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300字を超えたもの〜1000字(2024.01〜05末まで)

『理想郷』
 気づくと私は歩道に面したオープンカフェにいた。食べ放題なのだろうか? 友人と一緒にケーキやパフェを次々食べている。
「美味し〜い!」
「色々あるから飽きないわよね」
「ここは良いわ! いくら食べても太らないもの」
 友人の言葉に私はふと浮かんだ疑問を口にする。
「そういえばここ、どこ?」
「死ぬことも餓えることもない理想の世界よ」
 すると、私にウインクした友人の顔が突然おぼろになった。
……パチン。
「美味し〜い!」「色々あるから飽きないわよね」「ここは良いわ!」
「あれ? この会話初めてだっけ?」
 ✳︎
 この様子を画面越しに見ていた作業員は額に浮いた汗を手の甲で拭った。
「急に電源が落ちたのでヒヤッとしましたが、復旧できてよかったです」
「人類の貴重な記録だからな。バックアップがあって良かった」
 ここは未来の世界。
 急激な気候変動で食糧は乏しくなり、海面は上昇し住める陸地はほとんど無くなった。都市は捨てられ海底遺跡に。現在人類が棲家にしているのは地面の下。これまでの間に太陽の下で行われていたほとんどの活動が過去の記憶に。
 人類が地上で暮らした過去を知る老人たちの経験は貴重とされ、死後その記憶を記憶装置に保存することがこの春法律で決まった。
 作業員はぼんやりした目でディスプレイを眺め羨望のため息をつく。
「まさに理想郷ですね。死ぬことも飢えることもない」
「コンセントひとつで消える危険はあるがな」
 上司のあげた笑い声につられ唇の両端を吊り上げた作業員はふと思う。
 この記憶装置を維持する電力を他のことに使えば俺たちの生活は変わるんじゃないか?
 作業員は頭を振ってその考えを頭から追い払う。
 いや、この仕事があるからウチの家族は食えているんだ。余計な考えは捨てよう。

『極めし男』
「俺たちの青春のために」「俺たちの青春のために!」
 小学、中学、高等学校、足かけ十二年、俺たちの人生はイケてなかった。垢抜けたい、彼女が欲しい、せめてチヤホヤされてみたい。そのためにはまず元手が必要だろう。そう考えた俺たち幼なじみ二人組は、賞金目当てにオンラインゲームに参加することにした。
 そのゲームは三人一組のチーム戦。「あと一人どうする?」俺たちは友だちがいない。ネットで募集をかける。手をあげてくれ! 誰でもいいから!
 祈る気持ちで画面を見つめていると、参加の通知がきた。「〈極めし男〉さん?」「自称するくらいだから強いんじゃね?」
 結果はボロ負けだった。こっちから参加を頼んだけど責めずにいられなかった。
「極めてるんじゃないんですか?」
「今日は調子が悪い」
「調子どころの問題じゃなかったよ?」
 しばらく沈黙の後、奴は言った。
「……我はネットミームを極めし男」
 一人だけの作業が寂しくなり、俺たちの呼びかけに応じたらしい。
 俺たちは顔を見合わせた。「なんつうか」「侘しいな」
 リアルでバイトするより賞金をもらおうと、強くもないネットゲームに流れた。イケてない自分、充実してない現実から目を背けたくて大学デビューに夢を見た。
 〈極めし男〉さんを責める気持ちはいつのまにか霧散していた。そして俺たちは彼と友だちになった。

『朝の出来事』
「行ってきます!」「いってらっしゃい。気をつけてね」
 玄関のドアが勢いよく閉まる。我が子を送り出しリビングに戻った正子は眉を寄せ腕組みをした。テーブルには手付かずの朝食が娘の分だけ残されている。
「またあの子ったら」
 リビングには朝の光が燦々と降り注いでいる。今日は休みでゆっくりしている夫、忠司が新聞紙をずらして正子を見た。
「朝メシを抜く日だってあるさ。咲子は高校生なんだ。心配しすぎたよ」
と娘に甘い忠司が言う。
「今日で三日目よ」
「ダイエットしてるのさ」
「朝から晩までホント夢中なの。困っちゃうわ」
 忠司はサッと顔をこわばらせ、
「わっはっは!」
と、わざとらしい笑い声を上げた。
「笑い事じゃないのよ」
 正子がムッと夫を睨む。忠司はサッと新聞紙を広げ妻の視線を遮った。正子は諦めの表情でキッチンの流しに向かい皿洗いを始めた。
「やっぱり引き離した方が」
「しつこいのか?」
 正子の呟きを聞きつけ忠司が新聞紙を下ろす。目の色が変わっていた。
「許せない。一言言ってやる! 今すぐ咲子を追いかけるぞ」
 ガタンと音を立て立ち上がった忠司を、
「やめて、あなた」
と、正子が押し戻す。
「学校にいる間は触らないから。追いかけるなんて大袈裟。どうかしてるわ」
「おっお前、触られるのを許すのか」
「触っているのもしつこいのも咲子なの」
「何?! ウチの咲子が……」
 忠司はショックを受けテーブルに肘をつき頭を抱える。正子はため息をつき夫の隣に座った。
「とにかく、帰ってきたらキチンと言いましょ」
「あ、ああ……」
(本当に朝から晩まで、困ったものだわ)
 正子は今、「スマホのやめさせ方」と検索画面に入力している。忠司はまだ気づいていない。

『その夜、帰り路のこと』
 私は震え上がった。居並ぶ墓石の隙間から青白い火が見えたのだ。人魂か? 反射的に後ろに下がる。そこで踏ん張った。逃げるために引き返してどうなる? 後ろから追いつかれるだけではないのか? 怖い。見えない相手に背後を取られるとか怖さしかない。クソッ、下がれないなら前に行くしかない! 屁っ放り腰で人魂らしきものが見えた方向に行く。墓地の奥まった場所。苔だらけになり誰のものともわからない墓石の前に男が座っていた。火のついた煙草を咥えている。なんだ、人魂と思ったのはこの火だったのか。
「夜中にこんな場所で何してるんですか」
 ホッとしたら予想以上に尖った声が出た。
「人を待っていて」
 男はこちらを見ず、ぽつりと言った。
「何言ってるんですか。夜中ですよ。誰も来るはずない。さ、立って」
 私は男の腕を掴み立ち上がらせる。男はぼんやりとした目つきで辺りを見回した。おおかた酔っ払っているのだろう。酒臭さは感じないが……。
「とにかく帰ってくださいよ」
 ノロノロと墓地を出てゆく男の背中を見送った。思わずため息が出る。春先は変な奴が出るものだ。
 家に着き玄関を開ける。妻が心配顔で待ち構えていた。
「まだ起きてたのか」
「だって、あなた遅いから」
と、答えた妻は私の右肩あたりに目をやるとサッと顔色を変え、逃げるようにリビングへ引き返してしまった。
「出迎えてくれたんじゃないのか」
 妻の態度に腹を立てつつ靴を脱ぐ。下駄箱の上、壁がけの鏡にちらりと影が映った。覗くとさっき墓の前で会った男が映っている。男の輪郭は霧の中にいるようにぼやけていた。さっき見た男の目つきと同じように。
 再びため息が出た。
(なんだ、結局やっぱり……)
 家まで近道をしようと墓場を突っ切るのはやはりよろしくないのか。週一の頻度で彼らを連れてきてしまう。
 周りを寺の敷地に囲まれているおかげで、坪単価は安かったんだけどな。

『外せなかった指輪』
 十年も付き合うと男女の仲って感覚じゃなくなるのだろうか?
 久しぶりのデート。二人で入った映画館。エンドロールの途中で彼が出ていった。なんで? 私何かした? 明かりが戻り彼に遅れてシアターを出る。キョロキョロ見回すと、彼は劇場の入り口で知らない女と話していた。ついさっきまで一緒にいた私のことなんか忘れたように。ショックを受けないわけがない。私の右手薬指、彼からもらった指輪を投げつけようとするくらいにはカッとしていた。けれど指輪が外れない。座りっぱなしで浮腫んだせいだ。ようやく私に気づいた彼が戻ってくる。悪びれもせず「見られちゃったか」なんて頭をかいて。
「どうして」私はベソをかいた。
「配達してもらったんだ」
「は?」
「これのことだけど」
 突然私の目の前に深紅の薔薇が一本差し出された。
「指輪は今度買う」
 呆れていると彼が照れくさそうに笑った。
「前に言ったじゃん。映画みたいな恋したいって」
「私、そんなこと言った?」
「高校時代かな」
 そうだ、彼は私が言ったことを忘れないひとだった。思わずため息が出る。
「結婚してください」
「いいよ、これがあるから」
 私は外せなかった指輪を指し示す。
「結婚のこと? それとも指輪のこと?」
 確認する必要ある? 私は呆れて「どっちも!」と答える。
「今度泣かせたら離婚だからね!」と、彼にビンタをくらわすのも忘れなかった。

『ある昼下がり』
 ここは郊外にある新興住宅地。
 ある家の庭、日向ぼっこをしている老人のもとに子供が二人、転がりながらやってきた。
「おじいちゃん、あっちでこんなの見つけたよ」
「うーむ、これは古い。お前たち、また外へ行ったな?」
「へへ……」「面白いんだもーん」
「お母さんが心配するからもう行くな」
「分かったよー。で、これ何?」
「料理本というものじゃ」
「本なら知ってる」「料理って何?」
「昔の人が食べてエネルギーにしていた食べ物のことだよ。そうか、お前たちは知らないか」
「知らなーい」「教えて、おじいちゃん」
「じゃあ、聞きなさい。昔むかし、電気の神と火の神が喧嘩をしました……」
 長い戦いの末、電気の神が勝ち、世界で使われるエネルギーは電気になった。各家庭には様々な電化製品があるのが普通になる。一家に一台クッキングロボが普及した。料理する人間は減り、やがてその行為自体が忘れ去られた。
「……だからこの本に載っている料理をはなからつくることはもう我々にはできないんじゃ」
「えー」「残念ー」
「ハハ、お家には美味しい食べ物を作ってくれるロボがいるからいいじゃろ?」
「うん!」「そうだね!」
いったんは悲しげな顔になった子どもたちが、祖父の言葉に笑顔を取り戻す。家の中へ入っていった孫を見送り、祖父は「はぁ」とため息をついた。
「我々が人間にとって変わり百年、彼らが戦争などしなければ我々がヒトにとって変わることもなかったろうに」
 彼はモーター音を軋ませながらヨイショと立ち上がる。
「二足歩行をする機種も廃れてきたのう。交換パーツがなくなればわしもお終いじゃ」
 彼が身動きするたび配線から火花が散り、漏れ出たオイルがリノリウムの床にとろりと垂れた。
「やれやれ、汚すとまた嫁に叱られる」
 立ち止まった老人が振り返る先、住宅地の外には、未だ黒焦げの戦車や壊れた家、人間が生きていた頃の証がのこっている。

『王女の結婚』
 婿選びに疲れた王女様は、ある日執事を呼びつけ言いました。
「私、これから寝るから起こさないでね」
 窓の外、宮殿の庭の緑は眩しいくらい陽の光を反射しています。
「お昼寝でしょうか」
「いいえ、本格的就寝よ」
「本格的……」
 怪訝な表情の執事に王女はニコリとします。
「これは確かな筋の情報なんだけど」
「はぁ」
「お姫様限定で、もれなく寝ていると素敵な王子様が起こしに来てくれるの。なんと、キスで! 運命よね!」
 王女は自分で言って感極まったのか、胸に抱えていた本に額を押し付け「キャー!」と小さな叫び声をあげました。俯いたせいで前下がりに垂れた横髪からのぞく王女の耳はうっすら赤く染まっています。
「王女さま、想像してください」
「なぁに?」
「仮に、貴女が王子だとします」
 本から離し顔を上げた王女は体を揺すり座り直します。
「……私、はしゃぎ過ぎ?」
 上目遣いの王女を執事は無言で見返します。王女は本を膝に置き顔つきを意識して真面目なものにしました。
「えぇ。想像する。私が王子ね」
「すっかり寝こけ、いびきに歯軋り寝言にヨダレで口まわりがベッタベタ。そんな見ず知らずの娘に、貴女、運命を感じさせるほどのキスできますか?」
「へっ! 私歯軋り?」
「安心してください。廊下まで響く時は羽枕をお顔に押し当てて差し上げています」
(だから時々、溺れ死にする夢を見るのね)
「ヨダレも……酷いの?」
「さながら洪水でごさいます。夜中に二回は枕カバーの交換を」
(そういえば時々ほっぺたと髪がパリパリしてたような)
「ショックだわ。貴方の言うのが本当なら、私が寝ていても王子様にスルーされちゃう」
 しゃんぼり俯いた王女のつむじを見、執事はぴしゃんと背筋を伸ばします。
「では、王女様の根汚い姿を見てもたじろがない方をお選びになればよろしいかと」
「そんなの!」
と、叫んでピョンと顔をあげた王女の顔にみるみるうちに血がのぼりました。
「……貴方しかいないじゃない」

『二十五億の芽』
 目をしぱつかせながらリビングに入るとつけっぱなしにされたテレビはニュースを垂れ流していた。
『昨夜、A美術館から時価二十五億のダイヤが盗まれました。これは資産家のT氏所蔵の品で一時的に貸し出されていました。T氏は以前から美術品の闇取引を噂されており……』
 起きるには遅過ぎた自覚はある。いくら休日とはいえ妻も子も朝食を済ませているだろう。
 俺がトースターに食パンを突っ込んでいると妻がすっ飛んできた。
「この子ったら、こんなふうにしちゃったのよ」
 妻が見せたのは土ばかりで植物が生えていない植木鉢だった。
「花は?」
「この子が引っこ抜いたの! この鉢だけじゃないくて。プランターも!」
 妻に遅れこちらに来た娘は鼻先を赤くし両目に涙を溜めていた。
「何がしたかったんだい?」
「育てたかったの」
 娘がクズっと鼻をすする。妻が言い放った。
「グミも飴玉もチョコレートも土に植えても芽は出ません!」
「うえーん!」
「なるほど。お菓子を育てようとしたんだね」
たまらず俺はアハハと笑った。
「他にも何か植えたりした?」
「えっとね、ギラギラなやつ!」
「ギラ……」
 おうむ返ししかけ、ハッとなる。
 妻を手で制し、一人プランターを掘り返す。果たして……あった。妻たちの目につかないようパジャマ代わりのジャージのポケットにしまう。
 ふー、危ない。危うく二十五億の芽が生えてくるところだった。

『不満解消』
 最近不眠で悩んでいる。夜寝られない分、昼間耐え難い眠気に襲われ仕事が手につかず困っている。仕事だけならともかく車の運転中に眠気に襲われる。
 この間なんて、車の運転中ついうとうとし、歩道を歩いていた親子に突っ込むところだった。轢かなかったのは私がラッキーな生まれつきだったからに他ならない。
 怠け者と会社を解雇されるのも嫌だが、人殺しになるのはもっと嫌だ。私は家に引き篭もるようになった。
「お困りのようですね」
 真夜中、案の定目が冴え天井のしみを数え始めると不意に声をかけられた。知らない男の声に思わず「キャッ!」と飛び起きる。
 ベッドの横に真っ黒なスーツを着た男が立っていた。
「誰!?」
「悪魔です」
「そう、不審者ね」
「通報しないで! 悪魔です。俺、結婚適齢期なのですが、なかなか相手が見つからなくて」
「悪魔と結婚して私に何のメリットがあるの?」
「永遠に眠れます」
「それ、永眠って事でしょ。結婚生活楽しめないよ?」
 そう言うと、悪魔は情けない顔つきになりしおしおと窓から出て行った。
 悪魔が出て行った翌日から寝つきが良くなり不眠は解消した。お陰で会社にも復帰できた。良かった、と胸を撫でおろす。
 でもちょっとだけ、ほんの少し残念かも。
 あの悪魔、見た目はめっちゃ好みだった。
 とは言え、私、天使だからなぁ……。

『俺、デートだから帰るわ』
「俺、デートだから帰るわ」

 久々の飲み会、面子が集まったところで奴はいきなり席を立つ。チラリと流し目を寄越され、気づけば俺も店の外に。

「何でいきなり帰るんだよ!」
「言ったろ。デートだから」
「飲み会断れば良かったじゃん……」

 奴は腹が立つほど脚が長い。癪に障るけど。追いつくために小走りになる。追いつくぞ、と足を踏み込んだ瞬間奴が足を止めた。俺は勢いを殺せず奴にぶつかる。ぶつかってきた俺を奴は何なく受け止めた。そのまま逞しい胸に抱き止めらた。顎を捉えられたかと思うと路面店のショーウィンドウを向かされる。店の明かりは落ちていて、街灯の灯りを受けるガラス面は鏡になっていた。俺はポカンと口を開ける。

 だって。だってだって! ガラスに映る俺たちはこれ以上ないくらいぴたりと体を密着させていた。体だけじゃなく、唇も。
 うわ、嘘だろ。お互い口を開け突き出した舌を絡ませてる。鏡の中の俺の顎を、受け止めきれなかった唾液が垂れていく。

「何だよ、これ!」
「〈あっち〉の世界の俺たちは恋人だ」
「はぁ!」

 洋画みたいなキスシーンを演じる自分たちを見せられ、俺の体はどんどん熱くなっていく。

「何の悪戯? プロジェクトマッピング?」
「違う。これは所謂平行世界の俺たち」
「は? 怖っ。何言ってんの?」
「俺は〈こっち〉でも仲良くなりたいと思ってる」

 俺の顎を掬い上げる奴の手を振り払うことができない。

「嫌がらないなら、お前も俺と同じ気持ちと理解するが良いか?」

 聞いてくる声がやけに平坦だ。やたらと顔面偏差の高い顔が近づいてくる。

 あ〜、もう!

 奴を見上げる。会うのは卒業以来なのに、そもそもそんなに話したことないのに、どうしてそう強気なんだ!

 色々言いたいことはある。けど……俺はこいつを突き放せないまま、抱きしめられている。


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