未収録作品『まぶしくてみえない』

単行本未収録作品の『まぶしくてみえない』について、あらすじを書いてみます。いわゆるネタバレです。
※ストーリーの結末まで記載されていますのでご注意ください。また、何かあれば消すかもしれませんのでご了承ください。

<主な登場人物>
ライナー…主人公。ヨゼフを慕っている。歌手・フローリアンの大ファン。
ヨゼフ…主人公の兄貴分。20歳の音大生。
リーザ…ヨゼフの妹、ライナーの幼馴染。
フローリアン…18歳の人気歌手。ヨゼフの婚約者だったが…。

<舞台>
登場人物の名前から、現代(1970年代)のドイツと思われる。

<本編>
主人公・ライナーは寄宿制の学校に通う15歳の少年。
幼馴染リーザの兄であるヨゼフを実の兄のように慕っている。

学校が夏休みに入り、帰省の列車内でヨゼフと落ち合うことになっていたが、約束の時間になっても彼は現れなかった。婚約者を紹介してくれると言っていたはずなのに?と思いながらも、実家の最寄り駅で列車を降りる。

最寄り駅にはライナーの憧れである人気歌手のフローリアンが居た。
彼女はライナーを探していたらしい。
ヨゼフの事を知っているわね、とライナーに語り掛けてくる。

状況が呑み込めず混乱していると、リーザが現れ、フローリアンに対し
「いつまでこの町にいるのよ それともここで予定通りコンサート開くつもりなの たいした心臓ね 兄さん最期まであなたを恨んでたわ まごまごしていると兄さんの亡霊に呪い殺されるわよ」と告げる。

いたたまれず立ち去るフローリアン。

リーザが喪服を着ていることと、最期という言葉でライナーはまさか、と思うが、ヨゼフは一週間前、婚約者であるフローリアンを庇いトラックに撥ねられて亡くなっていたと判明する。リーザはヨゼフを訪ねた際、その事故を目撃し、搬送先の病院でヨゼフが亡くなるのを見届けていたのだった。
あまりに急だったのでライナーに連絡もできず、ヨゼフはすでに葬儀を済ませて埋葬された後だった。

リーザの案内で墓地へ赴く。そこにはライナーの姉が先に来ていた。
ヨゼフの墓には花が供えられていたが、姉が置いたものではないという。
リーザはフローリアンが置いたのだと直感し、その花を処分しようとする。止めるライナー。ライナーの姉にも「ヨゼフはフローリアンをかばって死んだけど、フローリアンのせいではない」となだめられるが、リーザは
(わかってないのはみんなよ フローリアンがあの時 あんなひどいこと言わなければ…)と考えている。

そうしているうちに、墓に何かが埋められているのに気づき、掘り出すと金髪の束が出てきた。

「古い迷信で、恋人に先立たれた女性が髪を切って、それを恋人の墓に埋めると死神が現れて自分も死なせてくれるというのがある、フローリアンがやったのではないか」と姉が推理する。
リーザはそれを「死ぬ気もないのに」と突っぱねるが、ライナーがそれを庇う。
「あの人の味方しないで かわいそうなのはヨゼフ兄さんよ」といい、リーザは走って行ってしまった。
「わたしが行くわ あなたヨゼフと話したいでしょ」と言い置いて、姉はリーザを追いかけていった。

ライナーは墓前で一人きりになり、出てきた金髪を埋め戻しているところに、フローリアンがやってきた。
金髪の件を話すが、彼女は自分の髪を切ったことを覚えていなかった。
ヨゼフの死がショックで記憶が無いのかもしれないと思ったライナーは慌てて話題を変える。自分はあなたのファンであることを伝え、ヨゼフから受け取った手紙に歌を作ったとあったけどどんな歌なのかと聞いてみる。
フローリアンはヨゼフと二人で仲睦まじく歌を作った時のことを思い出す。

「君はもう死ぬまでぼくのそばにいなきゃいけないよ 君がこの歌の光と水なんだから」
と約束したのに、光と水になれなかった、彼の歌も思いも殺して、彼も死なせてしまったと嘆くフローリアン。自分はもう許されないのだと言う。

このままでは彼女が再起不能になってしまうと心配したライナーは、彼女からせがまれたヨゼフとの思い出を、日が暮れるまで語る。
明日もここで会おうと約束し、ライナーは帰るが、フローリアンはそのまま一人、雨が降る墓地に立ち続けていた。夜になり、暗闇の中にフローリアンは少年時代のヨゼフの幻影を見ていた。

次の日ライナーが墓地に行くとすでにフローリアンがいる。
あのままずっと墓地に居たのかと驚くが、彼女は「ヨゼフを見た、いずれ近づいてきて自分を滅ぼすだろう」と言ってきかない。
彼女が錯乱していると思ったライナーは、自分とヨゼフの想い出の場所である「ヨゼフの池」に誘う。

ヨゼフとライナーは昔、石油王ごっこで地面を掘っていた時、泉を掘り当てていた。
そこは今では池と川になっており、小舟が浮かんでいた。

小舟に乗ってみたいとせがむフローリアンだが、もう腐ってて無理だとライナーが止める。
「わたしと同じ…でも幸せそう…光に愛されて…だからあの船 わたしを乗せてくれない わたし 光に愛されてないから」とつぶやくフローリアンを見て、自分では彼女を立ち直らせることはできないと落胆する。

「暗くてもうなんにも見えない」そうつぶやくと、フローリアンは体調を崩してしまう。
ライナーはどうにかホテルに彼女を送り、ベッドに寝かしつける。ふと彼女の腕を見ると複数のあざがある。事故の時の後遺症だろうかと考える。

ライナーは、フローリアンがまた歌えるようになってほしいと考え、リーザに頼んで、ヨゼフが作った歌の楽譜を見せてもらおうと思う。しかしリーザはそれを冷たく断る。
「あの人に歌を歌う資格はない 何もわかっていないくせに」
リーザが今までにないくらい頑なな態度を取ったためライナーは困惑する。

姉の婚約者が精神科医の卵であることを思い出したライナーは、彼に電話でフローリアンのことを相談する。
「つまりね そのヨゼフという青年への罪の意識が幻影を作り出しているんだ 自分を罰する者としてね 幻影はヨゼフの姿をした彼女自身というわけだ だから彼女が またヨゼフが来ると思っているなら彼は必ずやってくるし その彼が自分を滅ぼすと思っているならそのとおりになってしまう 彼女が自分の作り出した幻影に滅ぼされる前になんとか手をうたなきゃね」

その頃フローリアンは、ライナーから借りたアルバムでヨゼフの写真を眺めていたが、ふと窓を見ると、ヨゼフの幻影が現れる。

翌日もライナーは墓地に来た。
ヨゼフの墓前で「フローリアンを愛しているなら彼女を救ってよ 彼女を幸せにしてやってよ 歌をとりもどさせてやってよ」とお願いする。

今日もライナーはフローリアンにヨゼフの思い出を語るが、気もそぞろに、全然違う方向を向くフローリアン。ヨゼフが見えたという。
もうすぐ自分を迎えに来るんだと話すフローリアンだがライナーはそれを否定する。

「ぼくにはなんにも見えないよ 見えるわけないんだ あなたの想像物なんだから どうせ ぼくのいうことなんか耳にはいらないんだ なぜヨゼフを信じないんだよ ぼくには難しいことはわかんないよ わかるわけないよ でも愛ってもっと もっと 素朴(ナイーブ)なものだって…ぼく思うよ」

素朴(ナイーブ)という言葉にはっとしたような表情のフローリアン。
脳裏にヨゼフとの思い出が浮かぶ。

「ライナー あなたに会えてよかったわ 大好きよ」

このままだと危険だと察したライナーは、フローリアンを自宅に招こうとするが、花を供えに来たリーザと鉢合わせする。相変わらずフローリアンへの敵意を隠さないリーザとライナーが押し問答になるが、その時にリーザが思い余って事故の時の真相を語る。

「あ あたし 聞いちゃったんだから あの時あなた何ていったのよ もう兄さんの愛に応えられないって 婚約破棄して一人でアメリカへ行くっていったじゃない あたし聞いたもの!! フローリアンが兄さんにそういったのよ そしてその時あの事故がおこったのよ 裏切られたのに兄さんフローリアンをかばって最期まで名前呼んで 兄さんが呪わなかったらあたしが呪ってやる」

「うそだろ?フローリアン うそだろ!! そんなこといったなんて」

青ざめるフローリアンは、ライナーへの問いかけに応えず走って行ってしまう。
ライナーがフローリアンを追いかけようとするが、リーザに止められる。

「いかないでライナー パパにもいえなかった ママにもいえなかった 兄さんがそんなみじめな思いで死んでいったなんて 誰にもいいたくなかった」

ライナーは泣きじゃくるリーザを自宅まで送り届ける。

フローリアンはヨゼフの幻影を追って走っていた。

(今行くから そこにいてヨゼフ!! ヨ…ゼフ ああ…やっと…)

ヨゼフの幻影が目の前に来て、フローリアンの首に手を伸ばした。

(ほんとうに…あなただけを愛しています)

そこにもう一人、ヨゼフの幻影が現れ、フローリアンの名前を呼ぶ。
その瞬間、首を絞めていたヨゼフの幻影は消え去る。

(なぜわからない? 何があっても君がぼくを愛してくれるなら 僕も同じだ)

「そこに…在(い)るの? あなたも幻影?」

(いるのかもしれない いないのかもしれない でもここに ひとつの想いは在る  …愛だ…… 愛は愛するだけ ただそれだけ…他に何もない)

「私を許してくれるの?」

(ぼくは君を愛しているんだよ)

そういってヨゼフの幻影は消えた。

翌日、池へ急ぐライナー。

(ひと晩考えた そして結論 フローリアンの愛に嘘はない フローリアンの言葉に嘘がある!!ヨゼフだってそう思って死んでいったにちがいない 何かわけがあるんだ ヨゼフを離れてアメリカに行かなければならなかったような)

誰かに呼ばれたような気がして立ち止まるライナー。直感で、フローリアンが池に来ていると気づく。
ライナーが池に行くと、壊れかけの船にフローリアンが立っていた。舟は沈みかけている。

「フローリアン」
「まぶしいわ」
「あぶないよ 早く岸につけて」
「鳥も見えない 雲も見えない 空もみえない まぶしくてなにもみえない」

そうつぶやくフローリアンの表情は喜びに満ちていた。舟がどんどん沈んでいくがフローリアンは空を見上げて歌を歌っている。

何とかフローリアンを池から引き揚げたライナー。

「あ…あなたが死んだりしたら ぼ ぼくは ぼくは」
「ごめんなさい あの舟に乗れることがうれしくて でもそれだけだったのよ 死ぬつもりなんかなかったのよ そんな風に見えた?」

(…笑ってた……至上の幸福の中にでもいるように…まるで…ヨゼフに会って…)

「会ったの あなたのいったとおり ヨゼフはわたしの幻想だったわ でもそのヨゼフからも救ってくれたのもヨゼフだった そのヨゼフさえわたしの幻想かもしれないけど 私は彼を信じるわ」

(さっきぼくを呼んだのはだれだ?…あれは)

「もう死ぬことも生きることもこわくない 愛するだけ… そう素朴(ナイーブ)に…」

フローリアンはヨゼフと知り合って1か月目の思い出を語り始める。

ヨゼフがあの楽譜を持ってきていつもより数倍てれながらこういったわ

つまり これは 一種の讃美歌だ

まあ 宗教に懐疑的なあなたが?

ぼくは君に会ってから いまここに自分がいることがうれしくてしかたない なぜ地球(ここ)に生まれて人の形をした自分がいるのかわからないが 今のぼくは単純明快!! ぼくをここにおいてくれただれかに感謝したい どうがんばって反抗してみても 今のぼくには この世界が美しいものでみたされているように思えてしかたない 醜悪なものでさえ 時にいとおしい だから感謝せずにはいられない だれか…多分それが神…に感謝せずにはいられない 愛さずにはいられない 君と君のまわりのものすべてを

「わたし 歌うわ……」
しかし、そう決意したとたんにフローリアンは意識を失って倒れた。

その頃リーザの家にはフローリアンのマネージャーが訪れていた。
マネージャーは病院からフローリアンの件で連絡を受けており、一刻も早く彼女を見つけようと駆けずり回っていたのだった。

「わたし知りません 多分ホテルでしょ 早くあの人をこの町から連れていって下さい」

「ホテルにはいないんですよ まったく わたしはマネジャーとして失格だと思ってます フローリアンがこんなことになっているなんて全然しらなかったんですから かわいそうに」

「ずいぶん寛大なんですね コンサートを前にして置手紙ひとつで突然アメリカへ行ってしまうはずだったのに でもわたしは兄さんを裏切ったあの人を許しません」

感情がこもり、声を荒らげてしまうリーザ。

「待ってください 彼女は多分あなたのお兄さんのために そうしなければいけないと考えたんですよ 彼女はもう そう長くは…」

そこにライナーが駆け込んでくる。
「どうしたの ライナー びしょぬれ」
「電話かりるよ フローリアンがたおれて目をあけないんだ」
「フローリアンが?」

はっと気づいたように慌てるマネジャー。
「救急車を呼んで!!彼女は急性白血病なんだ!!」

ライナーはそこで全てを察した。彼女はそのことを知っていた、コンサートの日までさえもあやうい生命(いのち)だということを。アメリカでひとりで死ぬつもりだったのだろう。

病室でフローリアンを見舞うリーザとライナー。
フローリアンは、自分が死んだらヨゼフは自分だけを追って、他の人を愛せなくなると思ったとリーザに謝罪し、ヨゼフが作った歌を歌わせてほしい、と懇願する。

立ち会った医師が、もう歌えるような容態ではないと止めるが、フローリアンは「ヨゼフを愛して愛されていた、幸せだった、だから歌うんです」と言った。

(ああそうか 彼女が光と水になってあの歌をこの世に誕生させるのか
生まれて…死んで…死んでまた生まれる)

「フローリアン」
「素朴(ナイーブ)って名言よ… 忘れないわ」

コンサートは予定通り開かれた。
舞台袖からライナーはフローリアンを見守っていた。
客席にはヨゼフとライナーの家族が居て、歌に聴き入っている。

(彼女は歌う ヨゼフの歌を 愛と命の限りをこめて 今ここに生きている喜びを歌う 少年のような ローレライのような声で…… ああこの歌のためにヨゼフはぼくを呼んだんだ)

コンサートが終わり、客席からは拍手喝采の嵐。

(今あなたはヨゼフとともにいる 拍手の嵐の中ではなく… あの光の中 池の上にいる 至上の幸福につつまれて……だから……)

フローリアンが舞台から戻ってくる。
「ライナー あなたが大好きよ」

そういってフローリアンはライナーにキスをして、去って行った。

ライナーは彼女がヨゼフと共に、あの光の中へ行ってしまうと直感していた。行かないでフローリアン、と叫んだが声にならなかった。

フローリアンが居なくなったことに気づいて会場が騒然となる。

「フローリアンがいないぞ さがせ 自殺のおそれがあるんだ」
「さきほど汽車にのったのをみかけたとか さがせ 自殺するおそれがあるそうだ」

「ちがう 自殺じゃない 自殺じゃないんだ フローリアンはね むしろ生きるために…だから止められなかったんだ ぼくはとめられなかったんだ」

リーザはライナーが泣きながらそう語るのを黙って聞いていた。
フローリアンはその日消息を絶ち、マスコミはおそらくいずこの地かで自殺しているだろうと騒ぎたてた。

(ぼくの話をわかってくれたのは リーザ一人だった
フローリアンが土に還るべく 水に還るべく 旅にでたことは明らかだったが 自殺ではないのだ… 彼女は沈みゆく小舟の上でみごとに生きていたではないか 生も死も時さえこえて 彼女はあの目もくらむ幸福と愛の中にいつづけるにちがいない)

(歌だけが残り 人々をなぐさめている すべてが幻影のようだ
夏ごとに思い出す フローリアンのあの言葉 生と死がひとつにとけあう あやかしの言葉 ああ ぼくは 忘れない)

まぶしくて何もみえない……

おわり

<個人的な感想>
水樹先生の作品の中でもとりわけシリアスな、生と死を扱ったお話です。今回記事作成の都合で少し端折った部分もあり、伝えきれない部分も多いので実際に作品を鑑賞していただきたいですが、国会図書館等で閲覧するか、『りぼん』本誌を購入するしかないので難しいところです。
電子書籍でいいので出てほしい。
未収録の理由はページ数でしょうか。60ページあるので。

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