし 明日 おとうさんて呼ぶつもりだったんです あやまるつもりだったんです」
「フン!! 死んでから反省してもおそい!」
「や…耶蘇君? ねェ耶蘇君でしょ」
「わたしは神だ!! 地獄へ落ちろ!!」
「きゃあ~~~~~~~~~~~」

心配した母が秋緒を見に来る。

「どうしたの秋緒!! すごい声だして…」
「……こ こわい夢みたの」(極悪夢だァ)
「もう!!びっくりさせないで」

「あ… ね… おとうさんは?」
「学校の用事でおでかけよ 夕方には帰るって…」
「あ ああそう」

今まで父を教頭先生としか呼ばなかった秋緒が「おとうさん」と言ったことで、安心する母。

丁度母が作っていた焼きおにぎりを見た秋緒は、それを耶蘇に差し入れようと思いつく。 
(夢見が悪かったからゴマすってるだけよ)

しかし耶蘇は、アパートを引き払ってどこかに行ってしまっていた。

「えーっ!?引っ越した!?」
「きのうの夜ね 五人連れの親子ひっぱりこんで 権利をそのままその人達に渡して出ていったんですよ なんか夜逃げって感じの一家で あたしいやだったんですけどね あの子にたのまれるといやって言えなくて… ま 金持ちのぼっちゃんてことだから 心配ないでしょうけど…」

(服の次は家…)

「でもあの子 うまくまるめこまれたんじゃないかしら あの人たち ひとくせありそうだから…」

耶蘇からアパートを譲られた一家は、悪びれもせずそこに住んでいた。
「あんた しっかり稼いどいてよ」
「勇気りんりんよ なんてったって舌先三寸でアパートせしめたんだから」

その一家にあかんべをする秋緒。

人がよすぎるわよ耶蘇君…

耶蘇の
…ぼく 君の名前しか覚えられない……
という言葉を思い出しながら街中を探すと、耶蘇は土管の中に居た。

「秋緒!!」
「耶蘇君!!」
「風邪大丈夫そうだね」
「い 今さっき 大家さんから話きいてきたわ ずっとここにいたの?親戚のお家へ行かなかったの?」
「行ったんだけど… …ぼくがいなくなってホッとしてる…って話してるのをきいてしまったものだから… きくつもりはなかったんだけど」

会話している内に耶蘇のお腹の音が鳴った。
秋緒が持ってきた焼きおにぎりを耶蘇は大喜びで食べる。
無邪気な彼の横顔を見ながら、秋緒は「もっと自分のことを考えなくちゃだめよ 財産とられちゃうわよ 一文なしのこじきになっちゃうわよ」
と忠告するが、耶蘇は「そうなるかなー」とどこ吹く風。

「しっかりしなきゃだめよ!!みんなずるいんだから かしこくなって うまくたち回らなきゃ 耶蘇君みたいな人 早死にしちゃうわ!!」

・・・・

「ぼくって そういう事考えると 熱でちゃうんだ」

「もし… ねェ… …もしかして… 耶蘇君が神さまだったら… …神さまだったら あたしを天国へ入れてくれる?」
「?… …… 君がそう望むなら… 手をひいて連れていってあげます」
「…でも…あたし…そんなにいい子じゃないのよ もしかしたらすごく悪い人間かもしれない…」
「ぼくには…いい人と悪い人の区別なんかつけられないから きっとみーんな天国へ連れて行ってしまうよ」
「み みんな!? みんな? そう…みんな だれもかも ひとりも地獄なんか行かせたくないよ」
「す すごい… そしたら天国は大混乱だわ」
「フフフ 大混乱だ」
「メチャクチャよ」
「あはは メッチャックチャ」

なんか知らないけど…

泣けて…

泣けてきちゃう…

天国をメチャクチャにしてしまうであろう耶蘇君は神さまではありません…
もちろん悪魔でもありません…
そして…人間でもないみたい… ????

秋緒は両親に事情を話し、耶蘇をしばらく自分の家に居候させたいと相談する。
「そういう事なら 親せきの人たちと話し合いがつくまでの間 家で暮らしたらいいわ 青竹の生徒さんだし お父さんも賛成してくれるでしょ」
「よかったね耶蘇君」

「い、いかん!! いかん!! いかん!! いかん!! 同棲なんてお父さん絶対許しませんよ」
「どーせい!?」
「同性?」
「あ あなた いつお帰りに」
「い いまの若い者は」
「ひ 飛躍しすぎです おとうさん」

「お」
(おおお… お父さん!! じわ~~~~)

「おとうさん 1年間も悲しい思いさせてごめんなさい あたし これから青竹のみんながもっと勉強好きになるよう努力するわ こんなふうに思うようになったのも耶蘇君のおかげなの だからね ね お父さん!!」
「ももも なんでも許す!!」
「じゃ秋緒 2階のお部屋に案内してあげなさい」
「こっちよ耶蘇君 急だから気をつけて」

耶蘇君みたいな人が… この世にひとりぐらいいても…いいわよね…いてほしいわよね…邪念ぬきで…あたためてもらいたい…ナンチャッテ…キャー♡ヤラシイ

「なにか言った?」
(ドキン)
「な、 な なにも あ、あた… し…」
階段を上りながら妄想してた秋緒は急に耶蘇に呼ばれて、慌ててバランスを崩してしまう。

「あぶな…」

「きゃーーーっ」
「どうした!?」
「秋緒!!」
「足すべらして…」
「キャーッ耶蘇君!!」
「秋緒をかばって下敷になったんだわ」
「や 耶蘇君」
「救急車だ 死ぬなよ!!死ぬんじゃないぞ東条君!!」

「17才のみそらで…うっ…ナンマイダ…」

「飛躍しすぎです教頭先生…」
「耶蘇君!?」
「頭を打ったようだけど… …かえってすっきりしたような…」

「や 耶蘇君」
「秋緒のいうとおりだ 賢くなって うまくたちまわらなければ生きていけない」

(神童にもどったんだわ あ 頭うって…)

「教頭先生 書斎はどちらですか」
「あ あっち」
「しばらくお借りしますね 秋緒 ぼくは今まで君の名前しか覚えられなかったんだが 多分それは君が好きだったからだと思う 君の望むような人間になるよう努力するよ」

「きゃー♡」

浮かれる秋緒と、呆気にとられる両親。

それから一週間、耶蘇は秋緒の父の書斎に籠りっぱなしになった。

学校でも耶蘇が登校しないことで、授業中に女生徒達が噂話をしている。

「耶蘇さまどうしちゃったのかしら 1週間もお休みなんて」
「番長グループに目付けられたっていうから卒業式おわるまでこないかもよ」
「でも もし病気だったら?」
「委員長なら知ってるんじゃない?教頭の娘だもん」
「やーよ またばかにされちゃう」
「でも最近わりと感じいいのよ」

「そこ!!前から2番め 答えなさい できなかったら便所そーじ」
「えーっ  あ あの… え…と ……」

教師が、私語をしていた女生徒に目をつけて立たせるが、答えが分からないその女生徒に、秋緒が小声で答えを教えてあげる。

(慣性の法則よ)
「え?」
(慣性の法則!!)
「慣性の法則です」
「よ よろしい くそ!!」
(サンキュー委員長!!)
(あんみつおごるから 放課後つきあって!!)
(いいでしょ)
「え ええ」

初めてのクラスメートとの交流に戸惑いながらも、内心嬉しい秋緒。
放課後はあんみつ屋で耶蘇の件をみんなに伝える。

「きゃー 階段からおちてー」
「内緒にしてね」
「委員長ってみかけによらずオッチョコチョイなのねー」

「じゃあね」
「バーイ委員長」
「おしかけたりしないから安心して」
「さよなら」

(ホッ… 久しぶりのおしゃべり)
満ち足りた気分で家路を急ぐと、番長グループが待ち構えており、耶蘇の居場所を教えろと秋緒を脅迫するが、そこに耶蘇がやってきた。

「秋緒… 帰りが遅いっておばさん心配してるよ 先に帰ってなさい」
「耶蘇君!!」
「てめーっ」
「でたな」
「いい度胸してるじゃんか ほうびに そのかまっぽい顔にはくつけてやるぜよ」

何も言わずに服を脱ぎだす耶蘇。

「な なんだおまえ? 裸踊りやったってみのがさないぞ」
「このシャツしかないんでね」

耶蘇の背の刀傷を見て番長グループのメンバーが怖気づく。

「ワーッ す すげえ刀傷だァ」
「これ持って先に帰ってて秋緒」
「や やめて耶蘇君」
「か 刀傷なものか 手術かなにかのあとだろう」
「お おれ一応医者の息子だぜ」
「な なんか雰囲気が」

今までとは全く違う耶蘇の雰囲気に圧倒された番長の取り巻きは逃げてしまった。番長も慌てて逃げていく。それを見て高笑いする耶蘇であった。

耶蘇が神童に戻ったことで学園内は大騒ぎ。
(いろいろな可能性に挑戦したいな てはじめにぼくの話術と魅力で青竹の生徒の学力をそれぐらいアップさせられるか… …なんてね 君も教頭先生も喜ぶしさ…)

「諸君!! ノートはとらなくてよろしい 立っても座っても横になってもよろしい とにかく諸君らは ぼくの話をきくだけで… 秀才になれるのだ では静粛に」

耶蘇はあらゆる分野の学問を青竹の生徒たちに講義し、そのめざましい効果は教師たちさえも唸らせるものだった。今まで全くやる気のなかった生徒たちが目を輝かせて耶蘇の講義に聞き入っている。

木崎先生は、また違った形で校内の注目を集めた耶蘇への憎悪が限界に達していた。
「ぶってやる!! なぐってやる 階段からこけ落して またアホにしてやる 今にみてろ」

その頃耶蘇は、「ぼくは 斎木秋緒が好きなんだ」と周囲に宣言し、ファンクラブを解散していた。

秋緒は、本来の望み通り耶蘇が賢くなり、自分に好意を抱いてくれたのに、一抹の寂しさをかかえていた。何気なくポケットに手を入れると、出てきたのは先日耶蘇から買った赤い羽根。

(あの時の赤い羽根だ… あたし勝手だわ!! あたしのせいで階段から落ちたのに… 賢くなるように望んだのはあたしなのに)

「秋緒!! 秋緒!! さがしたよ みんながぼくたちのこと認めてくれたんだ 公認の仲さ 君ならしかたないって うれしいだろ」
「え ええ」
「懸念…的中」
「え?」
「懸念的中だ 君はまだ夢をみてる 今のぼくがほんとのぼくだよ 今までのぼくは夢だったんだ!! そうだろ!? な?」

「…… そう…夢ね」
秋緒はいつの間にか、無垢な耶蘇の方を好きになっていたのだ。
涙をこぼす秋緒を見て、耶蘇はその場で一計を案じる。

「きゃっ」
(計算終了 決断実行)
「いや~~~っ」
いきなりキスをされた秋緒は反射的に耶蘇を平手打ちする。
その衝撃で階段から落ちる耶蘇。

「耶蘇君」
「計算正解 着地成功」
「……」

耶蘇が階段から落ちたと知って生徒たちが集まってくる。

「みなさん ぼくどこも なんともありません(ホッペはいたいけど)あー?れー?ぼくまた難しいことわからなくなっちゃった」
「えーーーーっ!?」
「や 耶蘇君」
「あきお?」
「ごめんなさい ごめんなさい わたし勝手なことばかり言って ほんとに ご ごめ」
わんわん泣きながらも秋緒は喜んでいる。

(大成功 秋緒のためならアホにだってなんにだってなってやる…)

(ほんとうはさ ぼくはまだ 今のぼくに慣れてないんだ でも 以前のぼくが夢だったってのは真実のような気がするよ アホの時の記憶はあんまりないんだけどさ(なにしろアホだったんだから) うまくたち回らなきゃ早死にしちゃうって言ったのは君だったじゃないか ぼくはうまくやりすぎたんだね しょーのない秋緒…フフフ…… ぼくはいつまでアホのふりしてなきゃならないのかな…)

秋緒と耶蘇が校内を歩いているときに、上の階の窓から木崎先生が本を落とした。本は耶蘇の頭に直撃してしまう。

「いっ」
「きゃあ」
「やあ わるい わるい つい手がすべってねー」
「や 耶蘇君? やそ君! やそ君! やそく~~~~ん しっかりしてェ~~~」

耶蘇はこの後どうなったのか?でもそれは作者の頭の中でしかわからない…
秋緒と耶蘇の仲はまだまだ前途多難のようだ。

おわり

 
<欄外コメント>
アン!!せっかくうまくいきかけたのに…。まだまだ混乱は続きそう…ですネ!?
 
<個人的な考察>
未収録の理由は…「アホ」「白痴美」「キ印」が引っかかったとかでしょうか?そういうワードは収録する際に言葉を差し替えれば済みそうなものですが…それともタイトルの「耶蘇君」が問題だったのか。こればかりは変更不可ですので改題できませんね…。
ストーリーは当時(1970年代)のりぼんによくあったドタバタコメディのテイストが色濃く出ており、作者名を知らずに読んだら水樹作品と気づかない人もいるかもしれません。しかし、この作品は本当に面白いので、電子書籍で出していただきたいものです。
 
<個人的感想>
私がイティ以外の水樹作品でベスト3を選べと言われたら、この作品を一番に選ぶくらいに好きなお話です(ちなみに2位は灰色の御花、3位は人魚姫)。登場人物が全員、キャラ立ちしているし、脇役もストーリーにいい味付けをしているのです。そして物語の緩急もしっかりしており、ダレる箇所もありません。上に書いたようにいつもの水樹作品とは違うテイストですが、肝心な部分はしっかり水樹先生らしさが溢れています。

このシーンがいい…!

あと、「猫が登場する」「壁ドン&無理チューという少女漫画の王道シチュエーションが描かれている」という点が他の水樹作品にはない要素ですね。
(イティの豪華本8巻最後らへんで、那智と黄実花がある意味壁ドン展開になっていますがあれはちょっと違うかな)

耶蘇君のフルネームは「東条耶蘇(とうじょうやそ)」ですが、これは詩人の西條八十(さいじょうやそ)からもじったのかなと推測します。

この作品は『りぼん』掲載のため、国会図書館で実物を借りて読むか、掲載号を買って読むしかないためハードルは高いですが、価値はあると思うので機会があれば是非ご一読ください。

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