ティンカーベル(ショートショート)
部屋でエロ本を眺めていると、台所の方から「助けて、助けて」と女の子の声がする。何事かと思って台所に行ってみると、でかい蝶のようなものが、台所にぶら下げてあるハエトリガミにくっついていた。
よく見ると人間の顔をしていた。妖精だ。俺は瞬時にそう思った。目を凝らしてもう一度じっくり見る。これはディズニー映画で見た事のあるティンカーベルではなかろうか。
「そうよ、私はティンカーベル、お願いだから助けて」
そういわれてもハエトリガミはべったり彼女の羽根にくっついている。無理矢理剥がすと羽が破けそうだ。
「お願いだから、ネバーランドへ連れて行ってあげるから」
ネバーランド。子供の心を持った者しかいけない幻の国。決して存在しない国。俺は既に80歳を超えていた。とても子供の心なんか持ってやしない。
「大丈夫よ、歳をとると少年に返るっていうじゃない」
そういわれてさっきまで見ていたエロ本を思い出した。とても少年の心を持っているとは思えない。
とりあえずベンジンと筆を持ってきて、丁寧に羽とハエトリガミを剥がし始めた。時間はかかったが、漸くティンカーベルは自由になった。
「さあネバーランドへ行きましょう。ピーターパンを助けてほしいの」
そういわれてもとまどってしまう。どうすればいいのか。そこへ婆さんが殺虫剤を持ってやってきた。
「でかい虫だね。これで殺してやる」
殺虫剤の毒でティンカーベルは地面に落ちた。婆さんは目が悪いので、ティンカーベルをでかい虫としてしか認識していなかった。そしてスリッパでティンカーベルを踏みつぶした。彼女の目玉は飛び出、内臓は破裂した。
婆さんは塵取りと箒を持ってきて死体を処分した。それをただ俺は茫然と眺めるだけであった。