ウクライナ市民の生活実態からみた「徹底抗戦・全領土武力奪還」方針への疑問-宮武弁護士のご質問への回答とその中間補足、4-
宮武弁護士からの私へのご質問は下記の次第です。
「ロシアに対する即時撤退を求めNATO加盟国からウクライナへの軍事支援を認める」立場から、「両国に対して即時停戦を求めNATOからウクライナへの軍事支援を否定する」白井邦彦先生にご質問します。 - Everyone says I love you ! (goo.ne.jp)
今回はまず下記の質問へのお答えからします。
「11 侵略とその他の国際法違反行為や戦争犯罪は不可分に結びついたものではなく、侵略したからと言って戦争犯罪をするわけではなく、法的評価は全く別物です。たとえば、侵略は国連憲章違反、子どもの連れ去りはジェノサイド条約違反、原発攻撃はジュネーブ協定違反、クラスター爆弾使用はハーグ条約違反です。それなのに、ロシアの侵略は許されないのだから、侵略を批判すればあとの戦争犯罪や国際法違反も批判したことになる、ましてイランのドローン供給については触れる必要もないという考えはどうして出てくるのですか。」(上記ブログより直接引用)
イランのドローン問題についてはすでにお答えしたように、「私はロシア政権の侵略は非難する立場、侵略を非難しながらそこへの武器供与が許されないことは自明」という考えからです。当然ですがイランの武器供与については非難するとともに肯定する余地がない、というスタンスです。
原発占拠、子供連れ去りに関しては非難しているはずです。
ロシア政権のクラスター弾使用に関しては宮武弁護士とのやりとりで、「ロシア政権側はクラスター弾を使用するか否かにかかわらず、侵略行為なのですべての軍事力の行使自体が許容できない」ということを強調したつもりです。「侵略を非難すればそれで足りる」という趣旨ではなく、「侵略した側だからすべての軍事力行使自体が容認できない」を強調する趣旨であったことを述べておきます。
同時に以下の点もご理解いただければ幸いです。即時停戦論者に必ずなされる批判は、「ロシア政権側の味方だ」というものです。「ロシア政権の侵略が許されない、即時無条件撤兵があるべきすべき姿」は議論において当然の前提としています。そのうえで現実の状況からどうすべきか、を議論しているつもりですが、必ず「ロシア政権の味方だ」の批判がなされます。私としてはしつこいほど、「ロシア政権による侵略は許されない」を強調するとともに、ロシア政権の様々な行為を批判する際には「・・を非難する、もちろんそれのみが許されないわけではなく、侵略自体が許されない」といった趣旨のことを書くようにしています。なぜならそうしないと今度は、「ロシア政権の・・・の行為を批判すると言っているが、ロシア政権の侵略自体は非難しないのか」という声が必ずあがるからです。同時に「・・・を非難する」というと、今度は、「ではほかの△△行為は非難しないか」という声もでます。それゆえロシア政権側のある行為を非難する際は、ロシア政権の代表的な許容できない行為をあげながら「その他指摘しきれないほど数多くの蛮行がなされ、それらは全て許容できない」というような表現をとるようにもしています。その点ご理解いただければ幸いに思います。
イランの武器供与問題も同様の判断があり、即時停戦論者がイランの武器供与を非難すると今度は必ず「では北朝鮮の武器供与はいいのか、なぜ非難しないのか」となり、それを非難する次は「その他にも武器供与疑惑があるがそれを非難しないのか」となります。
ロシア・ウクライナ戦争をめぐる言論状況、即時停戦論を主張する必ずとなされる「ロシア政権の味方か」の非難とその内容、そうしたことを考慮してのことである、という点は重ねてご理解いただければ、と思います。
以下は宮武弁護士のご質問に対する中間補足として、ウクライナ市民の生活実態と、そこから考えることを書きたいと思います。
国連などの報告書「ヒューマン・インパクト・アセスメント」でウクライナ市民の生活実態が調査報告されています。
ウクライナ住民、1700万人が「限界状況」…国連機関の報告書、凄惨な現状明かす(ハンギョレ新聞) - Yahoo!ニュース(6/28)
前回触れた国内「避難民」に関しては例えば下記のように書かれています。
「故郷を離れて慣れない土地に定着しようと努める「国内避難民」の境遇も、これらの人たちと大きな違いはない。報告書は「脆弱階層に属する人口は、1年間で全国民の34%から45%に増えた」としたうえで、「これらのなかでも、国内避難民が最も大きな困難に直面している」と指摘した。540万人程の国内避難民は、高齢者や障害者とともに最も所得が低い階層を形成しており、新たに定着しようとしている地域社会から排斥されることも多いと、報告書は付け加えた。
ドニプロ地域に留まっているある避難民は、国連調査官に「私の履歴書には、国内避難民という表示がある。(そのため仕事を探すことができない)」としたうえで、「金銭関連の責任が伴う業務は、最初から(地域の)永住許可証を必須として要求する」と伝えた。黒海西部沿岸のオデーサ地域のある社会活動家も「地域社会には職はあるが、国内避難民が職に就くことは非常に難しいのが現実」だと述べた。」(同記事より直接引用)
この実態からみても「即時停戦・和平交渉による早期解決」ではないでしょうか?
現在ウクライナ市民はこのような生活実態に置かれています。このまま成功するかどうかもわからないが長期にわたることは確実な「徹底抗戦・全領土武力奪還」方針を続けたらウクライナ市民の生活はどうなってしまうのでしょうか?「侵略したロシア政権が一番悪い」は当然ですが(その点はしつこいようですが大前提としたうえでの議論です)、現実問題として今の方針を続けたら、上記記事からしてウクライナ市民社会の崩壊はどんどん進んでしまうのは確実です。
ウクライナ市民社会のこれ以上の崩壊を防ぎ、ウクライナ市民の生活を守るためにも「即時停戦・和平交渉での早期解決」とすべきと改めて主張したく思います。同時に侵略したプーチン政権への強い怒りとともに、足元でこうした状況が進み市民社会が崩壊の危機に瀕しているのに、それを促進するような「徹底抗戦・全領土武力奪還」方針のゼレンスキー政権についても大きな疑問を感じざるをえません。
実はロシア政権の侵略前においても、ウクライナ市民の置かれたいた生活実態がすでに深刻なものであったことがわかります。ウクライナが率直にいって「貧困問題が深刻で格差が大きい国」であることはよく知られていたことです。
戦前においてもすでに「支援が必要な人口」290万人、「政府支援世帯」53%、「脆弱階層」34%、「食料不足を感じる世帯」1割、という状態でした。戦前から深刻な格差貧困問題、市民社会の崩壊の危険、はすでに存在していたわけです。それに対してゼレンスキー政権は有効な政策的対応をしていたのか、とともに、戦前においてすでにこのような状態にあった社会状況を考えたとき、ロシア政権の侵略に対する対応として妥当なものであるのか、私は大きな疑問を感じざるをえません。とりわけ一方でのこうした市民生活の実態がありながらのゼレンスキー氏自身がタックスヘイブンを行っていたという下記の報道からは、そうした疑問を強く感じざるを得ません(このゼレンスキー氏のタックスヘイブン疑惑は一体どうなっているのでしょうか。ウクライナで汚職問題がとりあげられていますが、この問題は不問のようですがなぜでしょうか?)
ヨルダン国王やウクライナ大統領も租税回避 「パンドラ文書」で判明 | Forbes JAPAN 公式サイト(フォーブス ジャパン)(21年10/5)
ウクライナにおいてでは、経済的社会的格差構造の下位に置かれていた人々、とそうでない人々、特に富裕層では、戦争に関しては同意見なのでしょうか?
ウクライナにおいては戦前からすでにさまざまな格差が存在し、それが戦争でさらに深刻化しています。
「女性や少数民族出身者なども、不利益を受けていることは同じだ。西南部地域のヴィーンヌィツャのジェンダー平等活動家は「女性たちは、男性より仕事をさらに必死になって探し、賃金が安い仕事も喜んで受けいれる」と伝えた。ハルキウの女性人権活動家は「子どもと老人の面倒をみなければならない負担のため、外での活動がまったくできない女性も多い」とし、「そのため、人道支援さえ受けられないことも起きている」と述べた。」(同記事より直接引用)
さらにウクライナにも5万から26万人存在するといわれるロマ民族については、戦前からすでにかなりの社会的差別を受けていたわけですが、下記のような記述もなされています。
「ウクライナ南部に主に集まって住んでいるロマ民族に対する差別は、はるかに深刻だった。オデーサ地域に住むあるロマ民族の住民は「戦争前も子どもたちを幼稚園や学校に行かせにくかったが、今はさらに難しくなった」とし、「結局、賄賂を渡して子どもを学校に登録させた」と打ち明けた。また別のロマ民族の女性は「仕事を見つけることが戦争後ははるかに難しくなった」と述べた。ウクライナには5万~26万人のロマ民族が暮らしていると推定される。」(上記記事より直接引用)
こうした経済的社会的格差構造の下位に置かれている人々の戦争に関する意識はどうなのか、こうした格差構造での位置での違いを意識した議論も必要なのでは、と考えます。経済的社会的格差構造の下位からという視点、で見た場合どうなのか、私は常にそのことを意識すべきという立場です。
「ウクライナ市民」というとき、それは一体のものとはみられない、その中にも歴然と存在している経済的社会的格差構造、それを無視してはならない、はずです。そして戦争で最も犠牲になるのは、「経済的社会的格差構造の下位に位置する人々」です。私はそうした視点からもロシア政権による侵略を強く批判をするとともに、「即時停戦・和平交渉での早期解決」を訴えています。
白井邦彦
青山学院大学教授
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