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戦略の本質論-旧日本軍の特攻という戦法をめぐる議論

 ※-1 戦略の「本質論」をどのように考えるのか-旧日本軍の特攻という戦法をめぐる吟味-

 この戦略という言葉の問題をとくに,第2次大戦の終末期になって旧日本軍が登場させた特攻という戦法をめぐり,検討してみたい。いいかえれば「戦史研究における特攻の位置づけ」という問題意識にまでつなげて,1990年代になると日本の経営学界でも盛んに取り上げられるようになった「戦略」という論点を再考してみたいのである。
 付記)冒頭の画像は, 「『こんなまけいくさで死ぬのはいやだ』 特攻隊員の心情記した冊子寄贈」『西日本新聞』2020/10/16 11:00,https://www.nishinippon.co.jp/item/n/654790/ から借りた。

 経営史的な研究の立場からだと,軍事史的研究を踏まえた「戦略の本質論」となるわけであったが,どのように日本の経営学界においては議論されてきたか。  

 だいぶ以前の話になる。購入してあったが,積んどく状態だった日経ビジネス人文庫,野中郁次郎・戸部良一・鎌田伸一・寺本義也・杉之尾宜生・村井友秀『戦略の本質-歴史に学ぶ逆転のリーダーシップ-』(日本経済新聞出版社,2008年8月)をとりだし読みだした。

 同書は,最初〈B6版〉を体裁をもって初版を公刊しされていたが,その後すぐに,それを〈A6版の文庫本〉に組みなおし,より小版の大きさに変え,販売をつづけていた。この「文庫本」は発売当初,書店に平積みされていたのを記憶している。

 本ブログの筆者は,野中郁次郎たちが執筆したこの『戦略の本質-歴史に学ぶ逆転のリーダーシップ-』を全体的に紹介したり批評したりするつもりはなく,ただある箇所の記述にみつけた,それも「一種の引っかかり」を感じた一句にこだわり,これを材料に使い言及することにした。

 それは,いわく「特攻作戦で散華(さんげ)した将兵の崇高さをいささかも貶めるつもりはないが・・・」(『戦略の本質』27頁)という行(くだり)についてである。
 補注)散華(さんげ)とは,華(花)を散布すること。 仏教では仏を供養するために「華:はな」を散布する。 また花を散らす意味から転て,死亡すること,とくに若くして戦死する事の婉曲表現としても使われる。

 さて,『戦略の本質-歴史に学ぶ逆転のリーダーシップ-』2008年は,主題を『戦略の本質』,副題を「歴史に学ぶ逆転のリーダーシップ」と題していた。そして,この本とまったく同じ執筆陣が以前,『失敗の本質-日本軍の組織論的研究-』(ダイヤモンド社,昭和59:1984年。中央公論社:中公文庫,1991年)を,さきに公刊していた。

 この『失敗の本質』という著作のほうも,相当部数売れた専門的な研究書であり,いま〔2023年になって〕もなお増刷を続けているのは,一般教養書としても世間に受け入れられ,多くの人たちに読んでもらえてきたからと思われる。

 『失敗の本質』1984年の「狙い」はどこにあったのかと訊けば,「大東亜戦争における諸作戦の失敗を,組織としての日本軍の失敗としてとらえ直し,これを現代の組織にとっての教訓,あるいは反面教師として活用すること」に応えていた,という。

 以上の2著,『失敗の本質』1984年と『戦略の本質』2008年の執筆者に関していうと,前著1984年のときで寺本義也が明治学院大学教員,野中郁次郎が一橋大学教員であり,以外4名はいずれも防衛大学校の教官であった。

 後著 2008年のときは,寺本は早稲田大学教授,野中は一橋大学名誉教授となっており,この2名以外の4名のうち,杉之尾宜生が戦略研究学会理事兼事務局長 となっているほか,残る3名は従前で防衛大学校教員に勤務していた。
 

 ※-2 情緒的な感想を挟みこんだ記述内容

 本日の話題である〈特攻〉そのものについて筆者は,戦争史の問題として詳しい説明や議論をおこなう意図はない。

 ここでは,前段で太字あつかいにしておいた「特攻作戦で散華(さんげ)した将兵の崇高さをいささかも貶めるつもりはない」という,心情面にこだわりを残していたような,修辞じたいが気になっていた。
 
 ただ,旧日本軍が記録してきた大東亜〔太平洋〕戦争史のなかで,その特攻という出来事を真正面より戦史的に究めないまま,つまり,わけても,防衛大学校に勤務し教鞭をとっている教員たちがそのように,単純素朴に「戦争美化を意味する」としか受けとりがない「発言をした事実」に,注目せざるをえなかった。

 「特攻」という戦史の事実を,いかにもきれいごと風にそのように把持・表現したところで,その戦術としての基本的な愚かさは否定できない厳然たる事実であった。

 だからつぎのように換言することも可能である。

 つまり,「特攻作戦で無駄死にさせられた将兵の生命は惜しく,しごく無念である」と。

 そう表現しなおしたほうが「歴史の事実」により近接した理解となりうるかである。

 とりわけ,特攻という戦法が一定の戦果を戦略面で挙げえたにせよ,戦争の技法=戦術の展開のありかたとして,どのくらい〈狂気〉にまみれていたかをしらねばならない。

 特攻を戦術に採用させたけれども,その戦果も挙げさせずに多くの若者たちを無理やり殺してきた事実も残されていた。特攻を指示・命令した将官たちは全員,敗戦後,切腹するとかなんとかしてでも,自分たちの責任をとることができたか。

 ところが,少数の例外を除き彼らは,おめおめと残りの人生を過ごしてきた。特攻のある総指揮官が「最後は自分も特攻機に乗って敵艦に突っこむ」「だからおまえたちが,まずさきにいけ!〔散華しろ?〕」といっていたくせに,その結末となるや,自分だけ日本に逃げかえったという話は有名である。

 それでいて,なにゆえ「特攻作戦で散華(さんげ)した将兵の崇高さをいささかも貶めるつもりはない」などと,わざわざいわなくともよい「美辞麗句をもちだす必要があった」のか。多分,前段のごとき「特攻の指揮官」であれば,実際に「特攻機に搭乗して意図的に戦死させられて隊員」に対して,しかも「死

航空特攻基地位置

 特攻基地から飛びたったけれども,エンジンの調子が悪かったり目標をとらえきれなかったりして,その出撃を完遂しえず生きかえったパイロットも大勢いた。彼らの残存は大問題になってしまい,隔離・収容された。「特攻に関する統計」によれば「日本海軍の特攻機(1944年10月から沖縄戦まで) の特攻機と掩護機の数」は,こうであった。

  ★-1 出撃数 2,314
  ★-2 帰還数 1,086
  ★-3 損 失 1,228
   注記)http://www.geocities.jp/torikai007/1945/tokkou.html

 なお,上記★印3点の統計の関連については,つぎの記述を参照したい。詳述されている。

【参考文献】大貫健一郎・渡辺 考『特攻隊振武寮 帰還兵は地獄を見た』朝日新聞出版,2018年という本がある(アマゾン通販は下掲)。

 本書は,「戦争末期の福岡に,特攻の帰還兵が収容された『振武寮』という施設があった」が,この存在に触れた著作である。特攻で死ぬのを嫌がった将兵もいた事実に注目し,論じている。

 外出は一切禁止,「卑怯者,死んだ連中に申しわけないと思わないのか」「そんなに死ぬのがいやか」など,屈辱的な言葉を連日投げかけられ,竹刀で滅多打ちにされる。

 幽閉生活のなか中で,兵士たちは「自分たち特攻帰還者は生きていてはいけない存在なのだ,つぎは絶対に死んでみせる」,そう思わせるための精神教育をする施設である。

 著者の大貫健一郎氏は,ここに実際に幽閉されていた特攻隊員の生き残りの1人である。

 特攻隊員として出撃するまでの苦しみ,将来の夢をもったまま亡くなった戦友たちの無念,特攻作戦そのものへの疑問。

 そして戦後を生き続ける苦悩。決して美化してはいけない,「特攻」を経験した元兵士の貴重な記録。

2本のテレビドキュメンタリー--ETV特集『許されなかった帰還-福岡・特攻隊振武寮』,NHKスペシャル『学徒兵 許されざる帰還-陸軍特攻隊の悲劇~』)--の書籍化。

『特攻隊振武寮 証言・帰還兵は地獄を見た』解説

 
【参考画像】-特攻隊の戦果は,たとえばこういうもの-

特攻機に突っこまれたのち炎上する護衛空母セント・ロー

 上の写真は,1944年10月25日特攻機に突入されて爆発・炎上したアメリカ海軍の護衛空母セントローである。これは,空母艦載機用爆弾に引火・誘爆し,大爆発を起こした「誘爆による撃沈」であって,特攻機とその搭載爆弾によってのみ撃沈したわけではない。

 しかし,このような(護衛)空母撃沈という撃沈という事例(特攻の戦果)が,体当たり特攻の一般的な効果であると誤解された。特攻は大きな効果があると判断され,最終的には全軍特攻化へとすすんでしまった(出所,同上参照)。

 補注)もちろん,アメリカ海軍の本格空母に対しては,以下のごとき事実:戦果も航空特攻は挙げていた。しかし,特攻攻撃では本格空母は撃沈できていなかった。

 たとえば空母バンカーヒルは,1943年ころから太平洋戦線に投入されたエセックス級と呼ばれる大型高速空母であった。エセックス級空母は戦争中に続々と建造され,戦時中には17隻が就役した。このバンカー・ヒルは,4番目に就役していた。

 バンカー・ヒルは太平洋戦争,マリアナ沖海戦・レイテ沖海戦・沖縄戦など主要な戦いに参加し,「ホリデー・エクスプレス」の愛称で呼ばれた。1945年5月11日,沖縄方面で神風特別攻撃隊の零戦2機に突入されて大破,多数の死傷者を出した。事後,アメリカ本土に廻航させて修理中に,日本は降伏を迎えた。

特攻で本格空母バンカーヒルは大破

 特攻隊員の戦死者に向けて「散華」という空虚な美辞麗句を使い,戦争の悲惨・残酷さに覆いをするのは,馬鹿げている。あの戦争の「愚かさ=失敗」という事実に含意される教訓を論じるのが,『戦略の本質-歴史に学ぶ逆転のリーダーシップ-』2008年,そして『失敗の本質-日本軍の組織論的研究-』1984年の研究目的ではなかったか? 

 防衛大学校教官の立場にある研究者がそのように,学生たちに対して「戦史の教授」を講じるとすれば,日本の軍隊〔自衛隊3軍〕にはこれからも,ろくな軍人〔自衛隊員〕を送りこめないというほかない。

 たとえば以前,世間を騒がせていたが,田母神俊雄前航空幕僚長という人物の輩出は,その教育成果だったのか? このような人材がまた,航空自衛隊員の将官として,部下の隊員たちを教育する構図は,実に貧しくも悲しい21世紀における「日本軍の風景」ではないか。

 安倍晋三の第2次政権時には,幕僚長を務めていた人物:河野克俊が異例の人事になっていたが,アベのえきひいきのおかげで,なんども自分の任期を延長してもらうだけでなく,その途中で,文民統制に反する政治的な発言もおこなうという絞まりのない言動をしていた。このように統制のとれていない自衛隊最高位の軍人を,最近の自衛隊は輩出している。

 補注)河野克俊に対する批判については,以下にリンクを紹介する意見に聞いてみたい。この弁護士による批判からは,冒頭の段落部分を文字で直接引用しておく。

 2019年4月に退任した河野克俊統合幕僚長(自衛隊制服組トップ)は, 2014年12月に米軍高官と会談し,

 歴代の内閣法制局長官,最高裁長官・判事,多くの憲法学者が憲法9条に明確に違反すると指摘した集団的自衛権の行使を容認した平和安全法制整備法案が,

 いまだ国会にすら提出(提出は2015年5月)されていない時点で,米軍高官に来年(2015年)の夏までには法案が成立するみこみだと説明しました。

 補注)しかしながら残念なことに,この河野克俊元幕僚長みたいな国家公務員は,ほかにも大勢いるのが,この日本という国である。

 要は,「対米従属国家体制」のなかで観察すると,河野もこの枠組のなかでは,いわば自然な言動をしていたに過ぎない。

 くわしくはさらに,つぎの記述を参照されたい。

「文民統制」の意味が分からないか,そうでなければ意図して無視した
元自衛隊最高位・統合幕僚長の問題発言

 

 ※-3『失敗の本質-日本軍の組織論的研究-』1984年

 本書は,旧日本軍の犯した具体的な失敗作戦として時系列的に,ノモンハン事件(失敗の序曲),ミッドウェー作戦(海戦のターニング・ポイント),ガダルカナル作戦(陸戦のターニング・ポイント),インパール作戦(賭けの失敗),レイテ海戦(自己認識の失敗),沖縄戦(終局段階での失敗)などを挙げている。

 しかし,特攻作戦はこれらの諸作戦と戦史上において「質的な差異」があると位置づけているのか,ひとつの論点としてとりあげてはいない。というよりも,特攻作戦に関してはほとんどといってほど言及がない。

 「敗戦を運命づけた失敗の原因究明は他の研究に譲り,敗北を決定づけた各作戦での失敗,すなわち『戦いかた』の失敗をあつかおうとする」(3頁)のであり,

 旧「日本軍には本来の合理的組織となじまない特性があり,それが組織的欠陥となって,大東亜戦争での失敗を導いたとみることができる」(4頁)のであれば,

 前段に列挙された諸作戦との相違点を超えて,普遍的に内在する日本軍の「基本性格」を「特攻作戦」にみいだすべきではなかったか。

 クラウゼヴィッツは「戦争とは他の手段をもってする政治の継続である」という戦争観を定義した。

 けれども,本書『失敗の本質-日本軍の組織論的研究-』は, 「政治・外交」面の検討はゆるがせにしたかかたちになっても,組織論・リーダーシップ論を,大東亜〔太平洋〕戦争史に学びたいらしい。

 いいかえれば,国家戦略の根本問題である戦争指導,その策定・実行に連なる次元での「軍隊の任務」よりも,戦争が進行していく各作戦の展開において旧日本軍が犯した数々の〈失敗〉を考察している。

 そうであるならば,「戦争」の本質を,特攻作戦という作戦要領もあわせて吟味する余地があってもよかった。特攻作戦は自爆攻撃であるから「戦闘機を使ったそれなりの白兵戦:バンザイ攻撃」であったかのようにも観察できる。

 陸軍のばあい,1945年8月突然のソ連参戦以降,進撃してくる敵戦車の腹下に歩兵たちが爆弾を抱いて飛びこみ,自殺攻撃して撃破せよという戦闘形態も,一種の特攻である。そのほかにも日本軍の特攻兵器は,奇抜なものまで何種類もあった。

 最後にここでは,ウィキペディアの記述としてつぎの2項目が,非常にくわしく,特攻の問題を解説している点に触れておきたい。この2点の参考資料の通読はしんどいかもしれないが,興味ある人はそれでも,読み切れるはずである。

 「特別攻撃隊」 https://ja.wikipedia.org/wiki/特別攻撃隊#参考文献       ⇒(% 以下は特別攻撃隊#参考文献)

 「神風特別攻撃隊」 https://ja.wikipedia.org/wiki/神風特別攻撃隊#戦果     ⇒(% 以下は神風特別攻撃隊#戦果)

関連のウィキペディア解説

 なお,特攻隊に関係する著作はたくさん公刊されており,専門家でなければ,書名を観てこれはと強く感じたものを,みずから選らんで読むのがいいかもしれない。

 まお,アマゾン通販では,古本であればかなり安価に売られているものがある。以下に挙げた8冊はそのごくわずか,ほんの一部でしかない。

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