黒く滲む①

六月十六日(土曜日) 21時頃 居酒屋「ちょーちん」


「いらっしゃいませ!こんばんは!」

 客が扉を開け店内に入った瞬間に、僕は大きな声をあげた。ここは駅前の居酒屋で、時刻は七時を過ぎた頃だ。入ってきた客の名前を確認した僕は、そのまま店内を案内する。店内は、間接照明の広がる少し落ち着いた雰囲気で、店に入ると左側にカウンター、右側に少人数用の個室がずらっと並んでいる。

 客を席まで誘導する僕は、頭に赤いバンダナを巻き、背中に赤字の「ちょーちん」という文字の入った黒いTシャツを着ている。

「ご予約のお客様をご案内しまーす!」

 店内に響くように声を出すと、カウンターの奥でビールを入れたり、フロアで料理を運んだりしている同じ服を着たスタッフが、一斉に「いらっしゃいませ!」と声を出す。

 居酒屋「ちょーちん」は、コロナ禍でも潰れずに残った人気のある居酒屋だ。週末の今日は、ここぞとばかりに混み合い、声を出すスタッフの額や首元には汗が滲んでいる。

 僕はこの居酒屋でアルバイトをしている千葉修也だ。今年の四月で大学二年生になった。大学進学と同時に、地方から上京し一人暮らしをしている。この「ちょーちん」には、今年の四月から週三、四回のペースで働いている。

 僕が客を奥の個室に案内したと同時に、もう一人のスタッフが、水とおしぼり、メニューを持ってやってきた。さすが、いいタイミングだ。

 サポートに来たスタッフは女性で、柏木瞳という。僕と同じ大学に通う大学生で、現在三年生、僕より一つだけ年上だ。だがこの「ちょーちん」では三年目で、アルバイトスタッフの中ではベテランだ。仕事がとてもでき、スタッフの面倒見もいいので、みんなから「瞳ねぇ」と呼ばれ頼りにされている。

 僕は小さく「お願いします、瞳ねぇ」というと、「オッケー」と柔らかく返事をし、個室へ入っていった。

 通路を通り厨房に入ると、「修也、これお願い!三番テーブルね!」と生ビールが乗ったお盆を渡された。声を掛けたのは田沢智樹。同じバイト先のスタッフで、主にドリンクを担当している。身長は高いわけではないが、引き締まった身体をしているため、とても大きく見える。大学四年生で、バイト仲間の中では一番年長だ。

 僕は「はい!」と返事をし、厨房を出た。急いで三番テーブルへ向かうと、ビールを出し、空のグラスを下げる。と同時に、追加注文されたので、それを厨房へ伝えようとした時、優しく肩を叩かれた。

 マネージャーの森さんが「修也、休憩、よろしく」と優しく言ってくれた。僕は店内の混み具合を一瞥し「今、大丈夫ですか?」と確認すると、森さんはニコッと笑って親指を立てた。僕もつられて微笑みながら、「三番テーブル、串盛と鳥唐追加です。お願いします」と言った。森さんは、もう一度親指を立てながら、厨房へ入って行った。

 スタッフルームに向かう途中、個室から出てきた瞳ねぇとすれ違ったので、「休憩頂きます」と伝えると、「行ってらっしゃい」と優しい笑顔で返してくれた。

 スタッフルームに入り、従業員用の冷蔵庫から自分のお茶を出すと、ソファに座りお茶を飲む。そして、ゆっくり深呼吸をした。

 暑くなり始めた六月の週末は、アルバイトを始めてから一番の混み具合だった。さすがにこれ以上客が入ったら無理だな、とぐったりしていたが、瞳ねぇの笑顔を思い出すと自然と疲れが和らいだ。

 アルバイトの初日、森さんから最初に紹介されたスタッフが瞳ねぇだった。肩までの長さに切り揃えられた、光沢のある流れるような黒髪と、猫のように光るアーモンド型の瞳は、すれ違う男性を振り返らせるほど美しかった。そして、姿勢良く立つ姿は、美しくもどこか冷酷な冷たいイメージを周囲に与えていた。

 だが、「初めまして、柏木瞳です。よろしくね」と言った後の優しい笑顔は、瞳ねぇの冷たいイメージを一瞬で暖かく柔らかいものへ変えてしまった。温かい笑顔と、見た目の冷たいイメージのギャップは、より瞳ねぇを魅力的にしていた。

 そして僕は、その笑顔を見た瞬間恋に落ちた。まさしく「落ちる」という表現が適切だと思う。重力に逆らえないように、僕は瞳ねぇに惹かれていく気持ちに逆らえなかった。

 その後は、瞳ねぇが僕の教育係となって仕事の内容を教えてくれた。少しずつ瞳ねぇと話をして、彼女を知れば知るほど好きになっていった。

 瞳ねぇとの出会いを思い出していると、スタッフルームの扉が開いて、瞳ねぇが入ってきた。

「シューヤ君、お疲れ」と僕に声を掛けながら冷蔵庫へ向かう。そして扉を開けると、しばらくそこで立ち止まっていた。僕は「瞳ねぇ、どうした?」と言うと、開けっ放しの冷蔵庫の前で「涼しい〜」と言ってお茶を取り出し、冷蔵庫を閉めた。

 アルバイト仲間はみんな僕のことを修也と呼ぶが、瞳ねぇだけは「シューヤ君」と梅酒みたいな呼び方をする。それが僕は好きだ。

 瞳ねぇは僕の向かいのソファに座ると、お茶をごくごく飲んで、一息ついている。僕は瞳ねぇに向かって話しかけた。

「今日はすごい忙しいですね」

「本当だよー。やっぱ土曜日の夜は、忙しいね」

スタッフ用のバンダナを巻いているので、黒く美しい髪は見えないが、汗ばんで頬が赤くなっている瞳ねぇは、とても色っぽく見えた。さらに、黒いTシャツの上からでも分かる胸の膨らみが、視界の片隅に見えた。汗でじんわりと張り付いたTシャツは、決して小さくない瞳ねぇの豊かな膨らみを浮かび上がらせる。

「今日はラストまでですか?」視線に気づかれないように話しかけてみた。

「うん、どうやら私とシューヤ君と智樹先輩がラストみたい。よろしくね」

というと、頬を赤く染めた顔で微笑んだ。僕の胸の鼓動が早まった。

「でも、本当にシューヤ君が成長早くて助かるよ」とさらに笑顔で話しかけてくる。お茶をテーブルに置いた瞳ねぇは、腕をお腹のあたりで組んでいて、より大きな胸の膨らみが強調されていた。

「ありがとうございます」と言いながら、どうしても視線が瞳ねぇの胸に向かってしまう。どうか気付かれませんようにと、誤魔化すように時計を見る。

「やばい!休憩終わってました!先行きますね!」

というと、慌ててスタッフルームを出て行こうとしたその時、

「シューヤ君」

瞳ねぇから呼び止められた。振り返ると、笑顔の瞳ねぇが「頑張ろうね」と優しく言ってくれた。この一言で、一週間は頑張れる、そう思った。

「はいっ!」元気よく返事をし、フロアへ戻った。

 フロアへ戻ると、目の前には戦場と化した週末の居酒屋だった。僕は必死に戦った。


「お疲れ様でした!」

「おつかれさまでした」

「おつかれさまー」

 僕と瞳ねぇと智樹先輩は、森さんに挨拶をすると揃って「ちょーちん」を出た。なんとか今日も無事に戦場から帰還できた。三人で、今日の忙しかったバイトのことを話しながら帰る。三人とも、同じ大学に通っているので、住んでいるところが比較的近い。そのため、途中まで帰り道が同じだ。

 三人で話していると、話のペースは智樹先輩が中心となる。智樹先輩はすでに引退してしまったが、以前はラクロス部の副主将をしていた程、人望と筋肉のある人だ。一年生の頃から「ちょーちん」でアルバイトをしている。部活を優先するため、一時アルバイトを辞めていたそうだが、怪我をして部活を引退したため、四月からアルバイトを再開したみたいだ。

 智樹先輩がバランスよく会話を僕や瞳ねぇに振ってくれるおかげで、いつまでも笑い声は絶え間なく続いていた。

 まだ六月なのに、蒸し暑い夜。

 瞳ねぇは水色の半袖リボンブラウスに白いワイドパンツと、とても涼しそうな格好をしている。仕事中はバンダナをつけていたが、今は肩までの長さの髪を後ろで一つに束ねている。バイト中は赤かった頬も、今は透き通るような綺麗な白い肌に戻っていた。凛とした立ち姿と、ブラウスから出る白くて細い腕が人形のようで、儚げだ。

 だが、智樹先輩や僕の話に耳を傾け、優しい声でケラケラと笑う明るい表情は、どこか儚げな印象の瞳ねぇとのギャップを鮮明にし、瞳ねぇの人としての魅力を際立たせている。

 大学の食堂のおばちゃんの話で盛り上がっていると、先に智樹先輩の家の近くに着いた。智樹先輩は笑顔で「それじゃあ、また来週な」と爽やかに手をあげ、離れれ行った。

 僕の家は幸いなことに瞳ねぇと同じ方角のため、バイト帰りが同じ時はいつも瞳ねぇの家の近くまで一緒に帰ることになっていた。この帰りの時間が、今の僕にとって一番大切な時間だ。大好きな瞳ねぇと二人きりでゆっくり色々な話ができる。

 たまに近づき過ぎて肩がぶつかったり、手がぶつかったりすると、途端に心臓がバクバクと脈を打つ。自分でもなんて純情なんだと呆れるくらい、瞳ねぇに恋焦がれていた。

「シューヤ君はカメラが好きなんだよね」

 唐突に僕の趣味の質問をされた。

「ええ、元々新しいカメラとレンズが欲しくてバイトを始めたんです」

 瞳ねぇはうんうんと頷いている。

「最近はアルバイトで忙しいのであまり撮れてませんが、お金を貯めたら色々と旅行しながら写真を撮ってみたいですね」

「それじゃあ、もし新しいカメラ買ったら、私のことも撮ってよ」

 と、瞳ねぇはいたずらをする子供のような顔で、びっくりする提案をしてきた。

「ぜ、ぜ、ぜひ、お願いします!」

 動揺して噛んでしまった。恥ずかしい。

「これでも、高校生までバレーをやってきたから、姿勢はいいんだよ」

 そういうと、両手を頭の上で丸くし、バレエのポーズをする。なるほど、瞳ねぇの美しい立ち姿はバレーの影響か。妙に納得した。そして、こんな悪戯好きな猫みたいな瞳ねぇがさらに可愛いと思った。

 そんな風に会話を楽しんでいると、あっという間に二人の別れる交差点に差し掛かった。

 瞳ねぇは優しく「今日もおつかれさま」というと笑顔で手を振り真っ直ぐ歩いていく僕も笑顔で手を振り返し、ゆっくり角を曲がる。

 見た目はお人形のような美しさなのに、話をすると人懐っこさがある。瞳ねぇは本当に、自然体で周りの男を虜にする。色々と話をする中で、彼氏はいないと思っているが、逆に学部でもバイトでも人気があるのだろう。もっと近づきたいけど、どうすればいいのだろう。

 未練がましく、何度か振り返り瞳ねぇの後ろ姿を見てしまった。

 こんな風に、この時の僕は本当に瞳ねぇのことしか見えていなかった。だから、智樹先輩と別れた時、智樹先輩が最後に振り返り、睨むような目で僕と瞳ねぇを見つめていたのに全く気が付かなかった。



六月二十日(水曜日) 12時頃 大学内食堂


「なぁなぁ千葉君、聞いてくれよ!」

 大学の食堂で、日替わりランチの乗ったトレーをテーブルに置いた途端に、向かいの三沢君が大きな声で話しかけてきた。

 三沢君は僕と同じ法学部で、入学した時の最初のオリエンテーションでたまたま同じグループになった。そこで仲良くなり、今では大学生活で一番仲の良い友達だ。三沢君は僕のことを「千葉君」と呼ぶため、僕は彼のことを「三沢君」と呼んでいる。

 三沢君は、少し太っているが、顔はそこそこ整っていて、清潔感のある男だ。そして、誰とでも気さくに話ができるので、女子の知り合いも結構多い。

 実家は金持ちなのか、オートロックのマンションに住み、何のアルバイトもしていないのに、新しいゲームや趣味の機械工作を行っている。

 元々は情報系や機械工作が好きなのだが、父親が弁護士で事務所を構えており、父の跡を継ぐために法学部へ進学したらしい。

 非常に頭が良く、大学のロボットサークルで一年にしてチームリーダーとして全国大会に出場し、入賞を果たしている。そして二年生になってからはサークルの代表だけでなく、大学全体の文化系サークルの幹部にまで抜擢されている。

 少し太っていることを除けば、誰が見ても優秀で誠実で、物語の主人公のような男だ。

 だが、それは三沢君の本性ではない。おそらく僕だけが知っている三沢君の本性、それは、彼は「変態」だということだ。そう、控えめに言って変態。

「めちゃくちゃびっくりしたんだけど、」

 眉間に皺を寄せたまま急に顔を寄せ、周囲には聞こえない程小さな声に変わった。やっぱり変態の話だな。僕は、ニヤニヤしながら三沢君に耳を近づける。

「うちの隣に住んでる子がめちゃくちゃ美人なんだよ」

 言い終わると離れて、そして悪戯をした後の子供のようにニヤッと笑った。

 三沢君は本当に変態なのだ。だが、とても優秀な彼はそこらの変態とは全然違う。何が違うかというと、その行動力にある。

 三沢君が街を歩いていて、好みの女性が向こうから歩いてくるとする。すると、三沢君はすれ違った途端に振り返りその女性の後を付けるんだ。そして、ストーカーのようにその女性の住所を割り出し、郵便物から名前を割り出し、SNSを駆使して現在の勤務先や学校、過去の履歴を調べあげる。

 非常に優秀な探偵のように、その女性のあらゆる情報を手に入れるんだ。そして最終的には、電車の中や女性の部屋の中を盗撮あるいは盗聴し、女性の下着や裸の画像、夜の情事を覗き見る。それが彼の本性だ。

「本当に?どんな人なの?」

 僕もつい声を潜めて聞いてしまう。平日の昼間の学食は、多くの学生で溢れていて、誰も僕らの会話を聞いていない。だが、やはり三沢君は周囲の目を気にしつつ、

「今日は水曜日だよね。千葉君、今日はバイトだろ。明日はバイトある?」

 さすが三沢君、僕のバイトのシフトもバッチリと頭に入っている。僕は首を横に振った。

「オッケー。それじゃあ、明日の夜うちに来ないか?」と、かろうじて僕に聞こえる程度の声で答えた。僕は、机を二回軽く叩いて、了解という意思表示をした。

 その後は、いつもの講義の話や講師のモノマネ、課題の量への不満やお互いのサークルやバイトの話をして、昼休みは終わった。


 僕と三沢君は大学に入学し、すぐに仲良くなった。三沢君は面白く、ノリも良かったので、一緒にいると楽しかった。だが、本当に僕が三沢君を信頼しているのは、彼の口の硬さにある。三沢君は僕に関することをペラペラと他人に口外しない。僕だけではなく、他人のことを悪く言わないし、他人の情報もベラベラと話したりはしない。だからこそ、僕も決して彼のことを、彼の隠していることを口外しない。

 僕が彼の本性、つまり変態性を知ったのは、去年の秋のことだ。講義が始まる前に、教室に入った僕は、三沢君を見つけて彼の後ろに行った。少し驚かそうとして三沢君の後ろにそっと立った。だが三沢君はそんな僕には気づかずに、ずっと携帯を見ていた。僕もその携帯の画面を盗み見た。そしてびっくりした。画面には、風呂上がりでバスタオルを巻いた女性が写っていた。そして、バスタオルが一部ずり落ちていて、片方のおっぱいと乳首が見えていた。だがそれ以上にびっくりしたのが、その女性が同じ法学部で割と可愛いと言われている女性だったのだ。

 解像度は少し荒く、明らかに盗撮とわかる画像だった。それでも、女性の顔はある程度はっきりと分かった。そして、肌の白さや胸の膨らみ、先端の乳首まで鮮明に写っていた。

 僕も画面をじっと見ていると、背後の気配に気づいた三沢君は急に携帯を隠し振り返った。「見た?」と聞かれたので、「見てない」とバレバレの嘘をついてしまった。

 その後三沢君の隣に座ったものの、講義が終わるまで一切会話はなかった。講義が終わった後、三沢君は「少しだけ話す時間ないかな」と言ってきた。僕は頷くと、三沢君に連れられロボットサークルの部室に案内された。

 部室の中は、中央にテーブルがあり、その上にはパソコンが数台密集している。周囲には作りかけの機械やら本が雑多に置いてあり、一番奥の壁には大会の賞状やトロフィーがいくつも飾ってあった。

 扉がしまった直後、三沢君は僕に頭を下げた。

「お願いだから、誰にも言わないでくれ」

 その声のトーンから、切実さが滲み出ていた。おそらく三沢君は、人生を賭けたお願いを僕にしている。

 僕は悩むまでもなく答えていた。

「もちろんだよ、三沢君。絶対に誰にも言わないよ」

 大学で出会った一番の親友の頼みを断らないわけはなかった。

 そう言うと、三沢君は顔を上げ、泣きそうな顔で僕の手を握り握手をしてきた。本当に嬉しそうだ。

 だがその時、急に僕の胸の奥からドス黒い感情が湧き上がってきた。おそらくそれは、今まで自分でも気づかなかった僕の本性なのだろう。そして、その湧き上がる感情から、僕は今まで自分でも考えてもいなかったことを口に出していた。

「その代わり、さっきの画像を僕にも頂戴よ」

 そう言った僕の声は少し掠れていた。そして、言葉にした自分自身に驚いていた。なぜそんなことを言ったのか自分でも分からなかった。だが、言葉にした途端、黒い欲望が形を持って僕を支配しているのがわかった。そしてそれが、僕の十九年間隠してきた本性が顔を出した瞬間だった。

 僕の申し出に一瞬びっくりした三沢君だったが、すぐに頷いてくれた。そして、ラインで画像を送ってくれた。

 それも、一枚だけではなかった。着替え中の下着姿を何枚も送ってくれた。

 普段同じ講義を受けたり、すれ違ったりしている割と可愛い女性の、決して見ることのできない秘密を覗き見ている。そのことに対する興奮に、自分でも驚いていた。童貞の頃、初めてセックスをする時のように興奮していた。

 その時の僕は、すでに高校の時から付き合っていた彼女と別れた後だったため、家に帰ってから、その盗撮画像を見て何度もオナニーをした。

 また、学校でその法学部の女性を見たときには、さらに興奮が高まった。彼女が秘密にしている、決して普段は見る事ができない姿。それと、教室で友達と談笑する姿のギャップに興奮が冷めず、大学のトイレでオナニーしたこともあった。

 後日、僕は三沢君に恐る恐る聞いてみた。どうやってこういう画像を撮っているのか、と。

 三沢君は僕を彼のオートロック付きマンションの部屋へ招待してくれた。そこで、彼の性癖について教えてくれた。三沢君は、盗撮や盗聴が趣味であり、そこに大きな興奮を覚えること。その性癖のため、女性との交際やセックスには興味がなく、今も童貞であることを教えてくれた。

 彼の正直な告白に、僕も本心を話した。

 僕も、綺麗な女性が普段隠している秘密をもっと知りたいと思ったこと。自分も三沢君ほどではないが、盗撮や盗聴に興奮すること。そして、可能なら他の女性の画像も見たいと。

 三沢君はしばらく考えた後で、答えた。

「いいけど、条件が二つある」

「条件?お金かい?」

「いやいや違うよ。お金は別にいらない。ただ、こうやって盗撮するのもかなり大変なんだ。一人だと限界がある。だから、これからは手伝ってくれないか」

 僕は驚いた。まさか誘われるとは思わなかった。だが今思えば、それは三沢君にとっての保険だったのだろう。僕が手伝うことで、三沢君と僕は共犯者になる。それは、逆に僕が口外するリスクは減ると判断したのだと思う。

 あるいは、自分の性癖に共感する友達が欲しかったのかもしれない。

 理由は分からないが、僕は興奮を得ることを目的に了承し、三沢君の助手となった。

「もう一つの条件は、決して誰にも言わないこと。これは、自分だけが楽しむものであって、撮られた人を尊重しないといけない」

 盗撮しておきながら何を言っているんだろう、と思ったが、そこに三沢君の信念があるようだった。

「だから、口外はもちろん、ネットやSNSにも決してあげないで欲しい。僕たちは、ただの傍観者なんだ。彼女達の人生を変えてはいけないし、不快な気持ちにさせてはいけないんだ。僕たちはただ見るだけの存在であって、現実に何か変化を起こすような存在ではあってはならないんだ」

 三沢君の発言は、ただ他人にバレるな、と言うことを難しく哲学的に表現していて、少し可笑しかったが、三沢君らしいとも思った。

 だから僕も、三沢君の条件を何があっても守ろうと誓った。

 その後、僕と三沢君はさらに仲良くなった。お互い人には言えない秘密を共有する共犯者として。そして、三沢君は優秀な探偵として、僕は新米の助手として過ごすことになった。

「そんなことをしてると、いつか捕まるぞ」と冗談を言うと、三沢君はいつも「自分で弁護できるようにしないとな」と言って笑う。

 これが、僕たちのいつものやりとりとなった。

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