一部「護憲リベラル層」への不信-小泉悠氏、ICC礼賛、米欧の価値基準に立脚しているのではないか?-

ウクライナで即時停戦には「反対」 軍事研究家・小泉悠氏「ロシアに主権奪取を諦めさせなくては」 (msn.com)(6/25、東京新聞)
「ウクライナへの直接の軍事支援について、国民的な議論だけでもしてみてもいいのではないか」と話した。(同記事より直接引用)
  即時停戦反対、軍事支援促進の小泉氏ですが、ついには「ウクライナへ日本も軍事支援を」と主張し始めています。即時停戦反対・米欧の軍事支援支持から当然行き着くところと思います。昨年の『世界』10月号では、結論として「日米軍事同盟強化、日本の軍拡こそ」と主張していた立場ですから、小泉氏がこうした主張をするのは必然だし時間の問題だったでしょう。
 ただ私が疑問なのはこの小泉氏を礼賛する一部「護憲リベラル層」が存在することです。
 例えば憲法学者の青井氏の発言です。
「■青井未帆=憲法

△小泉悠「ウクライナ戦争をめぐる『が』について」(世界10月号)

<評>ロシアの侵略は許されるものではない「が」という枕詞(まくらことば)。「が」という逆接辞を付す余地はない。いかなる「複雑さ」が存在しようとも、武力による解決は認められない。血みどろの歴史の末に、我々は「戦争は起こしてはならない」という当たり前を国際秩序の原則とするところまでは到達した、と筆者は言う。

理念を嗤(わら)い、法を軽視する雰囲気が醸成されつつあるが、「当たり前のこと」として国際秩序の原則を安全保障の専門家が確認し、「大事にしたい」と言い切ることは重要だ。」(朝日新聞デジタル 23年9月28日)
 
 結論として小泉氏がはっきり「日米軍事同盟強化・日本の軍拡」と主張している『世界』10月号に掲載された文章に対して何の留保もなしに賛美しています(その点についての言及もない)。これを読んだとき「青井氏は結論も賛成なのか?これまでの護憲リベラルの立場はなんだったのか、さらに小泉氏の文章を読めばいずれ『日本もウクライナに軍事支援を』となっていくのは明白なのに、その危険は感じないのか」という疑問というより、率直にいえば大きな不信をもちました。

 ICCがプーチン氏に対して逮捕状を出したとき、やはり一部護憲リベラル層は礼賛しました。プーチン政権にはウクライナ侵略に対して大きな政治責任があることは明白です。政権関係者の刑事責任に関しては、たとえ重大な事件であっても慎重に判断しなければならない、しかしとてもプーチン氏などに刑事責任がないとはいえない、と私も思います。しかし同時にICCはこれまでイスラエルの侵略虐殺行為(ガザの問題以前からイスラエルはどれだけ戦争犯罪を繰り返してきたか?)に対してイスラエル政府軍関係者に逮捕状が出た、という話はいままで聞いたことがありません。その点との比較でどうにも納得できないものを私は感じ、ICCのプーチン氏逮捕状を礼賛する気にはなりませんでした。
ICCが英に意見書許可、ネタニヤフ首相逮捕状巡り 判断遅延も (msn.com)(6/28)
イスラエル首相への逮捕状の請求はなされていますが、ICCは一か月以上たつのにいまだ判断せず、そして今回の英国意見書で判断先送りです。
 私には「ICCは米欧の顔色をみて判断している、プーチン氏に逮捕状を出したのも、イスラエル政府軍関係者に逮捕状を出さないのも、米欧政府の判断をみているからだ」と感じざるをえません。

 小泉氏の発言にもどれば、「世界にはパレスチナのように理不尽に侵略され続けている国がある、それらの国に対する軍事支援は議論の対象でないのか」「イスラエルはシリアに何度も攻撃(国際法違反)、米軍も国際法違反の駐留、それに対抗するための軍事支援はどうなのか」という米欧側かそうでないかで判断基準を変えている、と思えてなりません。ICCの判断についても、米欧側の国かそうでないかでやはり判断基準を変えている、とも感じます。明らかにダブルスタンダードです。
 しかし「日米同盟堅持が最大の価値基準、その価値基準に立脚するなら、これらはダブルスタンダードではなく、米欧、とりわけ米の価値基準に基づくなんの矛盾もない一貫した判断」となります。
 一部「護憲リベラル層」の間でロシアウクライナ戦争以来みられる見解は、米欧基準に立脚するもので、その方々たちの「護憲リベラルの立場」もあくまで、「国際法秩序ではなく、米欧の価値基準に立脚するものだった、それがこの間露呈された」と考えざるをえないところがあります。
 率直にいってそうした意味で私は一部「護憲リベラル層」に対して、抜き差しならない不信感をもっています。私の誤解であることも願いますが、「平和の時に平和を訴えるの容易、問題は戦争という事態に直面したときの対応だ」も真実と思います。そうした時に本質が出るのではないでしょうか?

白井邦彦
青山学院大学教授



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