国際法秩序はロシア政権による侵略に対処する「だけ」では守られないー宮武弁護士のご質問への回答として、終-

 宮武弁護士の筆者へのご質問は下記の次第です。
「ロシアに対する即時撤退を求めNATO加盟国からウクライナへの軍事支援を認める」立場から、「両国に対して即時停戦を求めNATOからウクライナへの軍事支援を否定する」白井邦彦先生にご質問します。 - Everyone says I love you ! (goo.ne.jp)

 そのうち最初に以下の質問について取り上げたいと思います。
「10 ロシアの占領地でロシア軍による戦争犯罪が次々と行なわれ、また違法な地雷を埋設して反攻に備えたりしているのに、PKOみたいな国連などの組織が間に割って入れば、ロシアは強制連行や強姦や拷問や処刑・殺戮などの戦争犯罪や、地雷埋設などの占領地恒久化をしないと、ウクライナ市民になぜ言えるのですか。」(ブログ記事より直接引用)
 実はこの質問の含意がよくわかりませんでした。「国連などの組織は割って入るな、軍事支援を受けたウクライナ軍の徹底抗戦あるのみ、それのみがロシア軍の戦争犯罪をやめさせ、占領地恒久化を防ぐ」という趣旨でしょうか?
  ロシア軍による強く非難されるべき戦争犯罪ですが、ウクライナ軍の徹底抗戦がなされてもなお続いている、が現状で、徹底抗戦方針では、前回述べたように「領土が奪還されるまでの間、そして領土が奪還されない地については戦争犯罪は放置」となってしまいます。停戦して監視体制を確立してこれ以上の戦争犯罪を防ぐ、とするのが急務ではないでしょうか?また戦闘時と停戦時では状況が異なります。停戦時は戦闘時の単なる延長ではありません。戦闘時の状況がそのまま続くとは考えられません。
 さらに先に私も紹介させていただきましたが(紹介 軍事支援の逆説ー野口和彦先生のツイートより-|白井邦彦 (note.com))、野口和彦先生が指摘されている軍事支援と民間人犠牲との関連についての研究結果です。
(20) 野口和彦(Kazuhiko Noguchi) on Twitter: "エイブラムス氏(ウに武器を供与してロシアから市民を守るべきとの主張に対して)「『民間人の犠牲』に関する実証的な文献は、戦争におけるロシアの絶望とウクライナの民間人の安全との間に逆の関係があることを予測している。アレックス・ダウンズは、非戦闘員を標的にして殺害する戦時戦略である「民間人被害者化」の原因について、方法論的に厳密な研究を行った。彼は "1816年から2003年の間に国家間の戦争に参加した世界中のすべての国のデータをまとめ、100の戦争、323の交戦国、52の民間人犠牲のケースのリストを作成した。"その分析の結果、彼は、国家は、戦場での死者数の増加、戦争期間の長期化、あるいは紛争の消耗戦への移行期において、より絶望的になるにしたがい、住民に対する攻撃をエスカレートする可能性が著しく高くなることを発見したのだ…別のサンプルを用いた他の学者による実証的研究も同様に、『紛争当事者が敵対国に対して相対的に弱体化すると、戦略状況を自らに有利なように再構築する手段として、民間人に対する暴力的戦術をますます採用する』ことを発見した。従来の常識とは異なり、ウクライナの市民は、私たちが支援を減らすことで逆説的に利益を得る可能性があることを、学術研究は示唆しているのだ」。" / X
(20) 野口和彦(Kazuhiko Noguchi) on Twitter: "タカ派は、西側諸国がキーウにクリミアなどの占領地奪還に必要な武器を与えて、ロシアをウクライナから追い出すべきであり、そうすれば、この戦争は終わると主張する。しかし、国際関係論の実証研究は、そうなるとロシアがウクライナ市民への攻撃を激化して無辜の犠牲者が増す逆説を示唆している。" / X
 こうした研究は、「軍事支援を受けて」の徹底抗戦・全領土武力奪還方式こそが逆にウクライナ市民の犠牲を増やしてしまうことを示唆しています。逆にいえば、「停戦してまず双方に戦闘をやめさせる」ことこそがロシア軍の戦争犯罪を抑えることではないでしょうか。徹底抗戦下でもロシア軍の戦争犯罪が続いているという現実を視野に入れ、私はこうした「軍事支援の逆説」というべきものをも考慮して、「即時停戦、停戦による監視体制の構築で戦争犯罪の抑止を」主張したく思います。ロシア軍による各種蛮行・戦争犯罪はまさに野口先生がツイートされている構造のゆえ、と私は考えます。
 占領地恒久化の問題に関しては下記のような報道がなされています。
ロシアの地雷は「異常な」密度、ウクライナ軍が反攻への期待感を抑制(1/2) - CNN.co.jp(8/4)
 ロシア軍が領土拡大より現占領地死守に徹し、「異常な密度」で地雷を撒いてしまっているため、ウクライナ軍の反転攻勢が進まない、とのことです。もちろんロシア政権側のこうした行為は侵略とともに強く非難されるべきで私も強く非難します。しかし現実にこうした状況では「全領土武力奪還」は可能性がきわめて薄い、それを目指したらどれだけの時間がかかりどれだけの犠牲がでるかわからない、そしてこのまま続けても領土を武力奪還できない可能性が高い、そうであれば占領地の恒久化を避けるためには、「武力で領土奪還」ではなく、「即時停戦、和平交渉での領土回復を目指す」とすべきではないでしょうか。

 回答の最後として以下の質問の「国際法秩序」に関する部分に関してお答えしたく思います。
「15 国連憲章やその他の戦時国際法が守られるという法秩序を維持することが将来の戦争を抑止し、人命を尊重することになると思いますが、白井先生はどうお考えでしょうか。ウクライナへの軍事支援もせず、ロシアへの経済制裁もしないというご主張ですが、それではロシアの侵略得になって、国際法秩序は崩壊するのではないですか。」
 「国際法秩序を維持することは、将来の戦争を抑止し、人命尊重になる、だからウクライナへの軍事支援、ロシアへの経済制裁が必要」ということですが、ウクライナへの軍事支援もロシアへの経済制裁もなされているロシア・ウクライナ戦争の最中に生じた、イスラエル軍のジェニンへの「軍事作戦(なぜイスラエル軍が行うと軍事作戦と報道されるのか?)」、現在なおも継続され繰り返されるイスラエルによる国際法・国際人道法違反をどう説明するのでしょうか(ジェニンへの「軍事作戦」なるもの、については、「イスラエル軍のジェニン攻撃の実態(AzusaSuga氏の記事より)とそこから考えること|白井邦彦 (note.com)」等で筆者は述べました、参照していただければ幸いです)?ちなみにロシア政権によるウクライナ侵略を国際法秩序に違反するとして強く非難しウクライナへの最大の軍事支援国であるアメリカは、イスラエルのこの「軍事作戦」なるものに対して、「自衛権行使」として明白に支持を表明しています。
イスラエル軍事作戦、死者9人 過去20年で最大規模(共同通信) - Yahoo!ニュース(7/4)
 ジェニンで実際当時何が行われたか?「軍事作戦」が行われたときは帰国されていましたが、ジェニンに直前まで滞在されていたAzusaSuga氏の下記の記事において「フリーダムシアターの声明文」で紹介されている現地の様子です。
7月3日のジェニンキャンプ大規模攻撃のこと(パレスチナ)|AzusaSuga (note.com)
「本日、2023年7月3日月曜日、早朝にジェニン難民キャンプで起こった出来事について述べたいと思います。
「イスラエルの軍事作戦は、パレスチナ抵抗勢力と関係があると思われる拠点への激しい攻撃から始まりました。 イスラエル軍はこれらの場所が標的である主張しているが、3発のミサイルを発射、無実の命が失われ、多くの負傷者が出ました。 その後すぐに、圧倒的な軍事力による本格的な侵攻が始まりました。 ジープ、装甲車、軍用ブルドーザーがジェニンに突入し、地上はイスラエル軍に支配されました。 上空も無傷ではなく、多数のドローンが不気味に旋回していました。
この激しい攻撃の間、ジェニンの住民は老若男女問わず眠ることができませんでした。 娘のサルマは、軍の侵攻を知らせるけたたましい警報サイレンに恐怖を感じ、涙が溢れ出し 一方、息子のアダムは、恐怖と好奇心が入り混じった表情を見せ、状況の重大さをなんとか理解しようとしていました。
フリーダム・シアターの会計士であるイスラさんは、3人の娘たちを危害から守るために、家の中に安全なスペースを急いで作りました。
フリーダム・シアターの芸術監督であるトゥバシさんは、気が付くと自宅のすぐ外で砲身が窓に向けられている装甲車両と鉢合わせました。 TFTの元同僚であるラニヤさんは、実家が爆撃されたという知らせを受けて、必死で母親と妹に連絡を取ろうとしました。
早朝、混乱の中、家族連れも避難しているフリーダムシアターが壊滅的な攻撃を受けたというニュースが飛び込んできました。
占領軍は無慈悲にここさえもミサイルで標的にし、安全への希望は打ち砕かれました。
フリーダム・シアターの隣に住むアドナンは、家族とともに一つの部屋に身を寄せ、混乱の中で安らぎを得ようと必死だった。アドナンの姪っ子のサディール(14歳)は、2週間前にイスラエルのスナイパーによって殺害されたばかりです。彼女の家族は同じエリアに住んでいます。
この事態の深刻さは計り知れません。占領軍は難民キャンプを執拗に締め付け、インフラを破壊し、キャンプ内の主要道路を壊滅的に破壊しています。ジェニンの民衆の抵抗の牙城を懲らしめ、イスラエル社会に自分たちの軍事力には無敵であるというイメージを植え付ける、というメッセージは明確です。
その先に何が待っているのか?
私にとっては、答えは何もありません。2002年にも失敗したように、ジェニンの抵抗勢力を根絶しようとする占領軍の試みは成功しないだろうと思います。建物は崩れ、車は残骸と化し、無数の人々が拘束され、負傷し、殉教することさえあるかもしれない。しかし、これらの行動は、今日の私たちや将来の私たちの子供たちがそうであるように、先人たちによって受け継がれた抵抗の聖火を受け継ぐ新しい世代を生み出すだけなのです。
それは、私たちの土地を取り戻し、すべての人間の尊厳を回復するという熱望に突き動かされた、恒久的な望みなのです。
文:ムスタファ シェタ
翻訳:菅 梓」(同記事より直接引用)

また同氏は6/19日にも現地で実際にイスラエル軍による攻撃に直面しています。
その様子は下記の次第です。
2002年以来のジェニンキャンプ大規模攻撃を受ける|AzusaSuga (note.com)
その最後の文章です。
「私が家の裏から聞こえた銃声は彼女を撃ったものだった。
Sadeelとはシアターの前でよくすれ違ったりしていてその度に彼女は笑顔でハローと声をかけてくれていた。
いつも笑顔だった。将来は病院で働きたいって言っていた。そのために勉強しているって言っていた。15歳って何してたっけ。

彼女の友達が私に送ってきたメッセージの1通はこうだった。
これが私たちパレスチナ人の人生よ
こんな理不尽なことってある?」(同記事より直接引用)
 どう考えてもこうしたイスラエル軍の「軍事作戦」なるもの、その他の軍事攻撃、占領・併合などの行為は「国際法秩序に違反する行為」です。なぜウクライナに無軍事支援をし、ロシアへの経済制裁を科しても、イスラエルの国際法秩序に違反する行為への抑止にならないのでしょうか?軍事支援・経済制裁に参加する国が世界全体からみればまだまだ少なく、より多くの国が軍事支援・経済制裁に参加し、軍事支援を増加しより厳しい経済制裁を科せば、イスラエルのこうした行為の抑止となり、アメリカも「自衛権行使だとして支持できなくなる」のでしょうか?
 そうではなく国際法秩序違反への対応が違反を犯す国によって明白に異なっているから、ではないでしょうか。
 国際法秩序を守るためにはどの国の国際法秩序違反に対してであれ、同様の対処が必要であり、ロシア政権による侵略に対して「だけ」厳しい対処をしても、別の国の別の国際法秩序違反は防げない、と私は考えます。
 どの国の国際法秩序違反行為であっても「自衛権行使」として決して正当化しない、明白に反対する、それこそが以後の国際法秩序違反行為を防ぐうえでまず最低限最初になされるべきこと、と私は考えます。
 ロシア政権によるウクライナ侵略も、イスラエルのパレスチナ侵略もそれを「自衛権行使」として正当化するアメリカの行為も、等しく批判反対し、決して正当化しない、それこそが重要ではないでしょうか。
 世界での侵略行為・軍事紛争は残念ながらロシア・ウクライナ戦争だけではありません。それらすべてについて「国際法秩序違反行為には反対、正当化しない」の原則が貫かれることが重要です。
国連総会 パレスチナ占領で国際司法裁判所に意見要請決議採択 | NHK | イスラエル・パレスチナ(22年12/31)
 この件での各国の投票行動です。

同記事より直接引用

 ウクライナに軍事支援を行いロシアに経済制裁を科している諸国の投票行動はどうでしょうか?それらに最も熱心な「米英」とも「反対」票を投じてしまっています。
 これでは、「国際法秩序の維持」はなされないのではないでしょうか?「国際法秩序維持」のためには、こうした対応自体改めることがまずなされるべきこと、と私は考えます。

以上で宮武弁護士からの回答は終わりです。

最後にウクライナ問題と現代日本で問題となっていることに関連することで、大学教員として気になっている点についてひとつ述べたいと思います。
ウクライナ、医療で大麻利用を合法化か 負傷兵の治療にも - CNN.co.jp(7/16)
この記事の後半部分で書かれていることです。
「今回の法案の支持者たちは、法律として発効した場合、戦後のウクライナ復興に役目を果たす可能性も指摘している。ロシアが強制的に併合したウクライナ南部クリミア半島を逃れた元住民は、同国内で最も温暖な気候に恵まれている半島での大麻栽培に期待をかけている。元住民は、ロシアからクリミア半島を奪還した後に大麻栽培は経済再建に一役買えるかもしれないとも見込んだ。」同記事より直接引用)
  「クリミアを奪還しそこで大麻栽培してウクライナの経済再建に一役」という意見が紹介されています。こうした意見はウクライナ市民の中でも例外中の例外のごく少数意見と信じたいですが、日本では現在かなり大麻がかっと比べて「身近」になりつつある、といわれています。実は大学生の間でも、「身近になっているのではないか」とも考えられます。
日大アメフト部の部員 大麻など所持疑い 寮を捜索 警視庁|NHK 首都圏のニュース(8/3)
 こうした状況で「クリミア奪還でそこで大麻栽培でウクライナの経済再建に一役」との意見が紹介されてしまうと、ゼレンスキー政権とも関係は見直し距離をおくべき、と大学教員として改めて強く主張したく思います。

白井邦彦
青山学院大学教授
 


 









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