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建築は贅沢な行為になってしまうのか?・・・物価上昇の大波

  このところ世界中でインフレの波が押し寄せている。日本ではまだ海外ほどではないが、じわじわと身の回りの物価が上がっている。日米金利差による円安、コロナ禍による中国のロックダウン、戦争等… いろんな要因が重なった影響だ。

 建設費について言うと、実はもう10年近く上昇が続いている。建設業はバブル崩壊後の低迷期が長く続き、低価格の受注競争に疲弊して建設就業者数は減少の一途をたどった。そこにリーマンショック後の景気後退が追い打ちをかけ、2011年頃に底値を付けたと実感している。

 東日本大震災がきっかけだった。民主党政権では「コンクリートから人へ」との掛け声で、そもそも建設投資の優先順位は低かった。震災対応での迷走を機に、自民党、安倍政権が復活し、復興需要や国土強靭化への投資が始まった。
 長い低迷の時期が続き、日本の建設業は量をこなす能力が落ちていた。急な需要拡大に人手不足となり、入札の不調が相次ぎ、建設価格が上昇した。僕たち設計事務所は過去の事例を基に工事予算を想定するが、設計開始から工事費の見積をするまでに最低でも1年位は時間が掛かる。その間の価格上昇で予算オーバーしてしまうことが頻繁に生じた。この頃に1~2割の価格上昇があったと思う。

 その後、東京五輪が決まり、東京都心を始めとする再開発需要が起こり、続いて地方都市にも再開発の波が押し寄せた。鉄骨を始めとする建設材料の供給不足が起こり始めて建材納期が長くなり、建設工期は以前よりもずいぶん長くなった。五輪の前には、2011年の低迷期に比べると実感としては6~7割程度建設費が上昇した。
 五輪後には建設需要は落ち着くとの予想もあったが、そのようにはならず、コロナ禍により半導体等を始めとして供給不足が生じ、さらに戦争によるエネルギー不安であらゆる物の値上げが始まった。僕たちの肌感覚では、現状は2011年の約2倍の建設費だ。

 僕たちの設計費用についても国土交通省の基準価格見直しもあり、この間に改善することができたので、施工会社と同様に価格上昇の恩恵を受けている。ただ、プロジェクトの期間が長期化し、法令の厳格化で申請手続事務が増え、設計に掛かる経費が増加した。その上、深夜まで働くことが常態化していた設計事務所でも「働き方改革」の波が押し寄せて一般企業と同じような働き方に変わったが、その分、経費が上昇した。いわゆる生産性の向上が設計事務所でも起こりつつある。

 最近はさすがに建設投資をためらう発注者が出てきている。僕たちは病院の設計も手掛けているが、診療報酬という国家が決める一定価格による収入を主とするため、建物を新しくしても増収見込みが少ない状況では、現在の工事価格では採算が合わなくなっている。不動産投資にしても、今までの投資利回りは望めない。住宅価格も上昇して都市部では庶民には高嶺の花になりつつある。

 高価格の建設投資に見合う事業が出来ている企業、税金でまかなう公共事業、資金に余裕のある人は引き続き建築できるが、必要でも建築を進められない顧客の様子をみると、非常に複雑な気持ちになるし、そもそも僕たちの仕事が減ってしまうのではないかと思う。
 建築は贅沢な行為になってしまうのか?まだまだ上昇が続きそうな気配の建設費を前に、行き詰まりの不安を感じ始めている。

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