戦線膠着・英国軍派遣を検討・ウクライナの経済財政状況・費用負担、など-野口先生「ウクライナ戦争の倫理的判断を問う」の紹介を兼ねて-

 前回も述べたように、ロシア・ウクライナ戦争は「今年に入り戦線は膠着状態」が実情です(下記の野口先生の論考も参照)。この間ウクライナ軍による領土奪還はわずかになされてる一方で、日本では報道されませんが、残念ながらロシア軍の進軍もわずかながらもなされています。報道されていること自体は全て「事実」としても、それが「事実の全て」とは限りません。
防衛産業誘致、生産強化へ キーウでフォーラム、250社が参加 - 産経ニュース (sankei.com)(9/30)
「ウクライナ政府は29日、首都キーウ(キエフ)で国際防衛産業フォーラムを開催し、戦略産業省によると、約30カ国から250社以上が参加した。ウクライナは欧米の武器供与に頼る一方、自国の防衛産業を強化し、欧米を中心とした外国企業を誘致して現地生産を加速させたい考え。ゼレンスキー大統領は冒頭で『自由の世界のための武器庫をつくっている』と演説し、協力を呼びかけた。」(同記事より直接引用)
ウクライナの兵器製造資金、来年は2235億円に 今年の7倍(CNN.co.jp) - Yahoo!ニュース(10/1)
「(CNN) ウクライナのシュミハリ首相は9月30日、兵器や軍需品の製造に来年は15億米ドル(約2235億円)の資金を充てる計画を明らかにした。今年と比べ7倍の水準となる。 来年の国家予算案の中に含まれるとした。ウクライナ軍は前線の遠方にあるロシア領の標的に打撃を加えるため国産のミサイルやドローン(無人機)を投入する作戦を進めている。 首相は同月29日、首都キーウで開かれた国際防衛産業フォーラムで、自国の兵器産業の『新たな誕生』もたたえた。」(同記事より直接引用)
 「軍事支援→軍拡」という流れが見事にできてしまっています。同時にでは「だれが」この「軍拡」のための予算を負担するのか、という問題も切実です。
 こうした中でイギリスが「軍派遣を検討」という報道もなされています。
ウクライナにイギリス軍派遣を検討 英国防相(ABEMA TIMES) - Yahoo!ニュース(10/1)
 軍事支援も量だけでなく、質が変わりつつあります。
 ただし以下のような動きもあります。
スロバキア総選挙 ウクライナ支援“停止”派が第1党に ヨーロッパの足並み乱れる可能性 | TBS NEWS DIG (1ページ)(10/1)
  スロバキアはNATO加盟国で熱心な軍事支援国でした。接戦とはいえ、総選挙で「軍事支援停止」を訴える政党が第一党となりました。
 これらの動きをどうみたらいいか、野口和彦先生の最新の論考「ウクライナ戦争の倫理的判断を問う」を紹介しつつ、述べたみたいと思います。

 最初にお断りしておきますが、野口先生と私では立ち位置がかなり異なります。基本的に野口先生は「ウェーバー・ポパー的な思考方法」をとられますが、私はそうした立場とはかなり距離があります。またここで紹介する論考についても、「核抑止論肯定」「中国脅威論」という部分に関しては賛同できないし強い疑問をもっています。しかしロシア・ウクライナ戦争について述べた部分に関してはほぼ同意見です。異なる立場からのものでも学ぶべき点は学ぶ、また異なる立場からの主張であっても、肯定すべき点は肯定すべき、ではないでしょうか。単純にレッテル張りして全て否定してしまっては、学問研究の発展はない、という点を自戒も込めてまず述べておきたく思います。

野口先生の最新のブログ論考です。
ウクライナ戦争の倫理的判断を問う - 野口和彦(県女)のブログへようこそ (goo.ne.jp)(9/28)
 冒頭ではウォルト教授(ハーバード大)の最新の論考を引用しつつ、次のように述べられています。
「政治学者のスティーヴン・ウォルト氏(ハーバード大学)がアメリカの外交専門誌『フォーリン・ポリシー』に寄稿した記事「ウクライナ戦争をめぐる倫理は、とても陰鬱なものである」は波紋を広げています。彼は、リアリストが伝統的に重視する『結果(責任)倫理』の基準から、今や『通説』として定着しつつある『ウクライナ軍によるロシア軍への反攻は正しい』という言説をこう批判しました。
『もし友人が何か不用心なことや危険だと思うことをしようとする場合、その友人がどんなに強い意志を持っているとしても、あなたには、その努力を助ける道徳的義務はない。それどころか、彼らが望んだとおりに行動するのを手助けし、その結果が悲惨なものである場合、あなたは道徳的にとがめられることになる。
 強硬派には、戦争に対する彼らの妥協なきアプローチが、長期的にはウクライナにより甚大な害を及ぼしうることを認めてほしい。それは強硬派が望んでいるからではなく、彼らの政策提言が生み出すものであるかもしれない。プーチンには戦争を始めた責任が…ある一方、この悲劇の責任の一端は、(NATO拡大などの)自分たちの政策がどのような事態を招くかについての以前の警告をすべて拒否した西側諸国の人々にもある。
 同じような人々の多くが、戦争を継続し、賭け金を高めて、西側の支援を強化するよう声高に訴えていることを考えれば、彼らの助言がウクライナにとって過去と同じように今日も害を及ぼすかどうか、疑問に思うのは当然だろう 』
 ここでウォルト氏が主張したいことのポイントは、次のようになるでしょう。①ウクライナ軍が「反転攻勢」を続けてもロシア軍を占領地から完全に撤退させられる見込はほとんどなく、むしろ、さらに多くの犠牲者を生み出すことになるだろう。こうした結果になることが分かっているにもかかわらず、それを後押しすることは倫理的に正当化できない。②国際法を破ってウクライナを侵略したロシアが悪いのは当然であるが、ロシアの言い分を無視して同国を追い詰めたのみならず、外交による戦争回避のチャンスを活かせなかったアメリカやその同盟国にも道義的責任はある。
 私は、ウォルト氏の主張がもっともだと判断したので、彼のX(旧ツイッター)のアカウントに賛同する旨の投稿をしたところ、これに同意する人はほぼ皆無であるどころか、猛烈に罵倒されました。ウォルト氏や私に対する非難のパターンは、おなじみのものです。すなわち、ウクライナのロシアに対する「徹底抗戦」に少しでも疑問をはさむ人間は、恥ずべき『親ロシア派』であるということです。」(同論考より直接引用)
 
 私もここでのウォルト教授・野口先生の言説は、少なくとも今の現実に即して考えれば「妥当」と思います。しかしウォルト教授・野口先生に対しては「恥ずべき親ロ派」というレッテルが貼られています。お二人の見解を冷静に読めば「親ロ派」などではありえない、は明らかですが、「徹底抗戦に少しでも疑問を挟むべき人間は、恥ずべき『親ロ派』だ」というレッテル張りはこの間一貫してなされています。これはロシア・ウクライナ戦争の言論状況において異常で危険と私が感じる点のひとつです。

 さて野口先生はロシア・ウクライナ戦争に関して同論考で次のように述べています。少し長いですが、重要と思いますから引用いたします。ぜひ読んでいただければ幸いです。

「もしわれわれが、ウクライナ戦争を信条倫理すなわちウクライナは正義の戦争を行っているのだから、倫理的判断はそれだけで済むと考えるのであれば、それで話は終わるでしょう。この戦争の結果がどうなろうと、ウクライナ人にどれだけの犠牲者がでようと、これがエスカレートして第三次世界大戦あるいは核戦争になろうと、正しい戦争を行っているのだから構わないという結論になります。私には、多くの人が、このように考えているように見えます。世の中には『善人』と『悪人』がいて、善人の行為は何でも正当化でき、悪人の行為は何でも不当であるという世界観です。これは信条倫理が支配する世界では、間違いなく正しいでしょう。

結果を見すえた倫理的判断の重要性
もしわれわれがウェーバーの主張を受け入れて、ウクライナ戦争を結果倫理から判断するのであれば、話は全く違ってきます。第1に、ウクライナ軍がロシア軍に勝利できる実行可能な戦略を持たないまま『反転攻勢』を続ける結果は、うまく行ったとしても、ごく狭い範囲の占領地の奪還である一方で、おびただしい戦死者をだすことになると高い確度で予測できるならば、それは必ずしも倫理的に正しい行為であるとは言えないということです。
 今年の6月から本格化したウクライナ軍の反攻は、失敗に終わったと言ってよいでしょう。『ワシントン・ポスト』紙(2023年9月8日付)の記事に掲載された下のグラフを見れば分かる通り、この4か月間の「反転攻勢」でウクライナがロシアから奪還した占領地は1%未満に過ぎません。その反面、戦死者は約5万人にも達しました。そして、このような結果になることは、リアリストらが正確に予測すると同時に警鐘を鳴らしていたのです。残念ながら、こうした警告は、ことごとく無視されました。そして、このグラフの線が、今後、突如として下降することなど、『ブラック・スワン』が登場しない限り、そうならないだろうと予測するのが妥当でしょう。



それどころか、ウクライナは今よりも悪くなるかもしれません。戦争の行方は彼我の物質的な軍事バランスに大きく左右されます。ロシアとウクライナの兵力、火力といった要因を比較考量すれば、前者が後者に優位性を持っていることは否定できません。このことについて、これまでもウクライナ戦争について的確な分析を行ってきた、アメリカ陸軍の退役軍人であるダニエル・デーヴィス氏は、こう予測しています。
『主要な戦争の大半は……最も基本的な戦闘力を保持している側が勝利してきた。今回の場合、それはロシアを意味する……ロシアは、ウクライナの戦力より多くの兵力、戦車、大砲を保有している(航空戦力と防空能力における永続的な優位性は言うまでもない)。単刀直入に言えば、ロシアとの消耗戦でウクライナを支援し続けることは、さらに何万人、何十万人ものウクライナ人の命を奪い、さらに多くのウクライナの都市の破壊を招き、最終的にはプーチンに軍事的勝利をもたらす可能性が高い……道義的には、西側諸国はウクライナの勝利という軍事的に達成不可能な目的を達成するための虚しい努力を続けるべきでない。特に、そのような支援は、ウクライナの人命と領土を無意味に失う結果にしかならない可能性が高い場合には妥当ではない』。
 この地図は、今年1月からの9か月間で、ウクライナの戦況がどのように推移したのかを示したものです(New York Times, 2023. 9. 28)。オレンジ色はロシアが拡大した占領地であり、水色はウクライナが奪還した領土です。ロシアは全ドンバス地方の掌握に失敗しましたが、占領地をほぼ維持してきました。その一方で、ウクライナの反攻はほとんど成果を挙げていません。ロシアの進軍は、我が国ではほどんど報道されていないようですが、実際には、このように占領地をわずかながら拡大しています。継続する膠着状態は西側のウクライナへの支援を減らすことになりそうなので、そうなるとロシアがウクライナにさらに深く攻め入る事態にもなりかねません。



こうしうた陰鬱な予測は信じたくないという気持ちも理解できますが、現実から目を背けても現実は変わりません。ウクライナは破壊されていくであろうことが分かったうえで、ウクライナ人に戦争の継続を勧めることは、はたして倫理的に正しい行為なのでしょうか。ウォルト氏は、そうではないと批判を恐れずに主張しているのです。
 第2に、ウクライナ戦争は、アメリカや同盟国の外交により避けることが可能であった悲劇だということです。世界には善人と悪人が存在している、アメリカや西側諸国は『善人』であり、ロシアは『悪人』であるという『常識』は、われわれが受け入れやすい世界観ですが、そこには落とし穴があります。そもそもロシアをウクライナへの侵略へと駆り立てた1つの有力な原因は、善玉であるアメリカが主導する軍事同盟であるNATO拡大でした。だからこそ、こうした戦争原因論は『悪玉ロシアのプロパガンダに冒された陰謀論』であると広く信じられてきました。しかし、それは違います。ストルテンベルグNATO事務総長は、この戦争とNATO拡大の因果関係を最近になって遠回しに認めました。
『プーチン大統領は2021年秋に宣言して、NATOをこれ以上拡大しないとNATOが約束して署名することを求めた条約案を実際に送ってきた……そして、それがウクライナに侵攻しない前提条件だった。もちろん、私たちはそれに署名しなかった』。
 ロシアによるウクライナのNATO非加盟の要求は理不尽である、NATOに入るかどうかはウクライナとその加盟国が決めることであり、ロシアにとやかく言われる筋合いはない、と多くの人は思うかもしれません。これは典型的な信条倫理による判断でしょう。しかし、その結果は、ロシアによるウクライナ侵攻であり、ウクライナの領土の約18%が占領されて、数百万人の国外難民が発生しただけでなく、約7万人のウクライナ人の戦死者をだしたということです。もちろん、これはロシアの悪行ですが、こうした悲惨な結果は、アメリカやその同盟国が、NATO拡大に対するロシアの警告に耳を傾けて、それを外交努力により妥結へともっていけたならば避けられた可能性が大いにあったのです。これは一種の『悪魔の取引』であり、信条的には受け入れがたいでしょう。ですが、これで戦争が回避できたならば、果たして、こうした妥協さえも不要であり不当であったと退けてもよいのでしょうか。ウォルト氏が、この戦争の責任は西側の人たちにもあるというのは、そういうことなのです。

最悪の事態を避ける政治的英知
ウクライナ戦争は核戦争にエスカレートする危険性を孕んでいます。これは決して考えられないことではありません。軍事や安全保障に関する世界屈指のシンクタンクであるランド研究所は、最近、この戦争が核戦争に拡大することを警告する報告書を発表しました。そこにはこう書かれています。
『ウクライナを停戦に追い込むようNATOを強制するために、ロシアは核兵器を使用できる。その目的は、戦況を安定させなければ、全面核戦争に発展するリスクが高まるとのシグナルをウクライナとNATOに送ることだ……ロシアがウクライナ国内で核兵器の使用を決定した場合、その数や種類は制限されないかもしれない。ロシアの指導部は、少数の核兵器や小型の核兵器しか使用しない場合のコストやリスクは、より多くの核兵器や大型の核兵器を使用する場合のコストやリスクと劇的に変わらないと認識する可能性がある』。
 我が国には、ロシアの核の威嚇は「ブラフ」であることが分かったとか、それに怯むことは「プーチンの思うつぼ」であると主張する専門家と言われる人がいるのには、私は本当に驚かされます。なぜなら、そうした人たちは、核兵器を用いたバーゲニングやエスカレーションのメカニズムの本質を全く理解していないように思われるからです。核兵器による威嚇は、トーマス・シェリング氏が、60年以上前に「偶然性に委ねられた脅し」として説明しています。すなわち、核兵器で脅す側も脅される側も、それが暴発するかどうか、確実に分からないから威嚇として機能するということなのです(シェリング『紛争の戦略』勁草書房、2008年、第8章)。
 ですから、核時代における鉄則は、正義が平和に道を譲ることに他なりません。実際、冷戦期において、米ソの指導者が核武装国への十字軍的な行動を抑制してきたからこそ、大国間戦争を起こさずに済んだのです。アメリカはソ連の勢力圏を尊重して、ハンガリー動乱もチェコスロバキアにおけるプラハの春も黙認して自重しました。ソ連も、アメリカが地域覇権の握る西半球に足を踏み入れたことにより起こったキューバ危機において、最終的には引き下がりました。こうした自制心や警戒心がウクライナ戦争に関与する核武装国の指導者には弱いように見えることは、たいへん心配です。
 核戦争へのエスカレーションを避けなければならないという主張には、『ロシアの不当な侵略を許すというのか』という反論や、『ウクライナのことはウクライナ人が決めるべきである』という批判が必ず寄せられます。信条倫理は結果がどうなろうと、侵略国ロシアを罰するべきであり、ウクライナが徹底抗戦することは正しいとわれわれに告げます。しかし、このような判断は、核戦争へのリスク判断が甘いだけではなく、ウクライナが今よりも、さらにロシアに蚕食されて、最悪の場合、「破綻国家」になることを考慮に入れていません。この点について、前出のデーヴィス氏の以下の指摘は、傾聴に値すると思います。
『ウクライナの人々のために、戦争未亡人のために、日々生み出される父親のいない子供たちのために、ウクライナの街全体が無分別に破壊されることを悲しんでいる。もし自分の国が侵略されたら、私は悪魔のように戦うだろう。
しかし、抵抗を続けることが完全な敗北を招くのであれば……。
その時は、別の道を選ぶ英知が必要だ。ウクライナが豊かな未来を手に入れるためには、現在の厳しい試練を乗り越えなければならない。私は、キーウ、ワシントン、ブリュッセルの指導者たちが、ウクライナを存続させるために必要な厳しい選択をする知恵と能力を持つことを祈る』」(野口先生論考より直接引用)。
 
 軍事支援は今や「イギリスが軍派遣を検討」という段階にまできました。世界大戦、さらには核戦争に至る危険をリアルに認識すべき、と思います。一度世界大戦、さらには核戦争へ、となってしまったらもう絶対に取り返しはつきません。
 さらにこのまま戦争を続けた場合、ウクライナの市民・社会はどうなるか、ウクライナが「破綻国家」となってしまう恐れは否定できません。
「汚職大国」ウクライナへの巨額支援、流用の恐れはないのか 高官の逮捕・更迭相次ぐ 総額36兆円・日本1兆円超 復興でさらに膨らむ(47NEWS) - Yahoo!ニュース(9/30)
  この中で下記のように指摘されています。
「世界各国の対ウクライナ支援を集計、公表しているドイツのシンクタンク『キール世界経済研究所』によると、7月31日時点での支援・支援見込み額は国別で米国がトップの695億ユーロ、ドイツが209億ユーロ、英国が138億ユーロなどとなっており、総計で2300億ユーロ(約36兆3000億円)と巨大なものとなっている。  
 国際通貨基金(IMF)によるウクライナの23年国内総生産(GDP)予測1487億ドル(約22兆1500億円)と比してもその大きさが分かる。  
 外務省によると、ロシアの侵攻に伴う日本の対ウクライナ支援は、殺傷性のない装備品や人道分野での無償援助など計76億ドル(約1兆1300億円)に上る。  ウクライナ国家統計局によると、同国はロシア侵攻の影響で経済が崩壊、22年の実質経済成長率はマイナス29・1%と、1991年の独立以来最低を記録。人口も避難民の国外流出や支配地域喪失により2021年の約4100万人から今年は約3200万人と激減の見通しだ(IMF予測)。経済は今年もマイナス3%と低迷が続き、軍事部門のみならず政府、民間部門への支援がなければ、国家運営が成り立たないことは明らかだ。」(同記事より直接引用)
 ウクライナがすでに、自立して経済財政運営できない状況に陥ってしまっていることは明らかです。このまま戦争を続けたらこれからウクライナの市民・社会はどうなってしまうのか、それをリアルに考えるべき、です。
 こうした意見に対しては、「ウクライナのことはウクライナ市民が決めることである、部外者があれこれ言うのは僭越」という批判が飛んできます。
 この点を踏まえての野口先生の論考での続けての指摘です。
「要するに、政治の世界では、より少ない悪を選択する高度な判断が、時に必要になるということです。それでも『ウクライナのことはウクライナ人が決めるべきだ!』という主張もあるでしょう。もしウクライナが単独でロシアと戦っているのであれば、これは政治的にも倫理的にも全く正しいといえます。しかしながら、ウクライナは、日本を含めた西側諸国の莫大な支援を得て、ロシアと戦争を行っています。株主が当該会社の経営に対して発言権があるように、ウクライナの要請を受けて税金から財政支援を行っている国家の国民にも発言権が認められるというのは、当然のことではないでしょうか。とりわけ、ウクライナ戦争が万が一、核戦争に発展してしまったら、我が国も無傷ではいられないでしょう。アメリカがウクライナに集中して資源を投入すれば、その分、アジアへの備えはおろそかになります。その結果、中国はより大胆な行動をとるようになり、日本の安全保障を脅かすかもしれません。ですから、そうした予測される悪い結果を避けようとするのは、決して批判されることではありません。われわれには、将来のある我が国の子供たちを守る義務があります。」(野口先生論考より直接引用)
 
 ゼレンスキー政権の方針は、「単独で戦う」ではなく、「米欧日から必要な軍事支援を得て戦う」で実際そうなっています。そして戦況・ゼレンスキー政権の方針により、私たちに要求される、私たちが提供せざるをえない軍事支援は、量だけでなく、質も異なってきます。現に冒頭でも紹介したように「イギリスが軍派遣を検討」という段階にもきています。そうしたことが日本を含め他国にも求められることが、これからあり得ます。
 さらにそうした軍事支援の原資は結局私たちの税金です。冒頭の方で紹介した、「ウクライナを自由社会の武器庫に」「来年の兵器製造資金7倍増」についても、ウクライナが単独で対応することは現在の経済・財政事情から不可能です。結局その費用は私たちが担うことになります。「ウクライナへの軍事支援→軍拡」という流れができていますが、その費用負担は結局私たちにかかってきます。
 また先の話ですが復興費用の負担の問題もあります。
「復興が始まればさらなる巨額の支援が必要となる。世界銀行、ウクライナ政府などは既に、侵攻後1年間の被害復興に、今後10年間で少なくとも4110億ドル(約60兆円)が必要と試算。」(「汚職大国」ウクライナへの巨額支援、流用の恐れはないのか 高官の逮捕・更迭相次ぐ 総額36兆円・日本1兆円超 復興でさらに膨らむ(47NEWS) - Yahoo!ニュース、より直接引用)
  もうすでに60兆円!ではすまなくなっているでしょう。そして戦争継続となればなるほど、その費用は膨らみます。
 ここで述べたような巨額の費用負担をどうするか、それを視野に入れた(建前論ではなく)本音の議論をすべき時と思います。
 同時に世界大戦・さらには核戦争となれば、私たちも関係なし、とはいきません。膨大な被害、核戦争になれば生きていないでしょう。
 スロバキアの総選挙で「軍事支援停止派政党第一党」という結果は、このように事態を把握している人たちが少なくないことを示している、と思います。
 私たちは決して「部外者」ではない、「ウクライナのことはウクライナ市民が決めること、部外者があれこれ言うのは僭越」という議論は、ここで野口先生もご指摘されるように、「成り立つのはウクライナが単独で戦っている限りにおいて」で、現在の構造では成り立ちません。

野口先生はその論考を次のように結ばれています。
「マックス・アブラハム氏(ノースイースタン大学)は、「(ウクライナ戦争の)エスカレーションを防ぐために全力を尽くすべきだと考える人は、今や裏切り者なのだ。そして、新しいマントラはこうだ。われわれは、核兵器が炸裂した爆風を顔に感じるまでにならなければ、ウクライナでは十分に努力していないということになる」と、この戦争をめぐる異様な言説を皮肉っています。核のホロコーストを防ごうとするリアリストは、なぜ『裏切り者』の烙印を押されなければならないのでしょうか。こうした戦争拡大の危機感がほとんど共有されずに、信条倫理の判断だけが広く受け入れられる世界は、誠に恐ろしいものではないでしょうか。冒頭に紹介したウォルト氏の主張は、ウクライナ戦争をめぐる政治的現実を冷厳に見すえた政治学者による、倫理的に妥当で勇気のある発言であることをわれわれはもっと理解すべきでしょう。」
 戦争を継続していくことの危険、しかもその膨大で取り返しのつかない私たちにも及ぶ危険、それを考慮すべき、と私も考えます。
 ロシア政権による侵略は許されない、その背後にNATOの東方拡大・民族問題など複雑な事情があるのは確か、しかしだからといってロシア政権の侵略は正当化されない、ロシア軍は撤兵すべき、と強く訴えます。ただその方法として「徹底抗戦・領土武力奪還・そのための軍事支援を」では、多くの人命の犠牲・ウクライナの市民社会の崩壊・膨大な費用負担となり、世界大戦さらには核戦争へ、という大変な事態を引き起こしかねません。それらを「避けること」も重要な「正義」と私は考えます。
 そうした「正義」の視点から、私は「即時停戦・和平交渉での解決」を強く訴えます。

白井邦彦
青山学院大学教授






 


 






 

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