君は世界の貯金箱だ

 君はみんなからとても大切にされている。君が壊れるとみんなが悲しむ。大切な人だから。貯金箱として。
 君の体はとても丈夫だ。嵐や地震などに見舞われても、すぐに立ち直ることができる。そして元通りの姿になることができる。
 そしてケンカをすることが少ないので温厚であると思われている。理由は他の人たちと比べてケンカ相手が少ないからだ。それは君の家の立地条件にも関係している。君の家の後ろは大きな壁になっていて他の人が入ってくるのが難しい。そして空いている入口も大きな扉で守られている。だからイザコザの原因となる要素が少ない。他の人たちは大抵土地が重なっていたりはみ出したりして、なんだこのやろうと、トラブルばかり起きている。
 丈夫でケンカが少ない。つまり君は貯金箱としてとても良い姿形をしている。
 周りの人たちのケンカに明け暮れているとき、君以外のお金をもっている人たちは不安だった。もしこのケンカに自分が巻き込まれたら、このお金がなくなってしまうかもしれない。どこかべつの場所に、安全なところに運ばないといけない。でもケンカしている相手には預けられない。無関係そうで、お金を守れるだけの力があるところ……………そこで君が選ばれた。
 君の元へお金が集まってくる。もちろん預けているだけで君のものではない。
 お金に関する勘違いのひとつは土地のような不動産で自分の所有物だと思い込むことだ。お金の考え方は様々な側面があり、それぞれのモデルの考えかたにメリットデメリットがある。どちらにせよお金は常に世界中を動いている。交換されることでお金の価値は産まれる。交換可能性がお金の大部分だ。例えば埋蔵金のように埋めてしまえば価値はなくなる。掘り出されたときにはお金の価値はない。黄金などの物質としての価値、そして失われてしまったものの珍しい骨董品としての価値だ。埋めるとお金は死ぬのだ。
 だからお金は流通させなければ、お金として保管しておくことができない。
 君はそのことを知っているから預けられたお金を流通、つまりせっせ使うことにした。流通すると物が買える。物の総量はそんなに一気に増えない。お金はたくさんある。すると物はいつもよりもたくさんお金を出さないと買えなくなる。面白いのはお金は自分たちの周りだけで使えるだけじゃない。他の人たち、お金があんまりない人たちの物をたくさん買うことができる。すると物がたくさん手元にやってくる。でもお金はなくならない。使った先から貯金箱に入れられていくから。
 使ってもなくならないお金の山をみて君はこう思う「ああ、こんなにお金があってなくならないのは、僕ががんばっているおかげだ。ぜんぶ僕のものなんだ」
 お金を使うことに抵抗がなくなった。だって自分のおかげだと思う。
 だけど大変なことが起こった。
 他の人たちのケンカが一旦収まったのだ。もちろん諍いがぜんぶなくなるわけでもないし、小競り合いも続いている。
 でも当面の問題はなくなった。手元にお金を置いておいても大丈夫になったからだ。
 だからお金を貯金箱から取り出すことにした。
 そして君からお金がなくなった。びっくりしたはずだ。だって物が悪くなったわけではない。ただお金がなくなっただけだった。なんで自分のお金がなくなるのだろう。ぜんぶ無くなったわけではない。君は貯金箱として優秀だから、少しくらいは残しているだろう。そしてお金を使うために買った物や経験は残っている。
 でもお金がほとんどなくなったことは確かだ。君は考えた。他の人たちがお金をくれなくなったのはどうしてだろうと。そして元通り、お金がたくさん使えるようにしよう。だから色々とお金をくれるためにアプローチする。でもお金は増えない。でも、それは君という貯金箱にお金を入れなくても良くなった、それだけだった。でも君はお金のないことに耐えられない。お金があったからお金のない人たちから物を買うことができたし、使ってもなくならないあの状況はとても幸せだった。
 だから貯金箱としてお金を入れてもらえるように振る舞うようになった。優秀な貯金箱として、手元に置いておくよりも貯金箱に入れておくほうがいいですよ、安心ですよ、なんなら利点もありますよ、と。その利点は君たちが無理をすることでなんとか作り出している。
 それで再び貯金箱にお金が入れられるようになった。ただし利点をプラスしなければいけなくなった。
 ただあまり悲しむ必要はないのかもしれない。君はあまり相手と喧嘩をしないままだし、家はまだ辺鄙なところに建っている。ただ丈夫ではなくなってきた。無理が祟ってきたのだろう。
 もしかしたらいつか貯金箱が壊れるのかもしれない。天高くぶちまけられるお金たちが舞う下で粉々になった君という貯金箱の残骸が倒れているのを想像してしまう。その時はみんな悲しむだろう。悲しむのはタダだからいくらでも悲しめる。
  でもそんなことは起きないのかもしれない。再び周りのみんなが大きなケンカをし始めて君という貯金箱にじゃんじゃかお金を入れてくれるかもしれない。そうすればまたあの幸せな日々がやってくるだろう。めでたしめでたし。


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