停戦実現方法とその可能性、停戦時占領地でのロシア軍の蛮行への対策-宮武弁護士のご質問への回答として、6-

 宮武弁護士から筆者への質問は下記の次第です。
「ロシアに対する即時撤退を求めNATO加盟国からウクライナへの軍事支援を認める」立場から、「両国に対して即時停戦を求めNATOからウクライナへの軍事支援を否定する」白井邦彦先生にご質問します。 - Everyone says I love you ! (goo.ne.jp)
 このうち今回はまず停戦実現の方法とその可能性に関しての以下の質問にお答えしたく思います。
「8 冒頭に書いたように、そもそもロシアとウクライナの停戦に向けての言い分が食い違い過ぎているので、即時停戦は無理ではないですか。即時停戦論にどんな可能性や展望があるのですか。」
 私は軍事侵略が生じたら国連で対応すべき、しかしそれが無理なことは多々あるので、その場合は関係各国で「まず停戦を実現させる、そして和平交渉での早期解決をはかる」、軍事支援は停戦が実現するまでの間侵略された国の市民の犠牲を最小限に抑えるとともに、停戦実現の手段としてのみというきわめて限定的例外的にのみ許容される、という立場です。
 ロシア・ウクライナ戦争にその原則を当てはめれば、停戦実現にあたっては最大の軍事支援国アメリカを中心にNATO諸国の対応がカギとなります(その意味で「今こそ停戦を」がG7への呼びかけを行ったことは的を得たもの、と私は評価しています)。率直にいってウクライナ軍は米欧日、とりわけアメリカの軍事支援がなければ現在全く戦えない状況です。それを考え具体的にはアメリカを中心としたNATO諸国がロシア政権に対しては「停戦に応じれば軍事支援はやめる」として停戦を迫る一方、ゼレンスキー政権側にも停戦を促し、ロシア政権側が停戦に応じたら軍事支援をやめ停戦を実現する、という方法です。もちろん停戦はロシア政権・ゼレンスキー政権双方の合意がなければ成立しないので、仮に「ロシア政権側が米欧日のゼレンスキー政権への軍事支援をやめる見返りに停戦に応じる」としてもゼレンスキー政権が停戦に応じなければ停戦は成立しません。そしてゼレンスキー政権に停戦を強制することはできません。ゼレンスキー政権が抗戦を継続するかどうかはまさにウクライナの主権の問題なので、その選択はウクライナ側に委ねられるべきです。しかしこの状況でゼレンスキー政権が抗戦を選択しても、「妨害はしないが、軍事支援もしない、その場合は独力で」として、ゼレンスキー政権側にも停戦を促す、というやり方です。そして停戦破りに関しては、ロシア政権側が停戦破りしたら軍事支援再開、ゼレンスキー政権側が停戦破りしたらそれには一切軍事支援しない、として停戦破りを抑止する、ということも付け加えておきます。
 軍事支援について、「停戦実現までの侵略された国の市民の犠牲を最小限に抑える」とともに、「停戦実現の手段として」というのはこのようなことを意味しているつもりです。
 ではこうした方向にアメリカを中心とした軍事支援国が動く可能性はあるのでしょうか。私は現在その潜在的可能性は存在しているとみています。
 その理由の一つは軍事支援国の世論動向です。
「犠牲を払ってもウクライナ解放」vs「今すぐ停戦」――国際世論調査にみる分断(六辻彰二) - エキスパート - Yahoo!ニュース/(4/7)

六辻先生の上記記事より直接引用

 ここで紹介されている2月に発表された国際世論調査によれば、最大の軍事支援国アメリカでもゼレンスキー政権の「徹底抗戦・全領土武力奪還方針」を積極的に支持する割合は34%、軍事支援国の米英EU諸国いずれでもその比率は過半数を超えていません。逆に「領土の一部を失っても」と肯定しずらい限定条件がついているにもかかわらず、アメリカでは「戦闘の早期終結」を積極的に主張する人々が2割以上を占めます。EU諸国となるともっと顕著で「ゼレンスキー政権の徹底抗戦・全領土武力奪還方針」積極的支持38%に対し、「早期戦争終結派」30%、さらに「ロシアによる侵攻を受け入れることになるとしても西側中心の世界を改めるべき」5%で、両者を合わせるとゼレンスキー政権の現方針積極支持と同数に近くなります(なお筆者は「西側中心の世界は改めるべき」とは考えるが「ロシアの侵攻を認めることになるとしても」という条件には賛同できない、この条件がついているにもかかわらずアメリカで6%、EUで5%この項目を支持する層がいることは驚き)。「戦争の早期終結を」のアメリカをはじめとする軍事支援国での声は決して無視できない数に達しています。
 第二の理由として、ウクライナ軍の劣化ウラン弾・クラスター弾使用の問題があります。「徹底抗戦・全領土武力奪還」はこうした武器をも使用しなければ成り立たない段階となっています。そしてこうした武器を使用してしまった土地はたとえ奪還できても事実上使い物にならない、その状況をみれば、「徹底抗戦・全領土武力奪還」方針はすでに無理がある、とするのが合理的な考え方となるはずです。
 第三の理由として、現在の戦況です。例えば元自衛隊幹部の矢野氏により下記のような分析がなされています(なお矢野氏のこの論考の含意は、「ウクライナへの軍事支援は結局中国を利するばかり、ロシア・ウクライナ戦争は早く終わらせ、中国の脅威に備えるべき」でそのうちの「中国脅威論」には全く賛成できないが、ロシア・ウクライナ戦争の分析部分は価値があるのでは、と考える)。
ウクライナ反転攻勢は弾切れで頓挫、ロシア軍大攻勢で戦争終結へ 中国は台湾奪取に本格始動、弾切れの日米は尖閣も失う公算大(1/9) | JBpress (ジェイビープレス) (ismedia.jp)(8/3)
 実際アメリカがウクライナへの軍事支援で弾薬が枯渇、それを補うのに数年必要はすでに紹介したようにアメリカ自身認めています。またウクライナ軍に膨大な犠牲が出ている点については、公表はされませんが、ミアシャイマー教授もウクライナ軍の戦死者はロシア軍の戦死者の二倍と推定しています。「徹底抗戦・全領土武力奪還」は反転攻勢の現段階から実現可能性はきわめて薄い、さらにそれを目指したらどのくらいの期間戦闘を続けるのかわからない、その間軍事支援を本当に行い続けられるのか?、という問題があります。
  第四に、これが最大の理由ですが、世界大戦・ロシア政権の核使用の危険性がこの間きわめて高まっている、という現実です。
米、ロシア国内の攻撃「支持しない」 モスクワに無人機攻撃で | Reuters(7/24)
米、ロシア国内への攻撃奨励していない=ホワイトハウス | ロイター (reuters.com)(8/1)
  最近ウクライナ軍によるものと思われるモスクワなど本来のロシア領内への攻撃が続いていますが、それに対して最大の軍事支援国アメリカは「支持しない」明言し、ウクライナ軍側に自制するよう釘を刺しています。
 ベトナム戦争・ソ連のアフガニスタン侵略・中越戦争・アメリカのアフガニスタン侵略・イラク戦争など、核保有国が非核国を侵略した過去の事例において、核保有国のワシントン・モスクワ・北京などが侵略された側に攻撃されたケースはあったでしょうか?首都ないし主要都市どころか、領土攻撃でさえ、中越戦争で例外的にきわめて限定された中国領土になされただけでしょう。
 今回のロシア・ウクライナ戦争はその点でも以上の戦争とは質を異にしています。このままモスクワ攻撃など本来のロシア領内攻撃が続いたらどうなるか、ロシア政権による核使用のリスクは極めて高くなります。万が一ロシア政権が核使用に踏み切ったら、ウクライナに膨大な犠牲が生ずるとともに、その対応をめぐってアメリカなども大変な混乱に陥ります。何度も書くようですがその場合、「強く非難して終わり」というわけにはいきません、しかし核には核で、では核戦争です、アメリカNATO軍が通常兵器でロシア攻撃では世界大戦で、核戦争に発展してしまいかねません。もちろん日本も部外者とはいかないのはいうまでもありません。アメリカが再三即座にウクライナ軍に釘をさすのは、こうしたウクライナ軍の攻撃により最悪核戦争が、そうでなくてもアメリカなどが直接ロシアとの戦争に引きずりこまれてしまう危険があるからでしょう。そうであれば、アメリカなど軍事支援国にも上記のような停戦を促進せざるをえない潜在的可能性はあるといえるのではないでしょうか。
 もちろん以上の点は「潜在的可能性」です。それを「現実的可能性」とするのは、各国市民の停戦を求める声の大きさ、です。数は力です。ぜひ「即時停戦を」の声に皆様加わっていただきたく僭越ながら心よりお願い申しあげます。世界大戦・核戦争となれば、私たちの多くは生きてはいない、という危険な状況にあるはくどいようですが強調しておきます。

 次に下記の質問にもお答えしたく思います。
「13 停戦してロシアの占領が続くとロシア軍の戦争犯罪が続きます。停戦した方が人命尊重だとなぜ言い切れるのですか。また、ウクライナへの軍事支援を止めれば、ロシア軍がウクライナを蹂躙して犠牲者はかえって増えるのではないですか。」
 ロシア軍の占領地で言葉で言い表せないほどひどい虐殺など戦争犯罪がなさた、そしておそらく現在もなされている、は私は事実と認識しています。
「 ロシア占領下のウクライナ南部拘置施設に拘束されていた多数のウクライナ人が拷問や性的暴行を受けていた」とする調査結果を国際的専門家チームが公表。ロシア軍占領の現状を固定化する停戦は今はできない。 - Everyone says I love you ! (goo.ne.jp)
 ロシア軍の蛮行についての事実認識は宮武弁護士と全く同じです。そしてこうした行為に対しては私は心の底から怒りを感じます。こうした行為は絶対許せません。しかし私はだからこそ停戦が必要、と考えます。
 「徹底抗戦・全領土武力奪還」方針では、結局その領土を武力奪還するまでの間、そして武力奪還できなかったらその地において、こうした蛮行は放置されてしまうことになります。一瞬にしてすべての占領地を奪還できるなら話は別ですがそれは不可能です。その間・また武力奪還できなかった地でのロシア軍の蛮行の放置、でいいのでしょうか。
 停戦して監視体制を確立する、そして停戦時においてそうした蛮行がロシア軍側によりなされたら「停戦破り」として軍事支援は再開する、としてロシア軍によるそうした蛮行を抑える、とすべきではないでしょうか。軍事支援が「停戦実現の手段として」というとき、そうしたことを含めて私は主張しています。

 次回は主として「国際法・国際秩序」の問題に触れたく思います。

白井邦彦
青山学院大学教授
 


 



 
 

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