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【連載小説】黒い慟哭  第6話「百丸」

「ねぇ? 電気消して」
「は、はい!」なぜか敬語で隆史は慌てて照明を落とした。
常夜灯に包まれ静まりかえる寝室で隆史は亜美を抱いている最中、落ち着きが無かった。
「あの……何かカサカサ聞こえないですか?」
「何の音だろう?」隆史が小さい声で発した。
亜美はムードを壊さないでと言わんばかりに「私を見て」そう言いながら、起き上がり隆史の唇を奪った。
薄闇に紛れて亜美の太ももが俺の股に絡みついてくる。レースのネグリジェがめくれ上り太ももが隆史の股間をまさぐっていた。
女の身体をこの目でおがみたいが一心で顔を持ち上げた時、闇に浮かぶムカデと目が合った! 
「うわっ! ムカデ!」声が裏返り慌てて起き上がろうとする体を亜美が静止するように上に乗ってきた。
「どうして、そんな事を言うの? ムードは大事よ」彼女が常夜灯も消した。暗闇に包まれた。重ねた唇から彼女の舌が侵入してきた。トロリとしたなめらかな舌触りが気持ちよくお互い舌を絡めそのまま押し倒されるように寝転んだ。
「ねぇ、ボタン外して」俺は言われるがままネグリジェのボタンを1つずつ外した。
 股間は爆発寸前だった、俺の上でまたぎ前後に動く亜美の姿を見つめながら、気持ちよくなりあえぎの吐息がもれた。

 朝……起きたら亜美はベッドにいなかった。寝癖を付けた髪を揺らしながら、キッチンに向かうと、いい匂いが漂ってきた。
「あっ! おはよ」男性用のカッターシャツ姿の亜美が笑顔で挨拶をしてきた。俺は目のやり場に困りながら、白いショーツがわずかに見える下半身に向かって「おはよ」と返した。
「男の人って、こういう格好が好きなんでしょ?」そう言いながらペットボトルのミネラルを口に含んだ。
隆史はうなずくだけで、何も言わず椅子に腰掛けた。
「コーヒーにする?」キッチンから身を乗り出して聞いてくる亜美に対して精一杯背伸びして乗り出しているのだろう? と勝手な想像をしてニヤけた。「コーヒーで」とひと言。
「何、ニヤニヤしてんのよ?」身を乗り出したまま怪訝そうに口にした。
「そう言えばまだ正式に付き合ってないよな?」とっさにごまかした。
「昨日、あれだけ激しくしといて今更?」
亜美が目を細めた。
「えっ? そんな事は……」白々しい隆史に「覚えてないの? 激しすぎて私、壊れるかと思ったわ」キッチンの縁にコーヒーを置いた。
「あ、ありがとう」コーヒーを受け取ると一口啜った。
「でも、俺なんかが、亜美さんの家に居たら彼氏に怒られないかな?」冗談っぽく言って探ってみた。
 相変わらず下手くそな探り方だが、1番効果があると隆史は思っていた。
「えぇ、大丈夫よ」一瞬ドキッとした。
「これが気になる」と左手の薬指にはめているリングを見せてきた。
「紛らわしいけど、オシャレリングよ」
「今や指の効果などあまり関係のない時代よ」薄笑いを浮かべた。
「ごめん、昨日は避妊していなかったから妊娠していたら……」困惑した様子でうつむいた。
こういう時、何て返せばいいか分からなかった。
 うつむいている俺の後頭部を見つめる垂れ目がちな彼女の瞳が底なしの深淵に覆われた。
その瞬間、異臭がリビング中に広がった!
 隆史の見開かれた目がやがて、恐怖の色に変わっていく。
 ダイニングテーブルに置かれた茶碗に湯気立つできたてほやほやの白米が艷やかに輝いていた。
 続いて異臭の原因とされる牛乳瓶から黒い物体をスプーンでほじくりながら、白米の上にボトボトとご飯のお供である切断されたムカデの切れはしが、ふりかけのように注がれていく。
 牛乳瓶から半分ほど出したところで白米とムカデを混ぜ合わせる。腐りきって変色した体液が生卵のように白米に絡んでいく。
 混ぜ合わせたその上に先ほどの牛乳瓶に押し込まれたムカデの切れ端を力ずくでほじくり残りのムカデの切り身を上に重ねていく。死ぬ前にもがいたのだろうか? 死後硬直したように脚があらゆる方向を向いて固まったままぶつ切りにされていた。
 その物体をスプーンで掬うと隆史の口腔内に無理矢理、押し込んでくる。恐怖のあまり体がすくみ脱力して抵抗ができなかった。
「30回、しっかり噛むのよ!」まさに狂気そのものだった。
パリパリと殻のような食感と腹部だろうか? ブヨブヨとした柔らかい食感が交互に味わえた。その途中で千切れ脚が歯の隙間に詰り舌はムカデの体液で苦かった。
 頬を掴まれ「呑み込むのよ!」鬼の形相とも取れる表情で咆哮した。
(なぜ? さっきまで、優しかったのに?)
ゴクリ……呑み込んでしまった!
食道に異物が引っかかる感触を感じながら、胃に送った。彼女は満足そうにキッチンに向かうともう1つの牛乳瓶を持ってきた。
 ダイニングテーブルに座り彼女の右足が俺の太ももに乗せられた。開かれた股からシャツの裾がズレ落ちる。左腿に刻まれたムカデと目が合った! ムカデの入れ墨だった! 昨夜の元凶はこれだった。
 牛乳瓶から取り出された半固形物にまみれた1匹のムカデそれを箸でつまみ血がこびりついたハサミを近づけた。
 隆史は意識が朦朧とする中で生きているムカデに顔を顰めた。
 ムカデは身の危険を感じたのかハサミから逃れようと身をよじらせる。

ジョキ、ジョキ、ジョキ、ジョキ
キィキィと金切り声をあげた。

隆史の太ももにあたりムカデの切れ端が床に落ちた。4つのパーツがしばらくウネウネと断面を見せて動いていたが、すぐに動きが止まった。
短く残された体を箸で挟まれたムカデは激痛のせいか届かない胴体を巻きつけようと必死だった、容赦なく2枚の刃が胴体を切り裂く。
 ボタボタと異様な音を立てて床に転がるぶつ切りにされた1匹のムカデ。
隆史は涙目になりながら、さきほど呑み込んだ物が胃の腑をついて、逆流してきた。
床に吐瀉物を吐き出して意識が薄れてきた。薄れゆく意識の中、なぜ抵抗できなかったのか? なにかの薬を飲まされたのか?
 亜美の声が微かに聞こえる。
「あなたって、ほんとうにダメね、妊娠?」
「あなたが起きたら本当の絶望を教えてあ・げ・る」囁く口元からほのかにコーヒーの香りがした。
 
 卵焼きにウインナーに申し訳程度に載せられたサラダにバターをタップリ塗ったトーストがテーブルに置かれた。
 いつも友香が作る朝食だ。
友香が座るのを待って一緒に「いただきます」をして朝食を摂った。
「今日は休みで昨日が夢みたい」婚約指輪をかざしてうっとり見惚れていた。
「友香、お〜い! と・も・か」
ハッとして真顔でこちらをキョトンと目を丸くした。
「おれの話、聞いてる?」トーストを片手に悠介が聞いた。
「ごめん、話って引っ越しの話だっけ?」慌てる友香の姿が可愛かった。
「違うよ、友香のご両親に挨拶の話だよ」
「……」その話になった途端、友香は悲しそうな顔をした。
「どうしたの?」心配そうに友香の顔を窺った。
「……悠介にはまだ云ってなかったね」重い口を開いた。
「あのね……私の両親は7年前に他界したの……」すると、悠介の手からトーストが滑り落ちた。
「ご、ごめん無神経なこと聞いて」首を横に振る友香。
「違うの! よく聞いて、私のお姉ちゃんがね……」話しながら、目を逸らせた。
 今からする話は悠介の目を見て言えるような事ではないそんな雰囲気でうつむいたまま話を続けた。
「お姉さん?」悠介は首をかしげた。
「うん、姉が父を刺したのよ」アイツが悪いのよ。自業自得よ。

 あれはたしか……私が22歳になる夏だったわ。
友香が淡々と話しだした。俺は固唾を呑んで聞いていた。
 黒川家はボロいアパートに住んでいたわ。お金が無くて困っていたの。父が会社をリストラされてからは、毎日酒びたりになって、母もパートを1つ増やして生活費を稼いでいたけど、当然それだけではやって行けるはずもなく、父は会社一筋の人だったから、他の会社で働くようにと私達からも父を説得したわ。だけど、信じていた会社に裏切られた。何を云ってもそればっかり! リストラが裏切り行為だと父は言っていた。何十年と会社に貢献してきても最後はあっさりだ。
それ以後は酔っ払っていびきをかいて寝るの繰り返し。
「お父さんの会社は……」割って入ったはいいが言葉に詰まった。
「結局は中小企業だったから潰れてしまったわ」溜め息をこぼした。
悠介も自分自身そうならないようにと心中で思った。
だから、私は必死に勉強して給料のいい会社に就こうと必死だった。それが、今の銀行よ。しばらく切り崩しの生活にも底がつき母は体を壊してしまい寝たきりの状態になり、さらに追い打ちをかけるように父のお酒の量も増えていった。
お姉ちゃんの給料だけじゃ足りなくなって私の給料からも生活費を入れていたわ。
 いよいよお金が底を尽きた時が来たわ。
積み重なる母の医療費に食費、家賃、光熱費その他諸々のお金が私達に乗っかって来たわ。常に借金の取り立てに追われているような危機感を感じて私達は困り果てていた時、ついに父のお酒も底を尽きたわ。
 お酒がないとわかった途端に父は暴れ出したわ。なんとか工面して酒持って来い! なんて言っていたわ。典型的なパターンよね。「そりゃそうよね。2人の給料日までに急ピッチで銀行の残高が減っていくんだから……」
 私達に暴力を振りながら、金がなけりゃ風俗でもなんでもやって稼ぎやがれ! 声を荒らげて怒鳴っていたわ。
奥の和室で寝たきりになっていた母は泣いていたわ。そりゃそうよね2人して暴力に耐えているのだから、母からしたら二人をかばってやりたくても動けない自分が歯痒かったんじゃないかな? その時は母の叫び声も耳に届かないくらい私達の心は疲弊しきっていたわ。
 実際にお姉ちゃんは給料日までの繋ぎで風俗で働いていたわ。
『友香はそんな事しなくていいから』そう、言われたの。『嫌な事は私がする!』 その代わり母の事を頼んだよ。姉にそう言われたのを今でも憶えているわ。
 ただ、母を看ていれば父も居るわけだから理不尽に叩かれる。
私は暴力から逃れるために仕事帰りに近所のスーパーでお酒を盗んでは父に与えていたわ。もちろんお酒が切れたら激昂の如く暴言と暴力が飛んで来るから必死だった。
いけないことと知りながらも……
 姉は昼の仕事が終わったら、すぐに夜の仕事に行く準備をしていたわ。私達の家庭環境は底辺を這いずり回るくらい劣悪だったわ。
そんな限界の生活が何年か続いたある夏の日。それは最悪の夏だった。
寒さは着込めばいいけど、暑さはそうもいかない。
私達は電気を切らさないように必死だった。ただ、電気を止めない代わりに水道が止まった。毎月の電気代の支払いに追いつけず2ヶ月に1回の支払いが滞納したのよ。
 お風呂や洗濯はおろか、トイレも流れないから大変だった。

 ある日の夜……ゴキブリが徘徊する悪臭が漂うボロアパートの玄関を開け、いつものように万引きしたお酒を持って父の元へ行ったわ。
 ドアを開けると薄闇の中で姉が全裸で四つん這いになっていたわ。
激しく前後に揺らされる乳房と腰を掴まれ小さなお尻に父のだらしない下腹部を強く打ちつけられていたわ。
室内は汗が吹き出るほどの熱気の中、ひときわ大きな音を立てて腰の動きが止まり私の姿に気づいたのか不敵な笑みを浮かべたわ。
床に押し付けられた姉の顔が歪んで泣いていたわ。頬が腫れている。おそらく抵抗したのだろう。
 その光景があまりにもショッキングすぎて、その場に座り込むと父が立ち上がり向かってきたわ。姉はそのまま床に崩れ落ちるように倒れ込んだわ。
伸ばされた魔の手から逃れようと必死になって逃げたわ。
執拗に追いかけてくる父のシルエットが不気味で恐怖をよりいっそう掻き立てたわ。
 私は助けが欲しくて最終的に和室に逃げ込んだ。
母は寝ているのか動かなかったが、その母を跨いで興奮した父が私に近づいてきた時、父の後ろに人影が見えたわ。
ドン──! 鈍い音がした!
 父が母に覆いかぶさるように倒れた。
背中には深々と突き刺さった包丁の切っ先が胸から3センチほど突き出す強い殺意のこもった一撃だった。父は即死だった。
 煌々と照らされた姉の姿。
色を失った双眸が今でも忘れられないわ。

 その後で分かった事なんだけど、母は寝ていたんじゃなくて餓死していたのよ。
私は呆然とその場に座ったままだったけど、姉は素足で何かを踏みつけていたわ。よく見るとゴキブリが脚を痙攣させて潰れていたわ。
 その後、私は警察を呼んで帰ってきたら姉の姿はどこにも見当たらなかったわ。

「聞いた話では、そのあとすぐに姉は結婚したみたいだけど、姉夫婦の間に3歳になる娘さんの美咲ちゃんは実は父に凌辱された時に出来た子供だったと噂があったけど……」とそこで話をやめた。冷めたコーヒーに口をつけた。
悠介は絶句した。そのあとで「大変だったんだな」と悠介が背後から抱きしめてくれた。
「長い話でごめん」と短く言葉を切り友香は目尻に溜まった涙を拭いた。
悠介の手を握りながら「あの頃の私は心が死んでいたわ」でもそれ以前に短大を卒業していたのが救いだった。22歳で勉強したせいもあってなんとか銀行行員になれた。地獄の3年間から今に至るまでの7年間必死で藁にもすがる思いで働いたわ。腐っていた心、諦めていた人生をなんとかして自分自身の幸福のために……

友香の壮絶な過去を初めて知った。思い出すのも過酷な記憶それを聞いた悠介は彼女をよりいっそう大切にしようと心に誓った。
最後に刑事の人から、寝たきりの母について語られた。日中、私達が仕事に行ってる間、父から繰り返し暴行されていたり、母の分の食事も父が平らげて母は何も口にせず餓死した。そう、刑事の人から聞いた時は怒りを感じたわ。だって、私達はてっきり母もちゃんと食べてると思っていたのに、まさかよね。司法解剖した結果、胃の中から出てきたのは少量の紙の切れはしだけだった。その後は言葉にならなかった……
これで話は終わりよと食事中にこんな話をしてごめんなさい。
「ねぇ? 悠介? 私の事を嫌いにならないでね」
「嫌いになんかなるもんか! 話してくれてありがとう」友香は泣きながらうなずいた。震える体を強く抱きしめた。
 長かったトンネルからようやく脱出できた気分だった。〈一人は嫌、一人は淋しい〉この記憶が私に結婚を急かす理由だった。

 一体いつまで眠っていたのだろ?
椅子? 体が動かない! 
慌てて辺りを見回す。カーテンが閉じられ部屋の電気は消されていた。
目の前にはダイニングテーブル。その上に寝室で見た黒いケースのような物が置かれていた。そこから、カサカサと容器をこする音が聞こえる。
ハッとして自身の足元を見ようと背を曲げようとした時、両手首が固定されている事に気付く! 椅子の背もたれに回された手が固く縛られている。服ははぎ取られたのかトランクスだけが残っていた。
「なんで? たしか……ここは?」呆然とする意識の中、突然背中から声がした。
「私の部屋よ」
亜美がワイングラス片手に奥の部屋から出てきた。服装は変わらず男性物のカッターシャツに白いショーツがわずかに見える格好だった。
 黒いケースを端に寄せてテーブルに腰を落とした。右脚を隆史の太ももに乗せ左脚は宙で揺らしている。
目の前で開かれた白いショーツを見つめながらこの女は誰にでも股を開くのかと落胆した。
隆史の目の前で股を開いた状態から「これ、なぁ〜んだ?」と左手から長方形の物を見せてきた。
 隆史のスマホである。
「おい! それ俺のだろ!」語尾を荒げる隆史に対してクスクスと笑いながら、スマホを自身の太ももの上に置きカッターシャツのボタンを外た。観音開きに開かれプルンと張り出した乳房が揺れシャツの中身が露わになった。
 隆史のスマホを操作してインカメラに設定した。
画面の角度を調整して亜美が自身に向けて動画を撮っている。
「何をやっているんだ?」呆れ半分で聞いた。
シャツをはだけさせて嫌そうなポージングで動画撮影が終了した。そのあと、写メを数枚撮った。
 しばらくスマホを操作してテーブルに置いた。どこかでライン音が鳴った。
「なんで、ロックの解除を知っている?」
キョトンとした垂れ目がこちらを見つめていた。
「覚えてないの?」肩まではだけたシャツを直しながら言った。
「はぁ?」眉間にしわを寄せた。
「昨日の夜、教えてくれたじゃない」今日が2人の記念になるからとSNSにアップする時にロックの解除方法嬉しそうに私に云ってたわよ。フフッ。
最後の勝ち誇った含み笑いが癪に障った。
「あなた、もしかして昨日、本当にセックスできたと思ってるの?」
「なに?」
「これだから童貞は」とテーブルに座った彼女が見下していた。
「素股って知ってる?」隆史は少し目を大きくした。
「どうせ、仲のいい友達に自慢気に報告する気だったんでしょ?」図星だった。
この女は男をよく知っている。
亜美が立ち上がった。
「いいもの見せてあげる」シャツを脱いで背中を向けた。
隆史は目を瞠った!
左脚の太ももから背中を這い上がり右肩からこちらを睨んでいる。巻き付くようにムカデの刺青が生々しく刻まれていた。
(これを彫った彫師はどんな心境だったのだろうか?)
(俺がベッドで見たのはムカデの尻だったのか!)
脇に置かれた黒いケースを開けた。
素手で動く物体を掴む。
「紹介するわね、私の彼氏の百丸《ひゃくまる》よ」
なんのひねりも閃きもないそのままの名前……
亜美は躊躇なく掴んだ黒百を自身の太ももに乗せた。
そのムカデは長くて太くてデカかった!
「大きいでしょ」満足気に顔を恍惚とさせた。
 真っ白な太ももを自信気に黒光りする身をクネらせ這い回る。
「あぁ、堪らないわ! これよ、これ!」
ヨダレを垂らしてヨガっていた。
「あんたの愛撫よりもはるかに感じるわ」
すると、百丸がショーツの隙間に頭を潜らせた。
「そこはダメよ!」鼠径部から引き離す。掴まれた百丸は驚いたのか指に体を巻き付けた。
「んんーっ、かわいい♡」と頬ずりする亜美の姿に目眩がした。
その一部始終を間近で見てこう思った。
『狂気』その二文字が浮かんだ。
 亜美と目が合った! 途端に顔が青ざめた。
「佐藤君、この子は肉食だからゴキブリや蜘蛛を食べて育つの」
云ってること分かる? 3年前のゴキブリ事件知ってる?
「私はあの事件が許せない!」掴んだムカデを顔の前に近づける。
「や、やめろ!」顔を引き攣らせて身を引いた。
「ゴキブリって下品よね、そう思わない?」
ムカデの触覚がひっきりなしに左右に動いている。
「俺にはどちらも害虫にしか思えない」
正論だった。
「なによそれ! 全然笑えない」
口調とは真逆に顔は笑っていた。それがかえって不気味さを増していた。
突然、亜美の顔が破顔した!
「次はムカデ事件が大体的に報道されるわ、あなたは、その1人目の犠牲者になるのよ」
色彩を失った亜美の黒い瞳がギョロっとこちらを覗いていた。
「私は苛ついてるのよ!」床を強く踏みつけながら、奥の部屋に入っていった……なにやら紙切れを持ってこちらに現れた。
目の前に突き付けられた紙は婚姻届だった。『百丸 亜美』そう書かれ捺印まで押してある。
「市役所に行ったけど、受理されなかったわ!」よだれを撒き散らしながら咆哮した。
口の端に泡が溜まっている。
異常だ! もはや正気の沙汰ではないと確信した。
狂気以外の何者でもなかった。
その時の職員は一体どんな顔をしていたのか分からないが、1つ言える事は、この女の心が歪んでいる……狂っている……
 どうやら気が済んだらしい。
百丸が鼻の穴に近づく。顔をひくつかせ落ち着きが無かった。
「早く遊びたいのね! いっぱい遊んでお腹空かせようね」
ズル……ズズズズ……ズル
いびつな形に盛り上がった鼻筋がやがて、目尻から触覚の先端がもぞもぞと現れた。
眼球を押し出した隙間から血まみれの顔を覗かせた。まるで深海魚が地上に投げ出されたみたいに眼窩から飛び出した眼球がぶらぶら左右に揺れていた。再び眼窩の中へと姿を消した。
 隆史は小刻みに体を揺らした。
縛られた手首が擦り切れ血が滲んでいた。
顔の中に突如として現れた闖入者によって内部からえぐられ破壊されているのだ!
 激痛が激痛を呼び意識が薄れてきた。
亜美はワインを呑みながら傍観していた。
ムカデは食道まで進んだが、何を思ったのか食道を駆け上がり喉から顔を出した。
隆史は口をパクパクさせた状態で痙攣していた。
「おいで!」無理矢理口を広げ百丸を救出させた。隆史の顔面からは血に混ざって変なジェル状になった血肉が鼻から抜けた。
「百丸、楽しかった?」害虫の頭を撫でる女の姿を目に焼き付けた。
「お前だけは、死んでも呪ってやる」
口腔内から溢れた血肉を吐き出しながら呪文を唱えるように言った。
「晩ごはん食べる?」百丸を指に絡めながらキッチンへ向かう。
「やめてくれ!」この女どこまで腐ってやがるんだ!
ひとしきり遊んで満足したのか朝作ったムカデご飯をテーブルの上に置いた。
向い側の椅子に腰をおろした。
「この人、暗い所が好きだから……」
なにやら考え込んでいる。
しかし、この害虫が人に見えるのか?
「あっ、そうだ! 肛門に入れてみよっか?」手をポンと叩いた。
俺はトランクス一丁だ!
しかし、両腕を椅子に固定されている。
どうして肛門に入れると言うのだ?
 すると、亜美は隆史の腰を掴みズルズル後ろに引いていく。
背もたれの開いているスペースに押し込まれていく。
引かれると同時にトランクスも一緒にズレていく。やがてそのスペースから肛門がはみ出した。ケツがひんやりとした。
 俺は前かがみの状態となりテーブルに顎を打ち両足も伸びている。くの字に曲がった体が痛かった。
時折、お尻に当たる触覚の感触に血の気を引かせた。いつ来るか分からない恐怖にケツの穴をキュッと閉じて待っているとすぐにその時が来た! 
 百丸が侵入を試みる。無理矢理開拓されひくついた肛門の中をズルズルと異様な音を立てた。閉まる肉壁を強引に我がもの顔で進む。腸を荒らし回る。爆裂な痛みが襲う!
「頑張れ!」亜美の声援が聞こえた。
 痛みがどんどん上の方へせり上がってくる。内部を噛み千切り容赦なく前進する。やがて黒百は胃の辺りまで到達したのか、胃酸によってひときわ胃の中で暴れ出した! 胃の収縮によって吐き気がした。消化不良の胃液が自身の膝に吐き出された時、害虫は丸まって吐き出された。
 亜美はすぐさま百丸を救出すると「大丈夫だった? 怖くなかった?」ムカデに話しかけていた。
「私にはこの百丸の声が聞こえるの」
その言葉を最期に意識がなくなった……

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