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東京はキラキラした街ではなく、自分でキラキラにするもの


故郷を離れなくてはならなかった理由

私は、故郷が好きではなかった。中学の終わりだか高校に入った頃から、地元を離れたくてたまらなかった。そもそも私は、その街に住み続けなればならない理由がわからなかった。両親はその街の出身ではなく、親戚もいなかった。両親が結婚前に住んでいたその地方で一番大きな街を離れ、隣県に移住した理由はよくわからない。父親の転勤とかではない。両親は結婚のタイミングで会社を辞め、隣県で店を始めることにしたのだ。なぜ、知り合いもいない隣県で始めようと思ったのかわからない。人口も少ないし、マーケティング的にもどうかと思う。資本もビジネスセンスもない両親は早々に行き詰ったがそれを認めることなくだらだらと商売を続け、ついには自己破産し、癌治療の遅れた母親は、何もできない父親と、成人したばかりの長女、高校に入ったばかりの次女と、山積みの問題を残してこの世を去った。

そんな一家に対し、温かくサポートしてくれる人もいるにはいたが、好奇の目を向けてくる人もいた。いわゆる田舎の暇人である。母親が亡くなって数年後、中学の同級生から電話があった。
「お母さんが話したいって言ってるんだけど」
と言われ、その子の母親に電話を替わった。その母親はおずおずしながらこう言った。
「あのう、聞きにくいんですけど、最近、お宅でどなたか亡くなられましたか?」
母親のことを言っているだとわかったが、亡くなったのは最近ではないし、何よりこの聞き方は大人としてどうかと思う。気持ちが悪いので、
「いえ、誰も亡くなっていません」
と答えたが、
「あのう、最近、どなたか亡くなられましたか?」
と繰り返す。めんどくさいので電話を切ってやった。
こんな経験がたびたびあったから、こんなめんどくさい街は出て行ってやる、大学進学がそのチャンスだと思っていた。そこにこぎつけるまではいろいろな問題があったが、無事に脱出することができ、その脱出劇から20年以上、ほとんどの時間を東京で平穏に過ごしている。あのときの英断した自分を褒めてあげたい。


東京は「元からキラキラした街」ではない

「英断」「脱出劇」なんてかっこいいことを言ったが、私が上京できたのは、親族が東京の大学への進学を許可してくれたからである。無利子の奨学金、給付型の奨学金ももらったが、親族のサポートなしでは上京できたはずがない。
最初に住んだのは、西武新宿線沿線、中野区の端にある街。新宿の不動産店で紹介された物件に向かうとき、新宿駅で迷子になってしまい、半泣きになったことをいまでも覚えている。「西武新宿線はJR新宿駅には通っていない」という初歩的なことを学んだ。
新居は西武新宿線の某駅から徒歩5分、築20年の小さなアパートだった。数年前に近くまで行く機会があったのでその場所を訪ねたら、そのアパートはまだあった。
大学は高田馬場、アルバイトしていたビアホールや会社は銀座にあった。洋服を買うのはもっぱら銀座のプランタンや西銀座デパート、アルバイトのあとに銀座で飲むこともあったが、行きつけは古びた居酒屋であった。キラキラした銀座のナイトライフなどはもちろん無縁であった。
アルバイトの帰りに、銀座から竹橋駅まで歩くことがあった。大手町を抜け、皇居の前を歩く。振り返ると東京タワーがあった。大学在学中には一度も近づかなかった東京タワー、その麓の六本木や麻布。そういうキラキラしたイメージの街には足を踏み入れることもなかった。

それから20年東京で過ごした感想だが、東京が「キラキラした街」なのではない。キラキラにするのは、そこに住む自分なのだ。頑張って何かを成し遂げ、充実した生活を送っていれば、目に映るすべてのものがキラキラ輝いて見える。そう考えると、キラキラしているのは東京タワーや六本木、銀座だけでなく、下町、路地裏だって美しいのだ。いや、東京だけでなく、どこに住もうが、自分の気持ち次第で街はキラキラに見えるのだ。


東京に住むメリット

東京に住むメリットもあれば、デメリットもある。人によっては東京生活が合わない人もいるであろう。私が感じているメリットについてまとめたい。

・不要な刺激がない
東京生活は刺激的だというイメージがあるかもしれないが、不要な刺激はない街である。面倒なこと、人はとことん避けてもあまり生活に支障がない。お節介な人は少ないし、もしいたとしたら絶縁しても何の問題もない(ただし、関係性による。会社の同僚などでは絶縁は難しいであろう)

・自分好みのものを選べる
「刺激がない」と矛盾するようだが、選択肢は無数にある。やりたいことがある人にとってはこれ以上理想的な環境はないだろう。刺激を受けずにただダラダラ過ごしたいという人も、その希望を叶えることができる。

・人は親切
「東京の人は冷たい!」というイメージがあるかもしれないが、そんなことはない。しがらみにとらわれず、誰とでも公平に大人の付き合いができる人が多い。これだけ人が多いと、いちいちしがらみにとらわれてはいられないし、人の好き嫌いを表に出したり、公平な付き合いができない人は相手にされなくなるが、人付き合いのマナーを守る人に対してはみんな親切である。
これだけ人口がいればさまざまな分野に詳しい人も多いから、困ったことや解決したいことを話せば、自分の知恵を貸してくれたり、その分野に詳しい知り合いにつないでくれたりする。

・お金は意外とかからない
家賃だけは地方より高いと思うが、物件数が多いので、場所や築年数を選べば、安い物件もある。私が大学時代に住んでいたアパートの家賃をネットで調べたら、当時より安くなっていて、地方都市と変わらないのではないか?と思うくらいであった。食品や衣類を安く入手したいのであれば、そのような店の選択肢も無数にある。

メリットだけを書いてみたが、自分から動かない受け身の人、他人のことを気にしすぎるたり、自分と他人を比較する人には暮らしにくい街かもしれない。
自分から行動すること、マイペースに生きることができる人ならば、これほど暮らしやすい街もなかなかないと思う。


#上京のはなし

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