「日本の武器供与反対」はやはり「即時停戦」と同時に主張すべき-宮武弁護士のご指摘への回答として-

 日本の武器供与問題に関して、宮武弁護士のブログで拙稿に対するご批判がなされております。下記の論考です。
自公の協議で、安倍政権からの防衛装備移転三原則はそもそも殺傷能力のある兵器の輸出さえ禁止していないと言い出した。武力不保持を規定する憲法9条を持つ日本が武器を輸出することは憲法違反に決まっている。 - Everyone says I love you ! (goo.ne.jp)
 今回はそれに対する回答をしたく思います。
 宮武弁護士と私の間では、「ロシア政権による侵略占領は許されない」「日本がウクライナに武器輸出することは憲法違反で反対」「9条改憲には反対」という点については認識の違いはないと思っています。それゆえ見解の異なる点にしぼって述べていきたいと思います。私も上記の「 」内の点は強く思っていることであり、「ウクライナへの武器輸出は合憲・賛成」「9条改憲に賛成」でも全くありませんし、ましてや「ロシア政権による侵略占領容認」という立場でもありません。そして以下の文章にはそれらを主張する意図は全くないことをあらかじめて強調しておきます。その点誤解がないようにくれぐれもお願い申しあげます。

5/21に行われたゼレンスキー氏の会見詳細です。
ゼレンスキー大統領会見詳報|山形新聞 (yamagata-np.jp)(5/21)
 ・・・日本や韓国に殺傷能力のある兵器の供与を求めるか。
 ・・・・(日本や韓国など)もちろん武器供与が可能な国から供与してもらいたいのが本音だが、法的な制約も理解している。」(上記記事より直接引用)
 ここでゼレンスキー氏は「日本の法的制約は理解している」と明確に述べています。当然バイデン政権はもっと日本の法的制約は理解しているでしょう。そしてこの発言がなされてから1か月ほどですが、その間にすでにウクライナ向けへのアメリカの弾薬用の火薬供与、そして砲弾供与が求められています。「法的制約の存在は理解」したうえで、それでも日本に武器供与を求めている、というのが現状です。そうした現状にあるということを議論においてまず認識する必要があると考えます。

主張1「ウクライナの戦いを支持し、そのためのNATOの武器供与は容認する。しかし日本には憲法9条が存在し紛争国への武器輸出は禁止されているため、ウクライナの戦いにおいて日本の有する武器が必要であっても、憲法9条の制約から武器供与はできないことになっている、だから日本の武器供与には反対する」
主張2「ウクライナの戦いを支持し、そのためのNATOの武器供与は容認する。しかし日本には憲法9条が存在し紛争国への武器輸出は禁止されているいるため、ウクライナの戦いにおいて日本の有する武器が必要であっても、憲法9条の制約から武器供与はできないことになっている、だからウクライナへ武器供与を行えるよう9条は改定すべきだ」
 この2つの主張を比べた場合、どちらが論理的に整合しているでしょうか。私は9条改憲反対・日本の武器供与反対ですが、「ウクライナの戦いを支持し、そのためのNATOの武器供与は容認する」を前提として認めてしまったら、主張2のほうが論理的には整合的とせざるをえません。つまり「ウクライナの戦いを支持し、そのためのNATOの武器供与は容認する」を前提として認める一方で、日本の武器輸出反対を憲法9条をもとに主張すると、「9条改憲」論をアシストすることになってしまうのではないでしょうか?まずこの点疑問と危惧をもちます。さらに万が一憲法9条が紛争国への武器輸出可能なように改定されたら(私は絶対反対ですが)、「日本の武器輸出賛成」となってしまうのでしょうか?
 宮武弁護士のブログの拙稿批判を一読して最初に感じた疑問と危惧です。

 戦争の継続に従い多数の死者が出続けています。ロシア軍側の死者数はウクライナ・アメリカ側からしばしば伝えられていますが(それも実数かは疑わしいが)、実はウクライナ側の死者のうち私たちに知らされているのは、ロシア軍による空爆などによる民間人犠牲者、ロシア軍の占領地で虐殺された人々についてであり、ウクライナ軍の戦闘での死者数は公表されていません。下記の次第です。
戦時下に新法…ウクライナのメディア規制 ゼレンスキー大統領の汚職を掴んだら…報道はどうするのか【報道1930】 | TBS NEWS DIG(3/31)
『ウクラインスカ・プラウダ』 セウヒリ・ムサイエワ編集長
「ウクライナ社会はウクライナ軍の損失を知りません。2014年(クリミアでの)戦争が始まった時は、ウクライナ軍の損失も公開していましたが、今はやり方が変わって、自国の損失ではなくロシアの損失を公開するようになりました。」(上記記事より直接引用)
 結局推計するしかないのですが、下記のような推計がなされています。
野口和彦(Kazuhiko Noguchi)さんはTwitterを使っています: 「紛争発生から1年の間に、約8万8000人のウクライナ人が命を落としたと推定される(87,400人、95%信頼区間(CI):47,100-127,700)。この死者の4分の3は戦闘員(65,400人、95%信頼区間:35,100-94,700)であり、残りは民間人(22,000人、95%信頼区間:12,000-33,000)である https://t.co/x1LsdzxbCc」 / Twitter
(原文は以下のものです
Russia’s War: Weighing the Human Cost in Ukraine | by small arms survey | May, 2023 | Medium)
 この推計によれば、ロシア政権による侵略から1年間でのウクライナ側の死者数は約8万8000人、うち約6万5000人が戦闘員であり、死者のうち3/4は戦闘員の死者で民間人の死者数の3倍、とのことです。戦争を考えるうえできわめて重要である、命の犠牲のうち、そのかなりの部分について私たちは一貫して知らされていなかったことになります。この点に関して宮武弁護士はどのように考えるのでしょうか?分析考察にあたっては命の犠牲は視野に入れる重要な要素のはずです(ただここでの数値の推計であり、ウクライナ軍は自軍の戦死者数は把握しているはずですが上記のように公表していません。つまり私たちは、冷静な分析考察ができない状況にずっとおかれているわけで、今後も戦闘が続く限りそうでしょう)。
 現在反転攻勢がなされていますが、ゼレンスキー政権側はその目標が「全領土奪還」であることを明言しています。
反転攻勢の目標は全領土の奪還、ウクライナ大統領顧問 - CNN.co.jp(6/17)
  この戦闘が行われたらどれだけの犠牲が出るのでしょうか?すでにかなり厳しい戦いになっています。
ゼレンスキー大統領「失った陣地は1つもない」強調もウ軍が新たに奪還した集落は「1週間で1つ」にとどまる(TBS NEWS DIG)|dメニューニュース(NTTドコモ) (docomo.ne.jp)(6/20)
 今後についても長期にわたりかなりの犠牲がでるものと予想されています。
ウクライナ反転攻勢、進展遅く犠牲大きいものに | The Wall Street Journal発 | ダイヤモンド・オンライン (diamond.jp)(6/20)
「ウクライナ軍の初期段階での後退は、この反転攻勢が長く、犠牲を伴う厳しい戦いとなることを示している。」(上記記事より直接引用)
 「日本の法的制約を理解」しながらも、日本にまで武器供与の要請がなされたのは、まさにこうした長期にわたり激しく犠牲の大きな戦闘のため、でしょう。このまま戦闘を続けた場合一体どれだけの人命が戦場で失われてしまうか、想像もできないほどです。
 そうであるなら、「日本の武器供与反対」だけでなく、「即時停戦・和平交渉での解決を」も合わせて主張すべきではないでしょうか。
 またバイデン大統領は下記のような発言をしています。
ロシアの戦術核使用「現実的」 米大統領、ベラルーシ配備受け:東京新聞 TOKYO Web (tokyo-np.co.jp)(6/20)
「ウクライナ軍が反転攻勢を続ける中、バイデン米大統領は19日、ロシアのプーチン大統領が戦術核兵器を使用する可能性について「現実的だ」と述べた。ロイター通信が伝えた。」
 先日の失言問題もありますから同氏の発言には注意が必要ですが(それはそれで恐ろしい)、もし本当に戦術核が使われたらどうなるか、もちろんロシア政権を激しく非難すべきは当然ですが、非難して終わり、というわけにはいかないでしょう。そのあとどのような対応がなされるべきなのか、対応の仕方によっては世界大戦・核戦争の恐れも否定できません。絶対にロシアに戦術核使用をさせてはなりません(もちろん核威嚇を続けるロシア政権が言語同断であることはいうまでもありません、それ自体いくら非難しても非難したりないほどです)。
 日本への武器供与要請はこうした段階でなされたものでもあります。「武器供与に反対」、にあたってはこの点も認識すべきであり、そうである以上、やはり「即時停戦・和平交渉での解決」と合わせて主張すべきではないでしょうか。
 そしてロシア軍に奪われた領土については、「和平交渉により回復」を目指すとすべきです。そもそも軍事力をもってロシア軍から「全領土奪還」など可能なのでしょうか。
ウクライナ軍の「反転攻勢」は、どのくらい成功する見込みがあるのか - 野口和彦(県女)のブログへようこそ (goo.ne.jp)
 野口先生のこの論考の結びの言葉です。
「デーヴィス氏の言葉を借りれば、「西側諸国の多くがどれほど動揺しようとも、戦争の趨勢はモスクワに傾いている。これが観察可能な現実である。ワシントンがすべきことは、負け戦を支援する『倍賭け』の誘惑を避け、この紛争を速やかに終結させるために必要なことは何でもしなければならない」ということです。」
 日本の武器供与はまさに『倍賭け』の手段でもあるわけです。「日本の武器供与反対」がなぜ「即時停戦」と同時に主張されるべきか、の理由のひとつをこの論考の結びの言葉は明確に示している、と私は思います。
 「日本の武器供与反対、即時停戦・和平交渉での解決を、領土回復は和平交渉で」というのが、なぜ日本に武器供与が求められているのか、を視野にいれての私の考えです。そして万が一ですが、9条が紛争国への武器供与を可能にするように改定されたとしても(しつこいようですが、絶対反対です)、私は「日本の武器供与反対」です。

白井邦彦
青山学院大学教授







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