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【連載小説】黒い慟哭  第2話「動画」

夜空に満天の星が輝く、夜の一大パノラマ。そこにピンクのネオンが妖しく二人を照らしていた。
唇を重ね合わせ舌を絡め合いねっとりと汗ばんだ背中に手を回し友香の華奢な身体を自身の方へ引き寄せた。
 「今日はいつもより激しいな!」
 「んふっ♡ 今日はすごく感じるの」
二人は映画を観たあとショッピングをした際に彼女が欲しがっていたブランド物のバッグを買ってやった。
 激しく感じるのはそのせいだろう。そのあと、パスタを食べた。普段は金がかからない女だから、何もない男は退屈だろうと思われないようにたまにはこういう日を設けている。お金にさえ気をつければたいした事はない! ネオン越しに賢者モードの余韻に浸っていた。
 彼女の名前は黒川友香《くろかわともか》付き合ってまだ半年だが、腰まで伸びたストレートの黒髪に吸い込まれそうになる大きな瞳、スタイルも申し分なく豊満なバストにくの字にカーブを描いたくびれ、桃のようにプルンプルンと割れた尻を鷲掴みにした。
極めつけはモデルのように細くスラッと長く伸びた脚。
要するに非の打ち所がないくらい完璧な女性である。
 褒めたらきりがないくらい。そして俺には勿体なさすぎる女をホテルで抱いている。
こう見えて彼女とは結婚を前提に付き合っている。もちろん友香には秘密だが、いつかはサプライズでプロポーズするつもりだ。
 火照った友香の肩を抱き俺は賢者タイムを継続した。
左をチラッと見ると友香は悠介の腕の中で、ぐったりしている。自慢の黒髪が顔にかかりしやらしい色気を感じた。
(やっぱり、いい女だ)何度抱いても飽きやしない、こいつの性格は折り紙付きだ。華奢な両腕に挟まれた胸の谷間の深みにハマり第2ラウンドを始めようと起き上がったとき、スマホが鳴った!
 こういう時、マナーモードでは、友香は不安を感じるだろう。あえて音を出すことで隠し事がないことをアピールしている。自身のナルシストぶりには赤面するところがあった。
 スマホの画面を確認する。
勝からのラインだった。俺と賢治のグループラインに何やらスクリーンショットが送られてきた。確認すると牛乳瓶が写し出されていた。スマホを左右に傾けながら、それが何なのか凝視してみると、ムカデが写っている写真だった。
 俺が返信を入力中に賢治が『食事中になんて写真送りやがるんだ(笑)』と素早いフリップで打ったのだろう。
 その後に『なにかわかったのか?』と送った。
数分後に『ユーチューブ空き家突撃チャンネルを観てくれ』と勝《まさる》からの返信があった。
 俺はしばらくムカデの写真を眺めていた。
すると太ももに何かが這った! 
心臓が跳ねた! 変な痒さを覚えた。
太ももに視線を落とすと太ももに触れたのが友香の手だと分かり安堵した。
友香はかわいい寝息を立てていた。
 友香の頭を撫でながら、チューハイを飲み干した。

 外壁には長年の黒々とした染みを貼り付かせた鉄筋コンクリートに囲まれたある一室、終始カチャカチャと騒がしい。
明日は朝が早いというのに遅くまでゲームに没頭している。
鼻に付いたピアスが痒いのか爪の先でポリポリ鼻を掻いた。
木口賢治はゲームの為に全てを捧げてきた男と言っても過言ではない。
 とりわけ頭がいいわけでもなく、背が高いわけでもなくそれでいて男前でもない、中の下以下の人間に分類されるのだろうが、一時期は不良もどきな事もやっていた。鼻ピアスは、その時のなごりである。
ヘッドホンを外しゲーミングチェアの背もたれに背中を深く預けてセブンスターのパッケージから一本抜き取る。ジッポで火をつけ肺の奥まで煙を入れ一気に吐き出す。白い煙が黄ばんだ壁に吹きかかる。
勝利の余韻に浸っているのだ。
 格闘ゲームのランキング上位に入ったのだ。しかも、世界ランキングだ。
9位だ! 上出来だ! 世界ランキング10位以内をずっと目標にして何年も何年もプレイしてきた。それが、ようやく叶った小さな夢だった。
 これで、次の目標ができた。
次は、最上位のトップ3を目指す思いに胸が熱くなった。
灰皿にタバコを押し付けた。
 この胸の高鳴りの中、果たして無事に睡眠ができるのだろうか?
洗面台に向かった。
フェイスタオルで顔の水気を拭っている時、目の端に小さな影を捉えた。タオルを元の位置に掛けその影を追跡することにした。虫なら見逃せない、ほっとけばほっとくほど後々面倒になる。
 洗面台と洗濯機の隙間を確認するが、暗くていまいちよく見えない。
屈んだ状態から洗濯機上に置いているスマホに手を伸ばす。すぐさまライトを照らして上下に光を当てる。
 小さな影の正体は蜘蛛だった……
隙間に息を吹きかけ挑発してみる。蜘蛛が反応して、少しカクカクと動いたあと、止まった。ティッシュを右手に準備しつつ辺りを見回すとモップが立て掛けてあった。逆さまにして柄の部分を短く持ち隙間に差し込むモップの柄がギリギリ入る隙間を手探りで床に這わせて自身のほうへ引き寄せる。
 それに驚いた蜘蛛は慌てふためいて逃げまわったあげく壁を必死に脚を動かしてよじ登る。
そう、蜘蛛も必死なのだ。こちらは命がかかっているのだ! そう、やすやすと捕まるわけにはいかないのだ。
 賢治もたま殺そうと必死のパッチなのだ。
格闘は深夜まで続いた。その結果勝者はもちろん賢治なのだが、どうも彼の様子がおかしい? テッシュで包むまではよかったのだが、そのまま潰すのかと思いきや両手で優しく落ちないように玄関から蜘蛛を逃した。
蜘蛛は足早にコンクリートの亀裂の中に姿を消していった。
 もし……さっきの蜘蛛が人間の女性だったら、賢治に対して好意を抱いてくれるだろうか? それくらいの愛情で接したのだ。
賢治は顔に似合わず殺生を嫌うそんな人間だ。
 スエット姿で布団に潜り込んだ。
送られてきた牛乳瓶の中でドス黒い固形物を突き破り出口の方へ伸びているムカデの写真が湖から顔を出したネッシーのように見えた。
やがて、まぶたが重くなり暗闇に包まれた。

 ピピピッ ピピピッ ピーピピッ
アラームが鳴った。ヌッと伸びた手が目覚まし時計を止めようと彷徨っていた。
押す前にアラーム音が止まった。
「おはよー」と頬にキスをしてくれた。石鹸の匂いが堪らなくよかった。
上体を起こして「おはよう」と返す。
「昨日は早くに寝てしまってごめん」
「せっかくの夜だったのに……」
友香が熱い夜に水を差したかのように寝てしまった事を謝ってきたのだ!
「いや、いいんだ」
(なんて、いい女なんだ……)
それと、同時に女性にそんな事を言わせている俺の不甲斐なさが身に染みた。
 何か言おうとして見上げると友香は着替えを済ましていた。友香は銀行行員だ。俺なんかより何倍も頭がよくて何倍も給料が……それから先は飲み込んだ。自分が悲しくなるだけだ。
しばらく友香の容姿に見とれていると鏡越しに目が合った。
「ちょ、ちょっと、やだ」
「そんなにジロジロ見ないでよ」頬を赤らしめて照れるように言った。
明々と照らされた照明に囲まれたお姫様のようなドレッサーでピアスを付けていた。
「綺麗だよ友香」ぼそっと呟いた。
「えっ、何? なんか言った?」
「いや、何でもない」この言葉はウエディングドレス姿まで取っておこう。ついさっきそう心に決めた。
 ホテルから仕事場に行く事は今日が初めてだ。二人とも顔をこわばらせて部屋から出た。祈りながらロビーを抜けると二人は顔を見合わせ、頷いた。ここからが本当のお祈りだ!
 俺が先頭に立ち左右に開いた自動ドアを抜け外へ出た。
友香に目配せすると両手で顔を覆っている。しばらくその状態で駅方面に歩いていく。
「もう、大丈夫だよ」俺が安全を確認して促した。
パッと手を下げ「ぷはぁ〜」と赤面した顔をこちらに向けニカリと子供のように笑ってこう言った「あー、怖かったー」
 (可愛すぎて俺まで赤面してきた……)
きっと誰にもバレずに出れたのが彼女にとっては、スリリングな冒険だったのだろう。
 「ごめんな、こんな危険な真似は次からは絶対にさせない!」 男らしくビシッと言ったつもりだったのだが友香はクスクス笑っている。
友香が俺の左手に絡みつき「悠介は悪くないよ」そう一言。
さらに左手で自身に引き寄せて「めっちゃ楽しかった」と付け足した。
意外だった。彼女の知らない一面が見れて嬉しかった。
二人は身を寄せ合いながら駅まで歩いていった。

【金属加工株式会社 ヤガミ】
「おっす」
「おはよーっす」
「おはよう」
各々が挨拶を交わし詰め所に入った。あくびをしながらロッカーで作業服に着替えを済ませる。一週間の始まりだ。
「よう、動画観たか?」勝が喋った。
「あぁ、観たよ」悠介が頭を掻きながら答えた。
「暗くて何が何だか?」だよなーの声。
「今週。あの家に行ってみるか?」住所もわかっている。
「いいねぇ〜動画も実際はヤラセだろうし」くわえタバコの賢治が割って入ってきた。
「他の動画は削除されているんだし試しに俺達も動画撮影しちゃう?」ネッシーは俺の物だと撮れ高に期待する賢治。
「よし、じゃあ、決まりだ!」
「予定通り今週の土曜日夜の八時ムラサキ公園集合で……」ロン毛を後ろで束ねながら、勝が続けた。「肝試しだ! 夜のほうが楽しいだろ」二人は頷いた。
 もう、朝会の時間だ。
 紺色の作業服に身を包み作業内容や安全ポイントを上司が説明する。
俺達三人は入社はバラバラだが、そこまで離れていない。みんなが1年以内の誤差だ。詰め所の作業員10名が一斉に立ち上がり安全唱和を行い朝会は終わった。
 安全靴を履いているときに賢治が肩を叩いてきた。
「悠介……くび、首」自身の左首を指した。
「うそぉ! 付いてる!」悠介は慌てて自身の左首を押さえた。
「えっ? 冗談だよ!」細く見据えた白々しい目が悠介を一瞥した。
「おいおい〜」その仕草で昨夜の出来事を悟られたのだ!
「かぁー! 悠介はいいよなぁー! べっぴんさんの彼女がいてよー」頭の後ろで手を組み歩きながら咆哮した。
「おい、賢治声がデカいって……」
「まじかよぉ、悠介……昨夜はやりまくったのか?」横にいた勝が羨ましそうに悠介の顔を覗き込んで言った。
「友香ちゃんによろしく!」賢治が、冗談ぽく言ってきたが半分は本気だろう。
「合コンよろしく悠介!」賢治に続いて勝が便乗してきた。
「お前らアホか!」呆れるように二人の意見を否定した。
俺達の働いている工場は海外に輸出しているある部品を作っているのだが、小さい部品それをひたすら旋盤で加工している。
 俺達は同期で今年35歳になる。友香に至っては32歳だ。結婚する年齢を超えてしまっている。女性は早ければ早いほうがいいのだ。危機感が悠介の焦りを一層高まらせた。(待たせすぎだ! 早くプロポーズしないとその内逃げられてしまう)
その後でなら、こいつらにもチャンスをやれるかもしれない……
各自持ち場に着き「じゃあ、休憩時間でな」「了解!」「あいよー」それぞれ言葉を掛け俺は奥の持ち場へと歩いていく。
 この小さな工場は町工場より少し規模は大きいがそこまで、変わらないと思っている。六基の旋盤装置が置いてあるその所々に油が付着しており床面にも油が広がっている。冷暖房はなく、夏は暖房が冬は冷房が容赦なく作業者を襲う。この時期の冬はまだ着こめば問題ないが問題なのは夏だ。
 扇風機はあるにはあるが、一人一台というわけにはいなかい。大変過酷なのだ。熱中症対策で装置の近くに飲み物を持ち込んでも置いてもいい事になっている。そして、給料は安いときている。
そんな、工場で働きだして5年になるが給料は安いが続く理由がそれなりにあった。
 それは、人間関係がいい。
言い切るようだが、間違いない。俺は人には恵まれているのだ。
少ない給料をコツコツ貯めてようやく友香を迎えに行くことが出来るようになったのだ。もちろん婚約指輪も準備している。早ければ日曜日のディナーに誘ってそこで決める。ディナーの予約も抜かりない。電車のホームで友香にも了承済みだ。
 友香はうすうす気付いているかも知れないが、バレたらバレたで仕方がない。
俺はこの会社にプライドと誇りを持って仕事をしている。それに仲間がいる。それが、何よりも心強かった。
 人差し指でスイッチを指し指差呼称確認をして電源を入れた。朝会のルールは
ここでしっかり個人が守らなければ会社の存続が危ぶまれる。
 鉄の丸棒を装置にセットして切り出しを開始した。丸棒がみるみる形を変えていく。仕事中は一切のよそ事をシャット・アウトして集中した。回転体のすぐ傍で仕事をしているのだ。怪我をしては元も子もないないのだ。
 休憩中にムカデの件を打ち合わせしよう。

 「次の方どうぞ」明らかにお金持ちだとわかるその風貌から発せられる隠しきれないオーラを醸し出して低い声で振込用紙を滑り込ませてきた。「振込」そう、一言だけ口にした。
「かしこまりました」慣れた手つきで淡々と仕事をこなしていく。
 正午前、ようやく落ち着いた。
ふぅと椅子に背中を預け溜め息を付くとそれを見ていたかのように年下の森田亜美《もりたあみ》が「先輩、彼氏さんと何かあったんですか?」
「えっ! 何もないよ」と横を向いた。
「だって、先輩さっきから溜め息ばかりですよ」心配そうにハの字になった眉が男性の母性本能をくすぐるのだろうか? 
私の性格が悪いから先に言わせてもらうと他人の彼氏を横取りしてきそうな小悪魔に思えてならない。要するに敵に回すとめんどくさい女だ。亜美は今年三十路の女だ。結婚したくてしたくて男に飢えている。本人はそんな気がなくても私にはそう見えて仕方がなかった。女はそれほど恋愛に獰猛なのだ。胸中で叫んだ。

 それでさぁ、休憩の話の続きだけどよ、
「本当に女が住んでるとは思えねーんだよな」賢治がきつねうどんを啜った。
「噂では食用のムカデを飼っていてそれを白米と一緒に食べるとか何とか」勝が割り箸を割りながら口にした。
「おえっ」気持ちわりー話だな。
「ホントそれな!」悠介のやつおせーな?
「トイレか?」多分な。
勝がカツ丼を口に運びながら「うめぇ」と呟いた。
「わりぃわりぃ」悠介がカレーをトレーに載せてやってきた。
「トイレ気張りすぎじゃねぇ?」賢治が悠介のトレーを見ながら笑った。
勝が「これか?」と小指を立てた。
カレーのルーに映る自分の顔を見つめながら首を縦に振った。
「もし土曜日都合悪くなったらそれでもいいからよ今は友ちゃんを大事にしてやれよ」勝の言葉を素直に頷いた。
「もし、土曜日にあの女と出くわした時のことを考えると何か武器は準備したほうがいいよな?」水を飲み干した賢治が口を拭きながら言った。
「あぁ、撃退用のスプレーでも準備しとくか?」スプーンで左右に振るような仕草をした。
「相手は熊じゃねーんだからよ!」勝の一言で笑いが溢れた。
「もしもの時用だ」そう言ってカレーを平らげた。
「ネットの噂では死んでる説もあるしな。今はネットや動画しか頼れねーからよ」賢治がテーブルに肘を付いた。
「土曜日が楽しみだな。俺達の目で確かめようぜ」肝だめしをするようなワクワク感に駆られた。
「悠介は彼女には云ってるのか?」勝が気を遣った。
「いや、まだ云ってない! 近々言うつもりだ!」断られても行くがなと二人の顔を交互に見た。
 二人の顔からは不安の色が浮かんだが、何も言わず二人は食堂を後にした。

 その夜……
「もしもし、俺だ!」
「あっ、悠介どうしたの?」友香の不安そうな声が聞こえた。
「言い忘れていたんだが、今週の土曜の夜に勝と賢治で例の家に行こうと思うんだ」
一瞬、言葉に詰まる。
「どうして……そんな所に……」不安が的中したのか「何かあったらどうするの?危ないわ」心配する声がスピーカーから響いた。
 友香もこの事件を知っているからなおさらの事である。
「大丈夫だよ、勝と賢治も一緒だ!」
「嫌よ! 本当にやめて!」語尾を強めた。本当に心配してくれているのだろう。
「嫌よ! そんなの……」啜り泣く声がスピーカー越しに反響した。
重苦しい沈黙のあと悠介が口を開いた。
「友香ごめんな……もっと早くに言うべきだった」
「……」
「どうしても行きたいの?」スピーカーの奥から悠介の声が聞こえる。
「絶対に無事で帰ってきてよ」友香の不安は限界寸前だった。
「あぁ、絶対に無事で帰ってくる約束する」
「ほんとにほんと?」男に二言はないと言わんばかりにさらに言葉をつなげる。
「これが終わったら俺と──」
「俺となに?」話の続きを待った。
「いや、何でもない……おやすみ」そう言って通話が切れた。
パジャマ姿の友香が抱えた枕をギュッと握り締めて「悠介のバカ」続きの言葉を言って欲しかったのだ。そう思いながらスマホの画面を見つめていた。
 
 悠介は自身の不甲斐なさに苛立ちスマホをベッドに投げ捨て窓の外を眺めながら友香との将来を考えていた。
(なぜ、あの時ちゃんと言葉で伝えなかったのか?)サプライズも大事だが、男らしさが自分には必要なのかもしれない……土曜日の探索は遊び半分だ。適当に動画を撮って退散したら問題ない。この話のネタは俺からしたのだから、いまさら引き込みがつかなくなった自分がいた。


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