黒く滲む③
六月三十日 (土曜日) 20時頃 居酒屋「ちょーちん」
今日は週末。私、柏木瞳は居酒屋でバイトをしている。週末はひっきりなしに客が入り、店内は大賑わいだ。
「瞳ちゃん、これ二番テーブルね」
オーダーを伝えると、厨房の人に料理を渡された。「ありがとうございます」と言いながら、ドリンクのオーダーも伝えなければいけないし、四番テーブルに呼ばれていることも思い出す。やることを頭の中で整理し段取りを組んでいると、厨房を出た途端に、
「二番テーブルですよね、僕が持っていきます。そのかわり、これお願いします!」
とシューヤ君が料理を受け取り、ドリンクの伝票をくれた。私は「ありがとう」と言うと、すぐにドリングオーダーを届けに行く。
本当に数ヶ月でシューヤ君は成長したな、と感心した。四月に入ってきた時は少し頼りなさげで、続くかどうか分からなかったけど、今となっては頼もしいパートナーになっている。シューヤ君の、周りをフォローする力は抜群だ。
ドリンクのオーダーをしにカウンターへ行くと、智樹先輩がカクテルを作っていた。智樹先輩はカウンターでドリンクを作りながら、フロア全体をまとめている。私が伝票を出すと、
「四番テーブル行くよね、その帰り一番テーブルのドリンクも聞いてきてくれない?」と指示を出す。私の次の行き先を言わずとも分かっている。そして、ドリンクのオーダーの間隔で、見えていない個室の中のグラスの残量が分かっている。
全体を眺め、各スタッフに指示を出す智樹先輩はすでにマネージャークラスだ。大学1年の時から、この居酒屋「ちょーちん」でアルバイトをしている。途中部活のために一時的にバイトを辞めていたが、怪我をして部活を引退してから、また「ちょーちん」に戻ってきたと聞いている。智樹先輩のお陰で、本当のマネージャーの森さんは会計に専念できている。
「はい、了解です」と言って、急いで四番テーブルへ向かう。
この忙しい土曜日、いいメンバーで良かったと思っていると、途中、貴子がお客さんと楽しそうに話をしていた。土曜日の一番忙しい時間だが、貴子の周りだけ時間がゆっくり動いているようだ。だが、スタッフ全員もマネージャーの森さんでさえも、それを許している。
実は、貴子目当てのお客が意外と多い。それだけ店内も活気がつくし売り上げも上がるのだが、それ以上に貴子には特別な才能がある。
例えば少し料理が遅れたり、オーダーが間違っていたりした時に、客が不機嫌になる時がある。そういう時は、貴子に接客をしてもらうのだ。そうするとなぜかお客が上機嫌になって帰っていく。貴子の人懐っこさや愛嬌は本当に凄い。そう言った意味では、貴子がお店にとって一番ありがたいバイトなのかもしれない。
もう一人のアルバイトの絵梨花ちゃんも、バイト歴一年なのにすごくしっかりしている働き者だ。
五人の最高のメンバーが揃ったことで、週末にも関わらず今日の「ちょーちん」は客にとってもバイトにとっても、とても快適な空間だった。
「おつかれさまー」
アルバイト全員が揃ってスタッフルームに入ると、みんなで一斉にバンダナを外し労った。心地よい疲労感の中、みんなと今日会った出来事を話し合う。
そして各自着替えると、一斉に「ちょーちん」を出る。私とシューヤ君と智樹先輩は帰り道が同じ方向だが、貴子と絵梨花ちゃんは大学を挟んで反対側なので、店の前で別れた。
三人で夜風にあたりながら、のんびりと帰る。いつもよりも少し会話の数が少ない。緊張感のある土曜日のバイトが終わった開放感を三人が噛み締めているのが分かった。
途中智樹先輩が別れ、その後は私とシューヤ君の二人きりになる。火照った体を涼しい風が吹き抜けていく。
シューヤ君と二人きりの帰り道の時間が、私にとってはとても大切なものだった。あまり自分からは話をしないが、こっちの話にはしっかりと耳を傾けてくれるし、聞き上手で盛り上げ上手。
当初は、新人教育という面もあり、弟のような存在だった。だが少し前から、彼を男性として見ている自分に気づいた。
実際、シューヤ君が貴子と仲良さそうにしていると、穏やかではない自分がいる。多分、私はシューヤ君のことが好きになりかけているのだろう。でも、今は一緒にアルバイトをしているし、今の良好なバイトの人間関係を壊すわけにはいかない。
だから、自分の気持ちと相手の気持ちがはっきり分かるまでは、迂闊に自分の気持ちを人に話すわけには行かないし、胸に秘めておかなければならない。もしも、自分の気持ちもはっきりしてないのに中途半端に言葉にしたら、今の関係が崩れてしまうし、アルバイトも雰囲気も悪くなってしまう。それは避けなければならない。
ただ、シューヤ君に惹かれている私にとって、シューヤ君と一緒に帰ることのできるこの時間はかけがえのないものだ。
「そう言えば、この間貴子に彼女いないって言われてたね」
と急に話を振ってみた。途端にシューヤ君の顔が赤くなる。
「え、いやその」
と口籠る姿が可笑しくて笑った。この反応を見るだけで、シューヤ君は嘘を付けない性格だと言うのが分かる。純粋で誠実な性格の年下は、確かに揶揄いがいがある。貴子の気持ちがよく分かる。
「いるの?」
「いません!」
食い気味に私の質問を否定する。その必死な姿のシューヤ君がさらに可愛いと思えてくる。「ふーん、そうなんだ」と呟きながら、笑っていると、
「瞳ねぇはいるんですか?」
と予想外の質問が飛んできた。私はふっとシューヤ君の顔を見る。シューヤ君は、顔を赤く染めて、私のことをじっと見ていた。明らかに真剣な眼差しで私を見ている。決していつもの冗談を言っている様には見えない。その瞳は熱を帯び、シューヤ君も私ことを意識しているのだろうと思わせる。
「わたし?実はね……」
だが、返事をわざと焦らす。シューヤ君は歩いていた足を止め、じっと私の方を見ている。まるで子犬のような目をしているのが可愛くて、さらに意地悪をしたくなってしまう。
「……いる」
と言った瞬間、一気に落胆するシューヤ君。ガックリと項垂れ、肩を落とし、なんとか歩こうと足を前に出した。
「そうですよね……瞳ねぇ綺麗だし……」
「かもしれまん!」
と私は続けた。シューヤ君は顔を上げ私を見るが、その表情は困惑している。言葉の意味を考えているようだ。
「いないかも、しれません」
さらに私は続ける。徐々にシューヤ君の顔が拗ねたような表情になった。
「どっちなんですか」
膨れっ面で答える。流石にこれ以上意地悪するのは良くないな。そう思った私は素直に言った。
「今はいないよ」
それを聞いたシューヤ君は一気に顔が明るくなる。もしもシューヤ君に尻尾があったら、バタバタと振っていただろう。分かりやすい反応に、やはり私は笑ってしまう。
「シューヤ君、私がいるって言った瞬間がっかりしたでしょ」
純粋な可愛さを見ると、つい虐めたくなってしまう。
「そりゃそうですよ」
「なんでなんで?」
「そりゃ、俺が瞳ねぇのこと……」
シューヤ君ははっとなって、言葉を止めた。私はなんとかその先の言葉を知ろうと、続きを促す。
「私のこと?」
問いかけた私はじっとシューヤ君の目を見る。私の心臓は自分でも信じられないくらいドキドキしていた。
シューヤ君と私は少しの間見つ合う。シューヤ君の頬が赤くなっているのが分かる。でも、きっと私も同じなのだろう。
やがて、シューヤ君は目を逸らした。そして答える。
「バ、バイトの先輩として尊敬してるからです」
その返事に私はやはり笑ってしまった。バイトの先輩と彼氏の有無が関係しているとは思えない。どう考えても誤魔化しにしか聞こえなかったが、ここは素直に誤魔化されておこう。
シューヤ君の気持ちをはっきり知りたいが、まだ出会って二ヶ月だから焦る必要はない。ゆっくり距離を縮めていけばいい。
その後はいつものようにシューヤ君と会話をしてから別れた。
一人で夜道を歩きながら、さっきの出来事を思い返していた。誰かに惹かれることも久しぶりだったし、緊張で鼓動が早くなったことも久しぶりだ。これが恋なのだと自分で自覚した。
昔、私にも高校生の時に付き合った彼氏がいた。だが、お互い別々の大学に進学すると、いつしか連絡も取らなくなり自然消滅してしまった。今でも、スマホにその人の連絡先は入ったままだが、もう数年連絡を取り合っていない。
大学に入ってからの私は、大学の授業とサークル活動、アルバイトと充実した生活を送っていた。たくさんの親しい男性はいたし、たまに告白されることもあったが、彼氏を作ることはなかった。
だから、恋というものを忘れていたのだ。でも、シューヤ君と出会って、久しぶりに思い出した。もどかしくて胸を締め付ける感覚や、逆に通じ合った時の幸福感を。
私は、シューヤ君に惹かれているのではなく、すでにシューヤ君に恋をしているのだ。
七月一日(日曜日) 22時 三沢君の部屋
三沢君の部屋で瞳ねぇをターゲットに設定してから、十日が経った。その十日間、僕がバイトのない日は、三沢君の家で盗撮のための装置を設計したり、組み立てたりして過ごしていた。
三沢君と瞳ねぇの住むマンションは広いベランダがあるが、それぞれの部屋のベランダが独立しており、冊子で仕切られているのではなく、幅の広い外壁で隔てられている。三沢君の部屋のベランダの端から、瞳ねぇのベランダの端までは、約4メートル程度離れている。
そのため、細くて長いカーボン製の軸にカメラを固定しようと試みた。距離が長いが、ケーブルなどの機械類は全て三沢君の部屋に置いてできるし、何より8階の高さであれば、器具を全部黒くしてしまえば、まず地上から盗撮をしているとバレる心配はなかった。
僕がバイトの日は三沢君が一人で、僕にバイトがなければ三沢君と玄関モニターで瞳ねぇが帰ってきてから、細々としたセッティングを行なった。
しかし、瞳ねぇのベランダのガラス扉は、カーテンがしまってしまうと部屋の中を覗く隙間がなく、カーテンの閉め忘れを祈るしかなかった。
三沢君は、カメラを固定する軸を調整し、さらにガラス扉に近づき撮影することにした。そうすると、カーテンレールまでカメラを近づけることができる。そしてカーテンの上の隙間から覗き見ることに成功した。
それが、つい今のことだった。幸いにも、まだ瞳ねぇは起きているらしく、部屋の電気は明かりがついている。
僕と三沢君は、一緒に三沢君の部屋で盗撮カメラからの映像を見ていた。画面に見えるのは、瞳ねぇの部屋の半分程度、三沢君の部屋側だけだった。だから、全体が見えるわけではないので、今は誰も写っていない。代わりに、壁際に置いてあるベッドが見えていた。
しばらくモニターを眺めていると、瞳ねぇが画面に入ってきた。
「おぉ!」
「やった!」
二人同時に声を上げた。そして見つめ合い握手をする。
感動の瞬間だった。今画面に写っているのは、三沢君にとってはただの隣人だろうが、僕にとっては大好きな瞳ねぇなんだ。
そして、瞳ねぇはベッドに腰掛け、テレビでも見ているのかぼーっとしている。もう風呂上がりのため、白いキャミソールに短パンとラフな格好をしている。髪は乾かした後で、顔はすっぴんの横顔が見える。普段の瞳ねぇと違い、ノーメイクだと一気に幼く見える。
そして、白いキャミソールは胸の輪郭が鮮明に分かる。おそらくEカップはありそうだ。さらに、短パンから出る太腿が、白く眩しい。普段瞳ねぇはパンツやロングスカートのことが多いから、生足なんて滅多に見る機会がない。太ももの柔らかさにメロメロだった。
僕も三沢君も、もう何も語らずまじまじと瞳ねぇを見ていた。そして、僕のペニスは勃起していた。おそらく三沢君も勃起しているだろう。
しばらく瞳ねぇを見ていたが、全く動かないので、二人して祝杯をあげる事にした。
ビールで乾杯している最中もチラチラと瞳ねぇを観察した。ちょっとでも動くと「お、動いた!」と二人して感動していた。
そのうちに瞳ねぇはベッドに横になった。ベッドは壁側に置かれ、頭は窓側、つまりカメラ側になっている。うつ伏せで携帯を操作する。プリッとしたお尻が見えたので思わず「おおぉ」と唸ってしまう。僕と三沢君のリアクションが同時なため、アイドルのライブみたいだ。時折、横になったりして、キャミソールの中の胸が潰れたり揺れたりしている。残念なことに、今日の部屋着では乳首は分からなかったが、胸が大きいのは間違いなかった。
「胸、おっきいね。」ぽつりと三沢君が言う。
「うん、柔らかそう」と、僕が応じる。
「これはEカップだな」
さすが三沢君。観察眼は超一流だ。
23時が過ぎた頃、瞳ねぇは電気を消し、ベッドに横になった。
突然モニターも真っ暗になったが、その後夜間の暗視モードに変更し盗撮を続けた。暗視モードでも目を瞑る瞳ねぇの顔ははっきりと分かった。布団をかけずに横になっているため、キャミソールの乳首の突起が、より鮮明に分かる。
「あ、乳首!」僕と三沢君はお祭り騒ぎだ。どうやら瞳ねぇは家ではノーブラ派のようだ。二人して部屋で小躍りをして喜ぶ姿は、中学生のようだ。だがその後は、瞳ねぇは寝てしまったため今日の盗撮会は終わりとなった。
初めて盗撮が成功した喜びも束の間、三沢君は「まだ音声がない」と少し不満があるようだった。さすが変態の師匠。向上心が計り知れない。
僕は早く家に帰って、もらったデータを見ながらオナニーをしようと思った。弟子は非常に快楽的だった。
次の目標は、瞳ねぇの裸だ。当初感じていた罪悪感は、今は完全に消え去り、憧れていた瞳ねぇの盗撮がうまくいったことに対する達成感で一杯だった。
七月四日(水曜日) 22時過ぎ 帰宅途中
六月の下旬は連日暑い日が続いたが、ここ数日は梅雨らしく雨が降っていた。バイトが終わった僕と瞳ねぇは、二人並んで傘を指しながら帰っている途中だ。
「なんか最近急に雨だね」
瞳ねぇが一人つぶやき、瞳ねぇの青い傘がクルクルと回った。
バイト上がりの瞳ねぇは、いつもの様に少し紅潮した頬で髪を後ろでまとめていたが、メイクはしっかりされていた。僕はそんな見慣れたはずの瞳ねぇの横顔を見て、いつも以上に緊張していた。
なぜなら、三沢君と一緒に連日瞳ねぇのことを盗撮していたが、モニター越しではない生の瞳ねぇに会うのは久しぶりだからだ。まるでテレビに出ているアイドルが、自分の隣にいるみたいで高揚していた。
ノーメイクの瞳ねぇに見慣れてきたせいか、メイクをしている瞳ねぇが新鮮で、とても綺麗だ。メイクをすると一気に年上ということを意識させられるくらい大人びて見える。そして今日はフリルのついた水色のワンピースを着ている。胸元が少し緩いため、わずかに見える鎖骨が官能的だ。
二人で並んでゆっくりと帰る。瞳ねぇと一緒だから足取りは軽いが、なるべくゆっくり会話を楽しみながら。
何気ない会話を続けていると、途中で僕が好きな海外ドラマの話になった。瞳ねぇは、「そう言えばこの前教えてくれたドラマのDVD、いつ貸してくれるの?」と聞いてきた。
確かに、以前瞳ねぇにDVDを貸すという話をしていたのだが、てっきり社交辞令だと思っていた。
「いつでも大丈夫ですよ」
覚えてくれていた事が嬉しくて、二つ返事で返すと
「それじゃあ、今からシューヤ君の家に借りに言ってもいい?」
と、予想外の返事が帰ってきた。断る理由もないし、何より少しでも瞳ねぇと一緒にいられると思うと嬉しい提案だ。
「だ、大丈夫ですよ」
動揺を悟られないように取り繕ったつもりだが、おそらく上手くできていなかっただろう。そのリアクションを見た瞳ねぇは、
「ねぇ、襲わない?」とニヤニヤしながら聞いてきた。前に瞳ねぇに彼女がいるか聞いた時のような悪戯好きの子供のような目をしている。
「襲いませんよ!」揶揄われていると分かっていながらも、冷静になれず反射的に答えていた。
「じゃー大丈夫だね」と瞳ねぇは安心したのかすぐに真顔になった。
「じゃー大丈夫だね」なんて言ったけど、内心は少し残念だ。私は自分から誰かに告白したことがないから、タイミングがよく分からない。シューヤ君はきっと私のことを好きだと思う。その確信はあるのだけど、今まで異性との関係で、自分から積極的に行動をしたことがない私には、どうやってアプローチすればいいのか分からなかった。
高校三年生になって、初めてできた最初の彼氏もそうだった。向こうから必死にアタックしてきたので、あまり好きではなかったけど、とりあえず付き合うことにした。
だが、その彼氏とは大学生になって遠距離になってしまって、自然消滅してしまった。そこで、私は気づいた。やっぱり、自分が本当に好きな人と付き合うことが大切だと。
そのため、それ以降も、何人かの男性からアプローチされたが、全て断っていた。こちらのペースを考えずに積極的に押してくる人が苦手だ。逆に、ゆっくり自分のペースで恋愛させてくれる人がいいと思った。だから、シューヤ君のように自分が自然体でいられる人が好きだし、シューヤ君の雰囲気が好きだ。彼が奥手なのはいいことなのだと思う。でも、もう少しだけ積極的になって欲しいと思った。
だから「家に言ってもいい?」なんて聞いてしまった。普段なら絶対にそんなことは言わないのに。でも、私の気持ちは気づかれないように、少し揶揄いながら。そしてシューヤ君の反応は予想通り可愛いものだった。明らかに動揺し、緊張しているのが伝わってくる。それが、私に対する好意によるものだと思うと嬉しくなる。
そう思いながらも、私も少し緊張していた。男性の部屋に行くなんて何年振りだろう。自然消滅した彼氏ですら、大学入学当初に一回遊びに行っただけだったし、ほとんど記憶に残っていない。
いつもシューヤ君と別れる交差点を、シューヤ君の家の方に向け一緒に曲がった。すると、すぐに木造のアパートが見えてきた。
「瞳ねぇの家みたいに立派なマンションじゃないんですけど」そう謙遜しながら、シューヤ君は案内してくれる。階段で二階に昇った先にシューヤ君の部屋があった。鍵を開け扉が開かれる。
「エッチな本とか隠さなくていいの?」
私は緊張を悟られないように、シューヤ君に聞いてみる。
「大丈夫です」シューヤ君は真顔で即答した。
「大丈夫ってことは、すでに隠してあるってこと?」
シューヤ君の顔が赤くなる。本当にいちいち反応が可愛い。
「瞳ねぇはエッチな本見たいんですか?」
と思っていたら、シューヤ君が思わぬ反撃をしてくる。ここで照れていたら、年上としての面目が立たない。
「うん、あるなら見たいな」
興味津々と言った表情でシューヤ君を見る。シューヤ君は困ったように「ありませんよ」と抵抗を諦めたようだ。
玄関に入ると、男性の匂いが立ち込めている。決して不快な訳ではないが、あまり馴染みのない匂いだ。ここが男の一人暮らしの部屋だと強く認識させられる。そして、部屋の中を見る。シューヤ君の部屋はとてもシンプルだ。勉強机とベッドとテレビ、そして本棚が壁側に配置され、本棚の中にDVDや本が並んでいる。中央にも丸いテーブルが置いてあった。
必要なものは揃っているが、逆に部屋を修飾するものは一切なかった。
「綺麗にしてるね」と言いながら、本棚のDVDを眺める。
「いや、たまたま昨日片付けたばかりで」
シューヤ君は本棚からDVDを探している。
「あ、これだね」
目当てにDVDを見つけた私はわざとシューヤ君の傍にいき、体を寄せる。久しぶりに異性と近い距離で、表情には出さないが心臓はバクバクしていた。さらにあえて、シューヤ君の腕に触れながらDVDを手に取る。シューヤ君の腕は細くて白いけど、女性の私にはない逞しさがある。
腕の白さとは対照的に、シューヤ君の顔は真っ赤だ。何かを言おうとして、言えずに口がパクパクしている。思わず笑ってしまった。
「は、はい、これ。これが面白いです」
少し距離を縮め、触れただけで思いっきり噛んでいるところが、可愛らしい。
今日はこれくらいにしよう。あまりにも急に距離を詰め過ぎると、軽い女だと思われるかもしれない。何よりこの色気のない部屋なら、本当に彼女がいることはなさそうだと安心した。
私はシューヤ君と少し会話をして、そして部屋を出る。
「それじゃあまたね」
そう言って手を振ると、シューヤ君も「はい、また」と手を振り返してくれる。外は雨が降り続いており、靴が濡れひんやりとしたが不思議と不快ではなかった。
今日は初めてシューヤ君の部屋に入った。それだけで、シューヤ君との距離がグッと縮まったのを感じて嬉しかった。
大通りに戻ると、たまたまもと来た道から傘を指して歩いてくる智樹先輩に会った。
「瞳ちゃん、こんなところで何してるの?」
「あ、智樹先輩。バイトが早上がりだったんで、今帰り道なんです。先輩は?」
「俺?俺はそこの先のコンビニに行くところ」
と言って、なんとなく並んで行くことになった。
「瞳ちゃんそこの角から出てきたよね。どこか行ってたの」
流石にシューヤ君の家に行ってた、とは言いづらかったので、
「ちょっと散歩したくて遠回りしてたんです」
と嘘をついた。智樹先輩は「ふぅーん」と納得していないようだったが、あまり気にしている様子ではない。智樹先輩は急に話題を変えた。
「ねぇ、今度の日曜日シフトないでしょ?もしよければ、ご飯食べに行かない?友達にパスタが美味い店を教えてもらったんだよね」
と智樹先輩に誘われた。実はたまに、私は智樹先輩にご飯に誘われることがある。智樹先輩は貴子や他のアルバイトの子も誘ってるみたいだし、下心があるようには見えなかった。でも私は、いつもお断りしていた。
なんとなく智樹先輩は仲良くなるとめんどくさくなりそうだと思っていたから。
「ごめんなさい、日曜日は友達と買い物に行く予定があるのでちょっと難しいです」
申し訳なさそうに言うと、智樹先輩は笑顔で、
「大丈夫だよ、気にしないで。買い物楽しんでね」と気楽に返事をくれた。多分、私を面倒を見るべき可愛い後輩、という風に思っているのだろう。一応義理で声を掛けた、みたいな感じだ。そのスタンスが分かってはいるが、いつも何かと理由をつけて断ることに申し訳なさを感じた。
その後、少し世間話をしていたら、ワンブロック先の私の住むマンションの角に着いた。
先輩にさよならと告げると、「お疲れー」と言いながら、コンビニの方向へ歩いて行った。先輩と別れたことに少しホッとしながら、マンションのエントランスに入る。エレベーターで8階に上がり805号室の扉を開けた。
玄関で瞳ねぇが出て行くのを見届けると、一気に体の力が抜けた。
まさか今日いきなり部屋に来るとは思ってもみなかった。昨日、気分転換に部屋の片付けをしていて良かった。
まだ微かに瞳ねぇの香りが残る部屋で、さっきの瞳ねぇとの出来事を思い出していた。少し触れた瞳ねぇの肌の柔らかさ、室内の照明に照らされた美しい鎖骨、そして僕を優しく虐める猫のような瞳。たっぷりと瞳ねぇのことを思い出し幸せな気分に浸る。
ふと時間が気になって携帯を確認する。また23時前で、着信はない。これから三沢君の家に行く予定だが、早く行き過ぎて瞳ねぇと鉢合わせするのはまずい。とりあえず三沢君からの連絡を待つことにする。
横になって目を閉じると、やはる浮かんでくるの瞳ねぇの姿だ。盗撮で見た瞳ねぇの胸の膨らみや形が、先ほどのフリルのワンピースの中に隠れていたのかと思うと、興奮して気付けば勃起していた。その時、手に握っていた携帯が震える。
「ターゲット帰宅」
三沢君らしいシンプルな一文だ。僕は起き上がると、「今から行きます。」とメールを送り、部屋を出た。
階段を駆け降り大通りまで走ると、向こうから傘を指して歩いてくる智樹先輩がいた。手にはコンビニ袋を持っている。コンビニ帰りのようだ。
「お、修也じゃん。お疲れ」
「お疲れ様です」
僕は会釈をする。智樹先輩はジャージ姿のラフな格好だ。
「今日はシフト?」
「はい、そうです。たまたま早上がりさせてもらいました」
「そうなんだ。そういえば、ついさっきちょうどここで瞳ちゃんに会ったよ」
「はい、途中まで一緒に帰ってきたので」
「そっかそっか。それで、これから修也はどこに行くの?瞳ちゃんの部屋?」
「え?違いますよ」
僕は焦って否定する。
「なんだ。お前ら付き合ってるのかと思ったよ」
「そんなわけないじゃないですか。僕と瞳ねぇとじゃ全然釣り合いませんよ。僕はこれから同じ学部の友達の家に行くんですよ。レポートを写させてもらいに」
僕はなるべく平静を装って答える。もしもここで露骨に変な反応をしたら、僕の気持ちが智樹先輩にバレてしまうかもしれない。智樹先輩は面倒見のいい先輩だが、今はまだ僕の気持ちは隠しておきたかった。
「ふーん、なんだ、そっか」
智樹先輩は納得いってない様子だったが、あっさりと会話を終わらせた。
「それじゃあまたバイトで」と手を上げ帰っていく。
「はい、お疲れ様でした」
僕は早足で三沢君の家に向かう。もっとしつこく追求されるかと思ったから助かった。
三沢君の部屋に着いた僕は、三沢君と並んでモニターを見ていた。盗撮に使っているレンズを広角レンズに変えたおかげで、今回は瞳ねぇの部屋全体が見渡せる。
だが、瞳ねぇは一向に現れない。「帰ってきてすぐに奥に行ったんだ。多分シャワーを浴びてると思う」と三沢君が補足してくれる。
「そろそろ音声も撮りたいね」
音が聞こえれば何をしているのか大体想像がつくから、盗聴についても検討しなければ、と三沢君と真剣に話していると、とうとう通路の奥から瞳ねぇがこっちに向かってきた。そして何と、濡れた髪を揺らしながら、上半身にバスタオルを巻いた状態だ。バスタオルに巻かれ鎖骨から太腿までは見えないが、それ以外は完全に裸だ。光が反射する健康的な白い肌をたっぷり眺めることができる。
「風呂上がりの女性って、何でこんなに美しいんだ」と三沢君が独り言を呟いている。僕は一切言葉が出なかった。さっきまで一緒に帰り道を歩き、そして僕の部屋で二人きりだった瞳ねぇ。それが、今はたったタオル一枚の姿で目の前にいる。
瞳ねぇは、クローゼットの中にあるタンスから、何かを取り出そうと手を伸ばす。その時、体に巻かれたタオルが少しずり落ちた。そしてとうとう、今まで隠されてきた瞳ねぇの生の胸が露わになった。
「おおっ!」
僕と三沢君は一斉に叫んだ。すぐにバスタオルと巻き直したため、ほんの一瞬のことだったが、確かに隠していた胸が見えた。柔らかそうな胸に、先端にはピンクの乳首がはっきりと見えた。
「見たか見たか、千葉君!!」
三沢君は、叫んだ。
「うん、見た。見たよ、三沢君」
二人で会話を交わすが、目はモニターに釘付けだ。タンスから下着を取った瞳ねぇは、また奥のバスルームに戻って行った。バスルームで着替えるのだろう。
画面に瞳ねぇがいなくなって、二人は深く息を吐いた。
二人の脳裏には今もはだけたバスタオルの下の、瞳ねぇの乳房と乳首が焼き付いている。
いつか見たいと思っていたが、こんなに早く見れるとは。
その後、いつものキャミソールと短パンという部屋着で画面に戻ってきた瞳ねぇは、僕が貸したと思われるDVDの少し見た後、部屋を暗くしベッドに入った。
三沢君に慌てて動画のコピーをお願いした。祝杯をあげるのは後日にして、今日は取り敢えず帰ることにした。僕も三沢君も、すぐに一人になりたかったのだろう。すぐに盗撮の機材を回収すると、早々に僕にデータをくれた。
僕はすぐに家に戻り、パソコンを起動させるとファイルを再生させた。さっき写した動画をじっくりと見る。そして瞳ねぇのバスタオルがずり落ちたところで動画を一時停止し、胸の部分を拡大する。確かに瞳ねぇの乳首が見える。
普段の歩いている姿は、冷たいモデルのようで、でも話をするとその笑顔は天使のようで、バイトをしている時は真剣で、たまに冗談を言って僕を揶揄う。その全てが僕にとって愛しい存在だ。その大切な存在である瞳ねぇの乳首を見ることができるなんて。
嬉しさのあまり、泣きそうになる。
だが同時に、複雑な気持ちにもなった。なぜなら、きっと今頃三沢君も僕と同じようにこの動画を見ているからだ。
僕以外の人間が瞳ねぇを見ることで、神聖な瞳ねぇが汚されている。素直にそう思った。
だが、三沢君にできることは見ることだけだ。現実の瞳ねぇに触れることは絶対にない。だから、僕は瞳ねぇを僕だけのものにしたいと思った。今日の触れた肌の感触を、瞳ねぇの匂いを、フリルやバスタオルの下の胸や乳首を、そしてアソコを僕だけのものにしたい。そう強く思った。
いつか絶対に、僕だけのものにしてみせる。僕はじっと停止した画面を見ながら、ペニスを擦り始めた。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?