Bee Gees「Night Fever」
今日の曲は、Bee Geesの「Night Fever」。
作詞・作曲はBarry Gibb、Robin Gibb、Maurice Gibb。
Bee Gees(ビー・ジーズ)は、英国王室属領マン島生まれのイギリス人のギブ三兄弟を中心に構成された男性ボーカルグループ。1963年にオーストラリアでレコードデビューし、1973年からは米国を中心に活動。1960年代前半から息の長い活動を続け、数多くの名曲を発表した。ポップなメロディメイカーとしては、レノン=マッカートニー(ビートルズ)やビヨルン&ベニー(ABBA)らと並ぶ名ソングライターチームとして知られている。
全世界でのレコード・CDのセールスは2億3000万枚に上り、彼らの楽曲は古くはエルヴィス・プレスリー、近年はデスティニーズ・チャイルドらによってカバーされている。
1971年から1979年にかけて、ビルボードチャートに9曲のナンバーワンヒットを送り出した。1978年の3月には、製作に携わった4つの楽曲が上位5位にランクイン、これはビートルズが1964年の4月に上位5つ全てを独占した記録に次ぐ偉業である。1977年の最終週から翌1978年の8月までの32週にわたり、携わった楽曲が常に1位の座を独占し続けた。イギリスにおいては、ビートルズの28曲に次ぐ19曲がナンバーワンヒットを記録した。また、活動期間中に5つのグラミー賞を獲得した。
1997年に、アーティストの殿堂とロックの殿堂、2001年にボーカルグループの殿堂、2004年9月20日にはダンスミュージックの殿堂入りを果たし、音楽史上初めて4つの殿堂入りを記録した。他にも、「英国の音楽に多大な貢献を行ったアーティスト」の栄誉も受賞した。
今日の曲「Night Fever」は1977年11月15日にリリースされた映画「サタデー・ナイト・フィーバー」のサウンドトラックである『サタデー・ナイト・フィーバー』に収録されている。
『サタデー・ナイト・フィーバー』は、1977年製作のアメリカ映画である。監督はジョン・バダム。ジョン・トラボルタの出世作である。
音楽と映画を融合した本作は1960年代ディスコブームの再燃を到来させ、劇中に挿入されたビー・ジーズ(BEE GEES)のディスコ・サウンドによるフィーバー現象は、現在のダンス・ミュージックへつながる。
RSOのロバート・スティッグウッドは土曜日の夜にディスコに集まる若者たちを取材した雑誌の風俗記事を題材に、主演は新人のトラボルタ、監督はテレビ劇映画出身のバダムを選んだ。ラジオ局で繰り返し曲を流してブームの火をつける当時の鉄則を踏んだのも、レコード会社を経営していたスティッグウッドである。RSOやカサブランカ・レコードなど異色のレーベルが元気な70年代のヒット作でもある。
映画が商業的成功を収め、主にビージーズによる楽曲がヒット。ビルボード200では24週連続1位という驚異的なチャート・アクションを見せ、アメリカでは「サタデー・ナイト・フィーバー」の文化的影響は非常に大きいものがある。カナダでは22週連続1位、イギリスでは18週連続1位、オーストラリアでは14週連続1位を獲得するというメガヒットを遂げ、全世界でサウンドトラックとしては過去最高の4000万枚を叩き出した。
グラミー賞最優秀アルバム賞を獲得。ビルボードミュージック・チャートのポップ・アルバムとソウル・アルバムそれぞれで1位を獲得し、1984年にマイケル・ジャクソンの『スリラー』がその記録を更新するまで、世界で最も売れたアルバムとなった。
軽快なリズムかつ奥深いサウンドに優しく特徴的な三兄弟のボーカルのハーモニーが美しい1曲。
今日の写真は、映画「サタデー・ナイト・フィーバー」。
この特徴的なポーズを見たことがある人は少なくないだろう。
1970年代のアメリカ社会を背景に、「行き場のない青春のエネルギー」をディスコで踊ることで晴らす惰性の生活を送っていたジョン・トラボルタ演ずる青年トニーが、ディスコで出会った女ステファニーの生き方に心を開かれ、新しい生活へ目覚めて大人へ脱皮していくさまを描く。週末ごとに行くディスコが主な舞台の映画。
裕福な住人も多い華やかな都会的なマンハッタンと、ブルックリン橋を渡ったらすぐの位置にある、労働者の街であるブルックリンとが対比して描かれており、単なる娯楽映画ではなく当時のアメリカの格差社会を風刺した映画でもある。
この映画の「トラボルタ」の風貌や決めポーズ、映画に使われたディスコ・ミュージックが世界的に人気になり、ディスコ文化を取り巻くファッションやサブカルチャーといった世界の若者文化に大きな影響を与えた。
赤い牛のロゴ、RSOレコードを率いたロバート・スティッグウッドの戦略が嵌まり、映画のサウンドトラック『サタデー・ナイト・フィーバー』は驚異的な売上を記録し、なかでも作中で「ステイン・アライヴ」などBillboard Hot 100 1位6曲を含む7曲を提供したビージーズはその人気を不動のものにした。
日本ではこの映画の影響でディスコ・ダンスで踊り、熱狂することを指す「フィーバーする」という言葉(和製英語)が生まれた。転じてパチンコでの大当たりのシステムでも「フィーバー」という言葉が使われるようになった。
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二軍のプレイリスト
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