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文披31題に参加してみる①(2024.07.01〜07.10)

 綺想編纂館(朧)様のTwitter企画に参加させていただきました。初めての参加でドキドキです。毎日設定されているお題について、他の方がどんなふうに書かれたのかなぁと見て回るのも楽しい!

 day1 夕涼み

 タバコ辞めて。給料貰ったならちゃんと家に入れて。ガニ股は卒業してよ。全部正論なのに、言ったら喧嘩になった。
 腹が立ったから近くの小さな公園に来た。一才になった娘を抱えて。
 今年の最高気温を記録した今日の太陽を公園の土はまだ抱え込んでいた。履いてきたペラペラなビーサンの足裏が熱い。私の肚とおんなじだ。
 腕の中で娘が身を捩る。娘の小さな膝に負担にならないよう公園の黒い地面にそっと下ろした。
 地面に足がつくなり娘は歩き始める。一生懸命両脚をふんばり、身体を左右に振りながら。自分で立っている。
 じゃあ、私は?
 思わずしゃがんだ私の肩から上を、夕ぐれの涼しい風が通り抜けていった。
 どこかで風鈴の音が鳴る。空の上まで澄み透るような綺麗な音色だった。
 チキショー、タバコ以外は許してやろうかな。ううん、給料は譲れない。
 不思議と家を出た時のグツグツした怒りは遠のいていた。
 ジャリッと音がし振り向くと、私とお揃いのビーサンを突っかけた旦那が立っていた。
「帰ろう」
 心細げに言うから頷いてしまう。
 旦那の後ろを娘の手を引いて歩く。歩きながら私は、心の中の天秤が家族と自分の間で揺れる音を聞いていた。

day2 喫茶店

 多分もう手遅れかもしれない。
 学校帰り、君の後をつけ辿り着いたのは、よく言えば雰囲気のある侘びた喫茶店。
(駅前のカフェなら入るけどこういう喫茶店はなぁ)
 躊躇いつつドアを開ける。開けたらすぐ君がいた。
「わ!」
「いらっしゃい。で、その二つの違い、分かる?」
「え、分からんよ!」と答えて気づく。
「あれ、俺、声出てた?」
 言ってから焦る。気ぃ悪くしたかな。
「ふぅん、じゃあlikeとloveの違い、分かる?」
「はひッ?!」
 動揺する俺を、君の蛇みたいな縦長の瞳孔が捉える。どきん。俺の心臓が収縮する。
 あぁ、やっぱり手遅れだ。俺は君に恋してる。

day3「飛ぶ」

 飛ぶというのは孤独な行為だ。誰かと手を繋いでというわけにはいかない。体を繋ごうとすれば失速する。失速して地面に激突すれば他より頑丈な身体を持つ俺でも無事には済まない。つまり死ぬ。
 仲間にバレていないだろうが、大きな身体に似合わず小心者の俺は、羽根を広げて遠く遠く、高く高く上がるしかない。なぜか? 死にたくないからた。

 ある時、不意に腹の辺りがむず痒くなり下を見ると、こちらを見上げる人間と目が合った。目が合った? まさか。こっちは上空何千メートルを飛んでいるんだぞ。ありえない。ありえないのに腹に感じるムズムズは消えない。気になり、さっき人間が見えたあたりに戻る。やはり目が合う。俺は目を逸らした。知らん顔で飛び去るつもりが気づけば地面に降り立っていた。あんなに忌避していた地面に。

 人間が俺の羽ばたきの余波くらい吹っ飛びかけたので、もう片方の羽根で受け止めてやる。「なんで俺を見る」と聞くと.人間は「いや、よく飛ぶなって」と言い、転んだ拍子に擦りむいた肘を舌で舐めた。
 それからはその人間を俺の背に乗せて飛ぶようになった。飛ぶという行為が孤独ではなくなった。「なんで飛ぶ?」と人間に聞かれる。「俺は鳥だから。飛ぶように体ができている」人間は「フゥン、やる事が決まっているっていいね」と言った。
 人間の素性は知らない。人間は死ぬまで俺から離れなかった。

 あいつが居なくなっても俺は飛んでいる。「なんで?」胸の内に住むようになったあいつが俺に問う。お前に会いたくて飛んでいるんだよ、と俺はそいつに答える。胸の中のあいつが、困ったように小首を傾げ、はにかんで見せる。その笑顔が好きだ。
 あぁ、そうか。お前は俺が好きだったんだな。そして俺も。

day4「アクアリウム」

 はじめて君と迎えた朝のこと。
 まだのぼりきっていない硬質な光が差し込むキッチンで、記念だからと梅酒を漬けた。
 ガラス瓶の中、氷砂糖を下敷きに焼酎のお池につかる梅たちを瓶越しに二人で見る。
「ふふ、アクアリウムみたい」
笑う私に君が「梅がお魚さんですか」と怪訝な顔をする。
「うん、梅がお魚さん。可愛いね」
 そう答えたら君はハッとした顔つきになり「水族館、好きですか」と聞いてきた。
「うん、好きよ」
君はスマホを取り出して
「世界一の水族館はアメリカにあるそうです。うーん、連続で休暇取らんとあかんな」
と言う。私は君からスマホを取り上げた。何? と目顔で聞いてくる。
「この部屋を水槽に見立てて、私たちがお魚さんになるというのはどうですか」
 口調を真似て見つめたら、君は首まで真っ赤になった。

day5 「琥珀糖」

 とある高級宝石店に一対の男女が入店した。もうすぐ結婚する二人は結婚指輪を買いに来たと言う。男の方は大金持ちだった。店員はこれはいい客が来たぞと、とびきりいいダイヤの指輪を勧める。しかし女は無表情でつまらなさそうにしている。

 「好きな石を選んで指輪をオーダーメイドするのはどうでしょう」客を逃したくない店員は、色とりどりの宝石の裸石を二人の前に並べた。

 すると何を思ったのか、女はその中の一つをつまみパクりと口に入れてしまった。唖然とする店員と男を前に、女は宝石を吐き出して「美味しくないわ」と言う。「ごめんなさい。突拍子もないことをして。昔、母に作ってもらった琥珀糖を思い出したの。あの時の琥珀糖も綺麗だったけど、やっぱり美味しくなかったわ」

 ようやく表情が戻った女に男は喜んだ。女が口に含んだ石も、他の石もまとめて買うことに。
 女が欲しがったのは石ではなく母親との思い出だった。店員はそれに気づいたが、男はまったくわかっていない様子だった。まぁ、いい、と店員は頭を下げ店を出る二人を見送る。男の買った宝石が女の新しい思い出になるかどうかは、店の責任ではないので。

day6 『呼吸』

 仲間内で肝試しをやろうとなった。深夜の学校に忍び込む。軽いスリルを楽しむはずだった。

 手近にある教室に入った直後友人の悲鳴が耳をつんざいた。くそ、あと何人残ってるんだ。

 朝まで逃げ切れば先生がくるはず。
 息切れし荒ぶる呼吸を宥めていると耳元で知らない奴の声が聞こえた。

「みぃつけた」

day7 『ラブレター』

 本が嫌いだった。

 きっかけは音読の授業。私は、つっかえるし読み飛ばすしでクラスの皆んなから笑われた。

「授業の前日に、僕がお手本で読んであげる」
 隣の席の君がそう言って手を差し伸べなかったら、私は本の中に広がる世界を知らないままだった。

 私は今、本を書いている。君とこの世界を旅したくて。

day8 『雷雨』

 突然の激しい雨に男は車を止めた。
 道路の側面は崖で崩れたらと車から出る。脇道を行くと立派な洋館があった。呼び鈴を押すが応答はなく、ドアを押すと簡単に開いた。躊躇するも稲光に押され、雨宿りするだけと男はできた隙間に体を滑り込ませ……彼の体は尖った牙に噛みちぎられた。叫ぶ暇もなかった。

 やがて雨はあがり、道路をまた一台の車がやってくる。「誰だ、こんなところに乗り捨てたのは」ドライバーが外に出る。すると彼の頭上にもくもくと黒雲が沸き立ち始め雷鳴が轟く。

 数週間後、この道路をパトカーが通りかかった。「まただ。車くらい自分で処分しろ」警官はレッカー車を手配する。行方不明者は見つからない。事件になることもない。

day9 『ぱちぱち』

 その音は、夏の暑い日一人でいるとよく聞こえた。

 ぱち、ぱち。

 その時僕は中三で志望校になかなか届かない自分の成績に苛ついていた。だからか余計気になった。
息を詰め、隣の襖を開け放つ。
「……誰もいない」

 つい最近のことだ。僕が生まれる前に死んだおじいちゃんが大の将棋好きだったと聞いたのは。

day10 『散った』

 君といる彼女を見て(これは敵わない)と悟った。

 私たち付き合ってまだ一年だけど。結婚も良いかなって仕事帰りにゼクシィ買うくらい浮かれてたけど。

 お目当てだった付録の婚姻届を取り出して破る。
 紙片が風に乗り散ってゆく。飛びついてかき集めたい。
 無理。
 涙が焼けた鉄の熱さで胸の底に沈んでいく。

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