ロシア憲法の領土割譲禁止規定問題についてー宮武弁護士のご質問への回答というより意見として 

 宮武弁護士からのご質問のブログです。
「ロシアに対する即時撤退を求めNATO加盟国からウクライナへの軍事支援を認める」立場から、「両国に対して即時停戦を求めNATOからウクライナへの軍事支援を否定する」白井邦彦先生にご質問します。 - Everyone says I love you ! (goo.ne.jp)

 そのうち今回は以下の質問に関してとりあげてみたいと思います。ただこの質問に関しては回答というより、私の意見を述べる形になります。
「9 最近白井先生は即時停戦と交渉が抗戦に代わるロシア軍撤退獲得の方法なのだというご主張をされていますが、ロシア自身が憲法と刑法で領土の割譲は無理なように規定しているので、特に2022年9月の4州併合以降は協議による領土返還は無理なのに、これはウクライナ市民に対する欺瞞ではないですか。」

 ロシア憲法に領土割譲禁止が規定されていることは当然承知しています。同時にこの規定を制定したプーチン政権に対しては私は大変な不快感をもっています。
 ただ日本市民としてこの規定を持ち出すことは「危険な主張」へと至ってしまうのでは、と大変危惧しています。それは日ロ間にも北方領土問題が存在しているからです。ロシア憲法のこの規定から「ロシア政権との協議による領土返還は無理」とすることは、北方領土問題についても「協議による返還は無理」それゆえ「返還をあきらめる」でなければ、「返還を求める以上武力で奪還しかない、つまり北方領土返還のためには対ロ開戦が必要」という主張になってしまうのではないでしょうか?
 まさか宮武先生が北方領土問題について、「ロシア政権と協議による領土回復は不可能、北方領土返還のためには武力奪還・対ロ開戦あるのみ」という立場ではないと思います。しかしこの規定の存在をもちだすとそうした主張になってしまいます。その意味でこの規定の存在をもちだし「協議による領土回復は無理」としてしまうことは、北方領土問題をかかえる私たちの立場からすると、そうした「危険な主張に至ってしまう」のではないか、それでいいのか、強い危惧を感じている次第です。
  またご質問の内容からすると、「クリミア・その他ロシアの併合地の回復のためには結局武力奪還しかない」ことになりますが、それは実現可能なのでしょう?
(20) 野口和彦(Kazuhiko Noguchi) on Twitter: "エリヤット氏の署名記事:軍事アナリストは、ウクライナは現在、地雷原、対戦車障害物、ロシアの無人機、大砲、ヘリコプターに覆われた塹壕や壕の広範なネットワークで構成され、場合によっては縦深30キロにも及ぶロシアの連続する防衛線に直面していると指摘している。1/n https://t.co/tZkdxzddcD" / Twitter
…軍事専門家のムジカ氏は「私が思うに、ウクライナ軍が現在の大砲の弾薬を使い果たし、砲身・銃身が足りなくなるまで、あと3ヶ月であり、地形が再び泥濘化する(ことで反攻が著しく困難になる)まであと3カ月だと言っても差し支えないだろう」と語った。2/n"
ムジカ氏が現地で話をしたウクライナ軍兵士の間では「今後2、3カ月は、消耗戦になるだろう」と、反攻が高い突破口をもたらすとの期待は低かった。「(反攻の)目的は前進を続け、塹壕から塹壕をとゆっくり解放していくことだ。ロシアのATGM(対戦車誘導弾システム)と大砲の密度が非常に高いため、装甲車の使用は非常に限られており、連合化された装甲編隊を使用するのは依然として危険だ」。3/n(ここので野口先生ツイートより)
 「全領土武力奪還」は現実的でないように思います。さらにミアシャイマー教授は下記のようさえも述べています。
(20) 野口和彦(Kazuhiko Noguchi) on Twitter: "ミアシャイマー氏のインタビュー動画。ロシアは現在のウクライナ占領地を43%近くにまで拡大する恐れがある。そうなるとウクライナは機能不全の残存国家になる。ウクライナ戦争での最大の勝者は中国だが、台湾侵攻に伴う陽陸作戦は極めて困難なので、これを実行しそうにない。 https://t.co/nO7WWljCPZ" / Twitter
 私はロシア軍にはこれ以上占領地を拡大する力はない、とみていますが、ミアシャイマー教授の洞察力には定評があるので、万が一の恐れとしてこうした事態の可能性も排除できないのかもしれません。
 ちなみに先日下記のような報道もなされました。
/ウクライナ、ロシアによる占領地域の半分を既に奪回=米国務長官 | Reuters(7/24)
 ただその実態は次のような次第とのことです。
(20) 野口和彦(Kazuhiko Noguchi) on Twitter: "気になったので、ブリンケン国務長官がザカリア氏のインタビューを受けたCNNを見ました。ウクライナ軍が、緒戦の「キーウの戦い」と昨年秋の「東部反攻」でロシア軍を排除した地域を含めての「約50%」とブリンケン氏は発言していました。現在の反攻が期待を下回っていることも認めていますね。…" / Twitter
 このままでは「全領土武力奪還」はとても不可能ではないでしょうか?
「ロシア政権との協議による領土返還は無理」とする以上、「武力で奪還できなかった領土はあきらめる」か、そうでなければ「何が何でも全領土武力奪還、そのために必要なありとあらゆる手段を使うべき」となります。後者の場合、より大規模で強力な武器供与が必要となる、それでも不可能ならNATO軍の参戦も、となってしまいます。それでは世界大戦、ロシア政権による核使用の危険がきわめて大きくなってしまいます。
 ロシア憲法の領土割譲禁止規定をもとに、「ロシア政権との協議による領土回復は不可能」とすることには、現実からみるとこうした危険があることなのではないでしょうか。
 なによりも最初に述べたようにこの主張を日本市民として行うと、「北方領土返還は武力奪還、対ロ開戦しかない」論に陥ってしまいます。
 宮武弁護士のご質問のこの項目は、そうした「危うさ」を内在するものではないか、それゆえこの質問に対しては、回答というより質問事項に対する以上の意見を述べるにとどめておきたいと思います。

白井邦彦
青山学院大学教授

 

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