2 村からの逃亡

あの夜、子供小屋で寝ていたぼくたちは外の見張りの声に起こされて藁の床から跳ね起きた。
戸が荒々しく開けられ、見知った大人の顔がぬっと入ってくると、叫んだ。

「お前たち!急いで此処を出るんだ!」
「きゃーっ!」
「父さんはどうするの!?」
「黙れ!何も聞くな!今すぐ行け!サカヌキ村へ!」

素直に何も聞かずに外へ出た途端に、見えてしまった。
ひたひたと津波のように村に押し寄せる、人に似た奇怪な怪物の大群が。

「きゃああーっ!」
「おかあさーん!」
「見るな! 見るんじゃあないッ! おいっ、お前たち! すぐに出てけっ!」
「決して後ろを振り返るな!死ぬ気でサカヌキまで突っ走れ!」
「シュウ、行くぞ!」
「おおうっ」
「いやああ!母さあんっ、父さあんっ!」
「来いッ! おい、そっちの腕持て!」
「ああ!」
「サカヌキだぞッ! サカヌキへ逃げろッ!!」
「うああ、ああああーッ!」

必死の形相をした大人に促されるままに、着の身着のままで一目散に逃げ出すと、魔物の追跡を振り切るためにひたすら走りに走った。

走れなくなってからは歩き続けて、あちこちひっかけたり転んだりして、ボロボロだった。
草鞋を履く暇さえ無かったので、足も当然血だらけだった。
極度の恐怖と興奮から痛みを感じないでいられたが、サカヌキ村の大人たちに介抱されて安堵してしまうと、疲労と痛みと苦しさで、もう一歩も動けなくなって、そのまま気絶してしまった。

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襲われた開拓村から逃げ出した時には、ゆうに二十人ほども居たはずだ。
だが、サカヌキ村に着くまでに減った。

先ず、日頃から乱暴だった大きなタダシがこんな時にまで皆を仕切ろうとして、大勢が殺気立ち、異様な雰囲気になったかと思うと、忽ち狂乱して手にした石や枝を振り上げてタダシ一人目掛けて打ちかかり、あっという間に群がって、気がつけば殺してしまっていて、死体を藪の中へ荒っぽく蹴り落とした。

心に余裕の全く無い時に要らぬ事をして精神的に圧迫すれば、そんなことにもなるのだ。もしも仮に正論だったとしても、相手の置かれた状況次第ではそれは所謂『正論パンチ』となり、喰らった側は必死に反撃することもあるのだ。相手の事情を考慮せず、流血の覚悟なしに圧迫する者は、その過ちを己の命や名誉で贖うことになる。


いつもタダシにくっついて陰湿な意地悪を散々していたシュウの奴も、タダシが眼の前で殺されてびびりまくっていたが、構わずに放って走り出したらぼくたちの後をついてきたので、暫く無視し続けていたが、途中でシュウの嫌な視線にキレたトヨキの奴が殴りかかり、喧嘩が始まった。
その時に、シュウに日頃から嫌がらせを受けていたぼくは不意にカッと頭に血が上って視野が狭まり、トヨキと揉み合っていたシュウの背後から跳びかかって絞め倒し、袈裟懸けに乗り上がってぎゅうぎゅう絞め続け、トヨキが奴の手を押さえ、皆が蹴り出して、ぼくも何度も左拳で鼻面を殴りつけると、立ち上がって蹴り始め、泥濘の上にうつ伏せに倒れ伏した奴の背中に跳び乗って、皆でシュウの足と腕、手を次々に蹴り潰し踏み砕いて、泣き叫ぶ奴を散々痛めつけたあとで、首を踏み折って殺した。
痙攣する死体の頭を泥濘の中へ踏んで押し込み、痙攣もとまって息の根が確実にとまったことに得心がいくと、泥まみれでぐちゃぐちゃの死体めがけて枝切れを振り上げて、まだ消え残っている怒りを全て叩きつけ、顔が分らなくなるほど叩き潰して積年の恨みを晴らした後、細い道の脇に野晒しにした。

それからは、皆ほとんど無言でひたすら逃げ続け、一睡もせず一歩も休まずにサカヌキ村を目指して進み続けた。

氷雪に足元が埋もれる険阻な道を通り抜けて、サカヌキ村に辿りつくまでに、三度、朝日が照らすのを目にした。

ひたすら前だけ見て歩き続けるぼくたちの後ろで、誰か分らないが、一度悲鳴が響いた気がするが、ぼくたちは誰も振り返らず、何も感じず、ただ一定のリズムを保って前へ前へと進んでいったのだった────

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