ベトナム戦争との比較考-宮武弁護士のご質問への回答として、3

 宮武弁護士からのご質問のうち、今回は「ベトナム戦争との比較」に関する部分について回答したく思います。ただベトナム戦争はすでに終わり結果が出たこと、しかも当時は私は幼少期でした。ですからベトナム戦争に関しては後から知った事柄でもあり、今の自分だったら、ということ、その意味でロシア・ウクライナ戦争との比較しての意見については、そうした限界があることをまず述べておきます。
 
 宮武弁護士の質問のブログ記事は下記のものです。
「ロシアに対する即時撤退を求めNATO加盟国からウクライナへの軍事支援を認める」立場から、「両国に対して即時停戦を求めNATOからウクライナへの軍事支援を否定する」白井邦彦先生にご質問します。 - Everyone says I love you ! (goo.ne.jp)
 
 今回はそのうちベトナム戦争に関連する具体的には以下の質問項目に回答したく思います。
「3 戦争を継続すると犠牲者が多すぎるとおっしゃいますが、北ベトナムだけで500万人の犠牲者が出たベトナム戦争時も、ベトナム人民に戦争を継続すると犠牲者が多すぎるから停戦しろとおっしゃったでしょうか。犠牲者が多く出てもそれはアメリカやロシアの罪であり、それでも戦争を続けるかどうかはベトナム人やウクライナ人が決めることですよね。
4 ベトナム戦争でも日本に原爆を落としてからわずか20年だったアメリカ合衆国が核兵器を使用すると威嚇していましたし、その危険性もありました。ロシアが核兵器を使うかもしれないからウクライナに戦争をやめろというのはダブルスタンダードではないですか。
5 ベトナム戦争時におけるソ連や中国から北ベトナムへの軍事支援は批判しないのに、ウクライナへのNATOからの軍事支援には反対するのは不合理ではないですか。」

 まず核使用の問題の4について回答したく思います。
 私は核兵器の存在自体に反対、それゆえその使用は当然ながら、核威嚇についても強く批判反対する立場です。それはいかなる国がいかなる理由で行ってもです。それゆえロシア政権による核威嚇に関しては強く批判するとともに、特にメドベージョフ氏の広島・長崎を例に出しての核威嚇に対しては唯一の被爆国の一市民として強い怒りを感じています。その点まず強調しておきます。
 ベトナム戦争においても確かにアメリカも核威嚇を行いました。ただその使用の危険度はロシア・ウクライナ戦争におけるロシア政権による使用の危険度と質的に大きく異なる、と思います。
 ベトナム戦争だけではなく、ソ連のアフガニスタン侵略・アメリカのアフガニスタン侵略・中越戦争など、核保有国が非核国を侵略して、撤兵に追い込まれても核使用に至らなかった、というのがこれまでの例です。しかし「だから核威嚇がなされても核保有国は実際には使用しない」といいきっていいのか、「核使用には使用する側にも大きなリスクがある、しかしそのリスクが使用の便益を超えた場合は使用しうる、これまで使用がなされなかったのは撤兵に追い込まれても、『核使用のリスク>核使用の便益』、だったからで、『核使用のリスク<核使用の便益』、となったら使用される危険度は高い」とも考えられるのではないでしょうか?そうした観点からして、「核使用のリスク<核使用の便益」、となってしまう点はどこなのか、それについて論じた野口和彦先生の興味深い論考があります。
なぜ核兵器を持たない国は核武装国に立ち向かえるのか - 野口和彦(県女)のブログへようこそ (goo.ne.jp)(22年12/20)
 抜粋的に紹介してみます。その中でエイヴェイ氏の研究から野口先生は下記のようなことを述べています。
「ロシアは戦場で屈辱的な大敗走を強いられたり、クレムリンの政治体制が危機に瀕したり、自国の核兵器庫が外部からの攻撃により無力化されそうにならない限り、ウクライナに対して核兵器を撃ち込むインセンティヴを高めそうにないということです。しかしながら、これらの条件が満たされなくなれば、すなわち、ウクライナやそれを支援する西側がロシアのレッド・ラインを超えれば、第二次世界大戦後、初めて核武装国が非核国に核兵器を使用する可能性は高まるでしょう。」(上記論考から直接引用)
 この文章の「ウクライナ」を「北ベトナム」に、「ロシア」を「アメリカ」に、「クレムリン」を「ホワイトハウス」に、「それを支援する西側」を「それを支援するソ連東側」と入れ替えて、それらを読み比べてみたらどうでしょうか。ベトナム戦争においては、その入れ替えた文章のようなことは起こっていないし、起こりえなかったでしょう。しかし、ロシア・ウクライナ戦争では異なります。クレムリンもドローン攻撃を受け、モスクワも攻撃されています。ロシア領内への攻撃もなされています。
  野口先生は下記のようにも書かれています。
「これら核兵器保有国が甚大な損害をだした事例(ベトナム戦争を含む事例・・・白井注)でも、その軍隊が崩壊の危機に直面したり、体制や領土保全が危うくなったりはしませんでした。ですので、これらの核武装国が核兵器に頼って戦局を挽回しようとするインセンティヴは低かったのです。」(上記論考から直接引用)
 「その軍隊が崩壊の危機に直面したり、体制や領土保全が危うくなること」が核使用のレッドライン、ということです。ロシア・ウクライナ戦争ではそのレッドライン越えの危機がベトナム戦争と比較してはるかに大きい、ベトナム戦争とロシア・ウクライナ戦争とでは、核使用国の核使用の危険度に質的に大きな違いがある、のではないでしょうか。
 万が一ロシア政権により核使用がなされたら、ウクライナが大変な被害を被るとともに、核使用への対応をめぐって私たちは大変な混乱に陥ります。まさか「プーチン政権を非難しておわり」とはいかないでしょう。しかし核には核では、では核戦争です。NATOの通常兵器での参戦では世界大戦で核戦争に至ってしまう危険があります。もちろん、「日本はNATO非加盟だから関係ない」、とはいかないでしょう。
米、ロシア国内の攻撃「支持しない」 モスクワに無人機攻撃で | ロイター (reuters.com)(7/25)
「[ワシントン 24日 ロイター] - 米ホワイトハウスのジャンピエール報道官は24日、ロシアの首都モスクワが同日早朝にウクライナ軍のドローン(無人機)による攻撃を受けたことを受け、米国は「一般原則としてロシア国内の攻撃を支持しない」と述べた。」(上記記事より直接引用)
 ウクライナ軍がドローンでモスクワ攻撃を行うと、アメリカは「支持しない」と表明しました。アメリカは最大の軍事支援国であるにもかかわらずです。それはアメリカ自身「こうした事態は核使用のレッドライン超えの危険が高い」ことを深く認識しているからではないでしょうか?ロシア・ウクライナ戦争はこうした現状にある、と私は強い危機感をもっています。

5、について
 どの国のおこなったものであれ、国際法違反の侵略は許されない、この原則からアメリカのベトナム侵略、ロシア政権によるウクライナ侵略は共に強く非難するし、すべきである、というのが私の一番の立場です。その点まず強調しておきます。以下はそのうえでの私の考え方、かつ回答です。
 第一にベトナム戦争とロシア・ウクライナ戦争とでは、国際的位置関係において私たちが置かれている「立ち位置」に大きな違いがあります。
 ベトナム戦争においては日本はアメリカの侵略に直接加担する位置にありました。それゆえ何よりも政府に対して「侵略反対」を直接訴えるべき立場でした。
 ロシア・ウクライナ戦争においては、前回述べたように私たちは「徹底抗戦・領土武力奪還に必要な軍事支援を要求され、それを受け入れ、その結果生ずる軍事企業拡大・軍事費増額などの受忍を求められる」という「立ち位置」にあります。それゆえ「ロシア政権による侵略批判」を第一としながらも、「上記のように求められ受忍させられようとしていること」にどう対応するか、を考える必要があります。もちろん私はそうしたことを受忍させられることには反対です。しかしただ「軍事支援反対、ウクライナは独力でやってくれ、それは我々の判断だ」では、ロシア政権による侵略容認論となり、なによりもの原則である「侵略は許されない」と矛盾してしまいます。そうした国際的位置関係における私たちのおかれている「立ち位置の違い」をまず意識しています
 第二に、ベトナム戦争とロシア・ウクライナ戦争間にある「侵略された側への軍事支援から軍事支援国の核使用に至る危険度の違い」という面があります。
(19) 野口和彦(Kazuhiko Noguchi) on Twitter: "ブラウン大学戦争コスト・プロジェクト「ロシア軍は世界最大の核戦力を維持する一方で、ロシアの軍事予算は米国の10分の1以下であり、米国を除くNATOのちょうど5分の1であり、NATO全体のちょうど6%にすぎない」。" / Twitter
(19) 野口和彦(Kazuhiko Noguchi) on Twitter: "ブラウン大学戦争コスト・プロジェクト「米国やNATOが軍事支出を増額して欧州での通常戦力を強化すれば、ロシアは通常戦力の弱さから核戦力に益々頼るようになり得る…1/n https://t.co/5MQCLk9JnF @businessinsider" / Twitter
(19) 野口和彦(Kazuhiko Noguchi) on Twitter: "ロシアによる侵攻への過剰反応はロシアの指導層を核エスカレーションへ押しやり得る…核戦争の最大の脅威はロシアの侵攻への西側の過剰反応だろう」。2/n" / Twitter
 通常兵器においてはロシアと、ウクライナを軍事支援する米国・NATOとの間には実はこれほどの軍事力の差があります。ベトナム戦争時、アメリカその他ベトナム戦争加担国対ソ連など軍事支援国の通常兵器での戦力差とはかなりの違いがあったわけです。この状態で米NATOがウクライナに軍事支援を続けた場合ロシア政権においては「核使用のレッドライン」は先に述べた点よりかなり下がってしまうおそれがある、のではないでしょうか。「侵略された側への軍事支援から侵略国の核使用へ」の危険度に両戦争間で大きな違いがあります。この点を意識している、というのが第二に意識している点です。
 第三にベトナム戦争そのものに対してですが、ベトナム戦争後からの考えですが、その後のソ越関係・ロ越関係をみると「軍事支援は後々高くつく」のひとつの実例ではないか、と思っています。私が軍事支援に消極的である理由として、「イラク戦争における東欧諸国の積極的加担(旧西側諸国の一部より米英の侵略に加担していた、それは明らかに米英の軍事支援を期待してのものだった)」とともに、「ベトナム戦争後のベトナム、そしてソ越ロ越関係をみて」のものです。一度軍事支援を受けるとその中心国には頭が上がらなくなる、はどこでもみられる現象です。同時にベトナムの戦いについて「ソ連などの軍事支援を受けて」の点は当初よりひっかかりを感じていましたが、現在ではその点から「ベトナムの戦い」についても幻滅している、が正直なところです。
 序でも述べましたが、後になってですがホーチミン氏が東ドイツ兵士と友好的に写っている写真を見たときかなりショックを受けました。「東ドイツがどいう国か、当時知らないはずがなかったのになぜ?」の思いは強く、「軍事支援」のもつ「怖さ」を改めて実感した次第です。ベトナム戦争についても、現時点からですが、「ソ連などの軍事支援を肯定的にとらえられない」です。

3、について
 現時点からですが、アメリカの侵略反対・それをまず政府に主張するとともに、犠牲者の問題を考えて「とにかく戦いはやめるべき」と訴えた、と思います。「命程大切なものはない」はこの間さらに思いを強くしました。
 この点に関連して宮武先生には「ウクライナ軍の死者が多数出てこれからも出ることをどう考えているのか、それはやむをえないと受け入れるべき、と考えているのか」「ウクライナ軍側の戦場での犠牲者が公表もされず私たちに知らされもしない、という点についてどのように考えているのか」をぜひ伺いたく思います。お時間があるとき、何らかの形で回答していただければ幸いです。
 私は「命程大切なものはないから、その命の犠牲は視野に入れるべき」と常に考えています。

白井邦彦
青山学院大学教授



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