公的機関からの照会―プライバシー侵害にならないか

第1 ケース

窓口担当職員「さきほど、こういう書面が届きました。ある住民の住所や勤務先を教えて欲しいという照会だったのですが、どう対応すればいいでしょうか。」
内部弁護士「その書面を見せてもらってもいいでしょうか。その書面の性質によっては回答できます。というのも、住民の住所や勤務先は個人情報にあたるので、個人情報保護条例等によって目的外利用の禁止や外部提供が原則として禁止されています。ただし、「法令等に定めがあるとき」といった例外規定にあたる場合には、照会に回答することができるためです。」

第2 内部弁護士として留意すべき事項

照会の対象となっている情報には、個人情報や守秘義務を負う情報が含まれている場合がほとんどです。そのため、法令上どのような根拠に基づいて、個人情報保護条例や守秘義務の例外となるのかを確認しなければならないことになります。
よくある照会としては、捜査関係事項照会、裁判所からの送付嘱託、弁護士会照会です。いずれによるものであるかによって回答の可否が異なるので注意が必要と考えています。

第3 解説

1 捜査関係事項照会

「捜査関係事項照会書」の場合、法令上の根拠として、「捜査については、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる。」(刑事訴訟法第197条第2項)があり、これによって報告義務を負うことになります。
法解釈としては、以下の点をおさえておけばいいと思います。

「公務所」には地方公共団体の機関が含まれている。
個人情報については、「法令に基づく照会に対して回答するものであるから、回答することが本来の利用目的に含まれていなくても、適法な提供といえる」ことになり、また、守秘義務については「本条2項の照会に応じて、公務員が職務上知り得た秘密に該当する事項を回答しても正当な理由に基づくものとして、犯罪を構成」しないことになる。

新基本法コンメンタール刑事訴訟法第3版

したがって、基本は、捜査関係事項照会書であれば回答OKということになるかと思います。
ただし、自治体や民間企業によっては、厳格な対応をしている場合もあります。必要性等が認められず任意捜査として違法な捜査関係事項照会に回答したときの責任を考慮したもののようです。
自治体の方針にもよりますが、私としても、厳格な対応が望ましいと思います。

2 文書送付嘱託等

裁判所からの文書送付嘱託の場合、法令上の解釈としては、以下の通知を知っておけばいいと思います。

裁判所から官公署に対する調査嘱託・送付嘱託については、嘱託に応じるべき一般公法上の義務があると解されており、行政機関等個人情報保護法上も「法令に基づく場合」に該当すると解されることから、本人の同意や嘱託の目的・必要性についての書面の提出は必要ないと考えられる。

(平成18年7月4日最高裁判所事務総局総務局第一課文書総合調整係「裁判所における個人情報保護に関する問題事例について(依頼)」)

照会する側の弁護士としては、このような文書を添付して事前に調整しておいたほうが回答を得られやすいと自治体内弁護士を経て感じました。
ただし、以下の弁護士会照会とアンバランスな気もしますね。
今のところ、文書送付嘱託等への回答が争われた例はないようです。

3 弁護士会照会(23条照会)

弁護士会照会には要注意です。裁判例だけではなく、最高裁判例もあります。

法令上は、「弁護士は、受任している事件について、所属弁護士会に対し、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることを申し出ることができる。」(弁護士法21条の2第1項)とし、「弁護士会は、前項の規定による申出に基き、公務所又は公私の団体に照会して必要な事項の報告を求めることができる。」(同法同条第2項)としており、法令上に根拠があるようにも思えます。

しかし、23条照会があった場合であっても、正当な理由があれば報告を拒絶することができると解されているため、守秘義務が当然に免除されるものではないのが注意点です。
正当な理由の有無は、「報告することによって生ずる不利益と報告を拒絶することによって犠牲となる利益との比較考量により決せられるべきである」とされており、守秘すべき情報を回答したことにより損害を与えた場合、損害賠償責任が生じる可能性があります。

著名な最高裁判例としては、京都市が弁護士会照会に応じて前科及び犯罪歴を回答したことが違法であるとされたもの(前科照会事件)があります。

前科及び犯罪経歴は、プライバシーのなかでも「人の名誉、信用に直接にかかわる事項」にあたることから、「前科等の有無が訴訟等の重要な争点となつていて、市区長村長に照会して回答を得るのでなければ他に立証方法がないような場合」でなければ、照会に回答することは違法となる。

前科照会事件

この事案においては、「照会申出書に「中央労働委員会、京都地方裁判所に提出するため」とあつたにすぎないというのであり、このような場合に、市区町村長が漫然と弁護士会の照会に応じ、犯罪の種類、軽重を問わず、前科等のすべてを報告することは、公権力の違法な行使にあたる」とされています。

そのため、弁護士会照会への対応では以下の点を考慮する必要があります。

  • 照会を求められているその情報がどのようなものか―いわゆるセンシティブ情報にあたるか

  • 訴訟等でどのような争点のためにその情報が用いられるか

  • 他に立証方法がないか

終わりに

こういった照会は何らかの法的手続きによらなければならないことははじめに書いたとおりです。
そのため、弁護士から単に電話で回答を求められた時は、「電話で回答することは守秘義務及び個人情報保護等のためにできない。法的な手続きとして、弁護士会照会又は送付嘱託等によってください」と案内することになります。
個人情報、プライバシーはヒヤリハットや事故も多い分野なので、内部弁護士は研修を実施することにより危機意識を醸成することが必要です。そうとはいっても、事故の典型的なものは、宛先を間違えるものが典型的ですが…地方自治判例百選を改定するときは多めに入れて欲しい分野です。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?