実験系研究者が使うObsidian

私は、実験を通して、細胞や個体における自然現象の謎に迫る、生命科学系の研究者です。

Obsidian(ローカル型ノートアプリ)は、エンジニア・作家(クリエイター)・理論系の研究者にユーザーが多い印象ですが(主観です)、私のような実験系の研究者にとっても便利だと思ったので、その使用感を紹介したいと思います。

この記事はObsidianアドベントカレンダー2023の20日目の記事です。



Obsidianを使う前

私が扱っている情報は、主に以下の4つです。

  • 実験記録(デイリーノート)

  • 実験プロトコル(実験方法が書かれたレシピ)

  • 実験材料(機器・試薬・器具)の情報

  • 文献(論文・専門書など)のメモ

Obsidianを使う前は、実験記録は手書きの実験ノート、実験プロトコルはWordにまとめ、必要に応じて紙に印刷してファイリング、実験材料の情報と文献メモはEvernote、といった感じで運用していました。

しかし、これらの保管場所が別々であったため、目的の情報を探すだけでかなりの時間をとられる事態に何回も陥いり、これがかなりのストレスになっていました(単に私がズボラだからというだけかもしれませんが)。

Obsidianとの出会い

こうしたストレスを少しでも減らすため、いくつかノートアプリを試した結果、Obsidianを選びました。といっても、選んだ理由は見た目が好みだったというだけで、他のノートアプリと何が違うのかがわからず、使い始めはEvernoteと同様に、フォルダでの分類法でノートの整理をしていました(それでも見た目が好みだったので、ノート作りは以前よりずっと楽しかったです。見た目はモチベーションに直結します)。

そして、[[リンク]]の存在を知ったのは、使い始めてから半年近く経ってからでした。実際に使ってみて、個々のノートがWikipediaのようにリンクされるのを目の当たりにした私は、今まで使っていたノートアプリにはなかった便利さに衝撃を受けました。

それからはObsidianを本格活用するため、関連書籍やネット記事を読み漁り(文献1, 2)、自分用に環境を整え、愛用するまでに至りました。

Obsidianはここが便利

実験記録の見返しが「さらに」楽に

念のため断っておくと、実験記録の運用・管理に関しては、所属機関が定めるガイドラインを守ることが前提にあります。この点を踏まえて、実際はこれまで通り、改ざん・捏造が難しいとされているアナログ(手書き)の実験ノートをメインに使用し、Obsidianはあくまで自分用として使うにとどめています。

ノートアプリを用いたデジタルでの記録は、目的の情報の見つけやすさ(検索性)がアナログでの記録よりも優れており、数年前にたった1回行った予備実験のことでさえも、検索機能を使えば瞬時にたどり着くことができます。このようなメリットから、近年ではOneNoteを実験ノートとして活用する例がいくつか紹介されています(文献3, 4)。

これに加えてObsidianでは、上述したリンク機能を使うことによって、検索性をさらに高めることができます。

たとえば、12月20日に行った実験に、10月20日に調製したサンプルAを使ったとします。このとき、12月20日の実験記録に10月20日の実験記録にリンクすれば、サンプルAをどのように調製したのかをすぐに見返すことができます。さらに、サンプルAの調製は、実験プロトコルAAAに従って行い、そのプロトコルの出典が論文oxoxoxだったとします。その場合、実験プロトコルAAAと論文oxoxoxについて別々のノートに書き、これらを10月20日のノートにリンクすることで、サンプルAの調製の関連情報を簡単に知ることができます(図1)。

図1. 実験記録(デイリーノート)の例(内容は架空のものです)。それぞれのキーワードをリンクして、枠で囲ったキーワードをワンクリックするだけで、目的のノートを見ることができる。

このようにして、ひとつのノートに別のノートをいくつもつなげることによって、目的の情報を簡単に見つけることができる、これはEvernoteやOneNoteにはない、Obsidianならではの大きなアドバンテージと言えます。

原稿のプロットにも使える

Obsidianは上述した情報の整理だけでなく、原稿のプロットにも使っています。たとえば論文原稿の場合、論文の基本構成(主にイントロ、実験方法、実験結果、考察・結論の4つ)の項目を並べたメインの目次ノート(map of contents: MOCと呼ばれます)を作り、サブのMOCを作ります。

サブのMOCには、それぞれの項目で書く内容の見出しを並べ、先ほどと同じようにそれぞれの見出しの詳細は別のノートに書き、またリンクさせます。たとえばイントロなら、イントロのサブのMOCに、研究の背景・論文で提示する課題点・解決策・論文で行ったこと、などの見出しを並べ、各詳細のノートをイントロのサブのMOCにリンクさせます(図2)。

こうしたプロットをつくるにあたっては、「1つのノートには1つの情報のみ書く」というルールを原則としています。このルールの意義は多くの書籍や記事(文献5~7)で言及しているので割愛しますが、Obsidianはこうした構造を作るのに適しています。

さらに、上述した実験記録・実験プロトコル・実験材料・文献メモのノートは、論文において重要な「ネタ」となります。これらを各見出しの詳細ノートとリンクすることによって、原稿のプロットに組み込むことができ(図2)、これにより、プロットの段階で論文の内容をより具体化することができるようになります。

図2. 原稿のプロットと各ノートとの関係(イメージ)。

リンク操作が非常に簡単

実はOneNoteでも、このようなノートのリンクは(やろうと思えば)できます。私が試した限りですが、OneNoteでは、個々のノートにはアドレスが割り当てられていて、それを設定することでリンクができます。しかし、リンクをするためには、ノートがすでに作成されていることが条件であり、気になったキーワードについてリンクさせたいときには、事前にそのノートを作ってからリンクの設定をする必要があるため、操作が煩雑になります。

これに比べてObsidianは、気になったキーワードについてノートを新たに作りたい場合は、[[]]でそのキーワードを囲ってからクリックすると、そのノートが自動的に作成されます。既存のノートをリンクする場合も、[[キーワード]]とするだけです。こうしたシンプルな操作は、思考作業の流れを止めずにすむ嬉しいポイントです。

ローカル型であることのメリット

EvernoteやOneNoteなどのクラウド型ノートアプリは、研究室単位などグループ間で共有できるメリットがあります。その一方で、ネットワーク障害によって突然見れなくなる、サービスの変更・終了によって使用が制限・停止する(最悪の場合、ノートが消失する)、セキュリティトラブルにより意図せずに情報が漏洩してしまう、といったクラウドサービスならではのリスクには注意が必要となります。

これに対してObsidianはローカル型なので、個人での運用がメインとなるものの、上記のリスクはほぼありません(もちろん保存先のPCが壊れた時に備えて、定期的にバックアップを取るのは必須ですが)。また、個々のノートはプレーンテキストとして保存されており(.mdという拡張子)、メモ帳など汎用のテキストエディタで開くことができるため(図3)、もしもObsidianが使えなくなった場合でも、これらのアプリでノートを閲覧でき、別のノートアプリの移行も比較的楽にできます。

図3. 図1の12月20日の実験記録をテキストエディタで開いたときの画面。リンク機能はないが、内容の確認は問題なくできる。

おわりに

Obsidianを使い始めて2年ほどが経ちました。運用法はいまも(たぶんこれからも)改善の余地がありますが、使う前と比べると、これまで別々に保管した情報をObsidianに一元化したことと、リンク機能の効果により、情報整理が格段に楽になりました。

さらに、Obsidianを使って良かったことは、インプットとアウトプットの習慣が劇的に向上したことです。これはズボラな自分からは考えられないことでした。その理由を考えてみると、ノートの作成やリンクいった操作が簡単で、書いたものが後になって役に立ったという場面が圧倒的に増えた、という、習慣化の仕組みが自然とできていたからだと思っています。

Obsidianを使っている実験系の研究者は、私が知る限り見たことがなかったので(いたら教えてください)、研究の効率化として少しでも参考になればと思い、今回(勝手に)書かせていただきました。本記事を書くモチベーションになったObsidianアドベントカレンダーの発案者、tadashi-aikawaさんに感謝申し上げます。

この記事を書くためだけにnoteのアカウントを作りましたが、これからも思いついたらいろいろ書いていこうと思います。

参考文献

  1. Pouhon. Obsidianでつなげる情報管理術 【完成版】. Kindle版. 2023.

  2. 増井敏克. Obsidianで“育てる”最強ノート術 —— あらゆる情報をつなげて整理しよう. 技術評論社. 2023.

  3. Guerrero et al. PLoS Comput Biol. 15(5):e1006918. 2019.

  4. 西園啓文. トクロン流:OneNoteで始める電子実験ノート生活. 実験医学. 2023.

  5. 梅棹忠夫. 知的生産の技術. 岩波書店. 1969.

  6. ズンク・アーレンス. TAKE NOTES! -- メモで、あなただけのアウトプットが自然にできるようになる(二木夢子 訳). 日経BP.  2021.

  7. 五藤隆介. アトミック・シンキング. Kindle版. 2022.


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