3 治療後、サカヌキ村生活の実質的な初日 保護されていた神殿から出て

サカヌキ村に辿り着き、神殿の人々の慈悲で保護されたぼくたちだったが、神殿の小部屋で傷と体力の回復を待っている間に、生き延びてサカヌキ村に辿り着けたのは全部でたったの六名だったと知った。
そのうちの一人も、療養中に傷からの感染で亡くなっていた。
やっと生き残った五人の傷が塞がり、裸足でゆっくり歩けるようになると、翌日の朝、神殿から追い出された。

「それじゃ、ぼくたちはこれからどこへ行ったらいいんですか?」

額の禿げ上がった白髪の中年神官が、眉間や口元に皺を刻んだ厳しい顔で

「このサカヌキ村で新たに働こうという者は、誰もがとりあえずトールのとこへ行く事になっている。先ずはそこに顔を出してみろ。気分次第だが、なんとかしてくれるかもしれん」

「はい」
「わかりました。有難うございました」
「気をつけてな」
神官は頷いて──だがそこへ、それじゃ足りないとばかりに質問した奴が居た。
マサノリだ。
「トールって、何処にいるんですか?」
「左回りに路地一つ」
言い捨てると、厳しい顔の神官は踵を返して神殿の奥へ去っていった。
その様子を見ていたぼくは、なんだか胸がもやもやしてしまった。

「ひだりまわり……?」
「路地ひとつ、ね……」
イマイチよく分からない言い方をされたので、ぼくたちは首を捻った。

「ここを出てから壁に左手をつける感じで歩けばいいの?」
「で、一つ目の路地を入るとかか」

が、ここで考え込んでいても分からないので、時間が惜しいから、外で誰かに訊いてみようかと思って、外へ出ることにした。

神殿の外は、小雨がしとしと降っていた。
目の前には、濡れた荷を背負った人々が、頭巾や笠を被って、足許を気にしながら、急ぎ足に右に左に通り過ぎて行く。

右を見ても左を見ても、灰色の玄武岩のブロックを積んで造られた建物が並んでいる。
同じ玄武岩の灰色の建物が、道の向かい側にも。

建物の上に目を遣ると、それほど離れていない処に城壁が見えており、見張りの戦士が一人立っていた。
雨避けの黒っぽいマントをかけて、黒く彩られた硬革鎧を着込み、黒い兜を被り、雨の中で黒く輝く穂先の槍の石突を地面についている。
とにかく全身が黒っぽくて、見えづらい。

「雨だね……」

小声でエイコが呟く。
ぼくたちは顔を見合わせ、空を見上げて躊躇い、人込みに気圧された。
誰も濡れたくなかったが、仕方なく雑踏の中へ出て行く。

最初にマサノリが出て行こうとした時に、雑踏から押されて出てきた濃灰色の粗末な外套を被った物売りと軽くぶつかってしまった。
途端に、その物売りからどんっと突き飛ばされて、マサノリはぼくにぶつかってから尻餅をついた。

「どかあッてやあンだッ!」

怒鳴りつける男の眼つきは眇めて鋭く人を刺すよう、牙を剥いて噛み付くような獰猛な口許であった。
一瞬のことで、思わず首を竦めて目を見開いて固まったぼくたちを尻目に、物売りの男はさっさと雑踏に消えていった。

不意に怖い思いをしたので、胸がドキドキして、今度は人の流れが切れるのを慎重に見定めて、タイミングを計って、少し人が減った時に

「いこ「行くよ!」」
「ええ」「よし!」「おうっ」

と、皆で思いきって外へ出て行った。

裸足で、ぱたぱたぱた、ぱたぱたぱたと、濡れた通りに小走りの足音を響かせて、ぬかるむという程ではなくともやや滑りやすくなってる足元に気を付けながら、素早く周囲に目を走らせて、様子を見て取る。
途中の広場には、大きな玄武岩の台が置いてあって、誰でもそこで石刃を研いで良いようだった。
村の門にも玄武岩の柱があって、通りすがりに石刃を研ぐ者の姿が見られた。

広場に案内板が立っているのを見つけた。
「あれ!」
「見てみよっ」
周囲を通り過ぎる人々を警戒しながら、そこへ近づいた。

「どこだ……」
「広場ここだね」
「神殿って、ここでしょ、トールって、これね、……」

仲間が道を探している。
雨が冷たい。

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