サージカルマスクの漏れ率測定
サージカルマスクの漏れ率を大気圧センサーで測ってみました。
センサーや Arduino などについて触れますが、電子工作の記事ではないので詳しい一般的な How to は書きません。気になる方はインターネットで検索してみてください。たくさん見つかるはずです。
なおこの記事では一般マスクまたはサージカルマスクを単に「マスク」と呼ぶことにします。
背景と動機
前の記事、さらにその前の記事で「マスクの感染防止効果は疑わしい」と書きました。これは、たとえば無症状だがウイルス微粒子を放出している人の隣に新幹線で乗り合わせてしまった時、感染せずに東京からどこまで行けるか? とても新大阪までは行けないよね、と言ったようなことです。
しかしうまくフィットさせれば、ウイルス微粒子を放出している人のそばにいても感染せずに済む時間を2~3倍に延ばす程度の効果は期待できます。満員の通勤電車で半時間隣り合っていたけど、マスクを着用していたから助かった、と言うような場合はあり得ることになります。ただしどちらの場合もマスクの効果で感染せずに済んだとしても、そのことを実感できないわけですが。
なおこれらの場所は換気されているから大丈夫、と説明されていたりします。確かにその空間全体のウイルス微粒子濃度は換気により低下させられます。しかし近距離で風下側だった場合どうなるか、喫煙者の吐き出す煙を想像すれば直感的に分かると思います。つまり「大丈夫」は集団全体を考えているのであって、その中に「多少の犠牲はしょうがない」と言う考えが隠されているわけです。
困ったことに同じマスクでもフィットの良し悪しは個人ごとに違う、と言うことがあります。マスクが自分の顔の形に合っていないとうまくフィットさせるのは難しいからです。なので、みんながそれぞれマスクのフィット状態、すなわち漏れ率を測れないと具合が悪い、と言うことになります。しかしそれを測れる市販の機械は最低でも数十万円します。レンタルでも数万円からなので、これを使って「みんながそれぞれ」測るのは現実的とは言えません。
そこで考えました。マスクは漏れ率が大きいことを逆手に取ると割と簡便な方法で測ることができるはずです。費用も数千円台の前半で済みます。ただし電子工作が必要になります。
もちろん精度は良くありませんが、2種類のマスクでどちらが良いかと言ったような相対的な比較はできます。これは複数種類のどれが一番いいか調べることもできる、と言うことになります。
差がわずかだと優劣判定できないことも考えられますが、それを気にすることはありません。やろうとしていることの性格を考えれば「大体同じ」で済むことですから。
測定原理
端折ってしまうと、マスクの呼吸抵抗を計ると漏れ率が分かる、と言う事です。と言っても単に測るのではなく、条件を変えて計った結果の比較で漏れ率が分かります。なおマスクの呼吸抵抗と言うとき、これは圧力損失を指します。
マスクに全く漏れがない場合とある場合を考えると以下のようになります。なお定量フィッティングテストの漏れ率とは定義が違うため、ここでは「バイパス率」と呼ぶことにします。
金網のような目の粗いものまで含めたフィルター一般では、フィルターを通過する流量と圧力損失の関係は粘性抵抗と慣性抵抗を考える必要があります。
しかしマスクのような目の細かいフィルターでは粘性抵抗が支配的なので、それだけを考えれば済みます。(上記 Web の「ベキポア」に関する説明)
$${\Delta P = \alpha \times \mu \times u}$$
$${\Delta P}$$: 圧力損失 [Pa]
$${u}$$: 流速 [m/s](=流量[ℓ/min]÷ろ過面積[$${cm^2}$$]×1/6]
$${\alpha}$$: 粘性抵抗係数[m-1]
$${\mu}$$: 粘度[Pa・s]
$${\alpha}$$は個々のマスク固有の定数、$${\mu}$$は短い測定時間の間は一定と考えられます。従って、マスクのフィルターを流れる流量と圧力損失は比例関係にあります。当該測定系固有の定数 K = $${\alpha \times \mu}$$とすれば、
$${\Delta P = K \times u}$$
この関係を利用すると、以下の方法でバイパス率を求められます。
測定が終わるまで、呼吸の状態を一定に保つ
顔とマスクの間の漏れを無くした状態の圧力損失波形の振幅 $${P_0}$$ を測る
通常の着用状態の圧力損失波形の振幅 $${P_1}$$ を測る
通常の着用状態のバイパス率 $${R_B}$$ [%] = $${100 \times (P_0 - P_1) \div P_0}$$
呼吸抵抗を大気圧センサーで測る
呼吸抵抗 = 圧力損失 は、マスク内外の圧力差を差圧センサーで測るのがセオリーだと思います。差圧センサーには2つ入力ポートがあり、一方を大気開放し、もう一方にチューブでマスク内圧を導くことになります。
しかしこのようなセンサーはあまり使いやすくありません。比較的高価で入手性が悪く、基板に実装済のモジュール(ブレークアウト)も稀です。これは用途が産業用だからだと考えられます。
その一方、周囲の気圧は短時間で大きく変化することはほとんど無いと言う事実を考えると、呼吸抵抗は大気圧センサーで実用上問題なく測ることができます。
大気圧を測定するセンサーはスマホやドローンなどの高度(高さ)測定用に使われる製品が多数あります。これは民生用であり、使われる数も多いことから比較的安価で、また基板に実装済のモジュールなどが容易に入手可能です。この種のセンサーはとても小さく、基板に実装済のモジュールを測定個所に直接置くことが可能です。今回私は Adafruit 製の BMP390 ブレークアウトを使いました。
BMP388 の方が入手しやすいかもしれません。
他に、この BMP581 は非常に小型でノイズも小さいので魅力的です。
他の製品でも使えるものは多いと思います。ただし以前良く使われた BMP280 はノイズが多いので避けた方が無難です。他社の製品でも割と新しいものの方が性能向上している場合が多いと思います。
これらブレークアウトはコネクターが小さく、基板裏面がフラットなので今回の用途には好適です。コントローラーは使い慣れた ESP32 と Arduino IDE の組み合わせを使っています。WiFi は使わないので他のハードウェアでも構いません。これらを接続するには少し長めのケーブルが要ります。
ESP32 に接続する方についている JST SH コネクターを切り落とし、他の適当なコネクターなどを取り付けます。ケーブル部分から呼吸が漏れないよう注意する必要があります。テープを張ってケーブルを押さえ、漏れを防ぐことが必要かもしれません。
スケッチは、ライブラリー付属の単純に測定を行うサンプルを若干手直しすれば使えるはずです。手直しのポイントは、
測定値のうち気圧の数値だけを Serial.println するように
測定頻度が毎秒 10~20 回程度になるように
ノイズ低減のため、当該測定頻度で許される最高のオーバーサンプリング率に
Arduino IDE の Serial Plotter は直感的に状態をモニタリングできるので、ちゃんと測定できているか確認するなどの目的にはうってつけです。
しかし数値を拾って計算するような場合は Serial Monitor に数字を表示させ、一連の測定が終わった後何かにコピペして処理する方法が良いと思います。Excel を使うのが一番簡単ですね。
この場合以下のように操作すると必要な部分だけ簡単にコピーできます。
Serial Monitor を開く
データを採取し始める直前に Clear output を押して表示内容を消す
データ採取の終わりで Autoscroll のチェックを外す
データ表示部分をクリックした後 Ctrl+A Ctrl+C の順に押す
この方法で 2 以降~ 3 の時点で画面に表示された一番下の行までがコピーできます。
測定手順
まず図のようにセンサー基板をあごの前に取り付けます。漏れの原因を作らない様、細いゴムひもまたは糸とゴムひもを組み合わせて、首の後ろを回して固定するのが良いと思います。
この後、マスクを着用して測定します。
まず入念にフィットさせて、できるだけ漏れが少なくなるようにします。ここではまだ測定しません。この後以下の様に測定を行ました。
マスクの周囲を手で押さえ、漏れを無くした状態
押さえていた手を放し、通常の着用状態
ひもを頭の後ろの方に引いてマスクを顔に強く押し付けた状態
マスクを一旦外した後、再び着用して手早くフィットさせる
通常の着用状態
ひもを頭の後ろの方に引いてマスクを顔に強く押し付けた状態
マスクの周囲を手で押さえ、漏れを無くした状態
以下の図のように手で押さえると、押さえ方に割と融通が利くので、漏れはほとんど無くなると思います。この時呼吸の通る部分をできるだけ覆わないようにして、不必要な呼吸抵抗の増加を防ぎます。
同じ状態を2回ずつ測定していますが、これらの目的は以下の通りです。
1&7: 測定している間に呼吸の状態が大きく変わっていなかったか確認するため(値の違いが測定精度の目安になる -- 著しく値が違う場合は測定やり直し)
2&5: 2 は入念にフィットさせた状態、5 はあまり気をかけなかった状態
3&6: 直前の状態(2&5)の影響を見るため
測定結果
実用上差が無いので、これ以降バイパス率の表現はやめて漏れ率に戻します。今回はあまりフィット感の良くないマスクを測ってみました。
入念にフィットさせた場合の漏れ率が 43%、フィットにあまり気をかけなかった場合の漏れ率が 50% で、今まで見てきた過去の報告例と矛盾しない結果です。
「ひもを頭の後ろの方に引いてマスクを顔に強く押し付けた状態」はフィット状態が改善されることを期待して試したのですが、逆に圧力損失が小さくなり、漏れ率が増加したことが分かります。これは強く引かれたことで W 型にフィットさせたノーズワイヤーが伸びてしまい、鼻のわきから盛大に漏れたことが原因と考えられます。ノーズワイヤーはポリエチレン製で、金属製に比べ一旦折り曲げた形を保つ力が弱い様です。このことがフィット感の悪さにもつながっている可能性もあります。
最近見かけるマスクのノーズワイヤーは、ほとんどがポリエチレン製で金属製の物はかなり少数派です。従って以下のような、ひもを引く形式のマスクグッズはフィット状態を悪化させる場合が多と思います。
あるいは、以下のような後付けの金属製ノーズワイヤーと併用すればとフィット状態を改善できるかもしれません。
まとめ
大気圧センサーを使い、狙った通りマスクの漏れ率の測定ができました。その結果から思った以上に様々なことが分かりそうです。
時間が取れたら、この方法で比較測定して別の記事にしたいと思います。
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