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祖父たちの一周忌


2022年の秋と冬に、祖父が立て続けに亡くなった。

93歳と94歳、入院期間はそれぞれ2ヶ月と少し。


入院当初は本人たちもまさか亡くなるとは思っていなかったんじゃないか、
というくらいのスピード感で、ピンピンコロリの部類に入ると思う。


遡ること2022年の夏、私は0歳の娘を抱えて里帰りをしていた。

0歳児育児は本当に休まる時間がなく、
うちの娘は比較的よく飲んでよく寝るタイプだったが
私と実母と実父、3人でようやくまともに生活が回せる状況だった。

(自営業の夫は繁忙期で、全く休みがなかった。

月に一回、仕事が落ち着いては3時間ほど運転して実家に会いに来て、帰っていった。)



祖父の介護はある日突然始まった。

祖母が泣きながら、父さんの頭がおかしくなった、夜通し薬の数を数えていると電話をしてきたのだ。


90歳を過ぎた頃から祖父の様子は若干怪しくなってはいたものの、
それでも祖母と二人で生活できていた。

いよいよ認知症になったのか…と一同覚悟したが、
少し様子がおかしい。


祖父は身内である祖母や母の前では中々に横暴な素振りをみせるが
父や私の前では態度を軟化させる。

この時も、母だけでは埒が開かないからと父が帯同して行くと
祖父は「俺は頭がおかしくなったかもしれない」と弱々しく呟いていた。

認知症ってこんなふうなのだろうか?
薬の飲み合わせが悪かったのか?


病院で検査した結果、多発性骨髄腫による高カルシウム血症だった。


血液のがん。


もう94歳になる祖父の身体に、抗がん剤や放射線治療を行うことは
さらに命を縮めることになると
担当の医師は言った。



祖父自身は、これまでのように一時的に体調が悪くなっただけで
薬を飲んで治療すればすっかり元気になれると思っていた。

だから、入院しても一向に良くならない病状に苛立っていた。

入院から1カ月ほど経った頃、一時退院し在宅看護をすることとなった。
遠方の叔父や、看護師資格を持つ私の姉がケアのために祖父の家に泊まり込んだ。



0歳児を抱えた私は在宅看護には全く役に立てず
たまに娘を連れて様子を見に行けるくらいだった。

全身の痛みと、思うように動かせない身体に苛立つ祖父。
夜中も休めない介護に疲れた母。

ケアのプロである姉も、日々重苦しくなっていく空気に疲れた様子だった。

娘を連れていった私に、じいちゃんもうだめだわ、と
苦しそうに笑いながら言った祖父。

私は喉の奥から乾いた笑い声が出るだけで
何も答えられなかった。



それから1ヶ月。
いよいよ状態が悪くなり、病院に搬送された祖父は
やっと苦痛から解放された、というような表情で
空に帰っていった。



その数日前、父方の祖父が自宅の風呂で溺れ
祖母があわやのところで発見していた。

こちらも頑固な祖父、絶対に入院したくないと言っていたが
発熱が続いていたため、孫嫁さんに強制的に病院へ連れていってもらい
即日入院となっていた。

入院しても、元気に新聞を読み、早く退院したいわとビデオ通話していた祖父。

母方の祖父が亡くなったことは、退院してから知らせようと思っていた。

その2ヶ月後、父方の祖父も亡くなってしまった。


日に日に体力が落ち、起き上がれなくなり、固形物が食べられなくなり
状態を聞いても医師は「年齢が年齢ですから」の一点張り。

コロナ対策のため、面会も限られた時間に限られた人しか入ることが出来なかった。



母方の祖父が入院していた病院とのあまりの違いに
死にそうになってもこの病院だけは入るなと両親に伝えたほどだった。


あまりに突然だった父方の祖父の死。

苦痛に耐えて耐えて、やっと楽になれた母方の祖父の死。

どちらも振り返ってみれば2ヶ月ほどのことだった。


昭和の始めに生まれた祖父たちは、
15歳を過ぎると軍用機を作るためそれぞれ東京に出て
出征する前に終戦を迎えた。


田舎に戻って、農家の仕事や土木工事や山仕事、
とにかく身体を使ってお金を稼いできた。

だから二人とも、とんでもなく大きな手のひらをしていたし
親指なんかは私の2倍以上の太さだった。


私が背丈を追い越しても、祖父たちが痩せていっても
手のひらの大きさだけは昔のままだった。

若い頃の農場での夢、
仕事中に祖母と出会った話、
結婚したばかり頃の草葺きの家が
羊に食べられて穴が開いたこと、
本当は作るつもりじゃなかった末っ子である私の父を
それでも養子には出さなかった話。


祖父たちの人生はどんな風だったんだろう。
いつか向こうで会えたら、
また話してほしい。

祖母は毎日黒い服を着ているよ。

ビデオ通話で
じいさん早く退院しておいで
と話しかけていたよ。


またいつか会おうね。

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