東京医科大問題を、ただのジェンダー論で終わらせない為に

《はじめに》

これを読もうとしている方にお願いがあります。
ジェンダー論が盛んな今、敢えて私は世論に逆らうような表現を使います。これはあくまで問題提起の為ではあるのですので、「出産において女性は絶対的に優遇されるべき」「男性は出産する女性のために尽くすのがごく当然の事である」と考えられている方とは意見が会いません。読む前にお引き返し下さい。
この投稿には「女性と男性が真の意味で対等たる為には」というテーマが根本にあります。

また、決して私は東京医科大の「男子学生に下駄を履かせた」事を擁護するつもりはありません。
大学として存在している以上、若き少女から学ぶ機会を不当に奪った事は許されません。
そもそも何故男子学生にに下駄を履かせる理由があったのか、という原因に関してのみの私的な考察です。

《医師という仕事》
他SNSを見ていると「女性が働きにくい、日本の性差別が悪い」「女性医師のが優秀なのに出世できない」といった意見が見られます。はっきり言いますがそれは全て、医師でない女性の幻想です。医療という特殊な業界については、純粋な個人の能力だけでは成し得ない事ばかりなのです。

今回私は他職種と医師の違いについて焦点をあて、タイトルの考察をしていきます。

・人手不足と替えの効かない人材
まず女性医師が何故休めないかという話をしましょう。結論は致命的な医師不足にあります。
特に女性医師が多く、かつ女性医師が求められているであろう小児科や産婦人科についてこれは顕著です。この2科については成り手不足であるという話を、皆さんも聞いたことがありませんか? 人手不足にも関わらず、かといって居なくて良い役割ではありません。患者は医師が足りないからといって元気でいてくれる訳でもありませんし、当直(夜間の勤務のこと。外来の急患に加え入院急患の急変の対応にあたるため、通常の昼間の業務から連続して徹夜で勤務します。)の当番が居なくて良いはずもありません。ただでさえ成り手の少ない中ギリギリで業務を回している科で、更に人が抜けてしまうとなればどうなるか想像に難くない事でしょう。私の知る施設では、40代にもなる中堅どころの医師が2日に一回は当直をしていました。しかも医師が足りないのはどこも同じ。一人が欠けても業務を回せるよう多目に人を雇う、という事が出来ないのです。まして出産から子供が育つ間だけ人を雇おうとしても、そんな都合のいい人手はどこを探してもありません。

・ツケを負う男性医師
さて、多くの方は「女性が休む間は周りがフォローすれば良いだろう」と思うでしょう。実際現場はそうして回っています。そしてその全てのしわ寄せは男性医師に回る訳です。一つの病院で見ている患者の数は変わりませんし、変えられません。でも医師は減ります。そうなれば一人あたりの仕事を増やすしかありません。今まで担当していなかった患者を他の医師から代わりに見てくれと言われた場合、医師は今までの病歴や家族構成、薬の内服歴、行った治療とその経過、その他全てをゼロからその医師の代わりに見直さなければいけません。それまでの自分の業務に加えてです。そんな事が頻繁にあって、かつ自分は誰からも助けてもらえない。当直の回数も増え、自分は不健康になるばかり。家庭では妻から「全く育児に協力してくれない!仕事ばっかり!」と嘆かれる、女性の尻拭いがメインの科に進みたいと言える男性医師は、どれだけ居るのでしょう?それでもそんな科に務め、日々の業務を辛うじてこなしている男性医師に、貴方は気持ちよく「産休を取らせてくれ」と言えますか?
こうしてフォローにまわる男性医師は減り、より人手不足に陥るという悪循環となっているのです。

・医師の数年のブランクは致命的である
「復帰しにくい職場環境が悪い」といった意見も見ますが、これも何も知らない人間が無茶を言うなというのが本音です。
医療は日進月歩、日々前進しています。製薬会社の方のお陰で新薬は毎月のように出て、また先月まで使えた薬が、医療費削減目的で今月から処方できないなんて事もザラです。同じ病気の治療の基本方針(ガイドラインという)も数年に一度はアップデートされており、数年前と同じ治療は大抵使えません。出産や育児を終えた女性医師が復帰できないのは「職場が受け入れてくれないから」ではなく「医療の進歩から取り残されているから」なのです。勿論彼女が妊娠や育児中にも勉強を怠らずに、ひたすら取り残されていないよう勉強し続けていれば別ですが。ただ妊娠の悪姐の最中に、子供が生まれて一息つけた時に、かと思えば夜泣きで自分も殆ど寝られないときに、幼稚園を必死に探して御近所さんとの付き合いもある時に、教科書や論文を追い続けるだけのストイックさがあなたには有りますか?
この人並みを外れたストイックさ、優秀さを持ち合わせた女性でなければ雇いたくないと考え、東京医科大は「点数に下駄を履かせる」という手段を取ったのだと考えられます。(もっとも、そこまでの優秀さを持った女性はわざわざ学費の高い私立大学に行かず、国公立大学を選ぶとは思いますが…)
無知や不勉強は患者の死に繋がり許されない業界で、自分の子供の事をこなしつつ勉強を続ける覚悟を、全ての女性医師は持ち続ける事が出来るのでしょうか?

・未だ残る医局
医局という物に皆様はどんな印象をお持ちでしょう?古典的なものの印象深い「白い居搭」の財前教授あたりでしょうか。
現在医局への入局は必須ではなくなり、医師は比較的自由に職を選べる時代となりました。つまりそれは医局の人手不足と表裏一体です。(新専門医制度とかの話は一般の方には関係ないので、今回は保留しますね。)
そもそも医局とは何のための物なのかといえば、主に人材派遣が目的です。大学の医局は幾つかの関連病院を持っており、その関連病院で人手が不足すれば医局から人を派遣します。医局員からすれば、食いっぱぐれが無く仕事をいつでも紹介してくれるものの、必ずしも希望する病院では働けないといったところです。
昔は大学出身の医師はその大学の医局に入る、というのが当然の流れでしたが、先人達のお陰でその制度は廃れ、医師は自由に仕事を選ぶことが出来るようになっています。しかし医局にある関連病院の数は変わりません。人手が足りなければ医局員を派遣しなければなりません。そんな時に女性医師ばかりで「妊娠しているので働けません」「派遣されましたが妊娠したので働けなくなりました」では、ただでさえ医局員が足りない現代だともう首が回りません。男性医師であれば気がねなく派遣出来ますし、その施設は暫くは安泰です。そこで東京医科大は大学として男子学生を多く取り入れ、少しでも医局に残らせたかったのでしょう。

《女性差別の根本的な解決のために》
念のため重ねて言いますが、この件で東京医科大は絶対的な悪です。許されない事をしています。
しかしこのような状況を産み出さない為に、男女差別をなくせ!非難するのは極めて簡単です。が、根本的な解決には何一つ繋がりません。女性が休みやすい制度を整えたり、女性医師を積極的に増やしたりすることは上にも書いた通りむしろ逆効果なのです。
医局人事に依存せず、一人や二人欠けても成り立つほどの余裕を持った医師数を確保し、男性医師であっても女性と同じように休暇を取りやすくし、社会復帰を目指す医師を対象としたセミナーを開く、といった医療全体のシステムの改善が必須ではないでしょうか。某新聞社の「この問題については議論を呼ぶだろう」という記事に対し「議論するまでもないだろう!動考えても悪いことで許されない事じゃないか!」という反応だけでは何も改善に繋がりません。このような労働環境レベルの議論に、世論が繋がって欲しいものです。

ここまで読んで下さってありがとうございました。
もし良ければ、この話を他snsなどでも拡散して下されば幸いです。
医師の労働環境の改善のための議論に、少しでも繋がらん事を祈って。