ウクライナの「徴兵拒否汚職」問題、摘発強化が本質的解決策なのか?

お断り
しばしば「徴兵逃れ」という言葉が使われます。汚職は当然許されませんが、「徴兵逃れ」という言葉には抵抗を感じます。「徴兵逃れ」という言葉の背後には、「強制的に戦地に送り死を迫る」ということは「当然」、それを「拒否すること」は「悪」、という価値観が見え隠れします。私はそうした価値観には立たない、その意味で「徴兵拒否」という言葉を使うようにします。

 ウクライナにおける「徴兵拒否汚職問題」は深刻で、この間その手段で徴兵拒否した人たちは多数、ゼレンスキー政権は摘発に力を入れています。
ウクライナ、汚職発覚で軍の医療委員会を調査 大統領が発表(CNN.co.jp) - Yahoo!ニュース(8/31)
「CNN) ウクライナのゼレンスキー大統領は30日夜の演説で、軍の医療委員会に対する調査が進行中だと明らかにした。この委員会を巡っては、一部の委員が賄賂を受け取り、ウクライナ国民の徴兵逃れを助けていたことが暴露されている。 演説の中でゼレンスキー氏は、全国に設置されている医療委員会を対象に調査が行われていると述べた。

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その上で、医療委員会の判断により徴兵されなかった国民の数が昨年2月以降10倍に増加した州が複数あると指摘『『これらの判断が賄賂によって下されたものであるのは火を見るより明らかだ』と強調した。 医療委員会のスタッフに対しては刑事訴追の手続きを進める一方、明らかに疑わしい判断を理由に出国した人々のリストについても別途分析を行うことになるという。 ゼレンスキー氏はまた、国内メディアとの27日のインタビューで、戦時における汚職を国家への反逆と同等に扱う意向を表明。議会に対しその件に関する提案を『週内にも』行うつもりだと明らかにしていた。」(同記事より直接引用)
 摘発がかなり強化され、「国家反逆」扱い、「明らかに疑わしい判断を理由に出国した人々のリストについても別途分析」(その人たちの引き渡しまで求めるつもりなのか、その親族などはどうなるのか?)などなされるようです。
 下記のような記事も配信されています。
国防相近く更迭と報道 ウクライナ、汚職関連か:東京新聞 TOKYO Web (tokyo-np.co.jp)(8/31)
 ウクライナ軍の汚職はかなり深刻ということは、これまでたびたび報道されていた次第ですし(そうした汚職が深刻化しているウクライナ軍への軍事支援についても考えるべき問題であった)、この件が「徴兵拒否汚職」が決定打となったかは不明です。ただ戦時に国防相更迭とは尋常のことではありません。
 しかし「徴兵拒否汚職」問題に対して、「摘発強化」というゼレンスキー政権の対策は本質的解決策なのでしょうか?
 ウクライナの戦死者が大幅増 東部の死体安置所をBBCが取材(BBC News) - Yahoo!ニュース(8/30)
 ウクライナ軍側の死者も膨大、特に反転攻勢後急増している、とのことです。「ゼレンスキー政権によってウクライナ軍の死傷者数の公表は禁止されており、それをもらしたら刑事罰の対象」と、ウクライナ軍の死傷者数については公表することが厳禁されていますが、ウクライナ市民はこうした事実は身の回りの現実から当然知っていると思います。
 汚職という方法は悪ですが、「強制的に戦地に行かされ死を迫られる、逃れられない」ということ自体に本質的問題があるのではないでしょうか。それゆえ本質的解決策としては、「汚職の摘発強化」ではなく、「徹底抗戦、全領土武力奪還」方針から、「即時停戦・和平交渉での解決」に転換、と私は考えます。
  最大の軍事支援国アメリカでは、政府高官や内部関係者の間で下記のようにささやかれ始めているとのことです。
 (30) 野口和彦(Kazuhiko Noguchi) on X: "ウクライナ軍の前進が遅々として進まないことで、米政府高官や内部関係者の間で、こうささやかれている「ミリー将軍の言うことを聞くべきだったか」。2022年11月、統合参謀本部議長は…和平交渉を検討する良い時期だと述べた…バイデン政府高官は即座に火消し奔走した。1/n https://t.co/1wV2n4rkBi" / X (twitter.com)
しかし、最近「だから言っただろう 」という暗黙の了解が聞こえてくる。米高官は「我々は早期の協議を推進する機会を逃したかもしれない。ミリーには一理あった」と述べた。別の米政府高官は、政権はますます自問自答を強めていると語った。「もし我々がこれを永遠に続けるつもりがないと認めたら、我々は何をするつもりなのか」と。2/n
(原文は下記のものです。
‘Milley had a point’ - POLITICO)
 このまま「徹底抗戦・全領土武力奪還のために軍事支援でいいのか、早期に和平協議すべきであったのではないか」とのささやきです。同時に、「われわれは今何をすべきなのか」という自問です。
 最大の軍事支援国アメリカ政府内部でも、建前はともかくとして、本音では「和平協議による解決」ということがささやかれ始めているようです。
 ロシア政権の侵略は国際法違反で許容されない、ロシア軍を撤兵させるべき、私もそのように強く思います。しかしそのために「徹底抗戦・全領土武力奪還」だ、それは現在および将来の国際秩序を守るための「正義の戦いだ」との見解には合意できません。「正義の戦いだ」と主張する方々はぜひ、野口先生が紹介されている、下記のカール・シュミットの言葉の含意を考えてみていただけないでしょうか?
(20) 野口和彦(Kazuhiko Noguchi) on X: "C. シュミット「戦争を人間殺しだと呪った後で、『決して再び戦争が起こらない』ようにするため、戦争を行い、戦争で殺し殺されるのを人間に要求するのはすぐ分かる欺瞞である。正しい戦争の要求の背後には、交戦権の自由な使用を他人に手渡し、正義の規範を見出して、その内容と具体的事例の適用を、別の第三者が裁判官として決定する、すなわち誰が敵かを定めるようにする政治的努力が隠れている。誰が自分の敵か、誰に対して闘ってよいかを、司法形式か何らかの仕方で、他者が指示できるならば、その国民はもはや政治的に自由では(ない)…戦争は、理想や法規範のためなく、現実の敵に対し遂行される点に意味をもつ」(152-154頁)。3/n" / X (twitter.com)
 「正義の戦い」を主張することの常に背後にある「政治的努力」、そしてこの文章の深遠かつ鋭い含意、それを嚙み締めれば、やはり「正義の戦いの主張」ではなく、「即時停戦、和平交渉での解決」であると思います。
 ウクライナで深刻化している「徴兵拒否汚職問」もこうしたコンテクストで考えるべきだし、私はそのように考えています。

白井邦彦
青山学院大学教授


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