第13章 仏教最古の経典について


  ここまで読んだ読者の中には、次のように思う人がいるに違いない。

 あなたが言っていることは分かったが、あなたがそう言っている根拠となる「最古層の経典」とは、何という経典なのか、と。

 それについての概略を少しばかり説明しておこう。

 まず最初に、仏教学において歴史的人物としてのゴータマ・ブッダの思想的な根幹に迫り得る最も重要な資料となるのは、現存する最古層の経典であると言われる『スッタ・ニパータ』の中に含まれる「アッタカ篇」と「パーラーヤナ篇」という経典である。

 「アッタカ篇」とは『スッタ・ニパータ』の第4章、「パーラーヤナ篇」とは『スッタ・ニパータ』の第5章のことである。(ただ「パーラーヤナ篇」の最初と最後の経は、後代の付加であるらしい。)

 *『スッタ・ニパータ』の翻訳本としては、中村元訳『ブッダのことば』(岩波文庫)がある。

 そして、「アッタカ篇」と「パーラーヤナ篇」の次に古いと考えられる経典として、われわれはスッタニパータ第1章「犀角経」を挙げなければならない。

  これらの三つの経典の詩句は、アショーカ王の統治時代より以前に存在していたことは、ほぼ間違いないと思う。

  スッタニパータ第1章「犀角経」に続いて古いと考えられる経典は、「サガータ篇」(有偈篇)の中に含まれるガーター(詩句)である。

 「サガータ篇」(有偈篇)とは『サンユッタ・ニカーヤ』(相応部経典)の第一集を指すものである。

 *『サンユッタ・ニカーヤ』の第一集の翻訳本としては、中村元訳『神々との対話』(岩波文庫)と『悪魔と対話』(岩波文庫)がある。

 「サガータ篇」の韻文の箇所は、「アッタカ篇」と「パーラーヤナ篇」、そして「犀角経」の詩句に続いて、私は、史実としてのゴータマ・ブッダに近づき得る重要な資料であると思っている。

 ちなみに、中村氏は、「サガータ篇」に含まれているガーター(詩句)は、『スッタ・ニパータ』の第1章~第3章よりも古いと言っている。(私は、スッタニパータ第1章~第3章の中でもスッタニパータ第1章「犀角経」だけは、「サガータ篇」よりも古いと考えている。)

 これらの四つの経典は、仏教の経典の中でも、釈迦の存命中に近い資料を示すものとして極めて重要であると考えられる。

 しかし、やはり何と言っても、その古さと内容から言っても、仏教の経典の最も重要経典は「アッタカ篇」と「パーラーヤナ篇」、この二つだと思う。

 もちろん、スリランカの上座部仏教に伝わる「五つのニカーヤ」も重要である。(「アッタカ篇」と「パーラーヤナ篇」、「犀角経」を除くパーリ・ニカーヤのすべては、アショーカ王の統治時代より後に書かれた可能性が高く、後代の仏教教学者の解釈が数多く含まれていると見るべきであると私は思っている。

 ところで、「五つのニカーヤ」とは、「三蔵」(「経蔵」「論蔵」「律蔵」)の中の「経蔵」のことを指している。

 ちなみに、「五ニカーヤ」(に含まれる経典)とは、すなわち ―

 『長部経典』(ディーガ・ニカーヤ)
 『中部経典』(マッジマ・ニカーヤ)
 『相応部経典』(サンユッタ・ニカーヤ)
 『増支部経典』(アングッタラ・ニカーヤ)
 『小部経典』(クッダカ・ニカーヤ)


 ― である。

 そして、本稿が最も重要視する最古の経典「アッタカ篇」と「パーラーヤナ篇」とが収録されている『スッタ・ニパータ』とは、「五ニカーヤ」の中の『小部経典』(クッダカ・ニカーヤ)の中に含まれている。

  *「アッタカ篇」と「パーラーヤナ篇」とが『スッタ・ニパータ』に収録されたのは、断定的には言えないが、おそらくブッダゴーサの時代であり、「アッタカ篇」と「パーラーヤナ篇」とは、ゴータマ・ブッダの存命中もしくはゴータマ・ブッダにかなり近い年代に、それぞれに単独で流布されていたに違いない。

 もちろん仏教全般としては、重要な経典はここに紹介している初期経典だけではない。『法華経』や『浄土三部経』なのど経典も、とても素晴らしい思想を含むものであると思う。そこに説かれている世界観は、慈悲の精神に満ちている。そして、禅仏教もまたブッダの精神を引き継ぐものである。

 最後に、ここまで飽きずに読んでくださった読者の方々には、只々感謝するのみである。

 さらに、本稿において、不足している部分があるとすれば、それは新鋭なる研究をされる読者や、あるいは、瞑想や自らの実体験を持って実践された方々によって補足されるだろうと思う。

 本稿を読むことによって、仏教の経典や哲学書などを一冊でも直に開く読者が一人でもいるとするなら、本稿の目的は達成できたものと見做してよいと私は思っている。

 そこで私は、次の言葉をもって本稿の結論とする。

ニルヴァーナとは、一切の束縛(しがらみ)からの解放である、と。


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