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猫と私の物語

その1  出会い


 それは一本の電話から始まった。

 「お、お母さん、大変だぁ‼
 ねっねっ…こ…が……ね…こ…が……」

 長女の声だ。相当慌てていて、何を言っているのかよくわからない。思わず良からぬ事態を想像してしまう。

 「どうした?大丈夫?」

 そう尋ねるこちらも、心臓がバクバクして、妙な緊張感が高まる。

「ね…こ……が……ねっ…こが……」

 やはり状況がわからない。

「ゆっくり、落ち着いて話して!」

と言いながら、私の頭の中は「根っこ」でいっぱいになってゆく。
(根っこにつまずいて、怪我したとか?)
(根っこが降ってくることなんて、まずないよなぁ…)などと。

すると、

「ね・こ・が…す・て・ら・れ・て・る!!」

 やっと文章が成立し、私は理解する。
どうやら、「猫が捨てられている」らしい。

「どこにいる?」 

「駅! 早く来て!」

 急いで車を出し、次女と一緒に最寄り駅へと向かう。

 いた!

 駅前ロータリーの電話ボックス近くに、両腕を突き出すように何かを捧げ持った長女。
 車に乗り込んできた彼女は、相変わらず両腕を突き出したままだ。
猫らしき生き物は、四肢をジタバタと動かし、逃れようと必死だ。小さな細い爪が、長女の腕に何本かのひっかき傷をつくっている。
 そのまま家へと向かい、ひとまず小さなダンボール箱にタオルを敷いて猫を収容した。
 長女の傷を消毒してから、じっくり猫を見れば、
(小さい…片手に乗るくらいに…
 育つだろうか…)

 長女から状況を聞けば、駅前の植え込みの中からニーニーと鳴き声が聞こえていて、探してみると、コンビニのレジ袋に入れられ、捨てられていたらしい。しかも、袋の口はしっかりと結ばれていたとのことだ。
 猫は、動きも活発で、声は大きく、怪我もしていないようだ。男の子だ。
グレーのポヨポヨした毛で、まだ瞳はブルーがかっており、這うようにして動いている。明らかに幼いのだ。

 「ねえ、飼えるかなぁ?」と、不安そうな長女。
 「あなたに見つけてもらって、良かったね。大事にしてあげてね。
 さあ、ご飯とトイレ、買いに行こう。」

 早速、ホームセンターへ行く。子猫用のミルクに、哺乳瓶、ウェットフードにトイレと猫砂を買い込む。
 その間も、長女は家に置いてきた子猫をしきりに気にして、落ち着かない様子だ。

 家につくと、子猫はダンボール箱の中で眠っていた。
 怯えて、鳴いて、疲れ切っているのだろう。彼にとっては、とんでもない一日だったに違いない。
 (しばらく、そっとしておいてあげよう。)

 まもなく、学校から長男が帰ってきた。
 子猫を見るや、
「うわぁ〜!!」
 満面の笑みである。
 そして、子どもたちによる会議が始まった。
 勿論、彼の名前を決めるのである。

 協議の結果、彼の名前はミルキ。
 通称「みいさん」である。

 こうして、駅前の小さな捨て猫は、「ウ・チ・の・みいさん」になった。
 およそ15年も前の、ある初夏の夕暮れのことである。  
                                    
                              つづく
 




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