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140字小説にチャレンジする(2024.01.25〜02.29)


『かじかむ手』
 久しぶりの忘年会。店を出ると湿った雪が降っていた。
「寒いね」「だね」
 手袋はあえて忘れた。
 歩き始めてもうすぐ百歩目。かじかんだ手をグーパーする。
 店の明かりに光る君の横顔は、あの子の背中をまっすぐ見ていた。
 かわいそうな私の手は、君のポケットに入れてもらえそうにない。


『クリームソーダ』
 雨から逃げるように入店した。クリームソーダのストローを咥えた私に「冬なのに寒くない?」と君は呆れた。
「大学生って面倒」「何で?」「二年になったら皆カレカノ作ることばっかでさ」「だから私たち付き合ってるフリしてるじゃん」
 微笑むと唇が震える。
 春になったら告白する。君が違っても、私は。

『誘惑』
「君のこと好きだったって言ったら、旦那と別れてくれる?」
 久しぶりに会う彼が甘く囁く。私は艶を失った自分の指先を見た。
「いいえ」
 脳裏に浮かぶのは、私が小学生の頃亡くなった祖父の枕元に立つ彼の姿。
 何も知らない頃は憧れたし好きだったこともある。
 でも、夫は癌の闘病中であなたは死神だから。

『アイス』
 アイスを食べる君に「ひとくち頂戴」とダメ元でねだった。
 僕に向けられたアイスには君の歯形がついていた。「早く」と急かされ仕方なく目を瞑りかぶりつく。アイスも僕もカチンコチンだ。
「冷た!」と唇を押さえると君は笑った。
「仲良いね」
と、誰かが言う。
 君は躊躇なく応えた。
「友達ですから!」
 
 
『鏡』
 今日も夕食後にフライドチキンを三つ食べた。
 姿見に自分を映しペタリとお腹をさする。
「鏡、また見てんのかよ」
 弟が言う。
「ウチはそういう家系なんだって」
「だって!」
 だって「彼女といると安心できて」とはにかんだ君は幼い頃、お気に入りの太っちょなテディベアと一緒でないと寝られない子だった。


『ケーキ』
 先輩に最近評判のパティスリーに誘われた。
「告白したいんだ」
と彼。焦ったくなって、
「なら、すぐ言って!」
と返すと、なぜか先輩は厨房へ。戻ってきた彼は、女性パティシエールと腕を組んでいた。
「オッケイ貰えたよ」
 幸せそうな二人に私は言った。
「もう一切れ、ケーキを食べていいですか」


『君を想う』
 長年の友人に告白された。
「彼とはそうゆうこと無しでやっていけると思っていたのに」
と愚痴る私に、
「嫌いじゃないならつきあっちゃいなよ」
カウンターの向こうで君が言う。
「話聞いてくれたお礼」
 私は君の前にカクテルを置いた。
 その意味は「君を想う」。
 何度も飲ませてるのに君は少しも気づかない。

『別れた理由』
 彼はいつも私の意見を聞いてくれる。
「お昼何食べたい?」「トンカツかな」と答えたらカツ丼専門店へ連れて行ってくれた。「ハンバーグがいいな」と言えば煮込みハンバーグのお店へ。
 優しい人だからと結婚した。でも、結局別れることにした。
 一緒にいるなら私が欲しいものをくれる人が良いから。

『夕日』
 親友夫婦からハネムーンのお土産をもらった。海に沈む直前の夕日みたいな色の雫のピアス。
「彼と二人で選んだの」と親友が微笑む。
 キッチンでコーヒーを淹れる君の背中が少しだけ強張る。
 ね、放課後の教室でキスしてくれたよね。
 あの時の君の顔……このピアスの色だった。
 私の心はまだあの教室にいる。

『遠く』
「人の心はどうして見えないんだろう」
「きっと体と別のどこか遠いところにあるんだ。大事だから見つからないようにしまってある」
 学校の屋上でそんな会話をしたこともあった。
 夜、狭いキッチンでひとり私は貴方に電話する。鳴らしても貴方は出ない。
 心はずっと遠くにある。手の届かないどこか遠くに。

『くたびれる』
 友人のドライブに付き合った。
 サイドミラーの自分と目が合い、思わず目尻をなぞる。「気になる?」と運転席の彼。「しわ増えたよね」遠慮ないなぁ。
「女も古くなるとダメね」苦笑すると、「僕、実は、君がくたびれるまで待ってたって言ったら、引く?」だって。
 私だって、ずっと前から待ってたのに。

『怖れ』
 私はモテる。でも正直、男子は嫌い。告白してくるときの彼らの目が。
 見学で訪れた生物部。ウサギを撫でようとした私の指を彼が押さえた。直後、その彼の指をウサギが噛んだ。
 目を開く私に彼が微笑む。痛いはずなのに……。
 きっと私、告白してきた男子達と同じ目をしている。
 今わかった。恋は怖れだと。

 
『バレンタイン』
 クラス一の地味子に体育館裏に連れて来られた。「君、私のこと好きですね」
「はぁ?」
 地味子が手を差し出す。俺は観念してその手に用意していたチョコの箱を置いた。
「なんでわかった?」
「一昨日は三回昨日は十回。今日は三十四回でした」
 フゥン。つまり俺が見ていた以上に彼女も俺を見ていたわけね。

 
『ファスナー』
 樟脳の香りが染み付いた礼服に袖を通していると「ねぇ。背中のファスナー上げてくれない?」と妻が言った、のだが。
 なんてことだ。背中の肉に阻まれファスナーを上げられない!
「昔は痩せてたのにな」すると、鏡の中で妻が妖しく笑った。
「貴方と付き合っていた時《《だけ》》よ」
 詐欺と怒りづらくなった。

『ロマンチック』
 放課後の図書室、私は机に突っ伏し目を閉じた。
 大好きな君は今日当番の日。君はきっと私を起こす。なのに気がつくと部屋は暗く私は一人だった。
 机の上には図書室の鍵。
 はぁ。ひとまず君が肩にかけてくれたブレザーを返しに行こう。
 期待したロマンチックは起きなかったけど、話すきっかけにはなるから。

『操縦』
 箸を置くと妻の顔が悲しみに歪んだ。
「ハンバーグにビーフシチュー、貴方の好物は全部作ったのよ」「なら、もっと美味く作れよ!」
 マズイ、言い過ぎた。すると小学四年の息子が立ち上がった。
「レシピじゃない。お母さんの味が食べたいな」
 翌日、妻の料理が劇的に変わった。
 妻の操縦は息子の方が上だ。

『クリスマスローズ』
「君はいつもうつむいてるね。クリスマスローズみたい」
 長女気質の君は、いつも本当に欲しいものは言わない。だから僕は、僕の出来うる限りの全力で君を甘やかしてきた。プロポーズの日のために。
 僕は自信満々だったけど、君は僕の申し出を断った。
 君が俯きながら見ていたのは別の男だったのだ。


『赤信号』
 デートの帰り、彼女の家に一番近い交差点。
「俺たち付き合ってもう十年だろ、だから」
 彼女は赤信号を見ていた。街路樹の桜の蕾はまだ硬い。
 今日一日渡せなかった指輪はポケットの中だ。
「だからさ」
 桜から視線を移すと、いつの間にか彼女は歩道の向こうにいた。
「私、留学する。やりたいことがあるの」

『結婚指輪』
 懐かしい店で昔の同僚とお酒を飲む。今、彼女は部長で私はただの主婦。
「差がついたよね、私たち」
「昇進がなければ結婚してたわ、多分」
 私の左手薬指をつつく彼女の唇は笑みの形で、私はゴクリとお酒を飲み干す。
 五年前自分にきた昇進を蹴り彼女を推薦した。
 ……彼女も私も、同じ人を好きだったから。


『告白』
 君に告白された。
「どうして言うかな」私は怒った。
 心の中の全てを安心して差し出せるのは君だけ。恋愛なんかで汚したくない。
「同じだと思ってたのに!」
 君は困った顔をした。
 やがて君は結婚し子供が孫が産まれ穏やかに死んだ。
 今になって思う。君の隣に居たかった。
 心の中の君は困った顔をしている。


『歯ブラシ』
「別れよう」と私は言った。
 三年間の片想いと二年の交際を経てからの同棲。
 好きだった。
 仕事をして家事をして偶にお出かけして。
 優しい彼と優しい夜を積み重ね、一年が過ぎた。
 夜、トイレに起きそっと手を洗った洗面所。
 プラスチックのコップにふたつ突き立つハブラシが、自由の墓標に見えてしまった。

『目が覚めると』
 目を開けるとすぐそばでイケメンが寝息を立てていた。うわ、マンガみたい……ぼんやりしているとガチャッとドアの開く音。夫だ! 随分早い帰宅。
 慌てて立ち上がった。夫は悲しげな表情で近づく。
「寝たのか」「ごめんなさい」

「今日こそ遊ぶつもりだったのにな」
 三ヶ月になる息子は、夫にそっくりだ。


『逃すわけにはいかない』
 昼休み、目の前でお目当てのケーキが売り切れた。
 ガッカリして会社に戻る途中、雪で滑って転んだ。脱げたヒールは宙を飛び前を行く男性の頭に当たる。
「大丈夫ですか」駆け寄ると男はあのケーキの箱を握っている。逃すわけにはいかない。
 よく見れば我が社一番のモテ男だ。
 ヨシ。逃すわけにはいかない。


『カーブミラー』
 部活を辞めた。おかげて日のあるうちに下校できる。
 四辻を曲がると気配を感じた。振り返るとウチの制服を着た女子だった。
「あ!」彼女はあたふたと逆方向へ。
 さして気にすることなく俺は歩き出す。
 さて、今日はどれくらい一緒に散歩しようか?
 カーブミラーには俺の後をつける彼女の姿が映っている。


『理想の恋』
 帰ろうと自転車置き場に来た。俺の自転車の荷台に君が横座りしていた。しかも目を閉じて。
「危ないぞ」
「私は電車通学。いつも一緒の文庫が似合う憂い系美男子。その男子は私にだけ優しくて」
「は?」
「そういう恋をするイメトレ中なの!」
 こっちは想定外だ。恋したら自転車を支える羽目になるなんて。


『かぼちゃの煮物』
 隣家の一人息子が夕飯を食べにウチに来た。両親が不在だからって。
「大人なんだから外食しなさいよ。今月で何回目?」私は顔を顰める。
 それなのにコイツったらウチの母に「お母さん、これ美味しい。結婚申し込みたいくらい」だって!
 思わずカァッと俯いた。私が唯一作ったかぼちゃの煮物だった。


『冷や汗』
 新社会人の俺は、会社の愚痴を母によく聞いてもらう。
「上司が変なんだ」
 失敗すると「残業するのはこっちなんだぞ!」と怒っていたのに最近妙に静かなのだ。
 すると母が言った。
「私、ビル清掃のパートを始めたでしょ」
「あぁ」
「よく残業してる子がいてね。告白されちゃったの」
 嫌な予感がしてきた。


『唐揚げ』
 仕事帰り、スーパーの惣菜売り場。残り一つだった唐揚げのパックを取られた。もうっ! ここの唐揚げの口になってたのに。
 仕方なくウチにある最後のビールを手に隣の部屋のドアを叩く。
 ドアを開けた彼は「今日はこっちの口になってたんだよね」と私にキスした。
 唐揚げで仲直りしようなんて安上がりすぎ!

『ガラスの靴』
 客用布団を敷く君の横で私は鼻をひくつかせた。
「香水の匂い」
「少し前まで彼女がいた」
「帰したの?」
「貴女が来るから」
 君は自分のベッドに潜り込む。
「いつも金曜の夜中に来るね」
 黙ったままでいると「困ったシンデレラだ」と呟き君は眠りにつく。
 王子様は現れない……、ガラスの靴が無いもの。


『ライバル』
 猫好きを詐称して、彼の部屋に入れてもらった。直後私はライバルの存在に気づいた。
 それはズバリ彼の飼い猫。
 今日の為に着たゆるふわセーターに爪を立てられるし、膝に乗せれば動かなくなるし。
 おかげで彼に近づけない!
 イライラしていると彼が苦笑した。
「コイツ、オスなんだよね。ライバル出現かも」


『夜のドライブ』
 聞く曲も本の趣味もまるで違う夫と結婚して半年。
 夫が寝た後ドライブをする。恋愛していた頃、大切にしていた何かを追いかけて。そして、そんな自分を忘れたくて。
 夜明け前、家に戻る。
 リビングに入ると夫がテーブルに突っ伏し寝ていた。
 側には読みかけの本。昔私が好きと言った本だった。


『三月は告白の季節』
「放課後空いてる?」と幼馴染が聞いてきた。
「ごめん」
「今日?」
「エエ、実は」
 俺は毎年三月にその一年好きだった子に告白している。好きの気持ちのおかげで諸々乗り切れたって感謝を込めて。
「ずーっと、フラれてるけどね」
 苦笑すると彼女はフレームを押し上げ言った。
「眼鏡の子はどうですか?」


『サバンナ』
 ひとり入ったコンビニ。季節限定のカップ麺を買い湯を注いでもらった。外に出、スープまで啜りゴミ箱へ。他に捨てるものはとポケットを探る。
 指にあたったのは映画の半券。クシャクシャなそれに思わず空へ息を吐き出す。
 見栄を張ったデートだった。
 店前に停めた車がサバンナでうずくまる象に見えた。


『シガレットケース』
 会議が終わり席を立つと先輩が「煙草?」と聞いてきた。
 実はずっと待っていたチャンスだ。
「一緒に行きます?」
 ドキドキしながら聞き返す。
「吸わないから」
と言う彼女に(え?)となった。
「シガレットケース持ってますよね?」
「あれは、未練だから」
 遠い目をした先輩はイラっとするほど綺麗だった。


『クラス替え』
 クラス替えにソワソワできる同級生が羨ましかった。
 だってわかりきってる。
 同じクラスになってもワ行の私はサ行の君を右斜め後ろから眺めるだけ。
 あれから十年。
「一歩後ろにさがる良い妻にはならないよ?」
「お好きにどうぞ。けど、置いてけぼりにはしないでよ」と君が笑う。
 私は今日、君と結婚する。


『初夜』
 部屋の明かりをつけると侵入者は皆床に伸びていた。
 振り返った妻は息をのむ。夫の口が真っ赤に染まっている!
「ごめん、実は吸血鬼なんだ」
「あら私、血の気が多い方なの」
 震えている妻の手からフライパンを、夫は優しく取り上げた。
「僕たちいい夫婦になれそうだね」
「私もちょうどそう思ったところ」

(2024.01.25〜02.29まで)


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