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人生とは自分にかかっている呪いをひとつひとつ解いていく冒険 #呪いを解く冒険 01

"自分の人生を無駄遣いしない"をモットーに、夫婦のパートナーシップにおける不具合との向き合い方を考えまくった結果、当たり前のことだけど、他人とは離れることができるけど自分とは一生の付き合いであるという事実に気がつきました。ということで、とにかくとにかく、自分は何が不満なのか、どうしてそう思うのか、どうしたいのか、どうなりたいのか、今までの傾向はどうだったのかの盛大な棚卸しをしました。充実した「いま」がほしいけど、本質的に充実した未来に向かっている事実の方がもっとほしいな、という縦とともに考え続けるよ、という話。

今、多くの人がコロナに起因して、家族や仕事の人間関係の危機に瀕していることが多いと思う(これを書いたのは4月の中頃)。余力があったから、避けて通れたり、思いやれたり、感情を抑えたりしていたことが、「もう無理っす」と浮き彫りになってきているのだと思う。

不満が積もった相手が目の前にいると、怒りの矛先が相手にいってしまい、自分のことを落ち着いて分析したり、「自分がどうしたいのか」を考えることにエネルギーが向けるという発想がなくなりがちです。だから、誰かと一緒にいることによる不満の「自分の都合」には、気がつきにくいもの。

感情をストレートにぶつけたところで、相手ってそんなに変わらない。さらには、相手が変わることだけに賭けるのは自分の人生の無駄づかいだし、自分のことを知ることは圧倒的に生きやすさに繋がる。ということで、出産、離婚、シングルマザー、再婚、妊娠、流産(そして今、わたし史上一番しあわせ)と怒涛のように人生を冒険してきて感じたのは、まず自分に目を向けた方がいいな、ってことでした。

他人とは離れることができるけど
自分とは一生の付き合いであるという事実

わたしにとって、キツかったのが、産後だった。元夫とは、何年も夫婦で仕事をしていたけれど、24時間ずっと一緒に家で仕事していたけれども、いろんなことをすり合わせて生きていたと思っていたけれど、それでも離婚することになった。物理的にも精神的にも余力がなくなった状態は、今まで解決してきたことを解決することも、許してきたことを許すこともできなくなるものだと知ったのです。

そして離婚と再婚をしてみて気がついたのは、環境を変えることも、一緒にいる人と離れることもできるけれど、自分とは一生の付き合いだ、という当たり前のこと。

どんなに完璧なパートナーがいたところで(※1)、自分の心身が健康的で自立していないと、そこから起因して被害妄想してしまったり、悪くとってしまったりするもんだもんなぁ、と。だから、人に変化を求めたい、と思ったら、自分がどうしてそう思うのかという「自分の事情」を、粛々と棚卸しをしています。ひとつひとつの理由が、社会問題や育った環境やキャリアを積み重ねてくる過程で、違和感に思ったり、苦労したりしたことに起因しているなぁ、と気がつくことが多く「なるほどなるほど」と思うと、結構冷静に対応策が見えてくるものです。

自分にかかっている「呪い」を自覚するために
自分の感情を棚卸しする

自分の棚卸しどうこうの前に、圧倒的に相手は行動を改めるべきだ、と思うような事象もたくさんある。それでもなお、棚卸しをした方がいいと思うようになった。なぜなら、その相手を選んだのは、自分だから。直接的でも間接的でも、能動的でも受動的でも、やっぱり何かしらは選んでいることに自覚的になって、どうして、そういう選択をしたのか、という背景を把握することは、次のステップに進むにも、そこに留まるにも、すごく学びになるのです。

わたしにとって、結婚も仕事も、世間体とか金銭的なリスクヘッジ、そして誰かに必要とされている自分の確立という引力がものすごく強い。それに加えて、脱ぎ散らかしや、食器を洗うのがすぐできないなど、生活に対して無頓着だったので母親から「そんなにだらしないと結婚できないわよ」と自尊心を傷つけられまくっていたことが、やけに自分の結婚欲を高めているんだな、再婚を決めた時の叔母とのふとした会話で気が付いたりもしたものです。

こういう引力やコンプレックスは、結婚相手でも仕事相手でも、見透かされた上で対応をされることが多い。「どうせ離婚まではしないだろう」とか「こんだけギャラ払ってるんだから、これくらいは飲んでくれるだろう」とか、わたしはいつも足元を見られていたんだな、と今は思う。だから、相手の対応は、自分を知るヒントになるなぁ、と感じるようになった。自分が変わらなければ、いつも同じところでつまずくんだよなぁ、って自分を研究していてわかったのです。

人生はたぶん長いから
手に入れたいものを
時間差で全部手に入れる計画を練る

毎回毎回、棚卸しまくって、自分の人生を自立させていったり、依存している部分を把握して感謝したり、そうやって自分の輪郭をはっきりさせていった先に、ひとつひとつ呪いから解放されて、もっと居心地がいい自分に出会えるんじゃないかな、と期待して前に進む日々。

ただ、ものすごく棚卸し作業に時間もエネルギーもかかる。最初は、仕事との両立がなかなかに難しいときもある。でも、人生は長いから、仕事と自分の棚卸しと、どういう分配でしていくかな、みたいなことだって、本来、選択肢はたくさんあるはずなんだよなぁ、と思ったら、結構、心が軽くなった。

仕事も子どもも自分の幸せもと欲張りな自分は、時間差で全部を手に入れたらいいんだろうなぁ、と最近はイメージしている。そして、その組み合わせは無限にあるんだと思う。充実した「いま」もいいけれど、本質的に充実した未来に向かっているという方が、わたしは性に合うんだよなぁ、と思って、棚下ろす日々は続くのです。

あとがき:

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