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少子化問題を抜本解決できない自民党と公明党の野合政権に明日はない

 少子化問題がよりいっそう深刻化しつつある日本の現状。

 けれども,防衛費だけは倍増めざして5年間かけて,最大限の努力を傾注するという自民党と公明党(←平和と福祉の党だとかのたまうカルト宗教政党)の野合政権。

 この国はいまのところ,滅国の方途に向かう展望しかもてない。自国の「少子化どころか無子化」の兆候にさえ,平気でいられる鈍感ぶり。

 「世襲3代目の政治屋・首相」の岸田文雄に,なにかを期待することじたい,無謀な発想。
 付記)冒頭の画像は,同名の映画の「DVD版ジャケット」から借りた。
 補記)以下のうち※-1については,文章の流れに若干の不整合が感じられたので,これを午後9時過ぎに補正・更新した。

 ※-1「〈特集ワイド〉少子化時代の針路 『パラサイトシングル』名付け親,山田昌弘さんに聞く 『緩やかな家族』に可能性-血縁に縛られず「親密な関係」築ける社会に-」『毎日新聞』2023年6月28日夕刊2面

 この山田昌弘の少子化問題に対する見解を聞く前に,『毎日新聞』からつぎの「出生率・合計特殊出生率」に関した統計図表を紹介しておきたい。

『毎日新聞』2023年6月2日

 この図表に対比させうる敗戦後史は,こうなる。

 つまり戦争が終わり,お父さんとお母さんが安心して子作りに励める時期になったゆえ,1947年から1949年までの「第1次ベビーブーム」という現象が出現した。

 つづいて「第2次ベビーブーム」が1971年から1974年に到来した。しかしながら,その後に来る周期として予想されてよかったはずの「第3次ベビーブーム」(1997年から2000年に相当する時期)は,来なかった。

 前掲した『毎日新聞』の図表をよく観ておきたい。その1997年から2000年「第3次ベビーブーム」の影響が皆無であったのではない。この期間における出生数じたいは,それほど減少することなく経過していった。

  1997年 ⇒ 119万1665人
  1998年 ⇒ 120万3147人
  1999年 ⇒ 117万7669人
  2000年 ⇒ 119万0547人

 その点では,第3次のその影響が絶無だったとはいえない。ただし,増加させたとみなせるだけのその効果は実際に生起しておらず,要は,あくまで感知のできない「その波:ブーム」であった。それゆえ,ブームだとみなせる現象は格別,起きていなかった。

 そして「第4次ベビーブーム」がいままさに,2022年から2025年ころまでに生じるべきブームの時期となって,できれば再来する波として期待したかった。だが,上段にふれた「第3次ベビーブーム」の段階においてすでに,その根拠が完全に希薄になっていたその予測であった。「そうは問屋が卸す」ような歴史の前後関係は,いっさいみいだせなくなっていた。

 2022年の出生数は,77万台にまで減少した。しかもその減少の仕方に若干加速度がついてきたようにも観察できる。つぎの統計図表は『東京新聞』から借りたうえで,若干の補助的な記入をしておいた。

『東京新聞』2023年3月1日に加筆

 というしだいで,2022年における日本の「出生率」は1. 26(過去の最低記録と同じ水準となった)になっていた。人口動態統計(概数)を取りまとめを公表してきた記録として,「出生数」は7年連続で減少し,過去最少だった2021年を4万875人下回る77万747人となり,初めて80万人台を割りこんだ。

 ここでだが,どの時代においてであっても,その後において日本の人口がどのように推移していくかという予測は,専門の研究者の立場はさておき,とくにや厚生労働省(厚生省と労働省が統合されたのは2001年1月)は,いったいなにを計慮してきたのかという疑問が浮上する。

 21世紀になったら日本の人口趨勢がどのようなりそうかという点は,1970年代ころであれば,そしていくら遅くとも,1980年代には明々白々になっていた。つまり「事実として予測可能な21世紀における人口減少問題」の到来は,当時から覚悟を決めてとりくむべき人口問題にかかわる基本的な課題であった。

 国家官僚は自分たちの天下り先確保だけは熱心であったが,肝心である自国の人口問題が21世紀に入ってからどうなろうと無関心であったと,批難されても堂々と反論できまい。「いまだけ,自分だけ,カネだけ」の連中しか,やはりそこにはいなかった,というわけであった。

 さてここからが,山田昌弘が『毎日新聞』2023年6月28日夕刊に登場した語った内容を引用する段落となる。

インタビューに答える山田昌弘・中央大教授
東京都八王子市で2021年11月22日

 a) 政府はいまになって少子化対策に前のめりな姿勢をみせるが,人口減少を食い止める有効な手立てはなかなかみつからない。そんななか,「パラサイトシングル」の名付け親で家族社会学者の山田昌弘中央大教授(65歳)は「すでにラストチャンスは過ぎた」といってはばからない。縮む日本でよりよく生きる道は,ほかにあるというから興味が湧いた。

 〔2023年6月〕13日,政府はこども未来戦略会議で児童手当や住宅支援の拡充など「異次元の少子化対策」の具体案を決めた。岸田文雄首相は「若年人口が急減する2030年代に入るまでが,少子化傾向を反転できるかどうかのラストチャンスです」と焦燥感をきわだたせた。

 山田さんはその言葉を聞いて,思わず首をかしげた。

 「最後のチャンスと岸田首相はいっていましたが,少子化との闘いのゴングは随分前に鳴ってしまっているんです。もう手遅れに近いところまできている。だから子どもを増やす政策だけでは不十分で,結婚していない人や,離婚してシングルになった中高年の人も幸せに生きていけるための政策も考えるべきです」

 補注)本ブログは,2023年6月28日の記述の,その※-3 野澤和弘・植草学園大学教授 / 毎日新聞客員編集委員「令和の幸福論 遅すぎる少子化対策~トッド氏の警告を思う」『毎日新聞』〈医療プレミア 健康を楽しくする カラダに効くサイト〉2023年6月22日,https://mainichi.jp/premier/health/articles/20230619/med/00m/100/014000c のなかで,こういう記述を引用していた。

7年前,フランスの歴史人口学者であるエマニュエル・トッド氏にインタビューしたことを思い出す。

 「人口減少こそ日本の唯一の課題。どうして日本はもっと本気で対策に取り組まないのか。気づいたときにはもう遅い」と強く訴えた。トッド氏の予言は現実のものになろうとしている。日本に残された時間は少ない。

 ◆ 40年後に日本はなくなる? ◆

 ランチの客で混みあう店に無精ひげを生やしたトッド氏はやってきた。ジャケットの胸ポケットに眼鏡やペンを無造作に入れている。2016年11月,パリ中心部のカフェでインタビューはおこなわれた。

 「世界のどこをみても日本ほどすばらしい国はない。経済は強く科学技術にも秀でている。国民は勤勉で治安も良い。食べ物もおいしい。それに比べフランスときたら経済はドイツにやられっ放し,政治家も官僚も能力がなく,テロはあるし治安も悪い。フランスはだめなまま40年後もフランスであり続けるだろう。しかし,日本は40年後にあるかどうか私にはわからない」
 

 キノコオムレツをほおばりながら,トッド氏は熱弁を振るった。誰に対しても歯に衣(きぬ)着せず辛辣に批判するため,フランス国内では嫌われているのだといい,大の日本びいきであることを自任するトッド氏は日本の少子化を深刻にとらえていた,

 「どうして日本は人口減少をもっと真剣に考えないのだ。人口対策は巨大なタンカーみたいなもので,急に針路を変えることはできない。危機に気が付いて慌ててかじを切ったところで,その時にはすでに手遅れなのだ」

フランスの歴史人口学者であるエマニュエル・トッドの意見

 この引用にしたがい考える。 エマニュエル・トッドのいわんとする少子化問題が,日本の場合,とくに深刻な地点にまですでに逢着していた事実を,われわれは,より早めに・より真剣に認識する必要があった。

 上の話は2016年時点であったが,いまはもう,2023年6月も下旬である。もはや時期に猶予がないどころか,その臨界点はすでに過ぎていたとまでいわねばならない。

 こうした人口問題の重大かつ深刻な状況はそっちのけにした対策しか講じていない日本国首相であったからには,少子化の問題に関していえば,もはや打つ手を失っているとまで極論してもいい。

 そうとまでいいきったうえで,山田昌弘の意見に戻る。

 b) 国立社会保障・人口問題研究所によると,50歳までに一度も結婚しない人の割合を表した「生涯未婚率」は,2020年時点で男性が28. 25%,女性は17. 81%に達する。くわえて,3組に1組は離婚するといわれる。

 補注)もっとも,離婚した男性の約50%が再婚し,女性の場合は約40%が再婚する。 女性の場合,シングルマザーのほうが再婚率が低くなるといわれていて,約30%ぐらいになる。

 ただし,ここでの話題は,女性側の特性として,懐妊可能な年齢層とみなす「15歳から49 歳までの女子」の年齢層に限られていないゆえ,この点については留保が必要であった。とはいえ,補記しておく価値のある離婚問題の別側面であった。

 山田さんは提言のひとつとして,パートナー以外の人とも親密な関係を築ける社会をめざすことを挙げる。

 「人が生きていくには,自分を必要として大切にしてくれる存在が必要です。そういう存在との関係を,私は『親密な関係』と呼んでいます」。単身世帯が全体の4割近くを占める現代において,その相手は家族とは限らないという。

 「信頼できる特定の存在から必要とされることで,承認をえられます。必らずしも人である必要はなく,最近はペットという人も多くなっています。それは,自分が承認されていると実感できる居場所ともいえます。仕事などを通じて社会から必要とされている感覚が得られることでもいい」と例示する。

 補注)ここまで話を聞くと,LGBTQの人びとを頭から嫌う人びとは,山田昌弘の問題指摘など,いっさい理解できないのかとまで断言したくもなるが,ひとまずその指摘のみ。

 c) 山田さんは高度経済成長期に東京の下町で育った。当時はまだ,3世代で同居する家庭も多かった。地域コミュニティーのつながりが強く,山田さんも含め地域の子どもたちは自由に近所の家に上がりこんでいたという。

 それから経済成長とともに核家族化が進み,「主に夫が稼ぎ,妻が専業主婦」という家族のかたちが広がっていった。山田さんはそれを「戦後型家族」と呼び,家族をよりどころとする親密な関係が強くなっていったゆえんだと解説する。

 そもそも日本では,自立して生活できない家族や親族を養う「扶養」という概念が強く,経済的にも関係を切り離せない。そのため「パートナー以外の人との親密な関係を築くには,家族の境界を緩めることではないか」と提言する。

 d) 山田さんが,学校を卒業した後も親元で豊かに暮らす未婚の人に注目し,「パラサイトシングル」と呼んだのは1997年。その後,未婚率は上昇し,出生数も減少傾向にある。「25年間ほとんど同じことをいっていても根本的にはなにも変わらないんですよ,日本社会って。そろそろ疲れました」と苦笑いする。

 1992年の国民生活白書で初めて,「少子化」という言葉が誕生してから30年を超えた。2016年からの6年間で出生数は20万人減り,2022年は初めて80万人を割った。「少子化対策を実行しても効果が出るのは30年後」〔である〕

【参考画像資料】-1962年まで表示した-

年次別出生数など関連統計

 「政府のやるべきことは,30年後の未来のため,いまは我慢してくださいと国民に訴えることなんです。でも,いまの生活の豊かさが保たれると実感できる政策でないと票につながりにくいので,政治家はなかなかいえない」と嘆く。

 日本が根本的な改革を先送りする例として,30年近く議論したまま導入されない選択的夫婦別姓を挙げる。「反対が少数であっても,声の大きい人によるものだと現状を変えようとしない。それが日本の問題です」。

 政府の国民生活審議会や自治体の社会福祉審議会などの委員を務めてきた山田さんの実感だ。

 e) 山田さんの提言に沿って「家族の境界」を緩めれば,気心のしれた友人や近所の高齢者同士がともに暮らせる社会になるのだろうか。

 「問題は,経済的な安心をどう保障するかなんです。いまの学生は,若くても老後のことを考える。日本人はリスクを嫌い,将来が見通せることを重要視しがちです」と語る。

 同じ屋根の下で暮らす相手に,金銭面で依存されるのではないか,あるいは家から逃げ出されてしまうのではないか。そんな不安がつきまとう懸念もある。

 事実婚やシェアハウス,友人同士の同居。戸籍にこだわらず,親密な人とともに暮らすにはなにが必要か。

 「男女とも自立すること,そのための収入を稼げることが前提だと思います。そうすれば経済的に依存しあうことなく,バランスのとれた関係が保てるのではないでしょうか」

 f) ただ,賃金が上がらない日本の現実はきびしいようだ。「大学で学生にアンケートしてみても,女子学生の半分は収入の高い男性と結婚し,自分は働かなくても済むようにしたいと思っているようです」。

 山田さんはその背景として,男女差別や長時間労働,若者が充実して働ける職場が少ないことを挙げる。それだけでなく,新卒を一括採用する弊害も指摘する。

 就職活動で失敗すると挫折感が強く,年功序列の職場であればやりなおしの機会を逃すなど閉塞(へいそく)感が広がりやすい。また,女性の自立には男性と同等の職場環境が不可欠だが,先日公表された2023年版のジェンダーギャップ指数を見ると,日本は146カ国中125位に沈んでいる。

【参考画像資料】

ジェンダーギャップの大きい日本は
もともと先進国にあらず

 g) さらに,「家族の境界」を緩めるには,扶養家族を基本とする社会保険や税制の見直しも必要と説く。「世帯を基本とする現在の制度を個人単位に変えれば,依存しやすい関係の改善につながる。たとえば所得税。扶養控除を見直せば,制限なく働く意欲が生まれ,経済的な自立が促進される」と提言する。

 山田さんが気にかけるのは,経済や制度だけではない。周囲と同じであることを重んじる日本人特有の横並び意識もネックになると考える。「世間体を気にし,他人と異なることをして陰口をささやかれるのが嫌だから,やめておこうという側面がある」。

 ほかにも「家族の問題は家族で解決するしかない。そんな意識で家族が多くを背負ってしまうと,自分の家族さえセーフであれば他の家族のことは気にしなくていいと考えがちになってしまう」と感じている。余裕のなさの解消も,社会全体の変化を生むかもしれない。

 人口減少を食い止め,再び膨らむ日本を望むことはむずかしい。だからこそ,「戦後型家族」を引きずらず,戸籍や血縁に縛られない緩やかな家族像を模索するのも一つの道ではないだろうか。(引用終わり)

 山田昌弘はとりわけ,「苦笑い」しながら,いままで「25年間ほとんど同じことをいっていても根本的にはなにも変わらないんですよ,日本社会って。そろそろ疲れました」と発言していた。

 けれども,肝心の為政者たちが,人口減少問題・少子化問題をめぐって,まともな理論発言をする学者の意見をろくに聞きもせず,政治家としての立場からもつべき危機感を抱くことに熱心さが足りなかった。それにしても,彼らの政治家として存在価値は,もともとないものに等しかったのかとまで,疑わねばならなかった。

 ここまで来てしまったが,日本の人口問題としての少子化は,実質的には放置されてきたも同然であった。今日まで,無策・無脳でありつづけてきた政府当局の基本姿勢には,唖然とするよりも憤りさえ感じて当然である。
 

 ※-2 少子化問題に関する文献を通してみる人口問題の深刻さ

 1) 関連の文献を枚挙しての記述は少しあとにし,さきにこういう指摘をおこなってみたい。

 本ブログ筆者が保存してあった新聞切り抜きに,見出しが「50年後の日本,8088万人 2053年に1億人割れ」という『朝日新聞』2017年4月10日 19時28分(Web版の日時表記)の記事があった。

 ところで,2022年における日本の死亡数は,156万8961人で,前年の143万9856人より12万9105人増加し,死亡率(対・人口10万人)は 12. 9で,前年の 11. 7より上昇した。この死亡率はここしばらく増加の一方となるほかないはずだから,日本の総人口が1億人を割る時期は,もっと早い時期に到来するのではないか,という予測もできる。

かなり大雑把になるが,以下のごとき計算をしてみる。

 仮に死亡者数がこれからも,150万人 ✕(2053年-2023年)=4500万人だと,とりあえず措定しておき〔これは甘めの措置だが〕,

 また仮に出生数が,70万人 ✕「上記の30年」=2100万人と計算しておくと〔こちらも同上であるが〕

 前述の「2053年に1億人割れ」という予測は,ともかく当たっているように映る。だが,人口ピラミッドの年齢構成をみるかぎり,実際の死亡数はもっと早い歩調で進むと受けとめたほうが,より妥当な理解になりそうである。

日本の人口ピラミッド

 また,日本の人口が1億人を割れる時期に関していうと,その死亡数の増大もさることながら,出生〔の絶対〕数が今後,急速に減少していく可能性が大であるからには,もっときびしめに予測する必要があった。

 官庁関係の公表するたぐいの予測値は,だいたいにおいて甘めに計上されるの常であった。また,都合のよい方向性を想像(想定)して予測する見方が圧倒的に多く,その意味では,以上の話題も話半分に聞いておく余地があったゆえ,油断していたら30年後,50年後にはトンデモない人口の数値になるかもしれない。

 2) 本ブログは,2023年6月28日の記述のなかで,つぎの見解を紹介していた。山田昌弘と同じ指摘(批判)をする意見であった。

  ★ 野澤和弘・植草学園大学教授 / 毎日新聞客員編集委員「令和の幸福論 遅すぎる少子化対策~トッド氏の警告を思う」★
 =『毎日新聞』〈医療プレミア 健康を楽しくする カラダに効くサイト〉2023年6月22日,https://mainichi.jp/premier/health/articles/20230619/med/00m/100/014000c

 政府は「こども未来戦略方針」を閣議決定した。今後3年かけて年間3兆円台半ばの予算を確保し,「加速化プラン」として集中的に取り組みを進めるという。岸田文雄政権は「異次元の少子化対策」と称して人口減少に歯止めをかける意欲をみせる。だが,「異次元」というほどの内容なのだろうか。生まれてくる子どもは予想を上回る速度で減っている。

 補注)この安倍晋三ゆずりでもって「異次元という表現」が大好きな岸田文雄であったが,自分自身が「世襲3代目の政治屋」として,通常の市井に居る人びととはまったく「異次元」に生きてきた事実に,いまだにまともに気づいていない。その理由は,少子化の問題を介してだが,つぎのごとき絶望的になるほかない指摘として示されていた。

 7年前,フランスの歴史人口学者であるエマニュエル・トッド氏にインタビューしたことを思い出す。「人口減少こそ日本の唯一の課題。どうして日本はもっと本気で対策に取り組まないのか。気づいたときにはもう遅い」と強く訴えた。トッド氏の予言は現実のものになろうとしている。日本に残された時間は少ない。

  ◆ 40年後に日本はなくなる? ◆

 ランチの客で混み合う店に無精ひげを生やしたトッド氏はやってきた。ジャケットの胸ポケットに眼鏡やペンを無造作に入れている。2016年11月,パリ中心部のカフェでインタビューはおこなわれた。

 「世界のどこをみても日本ほど素晴らしい国はない。経済は強く科学技術にも秀でている。国民は勤勉で治安も良い。食べ物もおいしい。それに比べフランスときたら経済はドイツにやられっ放し,政治家も官僚も能力がなく,テロはあるし治安も悪い。フランスはだめなまま40年後もフランスであり続けるだろう。しかし,日本は40年後にあるかどうか私にはわからない」
 
 キノコオムレツをほおばりながら,トッド氏は熱弁を振るった。誰に対しても歯に衣(きぬ)着せず辛辣に批判するため,フランス国内では嫌われているのだといい,大の日本びいきであることを自任するトッド氏は日本の少子化を深刻にとらえていた,

 「どうして日本は人口減少をもっと真剣に考えないのだ。人口対策は巨大なタンカーみたいなもので,急に針路を変えることはできない。危機に気が付いて慌ててかじを切ったところで,その時にはすでに手遅れなのだ」(引用終わり)

40年後に日本はなくなる

 ここまで引用しておけば,このエマニュエル・トッドのいわんとする少子化問題が日本の場合,とくに深刻な地点にまですでに逢着していた事実をあらためて教えている。われわれはより真剣になってその問題を認識する必要がある。

 だが,いまごろになってもまだトンチンカンにも,このきびしい人口統計問題に向かい「異次元の立ち位置」から発言しているのが,この日本国首相である岸田文雄であった。

 3) 少子化問題を考察した文献は昔からあったという話題-人口減少が強く意識されだしたころはいつであったか-

 まず,西丸震哉『41歳寿命説-死神が快楽社会を抱きしめだした-』情報センター出版局,1990年という本に触れてみる。その後における日本人の健康状態にかかわらせて西丸が心配した点は,この死神「説」を題名どおりには発現させなかった。

 しかし,長生きをしていてもいつかは「死神」さまはお迎えに来る。否定できない事実であった。

 この記述の内容に類似した本として,同じ1990年に公刊されていた山本 肇『日本経済をチャイルド・ショックが襲う』かんき出版があった。この本は結論で,こう警告していた。

 「政府,民間がいまこそ総力を挙げてこの問題に取り組まなければ,本当に日本は崩壊するかもしれないのである」(「〈付記〉」220頁)と。

 本ブログ筆者の手元にある新聞の切り抜きのなかに,「希望出生率 1.8明記」『朝日新聞』2020年5月30日朝刊3面という見出しの記事があり,つぎの画像資料を添えてあった。

 この記事が期待するその1. 8という出生率の期待数値は,いまの日本の実情では,大体が「夢物語」になっていると受けとめるほかない。

『朝日新聞』2020年5月30日朝刊

 つい最近話題になっていたが,明石市のきわめて特別な事例だったといえ,同市における合計特殊出生率が 1.65(2021年:明石市推計)という数値になって登場していた。

  明石市第5次長期総合計画(計画期間;2011~2020年度)は,「こどもを核としたまちづくり」をかかげ,第2子以降の保育料完全無料化や中学校3年生までの医療費完全無料化をはじめとして,子育て環境の充実に先駆的に取り組んできた「その成果がその数値,1. 65」であったというのである。

 いまのところ,自民党政権には,明石市のそうした努力と成果を見習う姿勢も意欲も皆無である。明石市は公共事業投資に絡みついていた利権政治の構造を除去したうえで,こちらの分にまわされていた予算を,その「こどもを核としたまちづくり」のための政策に振りむけてきた結果,その出生率 1. 65が達成できていた。

 明石市のそうした方策を真似て,国家全体が本腰を入れて「少子化対策」を敢行する気がないかぎり,日本における人口減少に対して歯止めをかけ,少しでも出生率・出生数を盛り返すことはできない。

【2023年7月1日の補遺】-『日本経済新聞』朝刊からの補述-

2023年7月1日,補述

 4) 少子化問題に対する政策の必要性が明確に意識された時期-前向きに問題を議論する傾向-

 松原 聡『人口減少時代の政策科学』岩波書店,2004年は,やはり結論部で,21世紀におけるこの日本国のつぎのごとき心配事を書いていた。

 現実には出生率は低下を続け,……1990年当時の予想をはるかに超える早いペースで高齢化が進み,そしてついに数年後に一番懸念される人口減少時代を迎えることになる(206頁)。

松原 聡

 この「2004年時点における少子化問題の理解」は,そのままに,しかもさらに深刻化したかっこうをとって,現在の「2023年における少子化問題の理解」の立場に連続してきた。

 時代を超えての話題としてだが,同じ問題が解決もされずに継続して発生する点は,当該問題の性格がより深刻になったという意味になる。

 さらに,同じ2004年に公刊された松谷明彦『「人口減少経済」の新しい公式』日本経済新聞社は,すでに現実に問題になっていたはずなのに,繰りかえされるかたちでもって,まだこういう発言が提起されていた。

 人口減少社会は目前に迫っている。それを豊かな社会とするためには,発想の転換だけでなく,新たな経済社会システムに向けての試行錯誤が必要とされる。価値観は行動様式も多様化するなかで,合意形成や利害調整の必要性もまた増加するだろう。しかし急がなければならず,われわれに残された時間はあまりないのである(250頁)。

松谷明彦

 そのとおりであった。1990年⇒2014年と時代が先に進んでも,有効な少子化対策はろくになされていなかった。その結果は,2023年のいまになってみたら,ますます明々白々……。

 そして,河合雅司『日本の少子化 百年の迷走-人口をめぐる「静かな戦争」』新潮社,2015年になると,その第5章「少子化進めたオウンゴール」のなかの第33項「政府が少子化推進の大号令」が,「『子どもは2人まで』宣言という愚策」を,わざわざ打ち出していたと批難していた。

 以上のごとき,20世紀第4四半期から21世紀第1四半期にかけて記録した「日本政府の人口政策」は,トンチンカンの的外れどころか,自縄自縛の要領・仕方を好むかのような体裁でもって,自国の出生率をしぼりこむ方途を志向していた。

 あげくに著作として登場してきたその書名が,たとえば,前田正子『無子高齢化』岩波書店,2018年や,白秋社編集チーム編著,天野馨南子監修『未婚化する日本』白秋社,2021年であった。

 本日,話題を提供してくれた山田昌弘は,多くの論著を有しているが,啓蒙・教養書である『日本の少子化政策はなぜ失敗したのか? -結婚・出産が回避される本当の原因-』光文社,2020年も上梓していた。

 この本に対するアマゾンのブックレビューでは,本日(2023年6月30日)のぞいてみたところ,その冒頭に配置されていたある批評が,日本の少子化現象が現在進行中であるその背景を適切に書いていた。その評点は「5つ星のうち 3.0」を付けていたが,ともかく記述されている内容はそれなりに読むに値する。

   ▼ 分析と文章に違和感が強い。5章はある程度納得する内容 ▼
       = 2022年12月10日に日本でレビュー済み =

 結婚・出産が減り,少子高齢化が進んでいる。いろんな意味で現在から将来に向けて,生産人口が確実に減っており,どうなるのだろうという不安をもつ人は多いと思う。

 この書は,なぜそういう現象が進んでいるのかの原因を解明しようとするものである。個別にはさまざまな要因があるが,マスとしてとらえた場合,一定の主たる要因が浮かび上がってくることは確かで,統計を使って,その減少がいかなるものかを確認し,その主要因を考察していく。

 しかし,出来栄えは良くない。もちろん,以下述べることに思い至った5章目は,納得するものがあったが。

 私は1948年生まれの団塊の世代,そして,池田〔勇人〕首相の高度成長政策(所得倍増計画)から田中角栄首相の列島改造論に象徴されるいわゆる「高度成長からバブル経済」の真っただなかで,大学にいき,就職し,結婚し,子供を儲け,自宅を買う典型的な「黙っていても賃金が上がり,中流意識8割」の時代を過ごしたことになる。

 「集団就職」といって中卒の人が「金の卵」といわれ,大挙して就職できる,引く手あまたの時代であった。

 ちょうど,バブルが弾けた1年後に家を買い替え,東京・区で30坪,4LDKだが,8400万円であった。

 しかし,バブルが弾けて,日本の経済成長や平均賃金は30年横ばい(失われた30年)が続いる。ガラッと変わってしまっている。

 その後の経済,とくに賃金や職の安定が崩され,「再雇用」「非正規」「派遣」が国の政策でほぼ解禁され,安い賃金,ボーナスなし,社保無し,というような「生活」が国策として作られた。

 これでは「中流意識どころか,これから先どうなるのだろう」と思う状況に若い人は置かれつづけている。

 こうなると,自分に自信がもてず,そうかといって個人でどうなるものではない。積極さが失われ,内向きになり,消極的になるのは当然であろう。女性はしっかり安定した男をみつけようとするが,それは,いまや少数危惧種であり,そんなにみつかるものではない。

 しかし,それでうまくいくとは限らず,離婚率の高いこと。

 そうか,「自信がない。養う基礎が崩されている。持ち家などとんでもない,子供も養っていけるか,老後はどうなっているやら」と「無力感,あきらめの域」までいっているのだろう。

 日本はなんと「物心とも貧困」になって,年取った人も「年金はどうなるのか」と,危機意識をもってくるような時代になってきている。

『日本の少子化政策はなぜ失敗したのか?』批評

 これでは,少子化の基本的な傾向が収まり,好転する事情など生まれうるわけなど,絶対にありえない。安倍晋三の第2次政権は,私物化(死物化)のための為政に非常に熱心であった。

 その結果,この国の公的基盤は完全に瓦解させられた。つまり,後進国「化」し,前世紀の前半期以前の国家体制に戻れたことになる。「戦後レジームからの脱却」ではなく,戦前体制への里帰り的な頓挫を成就しえたのである。

 だから,そうこうするうちに2010年代の自民党政権は,20「00」年代に小泉純一郎政権が竹中平蔵と組んで破壊してきたこの日本という国を,さらにその中身・実体面において徹底的に破砕した。これでは,とてもではないが冗談にも「美しく国へ」などとはいえまい。

 少子化対策はこの対策だけの問題ではなく,国家全体の方途をどのように運営していくかの問題にもなっていた。けれども,「いまだけ,自分だけ,カネだけ」の政治屋たち,天下り先を念頭におきながら仕事をしている国家官僚たちにとって,少子化という当面する難題など,屁のかっぱも同然。これではそもそも,この国がよくなるといった希望など抱けない。

【参考記事】-このような実態の意味を,この人( ↓ ),判っていないのでは?-

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