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妖刀(ショートショート)

 俺の爺さんの家は相当古い。戦後になって、何度目かの建て替えを行っているから、古いといっても100年も経ってはいない。そのかわり蔵があり、これは大正年間に建てられたものらしく、古びたしっくい壁が取れて土壁が所々顔を出している。町が重要文化財として管理しに来る前にどうにかしようと、爺さんは思ったようだが、町にはあまりその気はないようだ。予算を割きたくないのだろう。
 ただ中の整理はしておかねばならぬ、と爺さんが言い出したので、俺は駆り出された訳である。
 中は暗く埃っぽい。マスクなしでは花粉症の俺は長くここにはいられないだろう。それにカビの匂いもする。
 なにやらその年の収穫について書かれた書物が沢山出てきた。墨で書いた昔の文字なので、何て書いてあるのか、さっぱりわからなかった。
 奥の方に面白そうなものがあった。鎧に兜、刀である。刀は錆びているのであろう、鞘から抜けない。鎧や兜には所々傷があり、合戦に参加した跡のようである。
「これは、お宝探偵団に持って行ったら、価値があるかもよ」
 俺がそういうと、「そんなボロボロ幾らにもならんやろ」と爺さんは答えた。
 俺は抜けない刀を一生懸命抜こうとしていた。手入れをしたら、ひょっとしたら結構な代物だったりして、高く売れるかもしれないではないか。
 思いっきり引っ張ったら、スルリとあっさり抜けた。さっきまではあんなに抜けなかったのに、結構スンナリ抜けた。何が原因かはわからない。
 初めて見る真剣の刃を見た瞬間、俺はぞっとした。血がついているのである。しかもさっき殺生をしたばかりのような鮮血がベッタリと。俺は腰を抜かしたが、明るい所で見ると、それは単なる錆で、そう見えただけのようであった。俺はその刀を鞘からスルリと抜くと、国定忠治のように、構えて刃を見た。全長120㎝といったところか。ところどころ錆が酷くて、刃こぼれも酷いようなので、爺さんに「これを専門家に研いでもらったら、いい値段で売れるかもしれないよ」
といった。じいさんはうてあわなかった。
 俺はスマホで、そういう専門家が近くにいないか調べてみた。すると数人いそうだったが、結構お高そうだった。
「自分で砥石で研いでみればいい」
 爺さんがそういった。刀どころか包丁も研いだことないのに、無理だと思ったが、「砥石ならある」と爺さんが言ったので、その気になった。
 爺さんが持ってきたのは鎌用の砥石だった。これではどうもいかんだろうと本能でそう感じたが、かまわず、それで削ってみた。
「鎧と兜と 一緒に見つかっているということは、何人か殺めているかもしれんな、この刀は」
 ボソッと爺さんが呟いた。俺はさっき見た幻覚を思い出した。

 俺は刀を家に持って帰り、家で研ぐことにした。砥石も買わないと
いけないだろう。さいわい一人暮らしなので、気楽に作業ができる。
 刀はだんだんと錆が取れてまともになってきつつあった。銘を確かめたが、無銘であった。やっぱり大した刀ではなかったのかもしれないな、と思った。
 仕事が終ったある晩、晩飯を外で食って、帰る途中、ヤクザ風な男たち3人に絡まれている男女と出くわした。運悪く知り合いであった。気づかれないように逃げようと一瞬考えたが、それができない性分である。
 すぐに警察に電話した。それに気づいた男の1人が、俺に絡んできた。「お前何舐めた事しとんじゃい」
「わあすいません、すいません」
 男3人が全員こっちに向かってきた。
「どこに電話しとったんじゃ。サツか?」
「ええ、まあそうです。すぐくるそうです」
 そういうと男の1人が俺にパンチを浴びせに来た。
 瞬間。
 その男の首が飛んだ。まるで鋭利な刃物で切られたように。俺はまともに鮮血を浴びた。男2人はビビって、その場を逃げ出したところへ、警官部隊が現れた。
「これは何と云う事だ」
 首のない死体を見て茫然と警官たちは佇んだ。俺と俺の友達と、その彼女は警察に呼ばれ事情聴取を受けた。死体を解剖しても謎は解けない。
 実際複数の警察官が現場を見ており、なぜあんな不思議な現象が起きたのか説明できる者などいるわけもない。 
「まるで日本刀で切られたような跡だ」
 監察医がいった。その話を聞いた時、俺は背筋が凍った。まさか俺が手入れした刀となにか関係があるのでは、と勝手に思い込んだのだ。
 手入れをしたといってもシロウト仕事だし、粗さが目立つ。それに刀が 勝手に動き回るの何てナンセンスだ。アンビリーバボーだ。それにそれに刀なんか幾ら暗がりだったとはいえ、見えなかったぞ、それだけ早業だったということもあっりえるかもしれないけれど。
 流石にこのことは警察にはいわなかった。馬鹿にされるか、頭がおかしいと怪しまれるかのどっちかだろう。
 ともかく俺たちは放免された。俺たちはその事件については何も語らなかったが、2人から警察に連絡してくれたことを感謝された。

 家に帰り着くと、俺は真っ先に刀を見た。鞘から外して見てみると、果たしてさっき人を切ってきたような鮮血がこびり付いていた。
 俺は警察に連絡すべきだったのかもしれない。だが無意識のうちにその血を洗い流し、何事もなかったように刀を鞘に納めた。
「ひょっとして、刀の手入れをした俺に恩返しのつもりで、殺人を犯したのかもしれない」
 そう考えると背筋がゾッとした。このことは誰にもいわずにおこう。でないと俺が怪しまれる。その晩、俺は一睡もできずに朝を迎えた。
 翌朝、会社では何故か昨夜の件が既にしれわたっており、俺は狼狽した。「お前、返り血浴びたんだって。怖かったろう」
 鈍感な奴が俺に問いかける。俺はそれを無視して自分のデスクへ向かった。
「おい、無視するなよ」
 奴が俺の肩をつかんで、睨みつけた。
「俺にからむのはよせ」
 一言だけ俺が言うと、もう手遅れだった。奴の首は俺の足元に転がって、首のあったところから、夥しい鮮血が噴水のように噴出した。
「だからよせといったのに」
 俺は小声でそういうと合掌した。会社中は大騒ぎである。女性社員は恐ろしさのあまり泣き出したり、失禁したりする者が現れ、その場で気絶した男もいた。
「これはどういうことなんだ」
 上司が俺を問い詰めた。
「あまり俺に関わると、同じ目をみますよ」
 ドスのある声で俺はいった。
 こうなってしまった以上、狂ってしまったほうが勝ちである。俺は笑い出した。周りのみんなは全員俺から離れて警察が来るのを待った。
 警察はなんと30人もの機動隊が盾をもって俺を取り囲んだ。どうやら俺が犯人だと思っているらしい。刀はどこからくるかわからない。後ろから切りつけられるかもしれないんだぞ。
 俺は黙って警察に連行されることにした。ここで暴れたら、どんな惨事が起こるかわからないではないか。しかし事情をわからない機動隊は手荒な真似をして、俺を連れていこうとしたものだから、俺はこけてしまった。そのこけた俺に奴らは覆いかぶさってくる。もうおしまいだ。
 いくつもの首が吹っ飛んだ。周りに血吹雪が舞った。壁から地面から天井から血だらけになった。俺は血だらけになって、その場から逃げ出した。でも地面の血で滑って、何度もこけた。もう半泣きである。大笑いしながら、泣いている。
 俺が逃げると、負けじと機動隊員が追いかけてくる。もう地獄だ。俺は会社を出た。俺はどこも怪我なんてしていないのに、まるでゾンビのような血だらけの姿で、公衆の面前に出てきた。道行く人々が皆一様に驚いた。
 俺は泣きながら、笑いながら駆けた。機動隊員は銃を構え、俺に向かって撃った。弾は俺の足に当たり、俺はその場で倒れこんだ。銃を撃った機動隊員は既に首を切られ、息絶えた。
 機動隊員たちは倒れた俺を抑え込んできた。次々にそいつらは首を切られていく。機動隊員の一人が発狂したように銃をめくら滅法撃ちだした。その男も首を落とされた。しかし適当に撃った弾が、偶然見えない刀に当たって刀は姿を表し、真っ二つに割れた。
 するとそこに1人の男が立っていた。着物を着ている。この時代の人ではない。その男はいきなりしゃがむと、自らの腹を切り、そのまま消えていなくなってしまった。
 茫然と俺はその有様を見続けていた。機動隊員たちも動きを止めて、その行為を見続けていた。
 全ては終わった。それにしては犠牲が多かった。俺は死体の一人一人に合掌しながら、涙をボロボロ流した。
 次の瞬間、これは奇跡か神がかり、胴体と首が離れた死体が、フラフラッと動いて合体して、元に戻っていくのである。
「おーっ」
 思わず俺は叫んだ。亡霊?怨霊?妖怪?が自ら命を絶ったので、切られた者が元に戻っていくようであった。それを見て俺は救われたような気分になった。
 だが世の中はそんなに甘くはない。元の持ち主にちゃんと帰ってきた者は万々歳だが、違う体にくっついたり、前と後ろが逆についたり、シッチャカメッチャカになってしまった。
 目が覚めた警官達はパニックに陥った。もう収拾がつかない。


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